25話 獣人VSゴーレム遣い
港町ノークは、貿易の中心地である。
造船場や、大量の商材を保管する倉庫を多量に抱える都合上、総面積は王都よりも広い。
メルとナーシアは、エリクソン商会の保有するある倉庫施設に目をつけて、現在は稼働していないはずのその建物に接近していた。
ナーシアの嗅覚が、そこに数人の人間が蠢く気配を感知したのだ。
「っ!」
「メルティーナさん?」
「平気……ちょっと魔眼に負担がかかりすぎたわ」
道中、不意に目頭を押さえたメルは、足を止めてその場にうずくまる。
ナーシアが「では、私一人で行って参ります」と、再び駆け出そうとすると、メルは「僕も行く」と立ち上がった。
「……ですが」
「僕は……あの子を助けなきゃいけないのよ……あの子を、助けなきゃ」
ふらつくメルの肩を支え、その場にすらわせたナーシアは、何らかの事情があることを察しつつも、あえて静謐な声で告げる。
「気合だけでなんとかなるものではありません。回復を待って、それから追いかけてきてください。でなければ、力づくでも休んでいただきます」
「……わかったわよ」
木陰でメルを休ませたナーシアは、目標地点へと駆けた。
メルの転移魔法は、移動先の状態を魔眼で精査することで、ようやく実用的なものとなる。王都から何百回という転移を繰り返すうちに、眼球に宿る魔力が枯渇してしまったのだろう。
それがどの程度で回復するのかは、ナーシアにはわからない。
ただ、メルの様子を見るに、十分な回復を待たずに突撃してくることは想像に難くなかった。
早く、片付けてしまわなくては。
倉庫に向かって駆けるナーシアであったが――その目の前に、突如、土の壁が現れる。
「っ……これは」
土の壁……いや、違う。
「ゴーレム!」
「ご名答」
眼前にそびえ立つ土の巨人。
その肩に乗った男がニヤリと笑った。
彼だけではない。ゴーレムの足元には、十数人の荒くれ者が武器を構えていた。
「……エリクソン商会に雇われた傭兵、といったところですか」
「いかにも。我らはモグラ団! 土魔法の遣い手で構成された精鋭よ!」
「…………だ、ださ」
ださい、と言いかけて、慌てて口を押えるナーシア。
ふざけた名前だが、油断できる相手ではなさそうだ。ゴーレムは、低級の術者が使役する人間サイズなら脅威でもないが、建物よりも巨大な規模となると、攻撃力、防御力ともに強大なものとなる。
また、ゴーレムの肩にはもう一人男が乗っており、彼が魔方陣を展開すると、魔力でできた障壁が周囲に張り巡らされた。
敵を回避して倉庫へ向かうことはできないようだ。
「……参ります」
戦闘を余儀なくされ、まずは雑兵からだと気を引き締める。
そう判断したナーシアは、わずかに腰を低く落とし、その反動で飛び出した。
獣人としての身体能力だけでなく、身の動かし方の巧さがナーシアの武器だ。最適化された動作は、女性としては決して軽くないはずの肢体を、一瞬にしてトップスピードにまで押し上げる。
その速度に反応できる人間は限られる。全人口の中で、反射能力に優れた、上位0.1パーセント……それが、ナーシアとまともに戦闘するための最低条件だ。
3.7秒。
雑兵が全滅するのに要した時間は、たったそれだけだった。
「……これは、ちょっとやべぇか」
敵の首魁は、瞬く間に殲滅された部下を見て、ぎょっと目を見開く。
だが、諦めの意思はないようだった。
「大人しく投降する気はありませんか」
「まさか」
ゴーレムが腕を振り上げた。
思っていたよりも、その動作はずっと軽やかだ。
巨大な土の塊が、地面へと叩き付けられる光景は、圧巻の一言につきた。
鋼鉄を容易く砕くであろうその一撃は、少し身を動かした程度で回避できるものではない。
腕の直系だけで、馬車の横幅よりもずっと太いのだ。それに加えて、地面の崩壊が想定されるので、巻き込まれない距離まで跳躍しなければならない。
しかし、大きく横に跳んだ瞬間、気づく。
ゴーレムの肩に乗ったもう一人が、障壁を作り出しているために、十分な距離を取ることができないのだ。
(なら……っ!)
着地と同時、もう一度跳ぶ。
入れ代わるように、ゴーレムの巨腕が地面を穿った。
地面にいては、巻き込まれてしまう。だから、振り下ろされたばかりの腕へと着地する。
振動と土煙が世界を蹂躙する中、ナーシアは巨人の腕を駆け上る。
もとより、ゴーレムを破壊することは、ナーシアの攻撃力では不可能だ。なら、術者を叩く。
しかし。
敵もそんなことは想定済みだった。
「!?」
突如。
巨人の肩のあたりで土煙が上がったかと思うと、ナイフで斬ったように綺麗な断面を残して、腕が本体がから分離する。
落下する腕から咄嗟に跳んだナーシアだったが、どこに着地すべきかわからない。
空中で隙を作ってしまった彼女に、ゴーレムのもう片側の腕が叩き付けられた。
「くっ……」
体のひねりでうまく衝撃を逃がすが、それでも地面へぶつかることは避けられない。
崩壊した大地に背から落ちたナーシアは、衝撃と苦痛に顔をしかめた。
なんとか体勢を整えようとするが、ゴーレムの腕が立て続けに迫る。
限定された領域では獣人の脚力を活かすこともできず、次第にナーシアは追い詰められていった。
度重なる攻撃にバランスを崩し、瓦礫の上に倒れ込む。
その瞬間、ゴーレムの肩の男が、勝利を確信した笑みを浮かべた。
「終わりだ」
ゴーレムが脚を持ち上げた。
ゆっくりと、その影がナーシアを覆う。
踏みつぶそうとしているのだ。
そして。
「待っ……」
ナーシアが悲鳴を上げる声は、誰にも届くことはなかった。
代わりに、ゴーレムの脚が地面に叩き付けられる轟音が響き渡る。
数秒の沈黙。
勝利に肩の力を抜いた2人の傭兵が、それぞれの魔法を解除する。
ゴーレムが地面に沈み込むように消え、障壁もまた消えたときだった。
「あまり王女直属の護衛をなめないでくださいね」
どこからともなく現れたナーシアが、二人の襟首を掴み、軽々と持ち上げる。
「なっ……貴様、どうして生きて……っ!?」
「あなたが地面を破壊してくれたからですよ。瓦礫の間にたくさん隙間がありましたから、踏みつぶされても軽傷で済みました」
2人の頭をぶつけ合わせ、気絶させたナーシアは、その場に2人を放り出す。
破れたメイド服の裾が地面を擦っていると気づいた彼女は、裾をビリビリと破り捨ててから、長く息を吐き出した。
「これは少し、並の相手じゃなさそうですねぇ」
この強さの相手を雇えるだけの金銭的余裕があるというのは、恐ろしいことだ。
自分の手元に護衛として置いているのは、より強い相手という可能性も高いだろう。
できれば、自分以外の人々が怪我をする前に幕を引きたい。
このまま先に進んでしまうと、倒した2人が気絶から醒め、逃げてしまうかもしれないが――優先すべきことを放り出すわけにはいかないだろう。
ナーシアは、気を引き締め直すと、再び駆け出した。
一人で戦うために。
だが、その正義感が彼女の目を曇らせる。
倉庫に辿り付いた彼女は、扉を開けた先を十分に確かめずに踏み込んでしまったのだ。
「っ!?」
一歩、倉庫の床を踏んで。
そこに魔方陣が広がっていることに気づく。
「ようこそお越しくださいました。ですが――」
目の前に立つ男が、手首を反転させ、掌を天井に向ける。
すると、ナーシアの体はふわりと浮き上がり、そして加速した。
「く……ぅっ!?」
はじめはゆっくりと。
そして次第に強く。
ナーシアの体は天井に押し付けられ、圧迫されていく。
呼吸も身動きも儘ならない。
意識が朦朧としていく。
「――残念ながら、お通しすることはできないのです。獣人のお嬢さん」
ナーシア・べスは。
浮遊の魔法によって、容易く意識を失った。
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