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宮廷漫画家の王国再興-リナーシタ-  作者: 小松那智
第2章 大女優と脚本家
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21話 ブロル商会

 メルティーナからサラについての話を聞いた俺は、翌日から、調査を開始していた。


 サラ・ダランベールは、ある男に囚われている――。

 メルティーナはそう語った。



「すみません。今、新しい食器を探してるんですが、ちょっと店内を見せていただいても?」



 ブロル商会。その首魁であるダグラス・ブロルという男が、サラの身を『買った』人物らしい。

 まるで奴隷のように。

 その裏にある事情までは知らないが、サラという才能は、巨万の富を生む装置だ。ダグラス・ブロルは、サラの人生を束縛し、己の富のために利用している。らしい。


 芸能の世界というのは、いつだってやくざ者の支配する魔界ということか。



「少しお伺いしたいんですがね。最近、この店は急激に評判が良くなったとのことですが……何か、筋のよい商品ができたのでしょうか」



 ブロル商会は、王都中の様々な店に根を張り、地位や権力、そして富を得るシステムを確立しているという。表向きは、商人を束ねるリーダーということになっているが……商売の常で、裏では少なからず悪事にも手を染めているらしい。


 そんな男に、「サラを解放してくれ」と言いに行こうにも、会ってくれるはずもない。

 そこで、俺は、ダグラスの弱みをなんとか探し出そうと、商会の息がかかった店を渡り歩き、調査をしているのだった。


 その日のターゲットは食器屋だった。

 この店は、最近ブロル商会に加入したばかりだが、加入直後から同業他店が『不慮の事故』で商売を畳むことになったりと、黒い噂が見え隠れしている。


 そういった部分を、ねちねちと突っつくだけ突っついて去っていく手法が、俺の作戦だった。


 もう、様々な店でこれを続けて4日になる。

 そろそろ目論み通りの展開が起きてもおかしくないのだが――と思っていると。

 店を出て、通りをぶらぶらと歩いている途中で、不意に背の高い男に呼び止められた。



「やぁ、こんにちは」



 温厚そうな人だ。

 足を止めると、彼はにこにこと近づいてくる。



「旅行者の方ですか? よければ美味しい軽食屋を紹介しますよ――」



 と言い、俺に寄りながら。

 男は――俺の背に何かを当てる。

 冷たくて鋭い何か。おそらくは短剣を。



「……たいへん魅力的な提案ではありますが。軽食屋の宣伝にしては、いささか物騒ですね」

「そうでしょうか? まぁ、いいではありませんか。少し歩きましょう」



 断れない。が、こちらとしても、この男を撥ね退けて逃げるつもりはなかった。

 これこそが、俺の狙っていたことなのだから。


 背筋に短剣を突き付けられたまま、街を歩く。

 ほどなく、俺は荘厳な佇まいの建物に連れ込まれ、最上階の一室に通された。



「よく来てくれたな。宮廷画家くん」



 その部屋には。

 威厳に満ちた大男が、獣人の美女をはべらせて、俺を待ち構えていた。



「あんたがダグラス・ブロルさん?」

「そうとも。ずいぶんと、我々のことを嗅ぎまわってくれてるじゃないか」



 そう――これこそが俺の狙いだった。

 こちらから会いに行くことは難しくても、あちらから呼び出してもらえばよいのだ。


 俺とダグラスは、少しの間、視線だけで会話をした。



「まぁ、座りたまえ」



 遠慮なく、手近な椅子に腰かける。

 彼は、吸っていた煙草の煙をたっぷりと吐き出してから、俺の方へと、頭蓋ほども大きな麻袋を放り投げた。それが床に落ちた瞬間、ジャラ、と大量の硬貨の音がする。



「手を引け。悪いことは言わん」

「……金で懐柔できるほど安い相手とは思わないでほしいですね」

「なら仕方ない。おい」



 ダグラスが右手を上げる。

 すると、壁際で佇んでいた数人の下っ端が、一斉に魔方陣を展開した。

 が――俺の方が早い。



「……ほう?」



 アイラの『雷撃』――その魔方陣を、エミリアの『複製』でコピペする。

 そうすることで、極めて少ない負荷で、大量の魔方陣を作り出せるのだ。


 その中のひとつを解放し、雷撃を窓に向けて放つと、下っ端たちは、あっさりと怯んだ。

 魔法遣いとしての格の違いは、誰の目にも明白だったのだ。



「何も、俺はあんたらの組織を潰すようなつもりはありませんよ。基本的にはね」

「……では、何のための調査をしていたのだ」

「こうして呼び出してくれることを期待しただけですよ」



 俺が魔方陣を消し、敵意はないことをアピールすると、ダグラスの目つきが、明らかに変わった。

 そこに、俺をナメた様子は微塵も見られない。


 ようやく、まともに話し合うことができる状態になったか。



「俺の頼みはひとつです。サラ・ダランベールを解放してほしいのです」

「……なるほど。メルティーナ・ブリューゲルの差し金か?」

「へぇ。彼女をご存じで?」

「サラがおれの支配下にあることを突き止めたのは、奴だけだからな」



 煙草を味わい、目を閉じたダグラスは、ふと、ある金額を呟いた。

 それは、日本円換算で1億に近い金額だった。



「……サラの値段だ」

「は?」

「それだけの価値が、あの娘にはある。解放しろというなら、それだけの金は持ってきてもらわなければな」

「……そんなに」

「嫌なら諦めるんだな」



 ……アイラに頼るわけにはいかない。

 国のお金が裏の組織に流れることになってしまうのは、さすがにまずい。


 かといって、そんな大金、すぐに用意できるはずもない。



「代替案はない。俺に利益を手放せと言うなら、それ相応のものが必要だ」



 逃げ道は潰された。

 先にそう宣言されては、こちらから案を出すことはできない。



「……わかりました。乗りましょう」

「ほう?」

「あなたは、無理難題と思って吹っかけたつもりなんでしょうけどね。三日もあれば十分ですよ」



 こういうときは、アレだ。

 ほらをふく。



「なんだと……?」

「そのときになって、ビビッて逃げるような真似はしないでくださいね」



 言ったもの勝ちだ。

 初めから、無理だと思って引き下がればあっちの思うつぼ。根拠がなくても、言い張ることが重要なのである。


 少しの間、目を見開いていたダグラスは、豪快に笑って立ち上がった。



「いいだろう。待っているぞ」



 そうして、奥の部屋に引き下がろうとする大きな背中に、俺はツテを駆使して仕入れた情報で、恩を売っておく。



「ああ、それから。集団の長としては、利益を出すことも重要ですが、不利益を避けることも重要ですよね」

「……何の話だ」

「聞きましたよ。あなたが購入しようとしている『例の壺』……あれ、贋作ですから。お気をつけて」

「…………ご忠告、ありがたく受け取っておこう」



 隣室に去りゆくダグラスの背中を見送ってから、俺も立ち上がり、部屋を出る。

 宮廷画家という立場上、美術市場の情報は手に入りやすい。ダグラスが美術品の蒐集に興味があるタイプの金持ちでよかったと、心から思う。恩を押し付けておくことは、どこかでプラスの効果を生むに違いない。


 それにしても――どうしたものかねぇ、と考えながら廊下に出ると。

 そこで、唐突に、俺を呼び止める男がいた。



「こんにちは。レンさん」



 愛称で呼ぶなよ、と心の中でツッコみながら振り返ると。

 そこにいたのは、サラの付き人を装っている、あの狐目の男だった。



「……あんたは」

「顔を合わすのは2度目ですかね」

「……何の用ですか」

「そう睨まないでくださいよ」



 たしか――グレイとか呼ばれていたか。

 鼻持ちならない奴だ。


 だが、そんなグレイは、思わぬ提案を持ちかけてきた。



「あなた、凄腕の魔法遣いだとお聞きしましたよ。そこで提案なのですがね、よければ、我々の頭を悩ませている『ある案件』の解決に手を貸してくれませんか。報酬というわけでもありませんが――達成してくれたなら、ダグラス様からサラ様を奪う手助けをして差し上げましょう」



 その申し出に、すぐに頷くことはできなかったが。

 それでも、話を聞くだけの価値はありそうだ、と思った。

 


少しの間、リアルが多忙につき更新途切れがちになるかもしれません。

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