20話 メイド2人、秘密の特訓
あれ? 今回、私視点なんですか?
あ、どうも、ナーシアです。
本日はアイラ様が公務で王都北部の学術区画に赴かれており、珍しくもお休みをいただいてしまいました。本当はついていきたかったのですが、そろそろ四六時中お守りをされるのも面倒と感じるお年頃なのでしょう。
主の成長は、嬉しくもありますが、どこか寂しいものでもありますね。
さて、たまの休日ですので、王室メイド数名で共用しているハーブ園に新たな品種を加えようと思い立ち、私は街へと繰り出しました。
ハーブの栽培は、私の趣味でございますが、アイラ様の従者という立場上、王都を離れることも多いので、同志を募って管理を手伝っていただいているのです。
このハーブを使って料理を作るのも、私にとっては心休まる時間なのですが、今日はそういう気分でもないので、あくせく体を動かすことにいたしましょう。
「こんにちは。お久しゅうございます」
異国の珍しいもの全般を商材とする雑貨屋は、私のお気に入りの店でございます。
ここ数年、異邦より持ち込まれた美術品を蒐集することが、一部の貴族に流行しているようでして。懐事情は上々と聞き及んでおります。
そんな中で、種子や苗ばかりを購入する私は変わり者なのでしょう。
「最近、東洋人の画家が評判らしくてね。東洋の品が流行ってるんだよ」
店主様は、そう言って、極東でよく栽培されているハーブを売ってくださいました。
東洋人の画家というのは、レン様のことでしょうか。私やアイラ様が王都を離れている間に、随分と頑張ってくださったようで。いずれ、アイラ様に代わってお礼を申し上げねばなりませんね。
いえ、『いずれ』というのも失礼な話です。
先延ばしは、良い結果を招きません。
腰に提げた麻袋に極東のハーブを入れて、私はレン様のお住まいを訪れることにしました。
何か手土産を持っていくべきなのでしょうか……とも考えましたが、あの方はそういった恭しい関係は求めていらっしゃらないことでしょう。
と。
何気なく商店街を歩いていると、靴屋の前でぼんやりしている、一人の少女が目に留まりました。
ジルちゃんです。
「………………」
何やら熱のこもった視線で彼女が見つめるのはハイヒール。
あらあら。
そうですよね、そういうお年頃ですものね。
可愛らしいものを買いたい気持ちは、少なからずあるのでしょう。
「ジルちゃん」
「ふぇっ」
話しかけると、ジルちゃんはおっかなびっくりといった調子で跳ね上がりました。
「お買い物ですか?」
「……そ、そういうわけでは」
「あら。ジルちゃんのお給金なら、この靴を買うことくらいはできるでしょう?」
「……か、買おうと思えば、買えます、けど」
ぎこちない口調で、彼女はもごもごと声を萎ませる。
アイラ様からレン様に支払っているお給金は、庶民層の安い家なら、半年も節約すれば容易く購入できるほどのものです。画材などの経費は別に渡しておりますい。そこからジルちゃんのお給金をあげれば、それなりの額にはなるはずです。
何か事情があるのでしょうか、と視線で問えば、ジルちゃんは消え入りそうな声で教えてくれました。
「私、まだ未熟で、ご主人に迷惑をかけてばかりだし……自分のためにお金を使うのは、ちょっと」
なるほど。そういうことですか。
この自己評価の低さは、ちょっと問題かもですね。可愛らしい悩みではありますが。
きっと、この真面目な子は、私が「自分のためにお金を使うのは正当な権利だ」と説得しても、納得はしないでしょう。
ここは、メイド業の先輩として、人肌……あ、いや、ひと肌脱がなければなりませんね。
「ジルちゃん。では、こうしませんか? 立派なメイドになれるように、私が特訓いたします。そして、特訓を頑張れば、ご褒美に私がハイヒールを差し上げます」
まぁ。嫌と言っても、舌先三寸で無理やりやらせるんですけどね。
◆
結局、レン様はメルティーナ様から持ち出された『条件』のために動いてるようで、お話することができませんでした。
とはいえ、ジルちゃんをお借りするにはよい機会と言えましょう。
「さぁ。このあえて散らかした部屋を、制限時間内に片付けてください。具体的には、この砂時計の砂が、全部落ちるまで」
「……あえて?」
「あえてですけど? 何か?」
「いえ何も」
というわけで、私の私室を掃除してもらうことにしました。
別に、自分でやるべきことを彼女に押し付けているわけではありません。これ、新人ちゃんが入って来た時に、研修でやってもらったりしますしね。
「で、できなかったら?」
「レン様にあることないこと吹き込みます」
「そ、それは……とても困る」
「あ、ちなみにもう始まってますから」
びくっ! と跳び上がったジルちゃんは、大急ぎで床に散らかったものを整理し始めます。
さてさて。時間がかかりそうですから、砂時計をひっくり返す『本当の開始時刻』は、もう少し待ってあげましょうか。
「時間はありませんよ! もっと手早く!」
委縮しがちな子には、つい優しくしてしまうのが人情というものです。
ですが、そんな風に接されると、自己評価と他者からの扱いに食い違いが生まれるので、むしろ困惑して、精神に負荷を貯め込んでしまうのです。
ですから、こういう子には、ちょっと厳しめくらいがちょうどよいのでございます。
「あ、あの、これはどこに……」
「自分で考えてください」
そんなこと言われても、なんて顔でこちらを見るジルちゃん。
何もかもを指示してもらおうとするのは、新人の悪い癖なのです。主の意思を汲み取り、先手を打って動くのが、最良のメイドなのです。もちろん、それは自分勝手な思い込みではいけませんが。
ジルちゃんは、人が変わったように厳しくなった私に困惑しながらも、必死で部屋を片付けていきます。
次第に、その動きが変わり始めました。
メイドを大切にしてくれる主人は、良い主人です。が、メイドの技能向上を妨げてしまうのも、また確かです。
こうして厳しくすれば、新人は自分で考え、最良の選択肢を探すようになります。
はじめはがむしゃらに動き、床に転がっていた雑多な品をひたすら棚に収めていましたが、やがて、片付けられていた品をあえて取り出したり、ひとつひとつの品を十分に観察し、把握してから片付けたり、脳を使い始めました。
これなら、合格できるでしょう。
そっと砂時計をひっくり返した私は、黙って見守ることにしました。
すべての砂が落ちたとき、私の部屋は、すっかり綺麗になっていました。
◆
短期超集中型特訓を終えたジルちゃんは、疲弊した様子でしたが、目には少しだけ自信の色が見えました。
本当は、もうちょっとしごいてあげたかったのですけれど、本来の目的を見失っては意味がありません。
厨房の手伝いをしてもらっている間に、こっそり買ってきたハイヒールを手渡すと、彼女は目をキラキラと輝かせました。
「あ、あ、あ、ありがとうございます!」
「ふふ。どうですか? 履き心地は」
「ちょ、ちょっと、ぐらぐらする、かも」
そうですよね、と笑って、私はジルちゃんを椅子に座らせます。
「女の子ですもの。慣れていかないとね」
「は、はい」
「でも、まだちょっと早いかもしれませんね。今しばらくは、これで外出するのは避けた方が無難かもしれません」
「え? ど、どう、して」
「足首を怪我してしまいますから」
実はね。私も子供のときに、それで怪我をしたことがあるんです。
そう教えると、彼女はきょとんと首をかしげていた。
あのとき、私は母のハイヒールをこっそりと履いて、心弾ませながら外出したのです。ですが、ふとした瞬間に足首を捻ってしまい、結局、泣きながら家に帰りました。
珍しくもない話です。
ですが、ジルちゃんにとっては、とっても新鮮な話のようでした。
ああ――そうでしたね。
彼女は実の親に売られた過去を持つのでしたね。
「ジルちゃん。レン様は、素晴らしい御主人様だと思います。けれど、殿方というのは、女性のことなんてまるで理解してくれないものなのです。言い出せないことも、これからたくさん出てくるでしょうし、レン様がそれを察してくれることを期待してはいけません」
「は、はい」
「だから……悩みや疑問があったら、いつでもここに来てくださいね。私だけじゃありません。他のメイドたちも、きっと、優しくしてくれます」
女の子のことは、女の子にしかわからないのです。
そして、メイドのことはメイドにしかわかりません。
レン様はジルちゃんにたくさんの温もりを注いでくれていますが、それだけでは足りないのだと思います。
花が咲くには、水だけでなく、豊かな土や太陽の光が必要なのです。それと同じことと言えましょう。
この日、私は、ジルちゃんと少しだけ仲良くなりました。
それから、彼女は時折王宮にやってきて、メイドとしての勉強をするようになるのですが――彼女の頑張りを、これ以上仔細に語るのも、野暮というものでしょう。
またいつか、何かを語る機会があるかもしれませんが。
本日は、このあたりで、お暇させていただきます。
読者様方におかれましては、無理をなさらぬよう、お忙しくともご自愛くださいね。
完全に森薫先生の『シャーリー』を久々に読み直した影響。




