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宮廷漫画家の王国再興-リナーシタ-  作者: 小松那智
第2章 大女優と脚本家
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19話 王女の問答

 王宮には何度か足を踏み入れたが、アイラの執務室に来るのは初めてだった。

 おっかなびっくりついてきたジルは俺の後ろでカチコチに固まっている。まぁ、いつものことだ。

 視界の奥には、お久しぶりなアイラとナーシアの姿もある。


 懐かしいメンツだ。

 けれど、俺たち4人だけというわけではない。もう1人、新しい顔があるのだ。

 そう――メルティーナである。



「まさか、女性とは思っておらんかったが。なるほど、瞳に宿る確かな知性、わらわは敬意を表そう」



 なんか、俺と出会ったときより、態度がでかい気がする。

 あのときは、素だったからか。

 今は執務モードと考えれば、そう変ということもあるまい。



「こちらこそ、殿下に拝謁の機会をいただけたこと、恐悦至極に存じます」

「そう畏まるな。そこの馬鹿ほど不躾になれとは言わんが、平素通りの口調でよいぞ」

「誰が馬鹿だ。馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ」



 ムッとして反論すると、メルティーナに「あんたは黙ってて」と睨まれた。

 なんか理不尽だ。



「……まぁ、殿下のご所望なら、そうさせていただくわ。あたしも、他人に遜るのとか、あんまり好きじゃないし」



 だろうな。



「で? レンから聞いたけど……殿下、あなた、この国を変えるつもりなの?」

「うむ」

「口で言うのは簡単。国内の視察だって、旅行気分でこなせる仕事よ。あなたはまだ、何もしていないと言えるわ。それでいて、あたしを仲間に引き入れるつもりなら、当然、それだけの決意を見せてもらわなくちゃね」

「……至極真っ当な意見じゃ。まったくもって、わらわはまだ王の器たり得ぬ。何かを為すには、この手はあまりに小さい。なればこそ、お主の力を借りたいと申しておるわけじゃが。この国を変えるために」

「……変える。変わる。便利な言葉よね。でも、それだけじゃ、ただの言葉に過ぎないわ」



 頭の出来が俺やジルとはけた違いな二人だった。


 疎外感を感じていると、ナーシアが茶を淹れてくれたので、部屋の隅っこでティータイムとしゃれこみながら、二人の問答を観察する。



「国を変えるとは言うけれど。大切なのは、何を変えるかじゃないわよね。どんな手段で変えるのか。そして、どんな国に変えるのか」

「……それについては、まだ答えを持ち合わせてはおらん。ただ、綺麗事で国を覆うことができるほど、世の理は温厚でないことくらいは知っておる。理想主義には傾倒せぬとも。必要なら、悪逆にも手を染めようぞ」

「……ふぅん。夢見がちなお子様の戯言ってわけではなさそうね。答えがない。それも一つの答えだわ。薄っぺらな理想を語られるよりは、よほどまし」



 ジルが「あの二人、仲悪い?」とこっそり尋ねてくる。

 そんなことはないと思うんだけどね。

 なにぶん、尊大なお姫様と、やたら態度のでかい劇作家なので、殴り合いのような会話になるのは避けられないのだ。



「3つ。質問をするわ」

「よかろう」

「1つ目。富の格差は、民の間に不公平感を生むわ。だからといって、平等な分配を目指せば、王の権威は失墜する。それぞれが権力を持ち、新たな支配者になるための争いに発展するでしょう。さて……あなたなら、富をどう配分する?」

「配分の問題ではなかろう。単純な話、王は民に尽くし、民は国に尽くす。それだけのことじゃ。富の総量で考えれば、自然、施政者に比重が偏るじゃろうが、それは福祉などの形で、国民に還元していくためのものと考えておる」



 1つ目の質問は、正解に近いものだと思った。

 相変わらず不愛想極まりないメルティーナの表情は読めないが、こいつの場合、きっとハズレの答えを口にした瞬間に、すぐさま問答を切り上げると思うのだ。



「2つ目。国を変えるということは、あなたの父や兄――現在の政治中枢を否定することに他ならないわ。正しさのためなら、血の繋がりすら絶つことは、仕方ないことだと思う?」

「無論じゃ。間違いは糺さねばならん。時代の変遷、人民の変遷に合わせて、な。当然、わらわが間違った施政をすれば、別の誰かに命を奪われることも、覚悟の上じゃ。権力の形は、常に変わらねばの」

「……いいでしょう」



 アイラは、少し旅をしている間に、随分成長したのではないか。

 もともとの付き合いが決して長くない俺なので、正確な判断はできないが、彼女は急激に成長しているという感覚は、きっと正確なものだと思った。



「3つ目。王とは何か」



 そして。

 メルティーナが投げかけた最後の問いは、さすがのアイラも返答に時間を要した。

 それでも、答えを持ち合わせていないというよりは、自分の中に確かに存在するものを、掘り起こそうとしているように見える。

 きっと、彼女なら心配ない。そう思いながら見守っているうちに、アイラの視線は再びメルティーナを見据えた。



「王とは。何でもない」

「……と言うと?」

「民が王に父性を望むなら、父になろう。温もりを望むなら母にもなろう。戦を望むなら剣になるし、救済を望むなら、神にすらなってみせよう」

「……そこに、個人が本来持つ人格の在り方は介在しないと言うの? そんな王は、いずれ精神を破綻させるだけよ」

「だからこそ、臣下がおるのではないか。王が人ならざる何かでありながら、人らしく生きるために。わらわはの。共に歩んでくれる仲間がおる限り、人間らしい生き方を捨てることに些かの迷いもないぞ」



 アイラが、俺たちの方を向く。

 どうしてこんなに人を信じられるのかと不思議に感じてしまうほど、全幅の信頼が込められた微笑みとともに。


 俺たちとアイラを何度か見比べ、メルティーナは「満足とは言い難いわね」と首を振り、しかし、力が抜けたように笑みを漏らした。



「まだ、あなたは王としては未熟。けれど、意思の力は、僕が屁理屈をこねたところで突き崩せるものではなさそうね」

「ならば……手を貸してくれるか?」

「それは、まだ頷くわけにはいかないわ。覚悟だけじゃ意味がないというのは、最初に言ったはずよ」



 メルティーナは、ふと俺を呼んだ。



「レン。」

「なんだよメルメル」

「…………次その呼び方したら殺す」

「ごめん」



 俺なりに場の緊張感を和らげようとしたようだが、失敗だったらしい。

 やっちまったか、と思ったが、なんとかメルメルは怒りを収めてくれたようだった。彼女は「条件があるわ。アイラ殿下だけじゃない。レン、あんたも聞くのよ」と、腕を組んで言った。



「いろいろ問答はしたけどね。言ってしまえば、僕があなたたちを信頼するために必要とするのは『実績』なの。具体的には――ある人を助けてくれたら、粉骨砕身を以て殿下のために働くわ」

「……で? その人ってのは、誰なんだ?」

「あんたもよく知ってる人よ」



 王立劇場専属女優――サラ・ダランベール。

 彼女を自由にしてほしい。


 メルティーナの言葉には、王の在り方を見定める裁定者ではなく、慈愛と不安、そして心配に満ちた一人の少女としての想いが揺らいでいた。

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