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宮廷漫画家の王国再興-リナーシタ-  作者: 小松那智
第2章 大女優と脚本家
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18話 片眼鏡の奥、彼女の瞳

「メルク? ああ、世間的にはそういうことになってたっけ。女のやる仕事じゃないしね」



 片眼鏡《モノクル》の女性は、椅子に座るよう促しながら自嘲気味に語る。



「僕の本名はメルティーナ・ブリューゲル。メルクは偽名よ」

「メルティーナ……びっくりだ。ここしばらく、ずっと君を探してた。まさか、毎日のように顔を合わせてたとは」



 俺の言葉に、メルティーナはふんと鼻を鳴らす。

 ここ数日、俺を避けるように、『春風』にやってこなかったが、それ以前はほとんど毎日『春風』で読書をしていた。

 ただの本好きではなく――まさか、物語を作る側だったとは。



「でも、どうしてあの夜助けてくれたんだ? というか、あのとき、俺の事情は把握してたのか?」

「ええ。ずっとこの部屋から、あんたの視界を共有させてもらってたわ」

「え、あの、はい? 視界を共有?」



 あれか? 某ホラーゲームの、視界ジャック的な?

 それが彼女の固有魔法なのか?


 と思っていたら、メルティーナは片眼鏡を外し、雑多な紙束が積み重なった机の上に置く。

 すると、彼女の左目が、にわかに赤く染まっていった。充血したわけではない。虹彩の色が変化したのだ。



「あんた、アイラ王女が雇った宮廷画家なのよね? だったら、あの姫様が魔法の効力を軽減する体質なのは知ってる?」

「知ってるけど……それが?」

「いわば、僕のも体質でね。固有魔法とは別に、この特別な目を遣えるのよ。僕は『魔眼』って呼んでるわ」

「魔眼……それを遣えば、俺の視界を盗み見ることができるのか?」

「ええ。体力の消費は激しいけど、千里眼・透視・視界の共有・幻術の看破……色んなことができる便利な目なのよ。顔見知りが劇場に来たもんだから、つい動向を探っちゃったの」



 そう言って、彼女は「たとえば……あんたの下着は黒ね」と、例示としてはおよそ最低の部類に入る言葉を放った。

 正解だけどさ。

 そんなことしなくても信用するよ。



「じゃあ、君の魔法は何なんだ?」

「瞬間移動よ。あんたがまずい状況になってたから、この部屋から瞬間移動して、あんたを助けにいったってわけ。まぁ、瞬間移動って言ってもわかんないかもしれないけど」

「いや、たぶん伝わってる。凄い魔法だな」



 欲しい。彼女の魔法陣を書き写したい。リベラリタスの力ならそれが可能だ。彼女が許可してくれれば、だが。



「何ニヤニヤしてんのよ。どうせ変なこと考えてたんでしょ。汚らわしい」

「え? いや、別に、瞬間移動できたらセクハラの幅が広がるなぁとか、そういうことは考えてないよ? 断じて」

「…………」

「ごめんなさい」



 眼瞼下垂気味のため、メルティーナの視線は、異様に鋭く感じる。

 こわい。


 ぼく わるいスライムじゃないよ。

 あ、いや、悪い宮廷漫画家じゃないよ。


 小動物のようにプルプル震えてみると、いわく言い難い冷徹な睨み方をされたので、居住まいを正してもう一度「ごめんなさい」と頭を下げる。


 いいじゃないかよ、妄想するくらい……実際には被害者はいないんだから。



「まぁいいわ」



 気まずさに耐えかねた頃、ようやく許してくれた。



「で? あんた、僕に何の用なのよ」



 ようやくの本題に、俺は手っ取り早い説明として、漫画を取り出した。

 アイラやナーシアが絶賛してくれた漫画だ。


 この世界に来た後、あの原稿には、アルディラの人間にも読みやすいよう、矢印でコマの順番を示し、噴き出し部分は絵の具でアルディラ文字に書き換えている。というか、ジルに書き換えてもらった。


 そんな原稿を、表情一つ動かさずに読んだメルティーナは、ばっさりと「駄作ね」と言い放った。

 わかってはいるが、改めていわれるとムッとする。

 だが、彼女はかなり聡明な頭脳の持ち主であるらしく、俺の目的の一旦を言い当てた。



「けど、試みとしては面白いと思うわ。物語の形態としては、極めて斬新ね。時代とともに高尚になりすぎた絵画というものを、これなら庶民の手に取り戻すことも可能でしょうね。つまるところ、あんたはこの僕に、脚本を書いてくれと言いに来た。そうでしょう?」

「……驚いたな。正解だよ」



 だが。

 何のために漫画を描くか――そこまでは、さすがのメルティーナ・ブリューゲルも推理が及ばなかったらしい。


 協力を求めるなら、真意を隠すわけにもいかない。

 俺がアイラの名をを出し、これが世の中を変えるための奇策であることを朗々と語ると、これまで表情が喜怒哀楽でなく『怒』『訝』『嘲』『無』の4種類しかなかった彼女が、ぎょっと目を見開いた。


 そして彼女は言う。



「王族なんて連中は、国民を食い物にするばかりと思ってたわ。王族でありながら、国民のために立ち上がろうというなら、あのお姫様は案外傑物ね。いや――それとも、最近、傑物になるための一歩を踏み出したのかしら。何にせよ、『あんたの話が本当なら』という前提は必須だけれど」

「……確かめてみるか?」



 アイラが手紙を寄越して数日だ。

 そろそろ帰ってきてもおかしくない。

 直接会って、アイラ・ノーランドという人物を見極めればいい。


 俺の提案に、メルティーナは腕を組んで頷いた。


 さて――最低限の役割は果たしたと言っていいだろう。

 次の一歩は、アイラの果たすべき役割である。



 メルティーナと別れたあと、俺は王宮に赴き、通りかかったエミリアを呼び止めた。

 ちょうど、アイラとナーシアが帰って来た、直後のことであった。

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