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宮廷漫画家の王国再興-リナーシタ-  作者: 小松那智
第2章 大女優と脚本家
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17話 奇策・ミュシャ作戦

「……俺の世界に、サラ・ベルナールという女優がいた」



 朝。

 突然俺が放った言葉に、ジルが「?」と顔を上げた。



「奇しくも同じ名前だ。サラ・ベルナールも、また伝説的な舞台女優だった」

「……ご主人?」

「彼女はあるとき、一人の画家に、舞台を宣伝するための絵画を作るよう依頼した。アルフォンス・ミュシャというその画家は、当時まったくの無名だった」

「あの、えっと」

「彼が描いた『ジスモンダ』は脚光を浴び、無名の画家を稀代の絵師へ押し上げたんだ」



 掃除をしていた手を休め、どう反応したかと困った様子のジル。

 困らせていることは重々承知だが、回り出した舌は止まらない。



「王立劇場には入ることができた。だけど、バックヤードに正当な手法で入るには、劇場から仕事を貰う必要がある」

「もしかして」

「ああ。勝手にポスターを作る。それが評判になれば、劇場側も蓮杖龍一郎という宮廷画家を無視できなくなるはずだ」



 そんなわけで。

 俺の『ミュシャ作戦』が始まったのであった。





   ◆





 結論から言えば、我が秘策《おもいつき》は大成功だった。


 先日観に行った演目は、次回・次々回の公演が決まっている。そこで、覚えている内容をもとに、ミュシャ風のポスターを10枚ほど作り、街中に貼ったのだった。

 無論、ターゲットは富裕層なので、そういった人間が数多く通るところに絞っての行動だ。


 部外者が勝手に宣伝するという異様な光景だが、奇異の視線を向ける人には「どうしてもこの舞台の素晴らしさを広めたいんです」と言っておけば納得してくれた。

 珍しい東洋人なので、考え方も変わりものなのだ――そんな風に思い込んでくれたのだろう。


 んでもって、成果は思ったよりも早かった。


 ポスターを貼り付けた翌々日には、劇場からの使者が俺の家を探し当て、訪ねて来たのだ。

 してやったり、と使者に連れられて王立劇場へ。

 通された部屋で、俺は劇場の支配人と会うことになった。



「では、本当に頼んでもいいのかい?」

「ええ。こちらとしても、素晴らしい芸術の一翼を担うことができるなら本望です」

「ははっ。頼もしいな。我々としても、これまで興味を持ってくれなかった方々を、どうやって呼び込めばいいのか、悩んでいたところだったんだよ」



 恰幅のよい支配人は、モニカ経由で入手していた高い酒を渡すと、ほくほく顔で俺を雇ってくれた。

 ちょろいもんである。

 うまくいきすぎて怖いくらいに。



「ときに、御老公。今公演している舞台の、次の作品は決まっているのでしょうか」

「脚本家のメルクに構想を伝えてはいるが、具体的な形になるには、もうしばらく時間が必要だろうね」

「次の作品の絵を描くために、情報が必要です。メルクさんと話をしたいのですが」



 さて。

 本題はこれである。


 王立劇場の経営側に取り入ったことで、俺はスタッフと接触する正当な権利を得たわけだ。

 断る理由なんてない。

 ないはずだったのだが。



「……すまないが、彼はなるべく人と会いたくないと言っているんだ。脚本が上がって来たら、私から伝えよう。稽古にもしばらく時間が必要なのだから、それからでも遅くはあるまい」

「それは……ええ、その通りですが」



 確かに、1日で10枚を量産した俺なのだから、描くのにそれほど時間は必要ない。

 たっぷりと余裕を持って、事前に物語の全容を把握する意義はないのである。



「じゃあ、サラさんと会うことはできないでしょうか。勝手に絵の題材にしてしまったので、事後承諾ではありますが、伝えておきたいのです」

「ううむ。申し訳ないが、サラはこの劇場に住み込みで働いているわけではないんだよ。護衛の方とともに、通勤していてね」

「……そうですか」



 支配人さんの言葉に嘘はなさそうだった。

 不審者(俺なのだが)が押し入ったことで、警戒して彼女を隠しているというわけでもないようだ。


 やむなく、部屋を出てから、ため息をついて気合を入れ直す。

 仕方ない。許可がもらえないなら、勝手にやるまでだ。



「あのー。すみませーん」



 通りかかった人に声をかける。



「支配人さんに言われて、メルクさんと会わなきゃいけないんですけど……あの、彼の部屋がどこかわかりますか」

「ああ、それなら――」



 俺が話しかけた女性は、俺の発言を疑うことなく、あっさりとメルクの居場所を教えてくれた。

 前回とは違い、堂々と廊下を闊歩して、彼の居場所へ向かう。


 宿舎の最上階――1フロアまるごと。それが彼に与えられている空間なのだという。

 しかし、与えられた広大な住居は、彼女の好みではなかったようで、専ら仕事部屋で寝泊まりしているらしい。


 その仕事場にやってきた俺は、扉を叩き、来訪を知らせる。

 しかし、反応はない。

 数度ほど試してから、やむなく、扉を勝手に開いて中を確認しようとし――



「何やってんのよ、あんた」



 女性の鋭い声で、ドアノブを握る手を止めた。



「あ、いや、その」

「サラの次は僕の部屋ってわけ? いい度胸してるわね。前から思ってたけど、頭の中が性欲で埋め尽くされてるみたいね」



 ……どこからどう反論・質問していいのかわからず困惑。


 サラの部屋に侵入した犯人が俺と言う事実を認識しているのはなぜか。

 俺のことを知っているような口ぶりなのはなぜか。


 何より。

 メルク・ブリューゲルは男ではなかったのか。


 壊れかけのロボットみたいな動きで振り向いた俺は、さらなる混乱に支配されることになる。



「き、君は……」

「まったく。せっかく逃がしてあげたのに、また侵入するとは思わなかったわ。見つかる前に入りなさい。性欲は冗談としても、何か重要な用があるんでしょう?」



 俺がまた不法侵入したと勘違いしている様子の、その女性は。

 またしても――あの、片眼鏡《モノクル》の美女だった。

 

 

 

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