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宮廷漫画家の王国再興-リナーシタ-  作者: 小松那智
第2章 大女優と脚本家
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13話 王立劇場にて

 王立劇場は地球で言うゴシック様式に近く、ごてごてとした構造が華やかだ。

 一方で、ゴシック教会の天を貫くような尖塔は見られず、建物の背は低い。


 服屋に仕立ててもらった正装で劇場までやってきた俺とジルは、おそるおそる衛兵に招待状を見せる。

 サラ・ダランベールの名を見て、衛兵が驚いたような顔をする。

 が、どうやら正式なものと認められたようで、中に入ることができた。



「なんか、緊張するな」

「う、うん」



 劇場はこぎれいで、そこに集まる人々は、より一層綺麗な意匠を纏っていた。

 下手すりゃ役者より目立つ。

 貴族様に大商人……ここにいる人間の大半が、金と資産を大量に所有した連中だ。

 搾取する側の人間。

 俺やアイラが、妥当すべき悪政側に与する人間たち。

 もちろん、全員がそうというわけではないのだろうが。



「席に座ろうか」



 華やかな社交の場は、どちらかといえば苦手分野だ。

 ジルとともに客席に向かった俺は、舞台を見やすい真ん中付近の座席を押さえた。


 劇場の構造は対面型のそれではなく、舞台を取り囲むように、馬蹄型に客席が配置されている。

 俺たちが座ったのは、U字の斜め下の部分だった。


 しかし、上演開始までのんびりと過ごそうとした俺たちに、ふと声がかかった。



「おい! そこの東洋人!」



 びっくぅ、と飛び上がるジル。

 彼女がいたからこそ、俺はまったくもって冷静だった。



「何でしょう」

「そこは僕の席だ。どけ」



 生意気そうな青年だった。

 年齢は俺と同じくらいだろう。


 いかにも貴族ですと言わんばかりの豪奢な衣服でぴっちりと身を固め、植物からとれる油を使った整髪料で髪を後方に撫でつけている。

 ステッキ片手に俺を見下す姿は、いかにも鼻持ちならない高飛車野郎という印象だった。



「どの席に座るかは自由でしょう」

「ふん。劇場での流儀を知らないあたり、賓客ですらない庶民か。まったく、このような庶民に招待状を渡すとは、王立劇場の客も品格が落ちたものだ」

「……ジル。行こう。この席に拘る理由はない」



 相手が言い終える前に、ジルの手を引いて立ち上がらせ、去ろうとする。

 だが、せっかく去ってやろうとしてやったのに、男は俺の肩を掴んだ。



「話を聞け」

「……席は譲るんだから、それでいいでしょう」



 ジルがぎゅっと俺の袖を掴む。

 男はしばらく俺と睨み合っていたが、幼い少女が怯えているのに気づくと、ばつが悪そうに鼻を鳴らした。



「ふん。行け」



 突き飛ばされる。

 離れた席に向かいながら、俺はこそっと舌を出した。



「やなやつ」

「……反論すればよかったのに」

「無意味に争うのはよくないよ。こっちが譲って済むなら、それでいいじゃないか」



 ジルはちょっぴり不満そうだったが、とくに反論はしなかった。

 やりこめたい気持ちはわからないでもないけどね。

 


「それに、習慣的に『この人はこの席』ってのが決まってるなら、悪いのは俺たちの方だ」



 別の席を確保。

 この席は、とくに誰の指定席というわけでもなかったようで、ようやく落ち着くことができた。


 演劇が上演されたのは、それから少し経ってからだった。


 果たして――サラ・ダランベールの姿は。

 そこにあった。



「……サラ」



 舞台の上で、主演として朗々と声を張り上げるその姿からは、あの軽薄な性格なんて、微塵も感じられない。

 指先どころか、毛先まで制御下に置いているかのようだった。


 視線ひとつでがらりと場の雰囲気が変わる。

 声音ひとつで情景が変わる。


 これが……これがサラ・ダランベールか。


 ぞくぞくと、本来の目的など忘れ去ってしまうくらいに彼女の演技にのめりこむうちに、あっという間に劇は終わってしまった。



「ご主人」

「……」

「ご主人?」

「ん? あ、ああ」



 上演が終わったことに気づくまで、随分時間がかかってしまったようだった。


 控えめにジルに袖を引かれたときには、すでに観客の半分近くが立ち去っていた。

 サラへの感動を胸に抱いたまま、本来の目的のために動くことにする。


 脚本家、メルク・ブリューゲル。

 なんとかして、彼にコンタクトを取らなければならない。



「たぶん、こっちに楽屋があるはずなんだよなぁ」



 事前にスケッチしておいた劇場の外観。

 今日内部から確かめた、ロビーや広間の部屋割り。

 比較すれば、職員用のスペースはすぐにわかる。その中で楽屋がとこにあるかと考えれば、当然、舞台からそれほど離れていない区画だろう。


 というわけで、乗り込もうとしたところ。


 衛兵の類はいなかったのだが、代わりに、扉に魔方陣が描かれていた。



「これ、鍵になってるみたい」

「じゃあ破ろう」



 まぁ、問題ないんだけどね。

 リベラリタスで線を横切らせるだけで、魔方陣は本来の効力を失い、魔法は自戒する。

 どこの誰が遣った魔法かは知らないが、あっさり突破。



「……うーん」

「どうしたの?」

「やっぱ、ここから先は俺一人で行くわ。やってること、犯罪じみてきたし。家に帰って、メシでも作っておいてくれ」

「……でも」

「御主人様命令」



 しぶしぶ、といった調子のジルを帰らせ、嘆息。


 さてさて。

 ダンボールがないのと、俺のCVが大塚明夫さんじゃないのは些か不安だが――潜入ミッション、スタートだ。

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