てるてる坊主
ホラーを目指して書いてみた作品です。
酷い雨の音が鳴り響く、一人の女がじっとそれを聴いていた。眉間に皺を寄せ、ひどく不快そうな顔をして。鈴木良美は苛立ちながら母と息子の帰りを待った。
鈴木良美は雨の日を好いている。
それは彼女を取り巻く人の共通認識である。雨の日にいつもよりテンションが高かったり、どこどこへ出かけようと誘いをかけるのが彼女であったからだ。
しかし、周囲の認識とは異なり、彼女は雨の日をひどく恐れていた。
雨の日に一人になるのが怖くて、彼女は雨の日を他者と共有したがった。
恐怖を振り切りたくて、雨の日は殊更明るく振る舞った。
いい大人なのに、と思いながらも彼女の体は未だに静かな雨に肩を抱いている。
それは幼少時のとある体験が原因であった。
梅雨のある日のことであった。
彼女はてるてる坊主に対し、理不尽に怒りの感情を湧き立たせていた。その日は何某かのイベントごとがあったために彼女は前日にてるてる坊主をこさえていた。だが結果は生憎の雨模様でイベントは中止になってしまったのだ。
大人から見ればてるてる坊主などは所詮おまじない程度のものなのだが、当時の彼女はまだ幼かった。てるてる坊主を吊っておけば必ず晴れると信じていた。そんな純粋な小さな女の子だったから、許せなかったのだろうか。
彼女は怒りに任せててるてる坊主の首を捻った。もともとティッシュと糸で作ったものだったので、容易に頭と胴体は二つに別れてしまった。
その後に起こったことを鈴木良美は強烈過ぎて、生涯忘れることはない。
「ただいまー!」
ハッと忌まわしい思い出をなぞっていた意識が甲高い子供の声で戻される。
彼女が体を起こし、玄関まで向かうと母、喜美江が息子の陽介の雨合羽を脱がせていた。
「おかえりなさい」
騒がしさを取り戻した家に幾度かの安堵を感じていたのもあったのだろう。先ほどまでの苛立ち紛れの表情は消え、愛しい息子の帰りに喜色満面の笑みを浮かべながら言った。
「陽君が見せたいものがあるんですって」
母がなにか含んだ笑みを浮かべ言った母に彼女は首を捻った。
陽介に目を向けると、にっこりと笑い、鞄からあるものを取り出した。
「てるてる坊主!先生と作ったんだ」
早く吊るそうよ、という続く無邪気な声も彼女の耳には届いていなかった。
ぞわり、と毛が逆立ち、ぐちり、と首を捻ったあの感触を思い出していたからだ。
年月を重ね、大人となった今であろうとも鮮明なあの光景は今でも彼女を蝕んでいる。
彼女は恐れ続けている。
だって、
あの日の悲鳴がまだ、
聞こえているから。