Live Alive!!
第六章 Live Alive!!
「みんなぁーっ!! 今日は私達のライブに来てくれて、ありがとぉーっ!!」
「「「「「わああああぁぁっ!!」」」」」
目の前には、野外特設会場を埋め尽くす人の群れ。俺にとっては、初めての光景だ。緊張のせいか、心臓が信じられない速度で脈打っている。大勢の前に出て歌うのは初めてじゃない。オーディションの時だって大勢の前で歌ったのだ。それと比べて、それほど差がある人数じゃない。だが、目の色というか、雰囲気が違うのだ。
「『可憐』っ!! 『可憐』っ!!」
「うおおおおおっ!! 詩織ぃっ!!」
俺達個人に向けられた熱視線は、あの時の観客には無かったものだった。会場を見渡しても、女性客があの時よりも圧倒的に少ないし、なんと言うか、普段なら「キモイ」の一言で切り伏せるであろうアキバ系とでも言うのだろうか、そう言った雰囲気の男が、グッズ売り場で売っていた『KALEN』応援グッズで全身を覆って必死に俺達に声援を送っていたりする。それを見て「気持ち悪い」と感じ無い事も含めて、初めて尽くしの体験だ。
「どうも、こんにちはっ!! 『KALEN』の可憐ですっ!!」
「詩織ですっ!!」
「「「「「わあああああああああっ!!」」」」」
俺と栞が自分の名前を名乗っただけでこの歓声だ。試しに観客席に手を振ってみる。
「「「「「わあああああああああっ!!」」」」」
たったそれだけで、観客席から割れるような悲鳴が上がる。これがアイドルスターと言うものの力なのだろうか? 名を名乗るだけで、手を振るだけで、そして恐らく何か喋るだけで……ファンの心を魅了する。俺の、俺達の一挙手一投足が会場の歓声を呼び起こす。それを巻き起こしているのが自分である事に、一種の快感を覚えるのも確かだが、その影響力を考えると、少しだけ背中が薄ら寒くなる。俺なんかでいいのだろうか? と言う気持ちになる。でも、
『 君、才能あるよ。絶対に』
その言葉と、背中を思い出す。今俺の中にある明確な目標。それが『あの人』ともう一度ステージの上で歌う事だった。誰にも話していない俺の目標。だってそれは大逸れているから。トップアイドルと同じステージに……なんて、あの時特別審査員に彼女がいたから出来ただけの夢の様な奇跡だ。それを駆け出しのアイドルが夢見る等、分不相応も程がある。そんな事解っている。でも、
『次はちゃんと『一緒に歌おう』ね!!』
その言葉を、彼女が、瑛がどんな思いで口にしたのかは俺には解らないけど、その時を夢見て、そこに立ちたいと、彼女と同じ舞台に立って歌いたいと思ったのだ。言うだけはただと言うが、夢見るだけでもただだと思う。
もう一度、彼女と……
そう考えたら、不思議と身体の震えも心の揺らぎもスゥーッと引いていった。早鐘の様に脈打っていた心臓が、ゆっくりと穏やかに鼓動を刻み始めた。誰にも聞こえない様に深呼吸をしてみたら、隣にいた栞にそっと手を握られて、優しく微笑みかけられた。
「大丈夫、一緒に頑張ろう?」
「ああ、頑張ろう……」
微かに震えていた栞の手。栞も一緒だったんだなって思って少しホッとしたのと、栞には隠し事は出来ないななんて、アホな考えが頭を過ぎって、思わず笑ってしまう。そうだ、俺は一人じゃない。俺達は一人じゃない。
『KALEN』のステージだ。俺と栞、二人で作るんだ。
そう思ったら、今度は力が湧いて来た。ふと、俺達の店が視界に入る。そこに『ガンバレ『KALEN』』の横断幕。
「あいつら……」
そうか、俺達は二人じゃない。クラスのみんなや生徒会の連中も、高町さん達白女の人達も……皐月さんもタケさんもポニーちゃんも……みんなで『KALEN』なんだ。
そう思ったら、もう、何も怖くなんてなかった。
「それじゃ、一曲目行くぞっ!!」
一曲目のイントロと共に、俺と栞は舞台に駆け出したのだった。
舞台上に立つ健介を見て、俺は拭いようのない違和感を感じる。あそこにいるのは紛れもない健介だ。そう思う。それが、おかしいのだ。
「やっぱ、俺達の宮姫は最高だよ!!」
「やばいよな、『可憐』!!」
口々に健介を褒め称えるクラスメイト達。しかし、その意見に俺は賛成してしまうのだ。そうだ、健介は可愛いと。いつもなら、そこで俺は自分の頬を叩く。『男の健介が可愛い筈がない』と、自分の浮ついた気持ちに平手を叩き込む。いつもなら、それが当たり前だったのに……
「健介は、可愛い……よな」
そう思う自分をおかしいとは思えないのだ。それが、俺の感じる拭いようのない違和感だった。普段ならそんな事ないのに、『可憐』=健介と言う構図を認めてから、俺の中で、何かが音を立てて崩れてしまったのかも知れない。健介が聞いたら、気持ち悪がられるのだろうか? 俺が健介の事を可愛いと思ってしまう事に、健介はどう思うのだろうか? もう既に俺の中で健介が、『可愛いもの』である事に違和感を感じることは無くなってしまっていた。健介は確かに男で、それは解っているのだけれど……
「俺は健介が好きなのかも知れないな……」
舞台上で舞い踊る健介を眺めて、俺はそんな事を事も無げに感じるのだった。
「いらしゃいませ、ご主人様」
「ご馳走様、また来るよ!!」
店のレジ台の横では、今も健介人形が接客をしていた。誰もその違和感に気付かないところを見ると、今は殆ど周囲の目がライブに行っていると言う事なのかも知れない。でも、それでもこうして、健介人形と言葉を交わした人が何人もいるのだ。彼らがいる限り、健介のアリバイは完璧なものになるのだ。この作戦の成功を喜ぶであろう人物は今ここにはいない。
ふと、自分の横に健介がいない風景が、どうしようもなく寂しく感じるのだった。
「「明日は君を私が迎えに行くから覚悟しておきなさいよね~♪」」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
何だか不思議な歌詞の一曲目『素直になれない』が終わって、会場からは地響きの様な歓声が上がる。こんな大きな舞台で栞と一緒に歌うのは初めてだけど、レコーディングの時から思っていた通り、栞の歌は凄い。一緒に歌っていて本当に気持ちいいし楽しいのだ。瑛とは違う、安心する楽しさ……栞の声が身体に染み込む。その音達が、俺の中で響き会って新たな音楽を生み出していく様な感覚だった。
さて、ここからはMC。これも俺には初めての経験だ。果たして、上手く行くのだろうか?
「はいー、一曲目も終わって、ホッと一息だねぇ可憐ちゃん」
「ああ、そだな……俺はこういうライブ初めてだから、キンチョーしてキンチョーして……」
「おぉ? 緊張する可憐ちゃんって珍しいね?」
「そうかなぁ?」
まぁ、MCと言っても普段の会話のような掛け合いなので、今はそれほど緊張はしていないのだが、
「そだよ。オーディションの時なんて、審査員の瑛さん挑発しちゃう位だもん。その可憐ちゃんが緊張だなんて」
「ああ、あの時はなんて言うか、こう……なんか非現実な感じがしててさ、今思うと信じられない事してたよなぁ」
「でもそれでグランプリだもんね。私は可憐ちゃんなら大丈夫だって思ってたよ!」
「ちょっとちょっと詩織……元々俺は詩織の付き添いのつもりでついて行ったんだよ?」
「あれ? そだっけ?」
「「「「「あはははははっ!!」」」」」
栞の天然っぷりに会場が一斉に笑う。自分達が楽しく話して会場も楽しくなって……何だかよく分からない内に、会場はすっかり笑顔で満ちていた。うん、いいなやっぱりこういうのは……
「あ、そうそう可憐ちゃん」
「ん? 何? 詩織?」
「パンパカパーン! 謎の美少女可憐ちゃんの秘密を探れ!! のコーナーだよ!!」
「え? ちょっ!! そんなの聞いてないんだけど!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!?」」」」」
いや、実際は打ち合わせ通りなのだが、会場の盛り上がり具合も凄い。ちなみに、このコーナーを通して、高町さん達と決めた俺のプロフィールを観客達に明かして行こうという企画だ。
「うん、今私が決めたから」
「んな、理不尽な……知ってる詩織? 女はね秘密を着飾って綺麗に……」
「まずは可憐ちゃんの年齢だね……んーと、詩織ちゃん情報だと私と同じ十六歳?」
「って、詩織。お願いだから話を聞いて!!」
「次はみんなが気になってるスリーサイズーッ!!」
「こらぁーーーーーーっ!! それは絶対駄目だぁぁぁっ!!」
打ち合わせ通りではあるけど、相変わらずの自由奔放な栞。すっかりしっかり振りまわされる俺だった。
「あはは、可憐ちゃん結構ダイナマイト!!」
「はぁ……はぁ……詩織の……ばか……」
「じゃあ、次ね」
「まだやるのこれ!?」
「やるよ? 色々発表していいってマネージャーさんが言ってたし」
「またも俺の知らない事務所の意向!?」
「「「「「あははははははははっ!!」」」」」
まるでコントの様なやり取り。ころころと変わる栞の表情に、俺もつられて楽しくなる。栞のこういう所は本当に才能だな。
「じゃあ、ここからはフリップ用意してあるから、お客さん達は私達の後ろのスクリーンを見てください」
「アレ!? 栞の思いつきの筈なのに、もの凄くしっかりした段取り!?」
「はい、どぉーんっ!!」
「めっちゃ楽しそうですね、詩織さん!!」
俺達の背面に配置された大型スクリーンに俺達のアップの映像が映し出される。完全に栞ボケ、俺ツッコミの漫談になっている気がするが、まあいいだろう。会場にはそれこそ爆笑の渦が生まれている。だからこれでいい筈だ。……少しと言うか、かなり恥ずかしいが……
「はい、ではフリップの一個目はぁ……」
「えーと、『学校には通っているんですか?』って、そんなの当たり前じゃんか?」
「あれ? でも可憐ちゃん日本戻って来たばっかりで学校行かなくていいから楽チン楽チンって言ってたじゃない?」
「こら、詩織!! シーッシーッ!!」
「あれ? 言っちゃ駄目だったの?」
「いや、駄目じゃないけど……暫く学校に行かずに遊んでばっかりだったなんてイメージ悪くない?」
「そうかなぁ? 私は可憐ちゃん可愛いと思うけど……」
「可愛いって……嬉しいけど今関係ないだろ!!」
「うん、でも質問にはちゃんと答えないとね?」
「ああ、うん。えっと今回ここでライブする事にしたのも、白金台女学院に入学が決まったからなんだし……とりあえず、夏休み明けから俺はこの白金台女学院に入学する事になりました。……ん? こんな事ここで発表していいのか?」
「いいんじゃない? マネージャーさんOKだって言ってたし」
「言ってないと思うけどなぁ? 全部マネージャーのせいにするのは可愛そうなんじゃ?」
「「「「「あははははははははははっ!!」」」」」
何だかこれからの俺達のトークで『マネージャーネタ』は鉄板になりそうな予感がした。
「次のフリップは……」
「まだやるのぉっ!?」
次の曲の準備が出来るまで、この漫談は続きそうだった。
「次の質問は、神奈川県柳原市『狩る男』からのお便りで……」
「お便り来てんの!? え? このコーナーさっき詩織が思いついたんじゃないの!?」
「あー、そうだったそうだった」
「何その忘れてたみたいなリアクション?」
「あれね、嘘なんだよ可憐ちゃん」
「って、あれ? 今すっごくあっさりと裏切られた? 裏切られたの、俺?」
「裏切ってないよ、私は可憐ちゃん大好きだよ」
「え? あ、あはは……うん、ありがとう……」
台本等ない訳だが、これが演技だと判っているのに、もの凄い照れるのは仕方がないと思う。だって栞に『大好きだよ』とか言われてみろ? いや、言われないで下さい。俺の場合演技ですが、そうじゃない人が言われた場合演技である保障はないので俺が凹みます。まぁ言葉のあやだと思ってくれればいい。とにかく、あんな可愛い子に『好きだ』何て言われれば、誰だって舞い上がるだろ? 俺だって舞い上がるって話だ。
「でね、お便りなんだけど……」
「ああ、そこ続けるのね」
「うん。『どうも「KALEN」さんこんにちは』、あ、こんにちは!」
「はいはい、こんにちは!」
「『HPで二人への質問を募集していましたので、僭越ながら送らせて頂きます』」
「HPなんてあるの!?」
「いや、流石にそれを知らない可憐ちゃんに私は驚くけどなぁ……」
「ああ、ごめん」
「ううん、可憐ちゃんあんまりそういうファンサイトとか見ないもんね……これからは見なきゃ駄目だよ。私も今度ブログ作る事になったし……あ、出来たらみんなにも教えるから遊びに来てね!!」
「「「「「うおおおおおおっっ!!」」」」」
「何て言うか、肯定してるのか否定してるのか分からない雄たけびだな……」
ちなみに流石に俺も『KALEN』公式ファンサイトがある位は知っている。でも、そこでライブの質問コーナーの質問募集がされていたのは本当に知らなかった。後で聞いた話だが、栞のアイデアだったそうである。栞もいろいろ考えてるんだな。と感心しつつ、自分の仕事に対するいい加減さが判った気がして、気持ちを新ためる俺だった。
「話ずれちゃったね……続き読むね」
「よろしく」
「コホンッ……『少しエッチな質問もOKとか書いてあったので、勇気を出して質問します!』だって、どんな質問なんだろうね?」
「少しHな質問もOKって……何考えてるんだφBITは……詩織。もし『スリーサイズは?』とか『今日のパンツの色は?』とかだったら栞は答える訳?」
「ん? スリーサイズは公式HPに載せてるし、今日のパンツは白だよ?」
「うおぉぉぉぉーーいっ!! 詩織!! だめ!! それは明け透けに言っちゃ駄目!!」
「大丈夫大丈夫。どうせさっきのダンスの時に見えてるもん」
「『見えてるもん』じゃありません! 大多数は遠くて見えてないです!!」
「あ、そっか。……でも大丈夫だよ。見ても大丈夫なやつだし」
「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇっ!!」
と気を引き締めたら、即その緊張をぶっ壊された。てか栞明け透け過ぎです。こっちがドキドキです。きっと観客の方達もドキドキでしょう、そうでしょう。てか、誰だ下着の色とか聞いた奴!! あ、俺だっ!!
「もうアレだよな、お便りとかどっかいっちゃってる感じだから、気を取り直そう。そうだ。もう一度仕切り直そう」
「ん? うん、じゃあ読むね……『今日のブラジャーの色は何ですか?』だって。えっとね、パンツを同」
「こらこらこらこらぁっ!! 『狩る男』っ!! 何『計画通り!!』な質問!! アレですか? 未来予知などお手の物ですかっ!? 喧嘩売ってるだろ? そうだろ!?」
「可憐ちゃん、可憐ちゃん落ち着いて……」
「うがあぁぁぁっ!!」
ビリビリビリッ
俺は葉書を栞から引っ手繰って、両手でビリビリに引き裂いた。何だこのふざけた質問は? セクハラにも程がある。ってか、栞の手元に行く前に、検閲してよマネージャー!! 俺は何処にぶつけたらいいのか分からない怒りの矛先を、全く関係ないマネージャーにぶつける事にした。あ、安心して下さい。マネージャー本人にはぶつけません。あくまでも心の中での代償行為です。
「はい、無し!! この質問コーナー終わり!!」
「えぇっ!? まだこんなにお葉書あるよ?」
「そんな桃色道化満載の紙切れ達など知りません!! 折角会場に来て頂いているお客さんが居るんだし、そっちに聞こう。ね? そうしよう」
「ああ、そうだね。お葉書を下さった皆さん、ごめんなさい」
「謝らないでいい! ふざけた内容だった奴っ!! 夜道覚悟しろよ!! ……ん? この日本語あってる、詩織?」
「うん、あってるよ。可憐ちゃんついこの間まで海外に居たとは思えない位日本語上手だよね……でも、アイドルがそういう事は言っちゃ駄目だよ?」
「あ、うん。気をつけるね」
葉書の話は全然聞いてなかったけれど、こんなふざけた内容なら全部捨ててしまえばいい。それでいい。もしまともな質問があったら、後で公式ファンサイトとやらで回答します。そうします。だからいいよね、マネージャー?
俺はここに居ないマネージャーに心の中で確認を取って、そのまま心の中のマネージャーに許可を貰う。
「じゃあ、早速聞いていこう。……ああ、でもどうしよう? 警備とかそういう方達の許可が要るんかね?」
「あ、じゃあ小平さぁーんっ!! 会場から質問聞いても大丈夫ですかぁ~っ!!」
俺が気になった事を、栞は早速マイクを使ってバ会長に質問していた。確かに全校放送だしそれでも良いか……なんて思ってたら、
「許可しよう。では、会場に居る生徒会役員にマイクを渡してやってくれ」
「俺ので良いか?」
「ええ、では可憐嬢に新しいマイクを……」
「サンキュー!!」
内心驚いていたが、平静を装った。だってフリップが映っていたスクリーン一杯にバ会長の顔がどアップだ。噴き出すところだったぞ……
「えーと、では会場の三枝さーんっ!!」
「はい、三枝です。では早速こちらの方に質問を伺ってみようと思います」
俺が驚いて混乱している中、マイペースの栞と常に沈着冷静な三枝はそれはもう落ち着いたものだ。スクリーンに映った三枝がマイクを向けていたのは、ふむ、小学生だろうか? とりあえずもの凄く愛らしい女の子だった。
「では、お嬢さん。差し支えなければお答え下さい。本日はどちらからいらっしゃいましたか?」
「…………由芽崎」
「……あ、はい。地元の方ですね、ありがとうございます。えっとそうですね、本名でなくても構いませんので、何と呼びしたら良いかお答え下さい」
「…………飛鳥」
「はい、ありがとうございます。では飛鳥さん、『KALEN』の二人に何かご質問は?」
マイクを向けられた飛鳥と名乗った少女は、照れているのだろうか? 少し顔を赤らめて、ワンテンポ遅れて三枝の言葉に答えていた。何にせよ凄く可愛い。将来に期待大だ。……って俺はスケコマシか何かか? なんか危険な思考回路なので一旦リセットだ。
………よし。さて、では飛鳥嬢からの質問だが……
「…………好きな食べ物は何ですか?」
ふむ、良かった。至って普通の質問だ。いや、普通過ぎて少し物足りない事もないが、素人さんに無茶振りはしない。しちゃいけない。
「好きな食べものかぁ……可憐ちゃんは何かな?」
「俺? 俺は餓鬼臭くてアレなんだけど、『オムライス』かな?」
「あ、私も好きだよ、オムライス。でも、一番はやっぱり『カレー』かな?」
「カレーかぁ……なんかお互い普通だな」
「普通でいいんだよ、ね? 飛鳥ちゃん?」
うまい具合に和む感じの会話の後、栞は質問を会場に投げ返した。三枝にマイクを向けられていた飛鳥ちゃんは、はにかみながらコクコク頷いて『………ありがとう』なんて言っていた。いや、独特の間と言うか空気を持っている子だったが、可愛かったと思う。三枝のグッドチョイスだった。さて、
「三枝さーん!! 次お願いします!!」
「かしこまりました」
ステージ上からスクリーンを通して会話をする。何だか不思議な感じだが、楽しいから問題ない。三枝が人ごみを掻き分けて進んで行くのを、カメラが懸命に追うような映像がスクリーンに映し出されていた。
「それではお客様の中で『KALEN』のお二人に質問がございます方はいらっしゃいますか?」
会場に向かって三枝がそう呼びかけると、それこそそこら中から元気のいい返事が聞こえて来た。いや、本当に凄い人数だ……多分時間的に後三、四人位が限界だろう。その辺考えてトークをしないとまずいな。俺は栞に目配せをして、耳打ちでその旨だけ伝えるのだった。
「それでは、そちらの勇ましいお嬢さんに伺いましょう」
「わ、私かっ!?」
次に三枝が選んだのは、なんと言うか凛々しい感じのやはり極上の美人さんだった。三枝、何で女の子ばっかり選ぶんだ? 流石の三枝も男子高校生だったと言う事だろうか?
「三枝さぁーん、連続で女の子を選ぶなんて、やっぱり男の子ですねぇ!!」
……流石栞。的確に抉り込む様な鋭いいいパンチだ。
「そうですね、やはり見目麗しいお嬢さんの方が私としても楽しいというのもありますが、男子というのは悪ふざけが過ぎると先程の様な質問が飛び出しそうなので、今回は女性を選んだのもありますね……まぁ、言い訳でしかないですが」
流石は三枝。優等生な答えをしっかりといいつつ、下心の存在もしっかりアピールするもんだからいやらしさを感じさせない。狙ってやっているのか素なのか分からないが、これはやはり流石の一言に尽きるだろう。これがバ会長なら、
「それと、俺の指示だな!!」
「アンタそれでも生徒会長かぁ!?」
「もちろんだ!! 会場は監視カメラで全部押さえているからな。その中で可愛い方を俺が三枝のインカムに指示して誘導しているんだ!! 女性の皆さん、わたくし小平のカメラは常に貴方達を狙っていますよ!!」
「女性のみなさーん、言葉の文ですので大丈夫ですよぉ~!!」
「ナイスフォロー詩織!!」
最早質問者を完全に置いてきぼりにして進んでいく漫談。馬鹿が関わるとこうもしっちゃかめっちゃかになるものか……と呆れていると、
「しかし、こんな所でお目にかかるとは……全日本チャンプ?」
「っく、やはり知っていたか小平春水」
スクリーン上で会話を交わすバ会長と質問者……ん? 今『全日本チャンプ』って言ったか? ……って、ああっ!!
「もしかして、國園選手っ!?」
「は、はい!? まさか可憐さんにも存じて頂いているとは……嬉しいです」
「いやだってさ、第三六・三七回全日本空手道選手権大会連続優勝したあの國園選手だろ!? うわぁっ、すっげぇ!! 俺も護身術として格闘技やってるから憧れてたんだよ!! いや、えっと、憧れてたんです!! 噂じゃ女だてらに男子優勝選手もぶちのめしたって話しだしっ!!」
「可憐ちゃん、可憐ちゃん落ち着いて!!」
「あ、う、うん……落ち着かないと……relax…relax……」
突然の國園選手の登場で興奮しかけた頭を落ち着けようと試みる。いや、まぁ突然の登場じゃ全然ないんだが……なんだよ、この辺って有名人多いのか? 栞もそうだけど、噂じゃ瑛もこの辺の出身らしいし、園選手もこの辺の出身のようだった。てか、あれだよな。今回白女と合同で行うことになって、『星黎祭』の知名度もかなり上がったようだった。
でもマジで興奮だって。國園選手だぞ? あの美少女チャンプの國園選手だぞ? あ、栞が一番好きですよ? 國園選手は憧れです。分かる? いや、分かれ!!
「何だか可憐ちゃんが大興奮みたいでごめんね……それで國園さんの質問は何かな?」
「あ、はい、答えの片鱗は今窺えたのですが、可憐さんに質問です。動きに何処か武術の匂いを感じたのですが……何か武術を嗜んでおられるのでしょうか?」
「ふぇっ!? 俺!?」
これまた予想外の質問に戸惑うも、下着の色とかそういうサプライズじゃないので安心だ。でも、あれか? 流派とかそういうのは『健介』に繋がる情報になってしまうから、ここは少し嘘で答えるしかないか……くそ、國園選手に嘘を言わなきゃならないのか……と心に罪悪感を感じつつ、俺はこんな嘘をでっち上げるのだった。
「えーと、ですね。俺はこの前まで海外に……アメリカに居たんです。なので、向こうの『空手道場』に通ってました。ただ、向こうの道場はなんていうか、なんちゃって道場が多かったから、まともな空手ではないと思います」
「なるほど……丁寧な返答ありがとうございました。これからの活動頑張って下さい。応援させていただきます」
「あ、ありがとうございます!!」
そこでマイクを離そうとした國園選手に俺は思わず馬鹿なことを言ってしまった。
「あ、國園選手!!」
「は、はい!?」
「あ、ああああ後で、サイン下さい!!」
「はい、いいですよ。では、私もお願いしていいですか?」
「もちろん!!」
後から考えれば、もの凄い恥ずかしい事やってるよな……俺。はぁ……
「可憐ちゃん、落ち着いた?」
「えと、うん、大丈夫大丈夫……」
ちょっと興奮しすぎたか……自分の心に落ち着けって命じてみたら意外に直ぐに落ち着いた。栞がスタッフからの耳打ちを聞いて、俺の方に駆けてくる。
「あ、はーい!! 可憐ちゃん、二曲目の準備出来たって!!」
「てーと、何か女の子ばっかり質問聞いてたから、とりあえず男にも質問聞いてみよう。三枝さん、もう貴方の判断で構わないから、男の子に質問よろしく!!」
「了解です」
女性の質問ばかりを何人か取っていたが、まぁ半分がバ会長の趣味ともう半分はお便りでの桃色質問への危惧だろうが、そろそろ他の男性客も会場の空気を理解して質問を考えられるだろう。見渡せば男性客の方が圧倒的に多いのだから、あまり蔑ろにするのも悪い気がする。
まぁ、アホな質問する様だったら即三枝に黙らさせれば良いのだ。深く考える必要は無い……よな?
「では、まずは貴方」
「え? 俺か?」
暫くして、三枝が一人の男性を選んだようだった。短髪をオールバックにした若干目つきの悪い感じの少年だ。眼鏡をかけているから度が合っていないのかな? 目つきが悪いのはそれが理由かも知れないが……中々に良いチョイスだ。あの手のタイプは下ネタに走らないと思うから。身長はそれほど高くなさそうだが、あの顔で凄まれたら、遼位怖いかも知れない。
「まずはどちらからいらっしゃったかを教えて下さい」
「ああ、地元地元。由芽崎からっす」
「なるほど。では次に、何とお呼びしましょうか?」
「じゃあ、やっくんかおっさんで。いつも周りにそう呼ばれてるんで」
「分かりました」
何と言うか、喋りだすとさっき感じた怖さは全然感じない。いや、見た目は十分に強面なのだが、何だろうか? 喋り方が人懐っこいというか……とにかく全然怖くないのだ。つまりは遼と同タイプの人間なのかも?
「んじゃ、そうすね……えーと……あ、そうだ。『ペットにするんなら猫すか、犬すか?』」
「ありがとうございます。『KALEN』のお二方返答をお願いします」
……うん、見た目の予想から大きく外れて、ものすんごく可愛いというか、和むというか、まったりした感じの質問だった。もうあれだ。遼と同タイプとかじゃなく、新ジャンル?
「和み系ヤンキー?」
「へ? どしたの可憐ちゃん?」
「ああ、うん、なんでもないなんでもない」
「???」
思わず口からこぼれた言葉だが、俺はその言い回しが何か気に入った。『和み系ヤンキーやっくん』とかどうだろう? いや、誰に何の為に聞くんだか分からない質問は飲み込んでしまう事にするが、今度栞辺りにこっそり聞いてみよう。
「んで、猫か犬かだっけ? 俺はどっちも好きだなぁ……詩織は?」
「私はそのどっちかだったらワンちゃんかなぁ? 猫も好きだけど気まぐれでしょ? 一緒に遊べる方が私は好きかも」
「へぇー……って事で大丈夫か?」
「あんまり面白い話に出来なくてごめんね、やっくんさん」
「いや、詩織……」
「なに?」
「や、すっごくどうでもいいような事なんだけどもさ」
「うん」
「『やっくん』って『や』何々『君』の略称だと思うんだよ」
「あ、そうだね」
「うん、それでね。その『やっくん』に更に敬称の『さん』を付けるのっておかしくない?」
「うーん……そうかなぁ?」
「いや、悩むところじゃないからね? 絶対変だからね!!」
「「「「「わははははははははははっ!!」」」」」
ここでまた会場から大きな笑い声。流石は天然ズ筆頭の栞だけあって、こんな些細なやり取りの中にもしっかりとツッコミどころを用意してくれる心憎い演出が泣けてくる。
「それではやっくんありがとうございました。『KALEN』のお二方。次の方で最後でよろしいですね?」
「はーい、それでお願いしまーす!!」
流石仕事の出来る男三枝だ。時間から見てそろそろ一杯なのをしっかり理解している。確かに次で一人で丁度いいだろう。しかしオオトリだ。ここは面白く盛り上がる質問をして貰いたい。こればかりは仕事が出来る男三枝でも判断出来ないので運に任せるほか無かった。
三枝が次の質問者を探している間、暫く手持ち無沙汰になってしまうのもアレなので、適当にトークをつないで置く事にする。しかし特にネタもないので無軌道トークになることは間違いないだろうな、
「さてさて詩織さん?」
「ん? 何? 可憐ちゃん?」
「いや、このコーナー? 意外に盛り上がったな。思いつきの割りに」
「思い付きじゃないしねぇ……」
「あはは……なんでだろ? なんか少しだけ切ないのはどうしてだろう?」
「気のせい気のせい。でも、次で最後だよ可憐ちゃん?」
「そうだな……最後ってんだから、やっぱり面白い質問に期待するよなぁ……」
「するねぇ……」
もう思う様にグダグダな会話。しかも次の質問者のハードルをこれでもかって位に上げているんだから性質が悪い。……でもね、本音を言えばやっぱり面白い質問の方が嬉しいわけだよ。ライブは盛り上がって何ぼだしさ。観客や俺達の度肝を抜くような質問が欲しいよね……
「三枝さん、インパクトある人お願いしますね!!」
「おねがいー!!」
流石に素人さんに高いハードルを要求するのは酷なので、三枝に対するハードルを上げておく。いや、良く考えれば三枝も素人さんなんだけどね? バ会長の下で働いていることを考えると、とても素人さんには思えないんだよね……これも偏見かな?
「了解しました、インパクト優先ですね」
でも、そんなハードルの高い要求に、顔色も声音も変えずにさらっと答えてしまう三枝はちょっと格好いい。出来る男オーラがめっちゃ出てる……気がする。これは期待出来るだろうとドキドキしながら三枝の声を待っていると、程なくして三枝の声が聞こえたのだった。
「お待たせしました、『インパクト重視』という事ですので、とにかくインパクトを優先しました……それではカメラさんお願いします」
本当に淡々と言うから大丈夫かと心配したが、そのインパクトと来たら、本当に大した物だった。
俺は画面に映った映像を見て、まず思った。
「もしかして、『その綺麗な人が男なんです』的な感じ? それとも敢えて女性をチョイスしたって言うドッキリ?」
「どう見ても女の人だよね……うーん、すっごいおっぱい。そういう意味ではインパクト大かも?」
俺と同じ様なことを栞も考えていたようだ。まぁそうだろう。画面に映ったのは間違いなく女性で、美人ではあるがなんと言うか、パンチに欠けると言うか……
「いえいえ、ご質問があるのはこの方ではありません」
「は?」
「へ?」
そんな俺達の言葉に帰って来た三枝のリアクションは予想外の物だった。
「という訳で、まずはお住まいはどちらに?」
頭が沸いたんじゃないかと思った。失礼だとは思うがどう見ても女性のその人にマイクを向けながら、この人が質問者じゃないとは……どうしても理解出来なかったから。しかし、更に予想外の展開が待っているのだった。そう、確かにこれはインパクト抜群だった。
「俺か? 俺は新潟県新発田市から飛んで来た!!」
「新潟から……それは遠路はるばるご苦労様です」
「わははは、俺、惨状!!」
「いえ、惨状ではなく参上でしょう?」
「まんま言ったらパクリでしょう? ここは少し配慮をしたんですよ配慮を。俺は配慮も出来ないくせにピーチクパーチクいうひよっこ共が大嫌いでね……」
「そうですが、わざわざご配慮ありがとうございます……それでは貴方の事は何とお呼びすれば?」
最初勘違いして驚いた。マイクを向けた女性の声が、驚くほど低かったと思ったから。でも、よく見ると女性の口元は全く動いていなくて、マイクはもう少し右側を向いていた。そう言えば、何故か画面の真ん中にその女性は納まっていない。画面中央には。
「そうだな、俺のことは『フェルトの飼い鳥』とでも呼んでくれ!!」
鳥だった。何処からどう見ても鳥だった。とり以外の何者でもなかった。
オウムかな? 黄緑を基調としたカラフルな見た目は確かにオウムのそれだったが、こんなに流暢に、しかも会話をこなすオウムは初めて見た。恐らくもの凄い賢い鳥なのだろう。もの凄く賢くても鳥なんだな……なんか複雑な気分になった。
「それではフェルトの飼い鳥さんでよろしいですね?」
その鳥との会話を平然と交わしている三枝を心配しつつ、半分で尊敬しつつ成り行きを見守る俺だったが、一つ無粋な考えが頭を過ぎった。
「三枝さん、それって腹話術?」
「はい?」
「腹話術とは失礼な、俺はちゃんとこの嘴で喋ってらぁっ!!」
「この鳥は、むかつく事に自分で喋ってるよ?」
俺の無粋な質問に鳥も三枝も女性も、完全に同時に答えた。それが答えだろう。同時に複数の声など、普通の人間は出せないのだから……
「ってことは、その鳥が喋ってるのか?」
「そうなりますね……」
しれっと認めてくれる所が憎い。普通驚くだろ? 目の前で流暢に喋るオウムだよ? いやインコかも知れないけどさ。そんな事は今は小さな事だ。鳥が喋る事も驚きだし、新潟から飛んで来たのも驚きだ。そして、俺達のライブに着ている事にも驚きだし……何より、そんな驚きの連続の権化を目の前にして、平然とスルーする三枝に驚くのだった。
「ではフェルトの飼い鳥さん?」
「なんだよ?」
「『KALEN』のお二人にご質問をどうぞ?」
「ああ、質問な……当然二人が度肝を拭かれるような質問を考えて置いたぞ?」
自信満々にそういう鳥だが、もう既に度肝なら抜かれている。なにその流暢な日本語?着ぐるみか何かかとも思ったが、あんな小さな人間は居ないしそれもないだろう。信じがたいがあの鳥が喋っているらしい。
「わぁーどんな質問なんだろう? わくわくするね、可憐ちゃん?」
「いいぞ、俺はそういう夢に満ちた少女の目は大好きだ」
「格好よさげなこと言ってるが、所詮鳥のいう事だしなぁ……」
栞は夢を忘れない少女の心を持っているので、こういう存在も容認する様だが、俺は流石に感嘆には認めてyることは出来なかった。だって会話の成り立つオウムって……ありえるのか?
「鳥ではない!! オウムだ!! フェルトの飼い鳥だっ!!」
「あ、ああ、悪い悪い……でも、結局鳥なんだろ? 自分でも『飼い鳥』って言ってるし……」
「ふむ、確かに俺は鳥類だが、心は人間だ!!」
「や、鳥類である時点で人間にはなりえないだろ?」
「何を言う!! 人間達だって『鳥人間コンテスト』なるイベントを毎年開催しているではないか? 鳥人間が居るのなら、人間鳥がいたって良いだろう?」
「ああ、確かに」
「詩織さん!? そんな鳥類の言う事に納得しないで!?」
「ああ、ごめん」
畜生、すっかり三枝の心憎い演出にしてやられた。まさか質問のおおとりを、喋る『鳥』でしめて来るとは洒落も聞いたナイスジョークだ。正直鳥の態度がでかくてちょっとイラッと来るが、これ以上の盛り上がりはないだろう。さっきから客席は笑いっぱなしだ。まぁ、鳥類と人間との多種族の漫才なんて見たことも聞いたこともないだろうからな……うけるのはいいのだが、そろそろ訳がわからなくないそうだ。
「もうお前の種類とかマジどうでも良いから、その質問とやらを言ってみろよ?」
「何だ何だ、せっかちだなお前は。少しはそちらの愛らしい少女を見習え。いや、お前は見習うな、そのままの方がずっと可愛い……なんてな!!」
「詩織、あの鳥絞めて焼き鳥にしていい?」
「流石にだめだよ、お客さんのだもん」
「くそ……なんか無性にムカつくんだよね……いいや、個人的な感情はこの際無視して、お前の質問とやらを言うがいい鳥獣よ」
「態度が気に食わないが、その可愛さに免じて許してやろう……そんなに聞きたいなら聞くがいい我が決死の質問を!!」
会場も含めて、鳥の次の言葉を待った。人生で初めてだ、鳥の発言を待つ大勢が居るという瞬間は。
「今日の下着の……」
「色とか聞いたら、本気で毛毟って焼き鳥にするからな……」
何だかアホな事を言い出しそうな気がして、牽制すると、心なしか鳥が縮み上がったように見えた。
「ああ、可憐ちゃんの下着は黒だよ?」
「うおおおおおおおいっ!! 詩織さん!?」
「「「「「おおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
「流石俺!! ナイス知能プレー!! こういう風に詩織ちゃんを刺激すれば、絶対に溢すと思ったよね? 黒か……そんな所まで詩織ちゃんと対照にしなくても、ガハァッ!!」
俺の投げたマイクが、寸分違わず鳥の顔面に直撃した。
「待ってろ鳥公、今すぐ美味しくいただいてやるからな……」
「暴力反対!! 動物愛護の精神を!!」
「うるさい、セクハラ鳥類!! お前なんて、美味しい岩塩で香ばしく焼き上げてやる!!」
「美味しそうだね、可憐ちゃん!!」
「待ってろ詩織。美味しい焼き鳥を食わせてやるからな……」
アホ鳥のお陰で折角払拭した筈だった桃色の空気が戻って来てしまった。
でも、本当に馬鹿みたいに盛り上がったって意味では、流石は三枝だ。と言うべきなのだろうな……
「さて、アホ鳥。そろそろ二曲目の時間が押してるんだ。アホな質問するんなら、マジでオウム肉の香草添えで岩塩をふんだんにまぶして香ばしく焼き上げるぞ?」
結局俺は栞の制止を振り切って観客席に飛び込み、アホオウムの首を捻り上げてステージ上に戻って来たのだった。このアホ鳥を連れてくる時の飼い主と鳥のやり取りはこんな感じだった。
再現VTRスタート。
「アホ鳥、もう観念しろ」
「待て、まぁ待て。落ち着け……話せば分かる。な?」
「『Wait……?』 馬鹿野郎、それは人間様の台詞だ……おっと、これは傲慢な考えだな、改めよう」
「待て、可憐。いや可憐ちゃん……じゃなくて可憐さん? いや、可憐様!!」
「待たない。もう一度言う、観念しろ」
「何この威圧感? 俺今正に生命の危機を感じてる? 本当に岩塩で香ばしく焼き上げられる!?」
「この際ですから、香ばしく焼かれて美味しくなって私の前に出てきて下さい。美味しくいただかせていただきますわ」
「前門の虎、後門の狼!?」
「おお? お前鳥の癖に難しい言葉知ってるな」
「どっちに転んでも食われる俺の未来はどっち!? どうする、どうする俺!?」
「さようなら、最後はどうか美味しい料理になって下さいね」
「俺は死なぬ!! 俺が死んでも第2第3の俺がお前達を桃色の世界に落としいれ……」
「それは別の鳥だけどな……よし、絞めよう」
「あ、待って。本当に待って。お願いです。マジでお願いですから……殺さないで?」
「あ、私香草焼きより岩塩焼きの方が好きですわ」
「おいぃぃぃぃいいぃぃっ!! 相棒ぅうぅぅぅっ!!」
「私、貴方の相棒になった覚えはありませんわ?」
以上、回想終了。
なんと言うか、穏やかな攻めを見た気がした。
鳥、撃沈。
という訳で、飼い主了承の元、最悪の場合は美味しく焼きあがる可能性も『有り』のままで、今鳥公は俺の手に両足を握られて逆さに吊るされているのだった。何かちょっぴり可哀想な気もするが、多分気のせいである。……恐らく間違いないだろう。
曖昧な表現が多いのは、そういう年頃だからだ。きっと……
まぁ、全力で自業自得なんだけどさ……
とにかく、鳥公の命は正に風前の灯だった。
「さて、アホ鳥。そろそろ二曲目の時間が押してるんだ。アホな質問するんなら、マジでオウム肉の香草添えで岩塩をふんだんにまぶして香ばしく焼き上げるぞ?」
という訳で戻ろうと思う。
「待て、待ってと言っているだろうがっ!! 俺を殺してお前に何の特があるっ!? 無いだろう? 無いのに殺すのか!? 理由無き殺人か!?」
アホ鳥はそんな事を喚く。全く本当に知能の無駄遣いだ。これだけ流暢に喋れるなら、まず最初に倫理とか道徳を学んで欲しかった。
「黙れアホ鳥。それにお前は人間じゃないから仮に殺害しても罪は器物損壊だよ。そしてその許可を飼い主にもらっている以上、犯罪ですらない。残念だったら鳥獣。お前には人権は無い。何故って人じゃないからだ」
「人じゃなくちゃ駄目なのか!? 人じゃないから殺されるのか!? 何が霊長類だ!! 傲慢に塗れた唯の動物の内の一種でしかないのに、お前たち人間はそこまで偉いのか!?」
全くもって難しい言葉ばかり並べる奴だ。要は殺されたくないと言っているのだろうが、逆に判り難いし相手を煽っている様に聞こえる。まぁ、これが鳥類の小さな脳の限界値だと考えれば納得だが……
「聞けアホ鳥。俺は何もお前を殺すとは言ってないだろ?」
「言っただろ!! 俺はこの耳でしかと聞いたぞ!! 鳥の耳は羽毛の下に埋もれた小さな穴だから判り難いかも知れないが、それでも聞いたぞ!!」
「ばぁーか。だからそれはお前が『アホな質問したら』の話だろ? まともな質問をすれば殺しはしないし普通に答えるよ。だからまともな質問してさっさとこのコーナーを終わろうぜ?」
「……『アホな質問』?」
鳥なので表情がよく分からないが、多分キョトンとしている……と思う。
まるでさっきの質問のどこがアホなのかという顔だ。
「あのな……いいかアホ鳥。普通女の子に『下着の色は?』なんて聞いたらセクハラだ。これはしちゃいけない質問なんだよ……分かるか? いや、分かれ」
「……セクハラ……」
「そうだ、セクハラだ」
アホ鳥は反芻するようにその言葉を繰り返した後、顔を上げてこちらをつぶらな瞳で見つめて言った。
「下ネタは鉄板だって聞いていたんだが……俺の認識違いだったか……すまない事をした。女性に対して『セクハラ』は駄目だと聞いている。申し訳なかった」
「あ、ああ、分かってくれて嬉しいよ」
なんと言うか、鳥の発言に感心するというのは何だか馬鹿らしい気もするが、この鳥の発言に俺は思わず感心してしまった。そもそもコイツは鳥類だ。人間じゃない。つまり人間の常識を知る訳もない。だからあんなアホな質問をしてしまったのだろう。鳥なりに人間の言語を研究し、この場を盛り上げようとしてくれたのだとすれば、俺はこの鳥に感謝はしても攻撃をするいわれは無いのだ。もし絞めるべきやつが居るとすればこの鳥に『下ネタは鉄板』とふざけた事を教えた愚か者だ
「で? お前の質問は決まったか?」
俺は逆さに吊るした鳥をそっと両手で抱え上げ目の高さに持って来て優しく微笑みながらそう聞いた。
「……」
俺の視線を真っ直ぐに受け止めて、鳥公は穏やかな声で答えたのだった。
「俺の、質問は……」
それはある意味、最後を飾るのに丁度いい面白い質問だった。
『俺の質問は……』
巨大スクリーンに映し出される映像に殆どの客は釘付けだった。
いや、ツッコミどころ満載だ。満載過ぎてもうツッコムのは無理だろう。
取り合えず『普通鳥が喋るか?』とか『鳥と真面目に会話するか?』とか色々あるが、多分これツッコンだら負けなんだろうな……
「はぁ……でも、何とかうまく行ってるみたいでよかった……」
現在俺は窓付近の流し台でカップを洗っていた。俺の本業は給仕だが、ライブが始まってから注文は全く無い。
但し回転率が下がる事を予期した店長の機転で、座席を時間でレンタルするシステムに切り替えているので(ライブ中のみだが)客がその席に座っているだけで売り上げになるという恐ろしいシステムだからそれこそ売り上げは潤沢だ。前半無理した分も十分取り戻せた。
という訳で、給仕の仕事は殆ど無く、結果として遊撃……つまりお手伝いになった訳である。まぁ、それも殆ど仕事が無い。だって注文が無いってことは運ぶ料理の調理もいらないし、紅茶や珈琲のおかわりも殆ど無いのでカップの洗浄も殆ど要らない。つまり暇なのだ。現に店員の半数はライブに釘付けになっていた。残る仕事は三十分置きにお客様の席に行き、延長するかお帰りになられるかを確認する位だが、それもポニーが1人居れば事足りてしまう……
「めっちゃ暇だ……」
それが俺の結論だった。
そんな時、そいつは現れた。
「暇そうね?」
「ん、そりゃな」
「だったら君もライブを見に行ったら良いじゃない?」
「そうしたいのは山々だが、アレを見とかないとだろ?」
「アレ? アレって?」
「そんなもん決まって……って、へ?」
あまりにも自然に俺に話しかけてきたもんだから、当たり前のようにクラスメートか何かかと思ったが、良く考えれば俺の学校は男子校。ここの所校内でも女子と話す何て言うイベントが多かったから違和感感じなかったが、今俺に話しかけてきているのは本来この空間には居ない筈の女子の声だった。しかし例外はある。現在この店を手伝ってくれている人の中に二人の女子がいるし、ちょくちょく現れる女子が一人。でも、この内の店長は今レジに張り付いているし、ポニーはテーブルの間をミツバチみたいに走り回っている。そして、常連客の貴子さんに至っては、多分生徒会の仕事でライブ会場付近に居るだろう。つまり俺の周囲の女子の中に、俺に話しかけられるような暇な奴はいないのだ。
とかまぁ長々分析しないでも、声でこの人物を俺が知らない人物である事は分かっているのだが……いや、待て。それも違う。この声に俺は聞き覚えがあった。誰だっけ?
「おーい、フリーズ中? 叩けば直るか?」
とかまぁ、思索するよりはさっさと自分に話しかける人物の方を向いて顔を確認すれば良いだけなのだが……
「いや、稼働中だから攻撃するな。下手すると大量の皿が割れかねないしな」
「おおっ!? 起きてた起きてた」
のんびりしたような、間の抜けたような……でも凛とした不思議な声。何となく癒されてしまうこの声は絶対聞き覚えがあったんだが……
「色々見て回ったけど、この店が一番賑わってたし、何より『彼女』のライブを見ながらお茶が出来るのがポイントだよね……でも、給仕の人達以外に暇そうだけど……回転させなくて大丈夫なん?」
「ぅぁ……」
危機覚えがある筈だ。そして、思索しても思いつく訳が無い。この可能性は普通真っ先に破棄する選択肢だ。
「ああ、でも店長の事だから、この店のテーブルをカラオケボックス化してたりしそうだ……だったら正直長くテーブルについてもらう方が売り上げは伸びるのか……うは、最高に最悪な営業方針」
「アンタ……」
「ん? 私? え? わかんない? それは微妙にショックだよ。結構有名になったと思ってたんだけどなぁ……」
「いや、どちらかと言うと、現状を現実と理解出来てない方の思考停止だな」
「おお、意外に冷静な返答。まぁ、目の前でアイドルがライブしてるし、現実とのして許容範囲の中に収めてくれると嬉しいな」
そうやって笑う顔は、先週の週刊少年誌の表紙を飾っていた笑顔と同じで、もの凄くドキドキした。いや、健介の笑顔と比べたりとかではなく、もう無条件に? 流石はトップアイドルと言う所だろうか?
「一応確認の為に聞くけどさ」
「うん、どうぞ?」
「神越 瑛だよな?」
「はい、その通りですよ? よろしくね……えっとカズマ君?」
誰だって信じられないだろ? 目の前にトップアイドルが人懐っこい笑顔で盾居るなんて現実。普通自分の妙な妄想か何かだと思うのが関の山だ。妄想はリアルにブートしたりしないんだ。フヒヒ……って、なんだそれ? 現状の俺も、未だに夢でも見てるんじゃないかって、自分の見ている風景を信じられないで居るくらいだ。
「何でアンタみたいなアイドルがこんなとこに?」
「ああ、理由は二つ……かな?」
そう言って視線を移した先に居たのは、
「あ、瑛ちゃんっ!? どうしたの? 今日仕事は?」
「あ、ポニーじゃん。仕事は今日はOFFにしたんだよ。ライブ見たいし。で、ここに居るのは多分ポニーと同じ理由」
「ああ、流石と言うか何と言うか……とりあえず瑛ちゃんには『お疲れ様』って言葉を送るね」
「あはは、そちらこそ」
ポニーだったのだが、これがまた驚きだ。ポニーと瑛が知り合い……いや、これはもう知り合いというよりも友達だな。とにかく、こいつらがこんな仲が良いとは思わなかった。
「んで、カズマ君? これが一個目の理由」
「これって?」
「ああ、つまり瑛ちゃんも『店長に呼びつけられた』って事ですよ」
「ああ……って、皐月さんって何者だよっ!?」
驚きの連続でそろそろ何が起きても驚かないぞという決意を仕掛けたのにその矢先に驚かされてしまう。でも驚くだろ、普通。トップアイドルをまるで舎弟を呼び出すような感覚で呼び付けてしまうあのあの人は本当に何者だよ?
後で瑛のデビューの経緯等を聞いてやっと納得した訳だが、それでも驚きは変わらなかった。感想としては『店長すげぇ』の一言に帰結するだろう。事実店内のクラスメイトも驚くというか、沸き立つというか、なんとも形容しがたい状況になっていた。
「で?」
「ん?」
いやトップアイドル相手にこの態度はどうかとも思うのだが、店長のつまり皐月さんの使いっ走りであるのは今俺も瑛も代わらない訳だし、これでも良いかなんて俺の中で勝手にそういう処理がなされているのか、当初の驚きも、遠い存在に感じるといった芸能人然とした距離感も一気に失われていたのでまぁファンの方はできれば多目に見て欲しい。
「いや、二つの内俺はまだ一つしか聞いてないぞ?」
「ああ、もう一個も聞きたい?」
「あのな、そんな風に言われて、『ああ、じゃやっぱいいや』って言われたら、逆にアンタのほうが寂しくないか?」
「ああ、もしそう言われても話すし……で、聞きたいの?」
「ああ、聞きたいね。聞かせて下さい」
「よろしい」
なんと言うか、確か年は大して変わらん筈なのに凄くこいつの態度は『お姉ちゃん』然としている。何処と無くだが、香澄さんと同じ空気感を感じる。
「もう一個は、ステージの上」
「KALENか?」
「そ、何だかんだでファーストライブでしょ? 覚えてない? あの子達の審査したの私だしね? 気になるじゃん。期待の新人」
「ああ、そういえば……」
ドキュメンタリ番組の中で健介と一緒に歌っていたのが彼女だった。言われて見ればそもそもあの時の彼女の肩書きは『特別審査員』だった筈だ。なるほど、確かにそれは気になるよな。
「ライブに乱入したりするつもりだったとか?」
「あのね……期待の新人のファーストライブぶち壊すのは、残念ながら私の趣味じゃないぞ?」
「そっか……アンタって結構破天荒なイメージあったから……ちょっと失礼だったかもな。すまん」
「へぇ、何て言うか珍しい人種だよね君」
「は?」
俺の謝罪を笑顔で受け止めて、その後直ぐに悪戯顔。このころころ変わる表情もアイドルの技なのだろうか? いや、必須能力? 健介然り、栞然り、アイドルって言うのは実に表情豊かな気がする。
ステージ上では健介が鳥からの質問にのかって栞に質問していた。何かアイツって分かり易いよなぁ……今後秘密がばれやしないか心配だよ。なんてぼんやり考えながら、聞き流していたが、逆に失礼な言い回しをされた気がする。まぁ、俺が先に失礼を働いたのだから、食って掛かるような事はしないが。
「いや、普通さ、私みたいなのが目の前に突然現れたら、びっくりしてドギマギするっしょ? 君は最初だけで、直ぐに私を受け入れちゃったなって」
「ああ、そういう事か……」
確かにそうだ。普通はこうはいかないか。
俺の場合は、一回経験があったからあっさり飲み込めたんだろうな。
「やっぱし身内的な存在にアイドル居ると慣れるんかね?」
「まぁ、そうかもなぁ……」
そうだ、兄弟同然の健介がアイドルになって、遠くの存在に感じかけたが、やっぱり健介は健介で、俺の親友だって事に気付いた時から『アイドル』への偏見とも言っていい見方に変化が生じたのは間違いない……って、あれ?
「俺の身近にアイドルが居るって思ったのか?」
「あの子違うの?」
やっぱり当たり前のように言われるもんだからリアクション仕掛けてしまったが、何でコイツはそんな事まで知ってるんだ? あまりに自然すぎる流れに、一瞬コイツも健介の秘密を共有している仲間だと錯覚してしまった。
「いや、俺の場合はそういう方面で働いてる姉を持つ友人が居るだけだ」
「あ、そうなの? てっきり可憐の友達かと思ったよ。ごめんね」
明け透けにそんな事を言うが、この瑛という人物の洞察眼には脱帽だ。まぁ、秘密だから認める訳にはいかないが……ああ、でも、
「ああ、でもアレか……アンタもこの店を手伝いに来てくれたんだっけ?」
「え? ああ、うん、そうなるね」
「じゃあ……」
この時店を手伝う人物には説明しなきゃならない何て言うおかしな思い込みをしていた俺が、瑛にも秘密を話してしまった訳だが、何て言うか、ガードが甘くなっているなと思う。ここは一つ、もう一度帯を締めなおさないと行けないかも知れない。大方の説明をした結果の瑛のリアクションは、
「ああ、やっぱりね」
という淡白な物だった。
本当に、この何でもお見通し感漂う瑛の独特の態度は何なんだろう? 超能力か何かか? ってそんなのある訳ないっつうの。
とにかく、俺達の店にまた一人心強い助っ人が加わるのだった。ってか、もう既に反則じゃね? 超人気アイドルをスタッフにするなんて、集客力半端無いだろ?
「俺の、質問は……」
鳥公は溜めに溜めたが、実は俺はその質問に期待していなかった。
だってその質問を考えるのは鳥だ。鳥類だ。おおとりに鳥類をチョイスした三枝のセンスと勇気が光ったラストとして、期待以上の展開を見せたこの流れだけで十分会場の温度は温まっている。これ以上望むのは鳥類がかわいそうだ。喋るだけでももの凄い物なのに、それに『面白さ』も揃ってしまったら、それこそ人間なのに喋って笑いが取れなかった漫談研究部の発表はあまりに稚拙であったと言わざるを得ない。
しかし、この鳥公はしっかりと本来の意味でのおおとりの役割をしっかりとこなしやがったんだ……要するに、盛り上がる良い質問を鳥公は口にしたのだ。……まぁ、それだけなんだが。
「うん、お前の質問は?」
「『好きな男性のタイプは?』」
「っっ!?」
それは、俺が栞に聞いてみたくて、でも勇気が無くて聞けなかった言葉だった。
悔しいがこの質問には『鳥公Good job!』と言わざるを得ないだろう。
「んー……好きな男性のタイプかぁ……」
その質問にノリノリで答えようとする栞も素晴らしい。さっきの栞から俺の下着の色を溢させた頭脳プレイもそういえば鳥公のものだったじゃないか。そうだ、俺は鳥公に対する認識を改めなければならないのかも知れない。
「し、ししし詩織はどんなタイプが好きなの!?」
声が裏返ってる。我ながら気持ち悪い姿である。
でも、仕事以外で栞にこんな質問を出来る機会は本当に少ないんだ。無いに等しいのだ。だから俺はこのチャンスを逃す訳には行かないんだ!! って、こんな事で真剣になっている俺も気持ち悪いですよね。分かります。
「もう~可憐ちゃんは知ってるくせにぃ~!!」
楽しそうに笑うが顔が赤い。その栞の仕草を見て、俺は急に醒めてしまった。何を俺は勘違いしていたのか……と。
「あ、そ、そっか……あはは」
つまりは、そう、やっぱり和真って事だ。分かり切っていただけにそれほど落ち込まなかった。というのは強がりだ。やっぱり落ち込む。確かに和真は格好いいし、いい奴だし、頼りになるし、俺が困った時にはいつだって颯爽と現れて助けてくれるし、栞が憧れるのも仕方ないと思うくらいの良い男だ。
でも、やっぱり切ないというか……報われない自分の恋にほんの少しだけブルーになった。
その後に俺に降りかかる事になる質問も、この時俺は完全に失念していた所を考えると、ふむ、相当にショックだったのかも知れない。
「で? 可憐ちゃんの好みは?」
そうだ、
「ふぇっ!?」
自然な流れだった。もう、流れるように、当然の質問。なのに俺にとっては不意打ちだった。だから咄嗟に、変な事を言ってしまったんだと思う。
「好きな男!? えっと、そんなのかずまに決まって……って、んな訳あるかぁっ!!」
自分の発言にセルフツッコミを入れる。
和真? 今俺は『和真が好き』と言ったのか?
馬鹿も休み休み言えよ、って俺か。
「か、可憐ちゃん?」
「ごめん詩織、違うよ? そんな事無いんだよ? あはは……俺は男に特別好きな奴は居ないんだもん……そうだよ、そう。俺は男は好きじゃないんだ……」
「可憐ちゃん!?」
俺は何言ってんだ? 和真が好き? ない。ないない。そんなのある訳ない。
混乱を極める頭の中で、誰かの叫び声を聞いた気がした。でも、それが誰の声だか俺には分からなくて……
「可憐ちゃん、落ち着いて!! 大丈夫だよ、大丈夫。みんな変な誤解なんてしてないから。私だって大丈夫だから」
「し、詩織……」
荒れ狂う海みたいに打ち寄せていた混乱が一瞬にして消えて、穏やかな海がそこに出来たような感覚……変な例えだが、なんだかしっくり来る表現だった。
そうか、冷静に考えれば、質問の意図を考えれば、『好きな男性のタイプ』に当てはまるのは確かに和真だった。だって俺はいつだって和真みたいな男になりたいと思ってるし、もし俺が女なら、和真みたいな奴と付き合うだろうなって思うくらいの無二の親友だ。
つまり、あの鳥公の質問に対する、嘘を挟まない率直な意見なんだ。『和真』という答えは……
「ああ、うん、ちょっと友達の名前が口から出てきて混乱した。ごめん。でもそれってあながち間違いじゃないかも知れない」
「え?」
栞の驚いた顔……あ、そうか、この言い回しだと『俺が和真を好きだ』って意味に聞こえかねないか。
「えっと、違うんだよ詩織。なんて言えばいいのかなぁ? さっきも言ったけど、俺は今『特別好きな男子』は居ないし、正直そんなに男子は得意じゃない。だけど、そんな若干苦手な男子の中でも、ましな奴を選ぼうと思った時、たまたま理想の男性像にいたのがそいつだっただけだ」
「うん……分かるよ、大丈夫。安心して」
「だから別に特別そいつが好きとかじゃないし、そいつみたいに格好良くなりたいって言うおまじないと言うか……」
なんだか喋る程にしどろもどろになっている気がするが、どうにも仕方が無い。これが今の俺の偽りようの無い真実なのだから……
「っと、これでいいか、鳥公?」
「ああ、お前の乙女の顔も見れたし、満足だよ」
「そうか……」
「待って鳥さん、可憐ちゃん。可憐ちゃんがちゃんと言ったんだから、私もちゃんと言わないと」
真面目な顔をして言う栞に気おされるように鳥の足を手放すと、鳥公は俺の肩に止まったのだった。その後語った栞の話は概ね俺が知っている内容だったので割愛して、簡単にまとめれば、俺と同じ様なものだった。昔から憧れていた格好いいそいつ。でも、その思いは愛とか恋とかって聞かれると難しいけど、栞は少なくともそいつに憧れ、恋していると言う事だった。
不本意だけど、大いに盛り上がり俺達を動揺させたアホ鳥は、その栞の話が終わると、
「達者でな砂利ども。ピーチクパーチク楽しかったぞ」
とか適当な捨て台詞と共に、飼い主の下へと戻って、
「美味しく帰ってくるんじゃなかったんですの!?」
「待て、その絞め方は不味い!! 死ぬ!! 死んでしまう!!」
しっかりと飼い主に絞められていたりした。
そんなこんなで、俺達のライブは、やっと二曲目に突入するのだった。
忙しくないからって仕事がない訳じゃない。
さっきは洗い物をしていたが、今は客の呼び込みだ。うたい文句はこんな感じ……
「おかえりなさいませお嬢様。当店の執事とメイドはお嬢様のお帰りをお待ちしております。また、現在公開中の『KALEN』のライブも少々遠めではありますがオープンカフェでも室内の窓際の席でも観覧する事が可能になっておりますので、是非足をお運び下さい」
とまぁこんな感じだ。
「え? あ、はい!! じゃ、じゃぁ行きます!!」
「お嬢様をご案内いたします」
こんな感じで空いた席と改めて設けた席にどんどん客をねじ込むのが今の俺の仕事である。自分で言うのは正直嫌ではあるが、この顔は女子受けのいい顔であると思うので、集客力はまずまずと言った所だ。また店の前を通りかかる女の子に声をかけようとした時だった、
『好きな男!? えっと、そんなのかずまに決まって……って、んな訳あるかぁっ!!』
「おかえっっぅ!? はぁっ!? 何言ってんだアイツはっ!?」
「ふぇっ!? す、すみません!?」
俺が大きな声を出すもんだから、声をかけようとした女の子が面食らってしまっていた。
「ああ、申し訳ありません。自分と同じ名前を『KALEN』の口から聞いたのでちょっと驚いてしまって……お帰りなさいませお嬢様……」
といつも通りの台詞を口にしながらも、内心焦っていた。いや、焦るというか、もうあれだ、照れまくりだ。多分、いや絶対に耳まで真っ赤だ、間違いなく。今の台詞だって噛んだし声裏返ってたし……
でもそりゃ照れるだろ、驚くだろ?
健介が……いや、今は可憐か。……訳が解らなくなるので健介で良いや。……良いよね? とにかく健介に『好きだ』何て言われれば、誰だってこうなるだろう? ならないか? いや、なるだろ!!
そんな挙動不審の俺では客は気持ち悪がって逃げて行くだろうと思っていたが、
「あはは、もしかしてお兄さん可憐のファンなの? で、名前は『かずま』なんだ……自分じゃないって解ってるけど、何か嬉しくて照れてにやけるってあるよね……その気持ちすごく解るよ……」
「申し訳ありません、取り乱しまして……」
何ておおらかに受け止めてくれたりするのであった。何か少しほっとした。
しかし、しかしだ。
『好きな男!? えっと、そんなのかずまに決まって……って、んな訳あるかぁっ!!』
である。実に意味深だ。そう思わないか? 思わない? あれ? 意味深くない? 深くない。あ、そう?
じゃあ意味深ではないが、健介どうしたんだろう? 等と健介の事を考えていたら、少し話を聞き逃しはしたが、大体まとめると、『好きな男性のタイプ』を聞かれたが、身近な男子の中で比較した結果、俺というのが一番理想的だった……という事らしい。
嬉しい事を言ってくれるものである。俺が最初に捉えた通りの意味だったらなお嬉しいが、そうじゃないにしろ健介が俺を理想の男性像(この場合は恐らくこう在りたいと言う意味でだろう)に選んでくれた事は本当に喜ばしい事だと思う。
そんな風に考えて、今度は終始にやにやしながら接客をしていたら、皐月さんに、
「お前は本当に解り易い奴だな」
「はぁ……」
と微妙に貶されたような気がするが、俺は気にしないぞ? ……気にしないからな!!
さて、ステージ上の盛り上がりもそうだが、俺達の店もとんでもない盛り上がりを見せていた。まぁ、大体御察しの通り、この状況を見れば一目瞭然だが……
「何よ、銀ちゃん。こんな所にも来てたの? 暇なの? 死ぬの?」
「瑛ちゃん!! メ、メイド服も似合ってるよ!!」
「ありがと」
「瑛ちゃん、3番テーブルから指名だよ!!」
「はいよ。じゃ、ポニーこのテーブルの片付けよろしく」
「あ、うん!!」
一二〇%コイツのせいだ。いや大盛況なのでありがたいのだが……ポニー達とのチームワークも完璧だし、文句はない。文句はないのだが……
「瑛ちゃーんっ!! こっちこっちぃ~っ!!」
「はいはい……って、何? 私指名したのってらはぶだったの!? このテンション高い人誰?」
「知らねぇよ……入り口で一緒になっただけだ。誰だよこいつ?」
「いや、私に聞かれても……」
「っけ」
「相変わらずガラ悪いわね……」
「うっせ」
ライブなんかそっちのけで集まる瑛のファン達の中にはガラの悪いのもいる様だ。ってか、アイツはガラが悪いとかじゃなくて、人一人殺してるんじゃないかってオーラを背負ってるんだが……この店は大丈夫だろうか?
にしても、何と言うか、
「すごい人気だよな……」
「いや、あれはトップアイドルだからな。そこでライブをしている駆け出しとは違うぞ?」
「まぁ、そうだけどさ……」
このファン達はどこから沸いて出たのだろうか? 俺がよく考えれば当たり前の事を口にすると、すかさず皐月さんがそう言いながら俺の横に並んだ。
「なんだよ?」
「いや、なんでもない」
「そうか」
色々考えるところはあるが、やはり気になるのは、
「全く、ああいう輩は何処から情報を手に入れるんだ? 瑛はプライベートの筈だろ?」
「和真、お前はわかっていないな……厳密な意味でアイドルにはプライベートなんてないんだぞ?」
「うわぁっ!? 何処から沸いて出たバ会長!!」
瑛の存在に気がついた客達が、指名を始めたもんだから、店内は大賑わいだ。未だに席は時間料金制も配したままなので、指名料やらサービス料で売り上げは鰻上り。これは間違いなくMVS(最優秀店舗賞)はいただきかも知れない。
バ会長の登場には確かに驚いたが、アレはゴキブリと同じだ。神出鬼没だが、居て当たり前なので特に深く触れないようにする。
「いや、なに。盛り上がっている店の様子を見にな……」
「冷やかしなら間に合ってるから帰れ」
「ほら、カメラさんこっちだこっち……この角度で頼む」
「いや話聞けよ。で、カメラって何だよカメラって?」
現れたバ会長の発言の意味を理解したのは、
「はい、ではライブの合間をお借りしまして、『星黎祭』の宣伝などをさせていただこうと思います!!」
「はぁっ!?」
ステージ上の巨大スクリーン上に俺とバ会長の姿が映った時だった。
グイッ!!
すぐさま俺はバ会長の襟首を掴んでカメラのフレームからアウトして、バ会長のマイクを掌で覆い音が拾われないのを確認してから小声で言った。
「この馬鹿、何考えてやがる!! 下手にここを映して、人形のことがばれたら全てパァだろうが、わかってんのか、おいっ!!」
「馬鹿はお前の方だぞ和真。仮にこのままライブを終えても、彼のアリバイを証言してくれる人物は少ないし、何よりやはり信憑性に欠けるだろう? ここは俺達に任せろ……」
「『俺達』だぁ?」
そんなやり取りを俺達がしている間にも、ステージ上からは健介と栞から心配そうな声が届いていた。まぁ、二人も気が気じゃないんだろうな……バ会長の行動で俺達の秘密が全てばれてしまうかも知れないんだから……
「落ち着け和真。小平と私に任せろ……いや、正確にはもう一人頼りになる奴を呼んでおいた……それで何とかなる筈だ」
「皐月さんっ!?」
もう訳が分からない。バ会長のしたいことも、皐月さんの言う作戦も。
「っ!!」
唯一言える事は、
「上手く行かなかったら、俺は誰であろうと許さねぇからな!!」
という一言だった。
「「流星の向こう側に何があるのか、私はそれを探してる~♪」」
三曲目もラストフレーズを歌いきって、俺達は音楽に合わせてダンスを踊る。会場の盛り上がりも凄くて、一重に会場を巻き込んださっきのプログラムが功を奏したようだ。何にせよ盛り上がってくれて嬉しいし楽しかった。
「はーい、二曲目・三曲目と続けてダンスチューンでお送りしました!! 私ダンス苦手だからダメダメじゃなかったか心配だよ」
「いやいや、アレで下手糞とか……栞の目標が高すぎるんじゃないか? 栞以下しか踊れないダンサーだって一杯居るし、可哀想だぞ?」
「そうかなぁ?」
「じゃ、次のコーナー行っとこうか?」
「そだね」
そのまま自然にMCに入って次のコーナーに入ろうとした時に、ある意味絶妙なタイミングで割り込んで来た声があった。
『はい、ではライブの合間をお借りしまして、『星黎祭』の宣伝などをさせていただこうと思います!!』
「え? はぁ? バ……ゲフンゲフン……生徒会長!?」
「『星黎祭の宣伝』?」
突然画面に現れたのは他ではないバ会長こと小平 春水だった。その登場にも驚いたが、まぁこのバ会長はゴキブリと同じだ。存在を視認出来なくても、その存在を認知したら恐らく何処にでも居るというゴキブリのそれに似た存在感を持っているので、こうして突然現れても驚きはそれ程大きくない。あくまで「うわ、びっくりしたなぁ、もう……」という程度のものである。
だが、その発言の内容に関しては驚きというよりは、戸惑い? を感じた。理由は簡単で、
「なぁ栞? こんなのリハーサルにあったっけか?」
「ううん、多分会長さんのアドリブじゃないかな?」
「だよな?」
そう、ステージのリハーサルにそんなものがなかったからである。
驚きはしない。バ会長はそういう奴だ。でも、その意図が解らない。いや、いつもアイツの行動の意図は解りかねるのだが、このライブは俺の秘密を守る需要任務である事は、流石のあのバ会長も理解している筈で、アイツはあれで、物凄く頼りになる奴の筈なのだ……
『ステージ上の『KALEN』さーんっ!! お時間少しよろしいでしょうかぁ?』
そんな事を言っている内にも時間は過ぎていく。一応タイムテーブルもあるし(殆ど守っていないが……現在すでに8分押している)、そうもたもたもしていられないのだが……
一瞬考えた後、
「大丈夫ですよっ!! 生徒会長さんにこの時間を預けます!!」
少なくとも、バ会長は馬鹿だけど何の考えもなしにこういう事はしないと思うから……
「いいの? 可憐ちゃん?」
「大丈夫、アイツはあれでそれなりに頼りになるんだ……きっと何か考えがあるんだと思う」
「そっか、可憐ちゃんがそういうなら……」
俺達はマイクに声が拾われないように話しながら、スクリーンに映る映像を指差して、
「「それでは、一旦CMでぇーすっ!!」」
何てアホな台詞を大声で叫ぶのだった。
画面に映るバ会長の笑顔のアップから、カメラが一気に引いて、バ会長の居る場所が明らかになる。
「んなっ!?」
「え? ここって!?」
俺と栞が絶句して見つめる中、絶やさぬ笑顔でバ会長様は、
『それでは今のところ売り上げも客足も構内の模擬店内でトップの喫茶店、メイド喫茶『冥土喫茶』の様子を皆さんにお伝えしようと思います』
なんてアホな事を言いやがったのであった。
信じた俺が馬鹿だった。
バ会長は、何処まで言ってもバ会長だった。
どうなるんだ? どうなってしまうんだ? 守れるのか? 俺の秘密!?
俺の不安を余所に、バ会長とカメラは店内へと入っていく。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「っ!?」
俺の背中に嫌な汗が流れる。今画面に一瞬だが、俺の等身大人形が映ったからだ。
「「「「「ざわざわざわ……」」」」」
予想通り、会場の客達がざわつき始める。
ああ、だから、バ会長。
それじゃロボットだってばれちまったらどうすんだよ!!ハラハラしながら画面を見つめる俺の手を、そっと栞が握ってくれた。
「大丈夫だよ、可憐ちゃん。きっと大丈夫」
理由なんてきっと無い。
でも、その栞の手に感じた温もりが、何でか知らないけど大丈夫だって思わせてくれたのだから不思議なものだ。
『まずは店内の装飾ですが……良いですね……いやぁ~すばらしいっ!! この木目を上手に使ったアンティークなテーブル、本来は一教室の筈なのに、それを感じさせない店内装飾……本物の喫茶店に来た様に錯覚させてくれるのは、これらの木目を基調とした装飾の効果ですかねぇ……いやぁ、すばらしい』
明らかに『渡辺○史の建もの探訪』を意識している様な、おかしな口調で喋るバ会長に客席の注意は移った様なので、一先ず胸を撫で下ろす俺だが、この喋りは間違いなくフリだ……恐らく突っ込み待ちだろう。
「………」
だからこそ、スルーする。ガン無視だ。こっちだって散々ひやひやさせられているんだから、少し位困ればいいと思う。困ってしまえ。
「あ、私それ知ってますよ? 日曜日の朝早くにやってる番組のまねっこですよね?」
『あ、解っちゃいましたか? あはは……やっぱりこういう探訪をする時は、彼をどうしても真似てしまうますよね』
「何か解る気がします……あれ? どうしたの、可憐ちゃん?」
『はははははっ』
「ふふふふっ」
「いいんだ……詩織はそのままの詩織で居てくれればそれは良いんだ……」
なんだか、暖かい水が頬を伝う感覚。楽しそうに木霊する笑い声を耳にしながら、ああそうだ、栞はこうだった。これが栞だ。俺の思惑なんて関係ないよなぁ……
「ん??」
キョトンとする栞。ああ、もう可愛いなぁ……
『さて、では店の方に話を聞いてみましょう』
そんな俺の心の内など知る由もないバ会長はさくさくと話を進めていく。流石時間をしっかり把握している。
でも、そんなさくさく話を進めさせていいものか? ってか、この展開……マジ大丈夫なのか?
『それではそちらの可愛らしいメイドさんに話を聞いてみましょう。よろしいですか、お嬢さん?』
『え? あ、私?』
「「えっ!?」」
「「「「「えええええぇぇっ!!」」」」」
カメラに移った『メイド』に、俺も栞も会場のお客さん達も、全員が驚愕するのだった。
「「「「「えええええぇぇっ!!」」」」」
画面いっぱいに映った少女の顔に、会場全体の声が重なった。
「え? あれ? 可憐ちゃん!?」
「し、詩織落ち着け!! えっと、まぁ落ち着け!!」
それは一様に驚きの声で、当然俺も栞も同じだ。何で? そう思わずには居られない。どうして彼女がそこに居る? いや、会場に来ているのは貴子さん情報で知っていたけど、それは当然の疑問だった。
だって……
『いや、あの、私はこのお店の手伝いなんで、お店の事良く解んないんだけど……』
『まぁそうでしょうね……この店は我が校の生徒のクラスの物ですからね。貴女の様な可愛らしい方がうちの生徒の訳がないですからね……まぁ、可愛らしい生徒なら心当たりもありますが……』
画面に映っているのは、バ会長とそのマイクを向けられている少女だ。まずそこに驚きだ、いや確かに店を手伝ってくれている女の子は居る。もちろんそれは皆さんご存知の通り、そう、ポニーだ。
でも、
『だったらちゃんとした店員……ってか生徒に聞きなさいよ?』
『いやまぁそうなんですけどね? でも、目の前にこんな可愛娘ちゃんが居れば、思わず声を……ってか普通声かけるよね?』
もちろん、ポニーじゃない。そうだ。当たり前だ。
ポニーだったら、会場の驚きも俺達の驚きも起きはしない。男子校の模擬店だからって女の子がいる事はそれ程驚くような事じゃないし、まして俺達はポニーの存在を知っていた。居ると解っているポニーが映った所で驚く訳がない。それは皐月さんの場合でも同じだ。
では何故俺達は驚いたのか? そんなの簡単だ。
『君みたいな有名人がこんな所に居ら……ね?』
そう、居る筈のない、居て良い訳がない存在。
『そうでしょう? 神越 瑛?』
『まぁ、そっか。そうかもね……』
誰だって驚くだろう? だってそこでメイド服を着込んで立っていたのは他でもない、トップアイドルの神越 瑛だったのだ。
瑛も『まあそうかも』で済ますなって感じだ。噂で聞いた事があるのだが、未だに彼女は昔のバイト先で月に何日かアルバイトをしているという。全く、彼女にはもう少し自分の知名度というか、そう言うものを意識してもらった方がいいと思うのだ。
『ってか、神越さん。何でこんな所に居るんですか?』
画面の中のバ会長の言葉に、会場全員が首を縦に振っているのが見えた。もちろん俺もだ。何で彼女がここに居るのか? 本当にもう訳が解らなかった。重ねて言うが、『会場に来ている』事は知っていた。だから驚く事はないだろうとか思うかも知れないが、『会場に来ている』のと『冥土喫茶でメイドをしている』ではまるで意味が違う。そうだ、俺と栞にはそこが分からなかった。
『ああ、それは……』
『それは私から説明しよう』
『おや? 貴女は?』
『私か? 私は通りすがりのレストラン店長だ。覚えておけ!!』
皆の疑問に瑛が答えようとした矢先、バ会長の持つマイクを奪って某日曜の朝にお茶の間の子供達と一部のお母様方を熱狂させているであろう、最初はどうかと思ったが見ている内に段々ありかな? と思える様になって来る「ずべてを壊し、すべてを繋ぐ」変身ヒーローみたいな事項紹介をする皐月さんが大型スクリーンに映っていた。
もう、本当に訳が解らない。一体何が始まろうというのか?
ってか、正直ステージ上の俺達よりも、このスクリーン上の瑛と皐月さんの方が目立ってないか? なんて、それはアイドルとしてどうなんだろう? な疑問を抱く俺だったりした。
『では、私の口からこの状況の説明をしておこう』
『ええ、お願いします……ええと、店長さん?』
『ああ、それで構わない』
完全に皐月さんのペースで進んでいく当初CMだった筈のいちコーナーだが、まず驚くのは皐月さんの尊大な態度だ。いつもは尊大に感じるバ会長の態度が、全然普通に見える。むしろまともに見える。
「栞、俺眼科に行って来る?」
「いってらっしゃい!!」
「いや止めようよ!!」
バ会長が普通に見えてしまった事にショックを受けて、思わずアホな事を口走ったが、良く考えれば今俺の周りには突っ込みは居ないので収拾がつかなくなってしまうんだな……気を付けよう。うん。
話がそれてしまったが、皐月さんの尊大ぶりに思わず見とれる俺だった訳だ。
『私はこの店の少年に頼まれて、この店の再建を任されたんだ』
「再建!? 文化祭始まって間もないのに、もう潰れたの!?」
『いや、潰れた訳ではないが、客を集めようと無理をする事で、結果大きな赤字を生んでしまっていたんだ』
思わずつっこんでしまったが、それはもう当たり前の事の様に綺麗にスルーされた。このやり取りが本当に自然な事の様な華麗なスルーっぷりだ。
『なるほど……貴女がここにいらっしゃるのは解りましたが、天下のアイドル瑛さんがここに居る理由にはなりませんよ?』
『ああ、そこなんだがそうでもない』
『はい? と言いますと?』
『私が居るのだから、瑛が居て当たり前なんだ』
「………はぁっ!?」
「可憐ちゃん、アイドルがそんな怖い声出しちゃ駄目だよ!!」
「ああ、ごめん……でもさ、詩織。あの店長さんの言ってること意味不明だよ?」
『意味不明等ではない。ちゃんと意味ならある』
自信満々の皐月さんにやはり思わずつっこんでしまうが、もうどうでも良くなって来た。よく考えれば、バ会長、皐月さん、瑛、栞、俺というメンバーで、突っ込み要員と言えば、確実なのは俺位しか居ない。瑛の頑張りにも期待したいが、とにかくこのつっこみ要員の少なさを考えれば、必然的に俺が画面越しにつっこむ他無さそうだった。
ちなみに、皐月さんの言い分の意味は、当然の事ながら全く解らない。
『ここで自己紹介をしておこう。私は涼宮 皐月。全国チェーンのファミリーレストラン『トワイライトガーデン由芽崎店』で店長をしている』
何故ここで自己紹介なのか全く意味が解らなかったが、会場の客にはその意味が解る人間が居たようだ。
「え? 由芽崎店って言えば……」
「ああ、そうだよな、伝説の店の?」
「って事は!?」
「ああ、ならあそこに瑛が居ても不思議はないよな!!」
そんな会場の声が示す通り、どうやら皐月さんのその肩書きが、この摩訶不思議な現状の説明になっているらしい。
『元々うちの店の企画でアイドルになったのがコイツだ。アイドルになろうが総理大臣になろうが、コイツがうちの店の店員である事には変わらないからな。出張営業と言う事で呼びつけた。コイツがいれば客寄せパンダには最適だろう?』
『あはは……相変わらず店長は人使いが荒いのなんのって……』
少々困った顔で、でも全くそれを否定しない瑛の態度が、その皐月さんの荒唐無稽な説明を肯定する。そんなアホみたいな話が、どうやらこのアホみたいな現状の真実のようだった。
『なるほど……彼女と貴女がいれば、この店の繁盛も頷けますね……』
『もちろんだ。私がわざわざ店長をするのに、売り上げが模擬店で最下位なんて認められる訳がないからな』
もう、物凄い理論だ。二つ返事で店を手伝ってくれたポニーの態度が正直不思議だったが何となく頷ける。
『しかし、この繁盛は何もコイツだけの効果じゃないさ……』
『ほう、繁盛の秘密は他にあると?』
『ああ』
もうどうなってしまうのか、全く予想のつかない展開だが、そんな中でも皐月さんとバ会長にはやはり何か思惑があるらしい。
皐月さんは店の様々なサービスについても説明しているが、何となくだが場の空気を暖めていると言うか、探っているような雰囲気を感じるのだ。
『確かにコイツもいい客寄せにはなっているが、この店の看板娘は他にいるんだ』
『ほう……アイドルを差し置いて、看板娘が?』
『まぁ、正確には『看板息子』だがな……』
「えっ!?」
「それって……?」
嫌な予感がした。
とてつもなく、嫌な予感がした。
そんな嫌な予感を感じながら、俺と栞は目を見合わせていた。まさか、そんな事がある訳ないと思いながら、食い入る様にスクリーンの映像に目を向けていた。
すると、
『コイツがうちの『看板息子』、鈴原 健介だ』
「えぇぇぇっ!?」
「か、可憐ちゃんっ!!」
画面いっぱいに映ったのは、俺の等身大人形だった。
ああ、神様。何この展開? 何この怒涛の展開?
正直俺ついて行けません。一体何処に行こうと言うんですか? 神様仏様バ会長様……怒らないであげるから解りやすく俺の納得行く様に、懇切丁寧に説明してみて下さい。
もし万が一にでも、俺がその説明に納得行けば、命だけは助けてあげますから。
「あはは……あはははははは……」
「可憐ちゃん!! 可憐ちゃん落ち着いてっ!!」
必死に俺をなだめる栞。
でもさ栞さん。これって俺が頑張ってきた全てをぶっ壊された訳で、こんなのを黙って見ていられる程、俺の人間も出来ちゃいない訳ですよ?
流石にアイドルがとか、秘密がとか、その他色々な事情を考えても、もう、自分を理性で押えつけられる限界ギリギリの所まで来てしまっている。今すぐにでもバ会長に土下座させて、今の状況の解り易い説明をして頂いて、その後で潔く死んで頂かない限り、俺の怒りはもう収まりそうもなかった。
だってそうだ、俺の努力だけじゃない。クラスのみんなの努力も、和真の努力も、みんなみんなこんなバ会長の茶番と、俺のいい加減な判断ミスでぶち壊してしまったんだ。我慢の限界。これで切れなきゃ堪忍袋の緒は多分鎖か何かで出来ているって事になっちまう。だが、残念ながら俺の堪忍袋の緒は、至って普通の麻布なのだった。
「え? あの顔ってやっぱり!?」
「そっくりじゃない? 可憐に!!」
「え? じゃあもしかして?」
会場からもざわめきの声が上がっている。それはそうだろう。ステージ上にいる人物と寸分違わない顔をした人物が別の場所で画面に映っているのだ……
ん? あれ? それって不味い事なのか?
「やっぱりこの学校に、可憐のソックリさんがいるって噂は本当だったんだ!!」
「すげぇ!! 後で俺あの店に行かないと!!」
「俺も!!」
あれれ? 誰も俺とスクリーン上のロボットが同一人物だと思っていない? ってそりゃそうか。俺がやろうとしてた事は正にこれだったんだ。同時刻に全く違う場所に存在する。それを出来るだけ多くの人間に見させる……絶対に不可能だと思っていた作戦。それが今正に目の前で実現され様としていた。
でも、
「でもさ、あれって本当にそっくりさんなのか?」
「は? だってステージ上に可憐が居て、別の場所に居るんだからそっくりさんじゃなきゃ何なんだよ?」
「ほら、例えば合成とか?」
「ああ、なるほど……」
そうだ。そう考える奴が出て来ない訳がない。人間とは疑う生き物だ。目の前にある現実を常に疑っているような生き物だ。会場から聞こえる声が示す通り、そういう考え方だってあるんだ。
その考えを覆す手立てが、今の俺には無かった。
あのロボットに出来るのはいくつかの簡単な表情を作る事と、数パターンの挨拶をする事だけ……とてもじゃないが、今湧き上がった疑いを晴らせる性能を有しては居ないのだ。
くそ、これで手詰まりか……
でも、ヤケクソになって、俺がマイクに向かって怒鳴りつけようとした時、信じられない事が起こったのだった。
「ふざけっ……!?」
『カメラを向けるな、バ会長……』
『ん? なんて?』
『カメラを向けるなぁ、バ会長ぉっ!!』
叫ぼうとした俺の声を遮ったのは、スクリーン越しに聞こえた、『俺』の声だった。
「え? あれ?」
「ふぇっ!? 可憐ちゃんは……あれれ?」
そう、訳が解らない。意味も解らない。でも間違いなくスクリーンに映った俺の人形……いや、本当に人形なのか? 今はそれすら疑わしいけれど、しっかりと怒りの表情を浮かべた『俺』が、カメラに向かって大きな声で激昂するのだった。俺がここに居るのにも関わらず、目の前で大声で叫ぶ『俺』。俺は夢でも見ているのだろうか?
『まぁ、そうカッカするな宮姫よ』
『宮姫言うな!! ってか撮るなっ!!』
間違いなく『俺』だ。目の前で繰り広げられているやり取りは、正に『俺』とバ会長との日常だった。ってか、あれか? あそこに居るのが本当に『俺』なら、俺は何なんだ? 俺が偽者だったりするのか? 俺は精巧に作られた『俺』の身代わりロボットとか? あれ? 本当にどうなってるんだ? 俺は誰だ? 鈴原 健介なのか? 珠洲宮 可憐なのか? あまりの事で俺のアイデンティティが崩壊しそうになっていると、俺の手をそっと握る手があった。
「可憐ちゃん……私も良く解らないけど、きっと会長さん達の作戦なんじゃないかな?」
「作戦?」
「うん……可憐ちゃんの秘密を守る作戦……」
「俺を守る……作戦」
見失いかけていた自分を何とか取り戻す。そうだ、このライブだってその為だったじゃないか……一体どんなからくりか知らないが、確かにこのまま上手くいけば申し分ない位に俺の秘密を守れるんじゃないか? からくりも理屈も解らなくても、それが望む結果に繋がるなら、俺は全力でそこに向かうべきじゃないか。口裏を合わせる余裕なんて無かったんだ。だったら俺は俺で、あのバ会長を信じてその作戦とやらに乗ってやればいいんだ。
何が正しいかなんて解らないし、そもそも嘘でみんなを騙そうとしている俺は、とてもじゃないが正しいなんて言い張れない。だったらずるくても汚くても、今はその意地を通すだけだ。そうだろ?
「えっと……会長さん?」
『はい?』
『逃げるなっ誤魔化すなぁっ!!』
『ってこら、騒ぐな宮姫……なんですか?』
「取り込み中のところ悪いんだけど、折角お店に行ってるんだし、お店の人と少し話し出来ますか?」
バ会長の顔色を伺いながら、俺はそう切り出してみた。するとバ会長の顔は嬉しそうに綻んだ。間違いない、アイツの狙いはこれだ……
『ええ、いいですよ?』
『お前が決めるな!! だったら俺は答えないからな!!』
『少し静かに……では可憐嬢……どんなお話を?』
「あーえっと……そう言われると困るんだけど……」
どうして俺の人形が喋れるのか解らないが、こうして俺と会話を成り立たせれば、俺と人形が特撮とかそういう物ではないと証明出来るんじゃないかって考えた訳だ。
「そいつ……本当に男なのか?」
「可憐ちゃん!! そいつとか失礼だよ!!」
「あ、ごめん」
『……宮姫……質問が飛んできているが?』
『……男だよ。ああ、男だよ! どうせ男には見えないだろ? そうだろうさ、そうだろうよ。生まれてこの方告白されたのは全部男だよ? 女の子には『異性に思えない』なんて言われて相手にもされないような可愛そうな男の子ですよ? いや、今流行の男の娘ですよ? 悪いですか? ああ、そうですか? 笑いたきゃ笑えばいいさ、笑えって!! 笑えよ!! あーっはっはっはっ!!』
「うわぁ……」
「可憐ちゃん!! 可憐ちゃん謝って!! とにかく彼に謝ろうよ!!」
「えぇっ!? 俺が!?」
何と言うか……凄く心が痛いのは何でだろう? 物凄く心が切ないのは何でだろう?
「ご、ごめんね。アンタすっごく可愛いけど、でもちゃんと男の子だよね? ごめんね」
ああ痛い。心が痛い。何だこれ? 何で俺自分に向かって謝ってんの? 意味解んないんですけど? いや、まぁ、あんな風に言われたら、謝るしかないけどさ……てか、本当に表情豊かだな……あの人形。
「……本当にお人形なのかな? あれじゃまるで、本物の鈴原ちゃんだよ……」
栞のつぶやくような声に俺も頷く。まるでへんな夢でも見ているようだ。俺には双子の兄弟でも居たのだろうか? そんな話は聞いた事はないが、ジャ○プの某漫画でも実は双子の兄弟が居たんです……な展開もあったし、無い事もないのかも知れないが……
「それは無いよな? 漫画じゃないんだから……」
マイクに拾われない様な小さな言葉で呟いた俺の声に答える声は無かった。
『お二人から質問は他にありますか?』
『……あはは……あはははは……』
『いい感じにこの子の目も荒んで来てるし、次の曲までの時間もあんまり無いみたいだし……無いなら会場の誰かからの質問とか?』
と付け加えたのは、そう言えば今までカメラに映っていなかったトップアイドルだった。そういや居たっけ……俺的には『俺』の登場でぶっ飛んでいたが、相当の大物ゲストである事には変わらない。でも、そうか……気づいた事があった。俺や栞といくら会話をした所で、俺達が別撮りの映像に話を合わせているって思われる可能性もあるんだ。だったら、完全なイレギュラーな存在……俺たちに全く関係ない存在と台本無しの会話をしなければあの人形(?)の存在は認められないかも知れない……言ってる忌みが自分でも解らないけど、何かそういう気がするのだ。んー、何と言えばいいのか解らない……まぁ、要はなるようになれと言う事だろうか?
「会場の誰かで、あのお店について質問したい人とか居る?」
とにかく今は、流れに乗ってみる事にする。結果どうなるかは解らないけど、悪い様にはならない気がしたから……
『頼むから、俺の話を誰か聞いてくれ! 撮るな!! 映すな!! 録画するなぁっ!!』
『俺』の声が、虚しく会場に響き渡るのだった。
最早何も言うまい。きっと何かからくりがある。きっと上手くいく。そう信じて俺は事の成り行きを見守るしかなかった。
俺はただただ感心するしかなかった。人形の表情を制御するロボット研究会所属の斉藤の手業も大したものだがもっと驚くべきは声の担当者だ。俺もネットのプロフィール欄にそんな特技が書いてあったなぁ程度の認識だったが、これはもう特技とかそういうレベルじゃないだろ?
「『お前が決めるな!! だったら俺は答えないからな!!』」
どういうからくりなのか、そんなもの知らない。目の前でマイクに向かって喋っているのは紛れも無い生身の人間で、某少年誌で人気連載中の本年の劇場版でとんでもない興行収益をあげた探偵漫画の主人公の様にハイスペックな変声期も使っていない。最早同じくその漫画にも登場する稀代の大怪盗怪盗1412号バリの声帯模写だった。
「『……男だよ。ああ、男だよ! どうせ男には見えないだろ? そうだろうさ、そうだろうよ。生まれてこの方告白されたのは全部男だよ? 女の子には『異性に思えない』なんて言われて相手にもされないような可愛そうな男の子ですよ? いや、今流行の男の娘ですよ? 悪いですか? ああ、そうですか? 笑いたきゃ笑えばいいさ、笑えって!! 笑えよ!! あーっはっはっはっ!!』」
しかも、コイツは普段の健介を全く知らないんだ。俺が数分間で教えられるだけの健介のパーソナリティと、最初のうち俺が用意した台詞を読んだだけで、今はもう完璧に健介を演じ切ってしまっている。流石はトップアイドル。そんな言葉で片付けてしまっていいのだろうかとも思うが、そんな言葉しか思い浮かばなかった。
「カズマ君、もしかしてちょっとやりすぎた?」
「いや、多分健介ならそれ位の自虐もするよ……むしろらし過ぎて驚いたくらいだ」
「そっか、なら良かった」
マイクから口を離してそんな事を言う。そこに混ざる自然な笑顔は本当に魅力的だった。後で写真集とか買ってみようかな? 何て考えたが、それも悪くないかも知れない。少なくとも俺は今日一日でより一層この『神越 瑛』と言うアイドルの事が好きになった事は言うまでもないだろう。
「『……あはは……あはははは……』」
「うわぁ……、これ後であの子に謝らないとなぁ……にしても自虐的だよねぁ、自分に自分であんな質問するなんて……あの子って何気にマゾヒスト? オーディションの時は結構Sっ気強いかなぁとか思ったんだけどなぁ……」
「器用だな、あんた……」
自分の声と健介の声を器用に使い分けながら、自分の声がマイクに拾われない様にしっかりとマイクをコントロールしている事も含めて全部、『器用だな』の一言に集約してしまったが、問題は無いだろう。実際コイツは物凄い器用な奴だと思う。
「そう? 別にそれ程でもないと思う置けど?」
「『頼むから、俺の話を誰か聞いてくれ! 撮るな!! 映すな!! 録画するなぁっ!!』」
「いや、器用だろ……」
「ありがと。褒め言葉として受け取っとく」
「褒めてんだよ!!」
「だから、ありがとう」
「くそ……こいつめ」
いつの間にか、俺はトップアイドルとこんな憎まれ口を叩き合う様になっていた。聞けば健介とはそれ程仲良くなったりしていないらしく、『今じゃカズマ君との方が仲良しなんじゃん?』とか言う始末だ。まぁ、このイベントの後この二人が仲良くなる事は容易に想像出来る訳だが、今は健介よりも俺の方が仲良しと言う事で、後で健介に自慢してやるか……
「あ、カズマ君今可憐のこと考えてるでしょ?」
「はい?」
「顔がにやけてた」
「………ほら、客席からの質問募ってるぞ? どう答えるか考えろよ」
「いや、質問来てからじゃないと答えようないし……話をそらすなよ色男」
「てめぇ……別に健介の事なんて考えてねぇですよ? 何か俺トップアイドルと親しげだなぁ……今度自慢しようかなぁ……とか考えてただけです。はい」
「へぇ、カズマ君もそういうこと自慢するんだ?」
「いや、多分しねぇけどさ……」
「なーんだ、つまんないの……」
瑛は心底つまらなそうにマイクを弄びながら欠伸を噛み殺していた。何と言うか、最初に感じたアイドル然とした雰囲気はもう全く感じない。なんだか普通の……いや、どちらかと言えば健介に似た感じの女の子……それが今俺が瑛に感じている印象だった。
いや、もしかしたらあまりの出来事の連続に俺の感覚が麻痺したのかも知れないが。
「カズマ君はさ……」
「ん?」
「可憐のこと、どう思ってんの?」
「ぶぅっ!!」
どうやら瑛の方も俺の事を親しく感じて下さったようで……
「アホな事言ってないで、しっかり会場の声に耳傾けてろよ!!」
「はいはい……好きなんですねぇ~……」
「んな事言ってねぇだろよっっ!!」
「あははっ!! 怒った怒ったぁっ!!」
最早性質の悪い女子高生である……確か瑛ってリアルに女子高生だったんじゃなかったか? なんて、そんな事を考えながら、ステージ上のスクリーンに映るバ会長と健介人形を俺はただ何も考えずに眺めているのだった。
さて、会場に質問を投げかけたのが正解だったのか、出るわ出るわ……店に関する質問、瑛に対する質問、あそこにいる俺に対する質問等等、十数件の質問に、スクリーンの中の俺はたどたどしく、時に荒々しく、実に俺らしく答えていた。お陰で自分のアイデンティティを失いかけたが、その度に強く握られる栞の手の感触と熱で、俺は俺を保つ事が出来た……ああ、惚気だよ、悪いか!!
……しかも、『友達として』だよ!! っけ!!
ささくれ立つ気持ちも、
「ん? どうしたの、可憐ちゃん?」
この笑顔があれば、すぐに穏やかさを取り戻すのだった。
後で聞いた話だが、このとき俺の声を演じていたのは瑛だったそうだ。瑛の特技として有名な声帯模写。その実力は本物だったんだな。って、何で俺はこんなに偉そうなんだろう?
とまぁ、そんなこんなで遊びが過ぎたのもあって、時計は押し押し。このままでは歌をカットするかプログラムの一部をカットしないととても規定時間内には終わりそうもない状況だ。バ会長だったら『別に全部やればいいだろ?』とか言いそうなものだが、そうは行かない。演奏スタッフや様々な人員を事務所から借りているんだ。無駄な延長は経費面で事務所に迷惑をかけてしまう。
まぁ、最初から無かったと思う事にした。そうすれば、カットする事に心苦しさを感じずに済むし、その気持ちを観客に伝わらずに済むだろうという三枝のアイデアだ。流石は仕事の出来る男三枝。ああ、ちなみにスタッフとは、インカムで会話が出来るようになっている。インカムマイクも高性能になったものだと感心していたら、うちの学校のコンピ研の発明品だそうだ。うちの学校実は結構凄い連中の集まりみたいだ。俺受験の時の併願校だったんだけどなぁ……
っと、話が逸れてるな。
「……だから、私はいつも可憐ちゃんに言ってるんですよ。『下着はやっぱり身体に合った者にしないと駄目だよ』って」
「って、おぅーいっ!! 何で君は油断するとすぐ下着の話になるのさ!? 好きなのか? 下着が好きなのか!?」
「うん、可愛いのとか好きだよ」
「………ああもうっ!! 下着の話はおしまい!! 次の歌行こう次の歌!!」
「うん、そうだね。じゃあ次の歌は可憐ちゃんのソロです……あ、何気に今日初公開だ。じゃあ、次は珠洲宮 可憐で『未来―あした―』です。聞いて下さい」
流れ出す軽快なイントロ。今度発売する俺達『KALEN』のファーストアルバム収録曲で、作詞は栞が担当している。ちなみに同アルバム収録予定の栞のソロは俺の作詞だ。お互いの曲をお互いのイメージで作詞するというのは栞のアイデアだが、相当に恥ずかしかった。
この曲を栞が俺の何処を見てこんなイメージを抱いたのかとか、色々気になる事はあるけれど、でも、俺はこの曲が凄く気に入ったんだ。
「決して届かない明日に、今君は何を望むの? ~♪」
派手な爆薬の演出と、突き上げるようなベース音。その歌詞とは裏腹に、コテコテのハードロックなその曲のグルーブが、一瞬で会場を飲み込んだのだ。
「僕はただ君と、それだけを願うのに
どうして涙が止まらないんだろう? ~♪」
切ない歌詞。でも、この曲に込められたのはそんな切なさなんかじゃなくて、もっと別のものだ。折角の栞の詩。俺は観客全員にその気持ちを伝えたくて、それはもう全力で思いの丈をぶつけて歌う。
ふと、不思議に感じた。
俺はいつだって全力で歌っていたつもりだったのに、今日はじめて心の底から気持ちをこめて歌えている気がしたから。
何故だろうか? そう考えていると、ふと視界の隅に俺達の店を見えた。
ああ、そうか……
「明日にはいつだって届かない
そう言って君は涙を流すけど
今日というその日だって
こんなにこんなに大切で
僕らの未来(明日)はきっと…… ~♪」
ずっと不安だったんだ。俺の正体の事、店の事、本当に色々な事がありすぎて。
「ずっと、ここにあったんだ ~♪」
親友の和真に隠し事をしていた事。
学校中の知り合いを騙してアイドルをやっていた事。
それは今だってそうだけどやっぱり裏切りで、みんなにバレれば間違いなく嫌われると思った。
「ただひたむきに滅茶苦茶に
歩き続けるこの道と
出会いながら分かれながら
走る続けたその道も~ ♪」
でも、和真にバレて、皆にばれて、もう終わってと思った。
皆に、和真に嫌われてしまったと、そう思って絶望しかけた筈だった。
なのに、皆は、和真は笑顔で『俺の秘密を守る』そう言ってくれた。
クラスが一丸となって、俺の付いた嘘を守ってくれようとした。
「僕らが積み重ねた今という名のこの瞬間に
君と二人ああその場所に辿り着いたら
僕らの明日に辿り着くんだ…… ~♪」
だから、俺はこの嘘を守り通さなきゃって思ったんだ。
皆が頑張ってくれたのに、上手く行かないなんて嘘だから。
なのに、やっぱり不安で、どうしてもあやふやで、守るものが嘘だから、どうしても自信が持てなくて、でも皆の頑張りを無駄にしまいと必死だった。
だから、全ての思いを歌にぶつける事が出来なかったんだ……
気になる事があり過ぎたから。
でも、今、
「未来(明日)は……
いつだってここにある……… ~♪」
こうして俺が歌に全てをぶつけられるのは、やっぱり皆のお陰なんだ。
皆の頑張りが、奇跡を起こしたんだと思う。
俺だけだったら、このライブも失敗したと思うし、自分の秘密も守れなかった。
今こうしてこの歌を歌う事も、きっと出来なかっただろう。
それがこうして出来たのは、和真の、クラスの皆の頑張りと、その頑張りが引き寄せた『奇跡』のお陰なんだって俺は思うから……
「……みんな、みんな、ありがとおぉっ!!」
「「「「「うおおおおおおおおおっ!!」」」」」
それはクラスの皆と、観客に当てた、心からの感謝の言葉。
思い切り歌えたのは、心配事が解消したら。まだ終わった訳でもないのに、どうしてかそう思えたのだ。本当に不思議な感覚だ。でも、だったらここからは、俺の、いや『珠洲宮 可憐』の本気を、観客に見せなくてはならない。
俺の売りは『意外性』。
オーディションでも俺は、その『意外性』で勝ち残れたような物だ。
だから、
「じゃあ、次の曲なんだけど……バンドさんにお願いが………」
「あれ? どうしたの、可憐ちゃん」
「いや、私も歌ったんだし、ここはやっぱりうちの歌唱力担当のソロも……ね?」
バンドの皆さんは快く引き受けてくれた。本当はこの後は二人の曲を二曲歌って最後の極の筈だったのだが、それを俺の独断で変更してしまった。ごめんね、マネージャー!!
「え? 私もソロ歌うのっ!?」
「そう、歌って♪」
「えぇぇぇぇっ!?」
自分勝手だというのも認める。迷惑を一杯かけているのも知ってる。でも、俺なんかより絶対に栞の歌は上手いんだ。それを観客の皆さんにも聞かせて上げたいと思った。
「ほいじゃ予定を変更して、今度発売する私達のファーストアルバム『KALENだ!』収録予定のソロ。音梨 詩織で『あたし』を心して聞くが良い!!」
「うわーん、そんなの聞いてないよぅ~……ぬ、小癪にもライブ用アレンジまで効かせてるっ!?」
軽やかなストリングスのイントロ。栞ぴったりの可愛らしいメロディーがそれに続く。
「でも、頑張るからみんなも覚えて一緒に歌ってねぇ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
微妙にふらふらしながら、可愛らしくステージ上を跳ね回る姿は、もう……ね? 物凄く可愛い。可愛すぎる。
「あたしが楽しませてあげるわ! ~♪」
曲とマッチした可愛い振り付けは、もう間違いなく俺を、そして観客を悩殺していた。
べ、別にこれが見たかったからとか、そういう訳じゃあないんだからな?
みんなにもこの曲を聴いて欲しかったのと……
「おい、バ会長、このライブ最後は少しお祭り騒ぎでも良いよな?」
『宮姫が望むなら、俺は一向に構わないよ?』
「よっしゃ、いいか? 男に二言は無いからな!!」
「はいはい、分かったよ……で、何を企んでるんだ?」
「それは見てのお楽しみだろうが?」
バ会長様との密談の時間を作りたかったのだった。
さぁ、俺の本領を見せ付けてやろうじゃないか。『意外性No.1』の巻き起こす筋書き無しのハプニング満載のライブを皆さんにお届けしようじゃないか!!
「まぁいい、お前に任せて失敗しても、それはそれで自業自得だからな?」
「失敗? この俺が? お前『この俺を誰だ思っていやがる!?』」
「ああ、はいはい。宮姫ですよね。分かります」
「うっせ、宮姫言うなぁっ!!」
仕込み無しなのは『あの時』と同じだけど、だからこそ、上手く行くと確信していた。
俺達のライブだ。俺達の好きな様に……そして何よりも『俺達らしく』盛り上げてやる。見てろよ、俺の本気見て、会場全員の口をあんぐりと開けてやるからなっ!!
「だからみんなHappyLucky大好き!! ~♪」
栞のソロが終わる。可愛らしいメロディに合わせての殺人的に可愛い振り付けは曲の最後まで観客と俺を、特に俺を魅了した事は言うまでもない。
ちなみに、この恥ずかしい歌詞は俺の作詞だ。………なんだよ、文句あるか?
可愛い栞をイメージしたら、自然とこうなったんだから仕方ないだろ?
某けいおん部の作詞家に負けずとも劣らないふわふわ感は俺自身が一番自覚してるんだ。態々言うな。恥ずかしくて死にそうになるから。
さて、それは良いとして、いや良いとさせてくれ頼むから。時間的にも体力的にも更に言うならページ的にも……ページ? とにかくとうとうラストの曲の時間帯だ。あ、残り時間を言えば後十五分程残っているが、アンコールのサービスやMCなんかを考えるとって話なのでそこまで時間が押している訳ではないのだが……まぁ、これは余談だな。
そうだ、ラストなのだ。色々ハチャメチャやって来たが、それもこれで終わり。だとしたらやっぱり、俺らしく行くなら間違いなく、
「みんな、ありがとぉ~っ!!」
「詩織お疲れっ!!」
「もう、こんなびっくりはこれで最後だよ?」
「ああ、『次』で最後にしよう!!」
「ふぇっ!?」
「バンドの皆さん、よろしくお願いしますっ!!」
DomDomDomDom!!
「えっ!? この前奏はっ!?」
「会場の皆さんっ!! 一緒にCLAPッ!! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」
俺がマイクを持って大きなジェスチャーで頭の上で手拍子すると、すぐさまそれは会場全体に波及した。
大音量で会場にエンドレスリピートされているイントロは、多分日本中誰でも知っているとんでもなくメジャーな曲のイントロだ。
俺はマイクを通して、会場に、いや、ある一人の観客に語りかける。
「なぁ、折角ここに来てるのに、ステージに上がらないなんてつまんないだろ?」
「可憐ちゃん、まさかっ!?」
流石に栞も俺の企みに気付いた様だ。まぁ、恐らく会場の観客全員が俺の思惑に気付き、今後の展開に期待しているのだろう。何となく、会場全体のそんな空気が読み取れる。
「時間も押してるし、流石に待ってられないから、サビまでにはここに上がって来いよっ!!」
少し生意気な口調でマイクに叩き付ける様に叫ぶと、
パチンッ!!
高らかに指を鳴らす。
DomDomDomDom!!
「「俺(私)達の歌を、聴けえぇぇぇっ!!!」」
お決まりの台詞と共に、俺と栞のリハーサル無しぶっつけ本番の歌が始まるのだった。
「「Diamond Star Dust~ッ♪」」
曲はもちろん瑛のミリオンヒット曲、『Diamond Star Dust』。
そう、あの日と同じ様に、俺は再びトップアイドルに喧嘩を売ったのだ。
だって、あんなに凄いアイドルが来ているのに、ステージに上がらないなんて、歌の一曲も歌わないなんて、勿体無いじゃないか?
いや、よくよく考えれば、ギャラの事とか色々問題は山積みだったりする訳だけど、その辺は大丈夫だよね、マネージャー? ほら、瑛も同じ事務所だし……ね?
『時間も押してるし、流石に待ってられないから、サビまでにはここに上がって来いよっ!!』
いやはや、なんと言いますやら……
「なるほど、お祭り騒ぎとはこう言う事か……」
「あ、会長さん知ってたんだ、この展開?」
「いや、先程『可憐嬢』から『お祭り騒ぎにしてもいいか?』という相談を受けた位だ」
「で、許可したと?」
「学園祭とは祭りだろう? だったら何の問題があるんだ?」
「ですよねぇ~っ!!」
『『俺(私)達の歌を、聴けえぇぇぇっ!!!』』
さて、もたもたしているとそれこそサビに間に合わないが、ここは乗るべきなのかそるべきなのか?
ポフッ
「ほ?」
「この場合さ、難しい事はもう抜きにして、アンタがどうしたいかなんじゃないか?」
「カズマ君……」
私の頭に手を載せて、クシャクシャに撫でながらそっぽを向いてそう言うカズマ君のその動作はもの凄く自然で、悔しいけどほんの少しドキッとしたりもした。
「アンタはどうしたいんだよ? ライブをぶち壊すような事はしないって言ってたよな?」
「そうだね……可愛い後輩のライブをぶち壊す趣味はないよ?」
「だったらっん」
「それ以上は言わなくて良いよ。ってか言わせない。それは私が決めることだから!!」
私が乱入して掻き乱すのは良くないと思った。でも、こうしてお膳立てされているのに出て行かないのもまた、可愛い後輩のライブをぶち壊す事になるんじゃないだろうか?
よく考えれば、こういう予想外の演出こそが二十六番の、珠洲宮 可憐の真骨頂ではないか。そうだ、そんな私の乱入程度でぶち壊れてしまうようななまっちょろいライブなんて、彼女のがする訳がないじゃないか……
だったら、
「店長っ!!」
「ああ、好きにしろ」
「はいっ!!」
私はあの時と同じ様に、彼女の作戦に乗っかって、唯もうひたすらに、大暴れするだけじゃないか。
「お店のみんなっ!!」
私は店の来客達に声をかける。
「このライブは、誰のライブ?」
「えと……『KALEN』のライブ?」
自信なさげに答えたお客様にウインク一つ。
「そ、これは『KALEN』のライブだよね……でもね!!」
私は大げさに手を広げて叫ぶのだ、
「今この瞬間から、このライブは私のライブになる!!」
さっきの取材に来ていたカメラマンさんにウインクして、会長さんからマイクを奪う。
ステージ上のバンドの演奏が、丁度サビ直前のところに差し掛かったのと、
『アタシの歌を聴けぇぇぇえぇっ!!』
「「っ!?」」
スクリーンに私が映ってそう叫ぶのは全く同時のタイミングだった。
「カメラさん、走って!!」
私はカメラマンを引き連れて、喫茶店を飛び出すと、
「「『Diamond Star Dust~ッ♪』」」
ステージ上の二人の声にかぶせて歌いながら、観客席を駆け抜けて、一直線にステージを目指すのだった。
『負けないよ、後輩っ!!』
「来やがったな、先輩っ!!」
「あわわわっ!? ど、どどどどどうなっちゃうの、このライブ!?」
ギラギラと楽しそうに瞳を輝かせる可憐と、あわあわと慌てふためく詩織。
可憐の物言いは失礼過ぎるし、別にとって食うって訳ではないんだから、あそこまで慌てる詩織もある意味失礼だが、本当に面白いくらい絶妙のバランスでかみ合っているコンビというかデュオと言うか……
本当に面白い娘達が出て来たものだと思って直ぐに、ああ、私のこの思考、少しおばさん染みてないか? と悲しくもなった。
とにかく、
ダンッ!!
「みんな、お待たせ!! 真打は遅れて登場するって言うじゃないっって、うわぁっ!?」
「「「「「わああああああああぁぁっ!!」」」」」
私がステージに上がった瞬間、会場から歓声が起こった。でもそれは私の登場に沸いたのではなく、
「遅刻してきたアイドルなんて、誰も待ってなかったよな!!」
「ああ、もう、どうなっても知らないんだから!!」
私を押しのける様に躍り出た二人に対しての歓声だった。
むぅ……ちくしょう。
「「「星空を越えて、今、夢幻のStoryを奏でて行こう~♪」」」
流石と言うか何と言うか……演出力では、もしかしたら勝てないかも知れないが、歌で負ける訳には行かない。そう思って声を張り上げた。
「「「星空を越えて、今、夢幻のStoryを奏でて行こう~♪」」」
背中がぞくぞくした。某一流野球選手じゃないが、ほぼイきかけそうになるくらいぞくぞくして、もの凄くワクワクした。
横を見る。あんなに不安そうだった栞の横顔は昂揚して溢れんばかりの笑顔がこぼれていた。多分だが、俺もきっと同じ顔をしていると思う。
「「『I wont to be a Star light. 私は今、星になる~っ!!』」」
俺と栞の間を掻き分ける様に俺達の前に躍り出て、あの時の様に転調して来た瑛だったが、俺や栞が同じ手を二度も食う訳もなく、しっかりそれに合わせてハモって見せたら、瑛の顔が驚きの色一色に染まっていた。
「バレバレ?」
「「バレバレ♪」」
「くっそぉ~っ!!」
マイクに拾われるのも気にせず、ステージ上で会話もする。もう、めちゃくちゃだ。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
でも、それで良いんだ。
「「「I don’t keep your side. いつだって、自由にいたいから!!」」」
だって会場はこんなにも盛り上がっているんだから……