俺がお前を守るから……
第五章 俺がお前を守るから……
「とうとう当日か……」
『星黎祭』が始まり、校内はお祭りムード一色になっていた。廊下には仮装した生徒が溢れ、校門からは出店のテントがずっと並んでいる。外部の動員は午後からだが、校内の生徒だけでなく、今日は白女の生徒もいるので、普段の倍近い人数を校内に抱えていることになる。しかも、普段交流の少ない女子生徒だ。男子校の生徒にとっては、テンションを最高潮にする効果的な状況だ。まぁ、それは反面、俺への過剰な視線が和らぐ意味もあるので、こちらとしては在りがたいのだが……それでも、『星黎祭』は始まって間もないというのに、既に三人の馬鹿に声をかけられた。正直うんざりだ。頼むから、静かに考えさせて欲しい。この面倒なイベントをどう乗り切るか。それは結局今朝まで考えてもいいアイデアは浮かばなかった。
ライブと店番。これを同時に、不自然なくこなす……一〇〇%不可能だが、不可能を可能にしないといけないのだがら辛い。
そして、それに対する対策を、俺は何も講じる事が出来ていないのだ。これはもう、目も当てられない。俺が用意した作戦は、何と言うか、気合でどうにかしようというようなものだ。これを作戦と呼んでいいものかどうかも分からない。
「みやひ……えっと、鈴原!」
「ん? 何だよ……」
俺は既にメイド服を着込んで、保健室に居た。
「メニューなんだけどさ……限定商品とかって、なくなった時にはどういう風に知らせようか?」
「うーん、そうだなぁ……校内放送に流してもらうんでいいんじゃないかな?」
「あ、そっか……分かった」
何と言うか、生徒会の連中とつるんでいたせいか……
「鈴原ぁっ!」
「あーい!?」
何だかよく分からないうちに、こんな感じの引っ張りだこだった。畜生……考える暇も無い。どうしろって言うんだよ……
俺はただ、焦るばかりだった。自分のことしか、考えてなかったから……
「鈴原ぁ~っ!」
「あーい!」
健介は忙しそうにしていた。生徒会に特別実行委員とかに任命されたせいで、ああした対応もさせられているのだ。何と言うか、生徒会の、いや、バ会長の春水の考え無しな行動に健介が振り回されているような気がする。それは、何と言うか、いい気分はしなかった。
健介の表情は、良くない。多分、相当に追い詰められているのだろう。ひとつは今日のライブの事だろう。店番とライブ。確かに両立してこなす事が可能なら、実現不可能な状況を越えるのだから、アイツが隠したい『可憐』の正体を、完璧に隠す事が出来るだろうでも、それは『出来れば』だ。結論から言えば『不可能だからこそ、出来た時に意味を持つ』のだ。つまり『出来ない』のだ。出来るわけが無い。なので、アイツの悩みは解決できないという事になる。
あの表情は当然だ。でも、それだけじゃない何かも、俺はアイツの表情に感じていた。それが何か、それは俺にも分からないが……
「おい、和真!」
「ん? なんだよ?」
かく言う俺も、というか、誰もが今日は忙しかった。『星黎祭』当日。忙しく無い奴など居ないだろう。
「野外飲食コーナーの配置なんだけど、少し変えようって話になってさ……」
「今更かよ!?」
「いや、ライブの時間にそこからでも見えるらしいから、やっぱりそれを考えた配置にしようってことに」
「……それなら、俺にいい考えがあるんだけど」
俺だって忙しい。でも、それでも、俺は、アイツの為に力になりたいと思っていた。悪巧みでは無いけれど、少しでもアイツの助けに……
「つうか」
「ん?」
「やっぱ可愛いよな、鈴原」
「……」
パァンッ!
「何だよ、どうした和真!?」
「蚊だ」
「はぁ?」
謙一の言葉に、思わず心の中で同意してしまった自分の頬をひっぱたく。目を白黒させるクラスメート。確かに、健介は可愛い。美少女アイドルになるほどだ、間違いない。でも、俺はやっぱり、健介に、そして『可憐』に、やましい気持ちを抱くわけには行かない。
誓ったんだ。遠い昔。覚えて無いけど、覚えてる。不思議だけどしょうがない。
『俺は健介を守る』その誓いを俺は、何故かはっきりと覚えているんだ……
だから、
「みんな聞いてくれ。俺からみんなに、大事なお願いがあるんだ……」
俺は俺で、正しいと思うことをする。健介に頼まれた訳でもない。健介が望んでいるかも分からない。でも、俺は俺のやり方で、健介を守る。
それが俺の『誓い』。
それが俺の『覚悟』だから。
「みんなに協力して欲しいんだ……頼む」
「会長、一応お耳に入れておこうかと……」
「三枝か……和真だろ? 何となく想像はついてる……想定内の行動だよ。むしろ計画通りさ」
慌てるでもなく、にやりとただ笑う会長。鈴原の宮姫には『バ会長』等といわれているが、『馬鹿』なんてとんでもない。今までの生徒会行事で、彼の計画した通りに事が運ばなかったことは無い。そう、恐ろしいまでに正確に、彼はその手のひらの上で人を意のままに動かすのだ。
『神の手』
公式には知られていないが、彼はチェスの世界プロを圧倒する、天才的な指し手なのだ。その彼が御手洗の動きが『想定内』だというのなら、そうなのだろう。
「これで、宮姫の秘密は鉄壁になる。問題ない」
「……はぁ、でも、何故わざわざ御手洗を炊き付けるなんて回りくどい事を?」
「ん? それが最善手だからさ。俺がアイツに説明して、説得するよりも、アイツが自主的にそう動く方が良いんだよ。誰かに言われて動くより、自分から動く時の方が人は自分の力を発揮する……そういうものだろ?」
「……しかし、これではまるで、会長が悪役です。『完璧な計画』を立てているのに、これでは『先の見えない計画』を立てて、鈴原を振り回しているという事になってしまう……」
「いいんじゃね? だって俺『バ会長』だもん」
「はぁ……」
全く、この人は……こんな人だから、俺はこの人を尊敬している。こんな人だから、俺はこの人について行くんだ。
「さって、和真。お前のその一手が、今回の勝負を決めるんだ、しっかりチェックをかけてくれよ……」
この人の、この瞬間の笑顔は、多分誰にも見せない方が良いだろう。なんというか……もの凄い邪悪だからな。
「三枝、音梨嬢を呼んでくれ。しばらくすると、和真に連れられて、健介がここに来る……それでチェックメイトだ」
「……はい」
きっとこの人はこれからも、『バ会長』で居続けるだろう。それがこの人の望みで、この人の信念で、この人の美徳だから。
「健介!」
「っ!? か、和真!?」
なにやら真剣な面持ちで、和真は俺に話しかけてきた。何を言い出すのか分からない。でも、何でだろうか。不思議と、頭を埋め尽くしていた不安がすっきり消えていった。和真の真剣な声が、『大丈夫だよ』と言っている様な……そんな風に聞こえたから。
「とりあえず、単刀直入に言うぞ」
「え? 何を???」
ゆっくりと俺のもとのに近づいてくる。その目から、目を逸らせない。
「お前の『秘密』は、俺は、いや、『俺達』が守る!」
「俺の、秘密?」
何を言い出すんだろう?
俺の秘密って何だろう?
分かっているくせに、そんな事を考える俺。だから、次の瞬間、俺の思考は、本当に完全に停止した。
「お前が『珠洲宮 可憐』だって言う真実は、俺と、俺達クラスメートが、絶対に守り通すから! だから」
「えっ………?」
今、和真が言った言葉が、何だったのか、理解できない。
今、和真の言った言葉が、何を意味するのか、理解できない。でも、
「だから、協力してくれ。お前は俺が守り通すから!!」
「っっっ!?」
知られたくなかった筈なのに……そんなの関係なく、今の俺を支配したのは、
「だから、俺を信じてくれ!」
圧倒的な、安心感と、溢れる涙だった。
「あはははははははははははははははははっ!」
目の前ではバ会長が壊れたラジオみたいにぶっ壊れた笑い声を上げていた。これぞ正に抱腹絶倒と言わんばかりの馬鹿笑い。笑いたければ笑うがいいさ。ああ、好きにしろバ会長。
「ひー…ひー…ひー……、全く。お前はいつも俺の予想の斜め上を行くな……流石は宮姫。俺の期待を裏切らない奴だよ」
「うっせ、ばぁ~かっ!」
腹を抱えてひーひー言っているバ会長に、せめてもの抵抗で憎まれ口を叩く俺。どうせそれを『可愛いやつだ』とか言って心で笑っているに違いない。ああ、くそ、いやな奴だ。
ぶっ飛ばしたいのは山々なのだが、今俺は分け合ってあの馬鹿を殴れない。っていうか、腕や足はおろか、指先すら動かせないのだ。理由は推して知るべし。ってかその内分かる。
「にしても、いい格好だな、宮姫? んん?」
「てめ、後でぜってぇぶっ殺す! ぜってぇぶっ殺す!」
もし指が動くなら、俺は絶対に中指を立てていただろう。つばが届くなら、吐きかけていたかも知れない。
「こぉらぁっ! 鈴原ちゃん! 仮にもこれから『可憐』として人様の前に出ようって言うんだから、その口の利き方はなぁーし! 禁止! NG!!」
「ぐぅ……はい、すいません、ごめんなさい」
「よろしい」
「やーい、言われてやんの、宮姫」
「うっせ、ぶわぁ~かぁっ!!」
「鈴原ちゃん!!」
「はーい……」
「会長さんも、変に鈴原ちゃんを刺激しないで下さい!」
「はい、すんませんごめんなさい」
俺はともかく、バ会長まで黙らせる栞に感心する。
『すげぇじゃん、音梨! 猛獣使い音梨じゃん!』
とか、もしこの場に謙一が居れば、そんなあだ名を栞に与えていたかも知れない。しかし俺もそう思う。流石は栞だ。いや、まぁ、そうやって窘められる様な低俗な言い争いをしていたと考えると、恥ずかしい事この上ないのだが……
「しかし、アレだな。春水に三枝に栞か……この様子だと、生徒会で知らないのは遼だけって感じか?」
「ま、そんな所だな」
「ん? 何の話だ?」
和真とバ会長が暗黙の会話をするもんだから、その『暗黙』の部分がよせばいいのに気になった俺は、気が付いたらそう質問していた。俺の悪い癖かも知れない。
「ん? ああ『珠洲宮 可憐』の正体だよ」
「あ……」
そういう和真の顔が、少しだけ曇っていたのを、俺は見逃さなかった。
「何だ和真? 『俺だけ仲間外れかよ……』みたいな顔して落ち込んでるなぁ、おい」
「別に……」
と、俺だけではなく、バ会長もその表情の変化に気が付いていた様だ。何かちょっとだけむかついた。理由は分からないが……
「どうせアレだろ? 『俺はそんなに信用無いのかよ?』とかそんな事考えてるんだろ? 何となく想像が付く……でも、それは誤解だぜ、色男?」
「はぁ?」
「むしろ逆だ、『お前だけ特別』なの。だから『お前だけ知らなかった』んだよ。分かれよタコ介!」
「何で、この状況が『俺だけ特別』なんて状況になるんだよ? 別にそう思っているわけじゃないけど、この状況はどう見たって『俺だけ仲間外れ』だろうが?」
やっぱりそう感じるよな……ははは……
和真は『別にそう思っているわけじゃない』と言っていたが、まぁ、そう考えたというのも事実なのだろう。そう感じさせてしまったことに、俺は一つショックを受けていた。
しかし、バ会長の言動の意味が分からない。
「お前がどう感じてるか知らないが、俺は逆にお前に嫉妬するな。お前だけが『特別』扱いだから」
「だから、何を?」
和真と俺は同意見だった。悪いがバ会長の言う言葉に、俺は心当たりがなかったから。俺がこの状況でどうして『和真を特別扱い』をしているなどという結論になるのだろうか?
だからこそ、バ会長の次の言葉が気になった。
「宮姫……健介は他の誰でもない『お前にだけは』この事実を知られたくないと言っていた。この意味分かるか? わかんねぇだろうなぁ……」
「っっっ!?」
「???」
バ会長が言っている事は本当だ。確かに俺は「和真にだけはこれを知られたくなかった」それは紛れも無い事実だ。でも、それがどうして特別扱いなのか?
しばらく考えて結論に至った。それは文脈的な意味でだ。
和真に『だけ』は知られたくない。この表現は非常に限定的だ。不特定多数ではなく、和真『だけ』に知られたくないという事は、和真を『他の有象無象と別』に扱っているという事で、つまりそれは『特別扱い』という事だ。なるほど、バ会長。美味い事を言ってくれたものである。
和真もその意味に気付いたのか、少し照れくさそうだ。いや、そんな照れなくてもいいぞ和真。あくまで言葉遊びだ。
でも、正しい意味では俺が和真をのけ者にしていた事実は消えない。その意味で、あのバ会長の言葉は美味いフォローだった。悔しいが、アイツの気遣いに感謝しなくてはならない。そして、和真には心の中で謝罪をした。この流れで俺が謝罪するのは、和真を傷つけることになりかねないのでしないで置く。バ会長の心遣いも台無しにしてしまうからな……
とか、くだらない事を考えながら、俺は未だに怯えていた。
和真を騙していた事を……
いや、和真に嘘を吐いていた事を……
いや、それも違うな。
そう、嘘をついていたのがばれて、和真に嫌われる事に、俺は怯えていたのだった。
『特別扱い』という言葉に、俺は何故か安心した。『俺にだけ知られたくない』という言葉の意味をどう捉えるかによって、喜ぶべきか、悲しむべきか決まってくるが、健介の性格を考えるなら、これは後者の可能性が極めて低いように感じるのだ。だから、安心した。同時に、照れくさかった。『俺にだけは知られたくなかった』という事は、少なからず健介は俺のことを意識してくれているのだろうと思うから。
しかし冷静に考えると、バ会長の言い分はどうなのだろう?と感じる部分がある。それは、最近の健介の発言と、現状を比較した時に顕著に感じるのだが……メイド服しかり、その他も含めて、健介の女装に関するガードが、こと俺に関しては甘くなっていると思うのだ。自惚れ出なければ、俺のことを絶対的に信頼してくれている様な……そんな、思わず頬が緩んでしまうような発言が最近多い気がする。のにも関わらず、何故健介は自分が『可憐』である事を、俺に隠そうとしたのだろうか?これではちぐはぐだ。俺のことを信頼しているのか、知らいしていないのか分からなくなる。
俺に『だけ』という思考からは、俺を他と分ける『特別扱い』的な感情を受け取ることが出来る。これに関しては、何だか嬉しい。しかし、『俺にだけは知られたくなかった』という言葉には、俺への信頼度の急降下を思わせて、何だか悲しくなってしまう。
結局どっちなんだ?って思ってしまうが、ここはポジティブに考ええて置こう。何故ってその方が精神衛生上よろしいからだ。さて、俺の作戦は上手く行くのだろうか?
時間は少し遡る。
「信じてって……その前に一つ良いかな?」
「どうぞ」
目を丸くして、若干泣きそうな声で健介は俺の声に答えた。
「バレバレだった?」
「えっと、そうだな。『珠洲宮 可憐』の事はバレバレだったぞ」
「みんなに?」
「いや、クラスのみんなに言ったら、みんな驚いてたけど……」
「……………っ、……はぁ」
何かを言おうとしては飲み込んでを繰り返したのだろう、長い沈黙の後、健介は盛大にため息を吐いた。まぁ、そうだろう。隠し通そうとしていた事を、横からばらされてしまったのだ。
言いたいことは沢山あっただろうが、結果としてもう、後の祭りだ。言う意味がなくなってしまったから言わなかったとかそんな感じだろう。
「分かった。その辺りは把握した。で、信じて良いんだな?」
その瞳の中には『俺の秘密をマスコミに売るような奴は居ないんだろうな?』という感じのニュアンスが含まれているような気がする。あくまで俺の想像だが……
「ああ、クラスを信じてくれ。そして、俺が絶対にそんなことにはさせないから」
「そか、じゃ、俺はクラスじゃなくて『和真のその言葉を信じる』よ」
「……あ、うん」
不覚ながら、その言葉に少し胸がときめいた。一瞬自分の頬を叩きそうになったが、何とか踏みとどまった。今は『蚊だ』とか言って誤魔化す空気じゃない。
「で? 『信じる』はOKなら、次はアレだ。『協力』って何だよ? この場合、協力して貰うのは俺の方じゃないか?」
「ああ、それは……」
俺は自分の立てたしょうもない作戦を健介に伝えた。最初は『はぁ!?』とか『なんだそれ!?』とか言っていたが、話を最後まで聞いた健介は、
「よし、それで行こう。っていうか、俺には何の作戦もなかったからな……それこそ藁でもすがって何とかしたかったんだ。お前の作戦は穴も多いけど、何とかする事が出来そうだしな」
と、そっぽを向きながらそう言ったのだった。
「にしても、宮姫……『等身大フィギュア』を作るとは……後で俺にくれ」
「……」
「そうかそうか、俺にくれるのか。ありがとう。あんな事やこんな事に使わせてもらうからな」
「…………」
バ会長がアホなことを言っているが、健介は無反応。当たり前だ、今健介の顔の型を取る為に、鼻にストローを通して呼吸は確保しているが、耳は耳栓とその特殊樹脂で塞がれている。要は、バ会長の戯言は、文字通り聞こえていないのだ。
そう、俺達クラスで用意した作戦は『健介人形でっち上げ大作戦』だった。基本的に店での健介の役割は『看板娘』という名の、文字通りの『看板』だ。客寄せパンダでも認識としては間違いではない。つまり、客の注意を引ければそれでいいのだ。凄く失礼な話だが……
だから、パッと見健介っぽければそれが人形でも後は俺達が誤魔化せばいいのだ。健介自身は『替え玉』を考えた事が合ったらしいが、その劣化版ともいえる作戦だった。クラスに居た美術部員とフィギュア作成を趣味にしている奴の力を借りて、健介の手足と顔の型を取り、それを元に、今から四時間程度の時間で健介の『等身大フィギュア』を作成しようという無謀な作戦だ。
現在ロボット研究会所属のクラスメートは、自然な呼吸を胸部に再現するロボットと、瞬きをするロボットを作成している。どちらも後二時間あれば出来るらしい。幸いそれっぽいカツラもコスプレカフェを企画していたクラスから頂戴出来たし、衣装は健介のものを使えばいい。後はクラス一丸となって、健介人形を『まるで健介のように扱う』だけだ。しかも、それは客がステージに注意を向けているライブ中でいいのだから、実質それ程の作業を必要としない筈だ。
「ぷはぁっ!? ちなみに等身大人形は本日の閉店後、焼却処分が決定しているから安心してくれバ会長」
「Noooooooっ!! だったら、だったら俺が買う!! 買うから!! そんな酷い事はしないでぇっ!!」
「ぶわぁ~かぁっ!! キモイんだよ!!」
聞こえていなかった筈の言葉だが、健介の予想の範疇だったのか、顔の樹脂が取れた瞬間に俺達で決めた『健介人形』の処分をバ会長に告げるのだった。取れた型を持って、美術部員達が走って行く後姿を俺は見送って、健介の下に近づいていった。
「健介」
「……ん?」
「信じてくれてありがとう」
「ばっか、それ言ったら俺だって、協力してくれてありがとう。だろ!?」
「はは……」
「あは……」
「「あはははははははははははっ!」」
俺と健介は笑った。何だか、上手く行きそうな気がしていた。
「いらっさーい」
「鈴原! うちの売り上げはお前の接客にかかっていると言っても過言ではないんだ、笑顔と『いらっしゃいませ、ご主人様』これだけでいいから!! ね、これだけでいいからお願い!」
保健室前のオープンカフェではもう既に戦いが始まっていた。十二時の一般会場が宣言されてから、それなりに客足はあったが、この恵まれた立地条件の中、我がクラスの客入りは正直微妙だった。いや、その理由は俺達が纏う『冥土服』である事は間違いなく、このままでは準備にかけた費用すら回収出来ないのでは? という危機的な状況に合った。だって普通は、いかに酷い店でも、『なんだここ、ちょっと見ていこうぜ?』的なノリになって、客もそれなりに入るはずである。しかし、
「「いらっさいませぇ~ん、ご主人様ぁ~ん」」
客引き担当の馬鹿二人が、いやに本気で媚を売ろうと、しなを作るせいで、客は……
「やばいって、ここ、本物だよ!」
「べつんとこに行こうぜ!」
と、まぁどん引きな訳で……
結果……
「暇だな」
「暇だね」
店の中を見渡しても、殆ど客がいないと言う、悲しいを通り越して笑える状況が出来上がっていたのだった。客が来ないので、必死に宣伝や客引きに出るクラスメートの必死さは逆効果だった。想像してみてくれ、必死に自分に声をかけてくる、メイド衣装のむさくるしい男子や必死に可愛らしく振舞おうとする女装男子の二の腕の筋肉を……吐き気を催さない人の方が、多分珍しい。つまりは、方向性を間違ったのである。うちのクラスは、本当に色々な大切なものを犠牲にして、たった一つの物を手に入れたのだった。
「暇だけどさ……」
「ああ、暇だけど……」
暇な故に仕事が無い、仕事が無い故に自然みなの視線は室内で給仕にあたる健介に集まった。
「いいよな、これでも」
「ああ、問題ないよな。問題ない」
そう、それでも、クラスのみんなは満足だった。もともとが『健介のメイド姿を見たいが為の』メイド喫茶だ。目的は十分に果たされている。俺も、正直目の保養だと思う。格好のせいか分からないが、スカートを穿いているからかその辺はよく分からないが、いつもよりも、本当に少しだけ丸くなった雰囲気が、余計に健介を可愛く見せていたから……
バチンッ!
「和真!?」
「蚊だ」
「あ、そう」
しかし、そう惚けている訳にも行かない。俺達には、成すべき使命があるのだから。
「みんな、集まってくれ!」
だから俺は、クラスメイトに声をかけた。
「俺達は、大事な事を忘れてる。思い出せ、今日俺達がすべき事を!」
「「「「「!?」」」」」
その一言で、みなの顔つきが変わった。そうだ、俺達がすべき事、それは、
「みんなで『健介の秘密』を守る。それが俺達一年D組に課せられた使命だろ!!」
「「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」」
そうだ、その為にはこんな閑古鳥が鳴いている状況では駄目なんだ。高校内からも校外の客からも注目を集めて、それこそ大盛況でないと意味が無い。そんな状況下で健介が『可憐』が舞台上にいる時に、多くの客の目に触れなくてはならないんだ。その為にはまず、この店を繁盛させることが、俺達の使命を完遂する為に必要な条件なのである。
「意識を切り替えろ、この際客入りさえあれば売り上げなんて度外視だ。いいか? 客をかき集める為に出来得る手段は全て講じるぞ……誰か、意見があるものは手を上げて!」
俺の指揮の元、クラスが一丸となって目指すのは、満員御礼の状況だ。このクラスが結成されて今までで、多分一番俺達が団結した時だと思う。
……そして、様々な作戦を考えた結果、
「い、いらっしゃいませ、ご主人様!」
「鈴原、笑顔だ、絶対的に今のお前には笑顔が足りない! いいか、鈴原。メイドさんの真髄は奉仕の精神! お客様、いやここでは『ご主人様』だが、ご主人様にご奉仕する事を己の喜びだと思えないと、真のメイドさんにはなれないんだ!!」
「や、俺、真のメイドさんになる気は全く無いんだけど?」
「甘ったれるな!! その戦闘服にメイド服に袖を通した以上、お前もメイドの端くれなのだ! メイド服を着ているのに、メイドではないなど許されるわけが無いだろ!! 全国のメイドさんと市原悦子さんに謝れ!!」
「は、はぁ!?」
やはり客引きには健介の愛らしさを全面的に押し出すと言う事。そして、
「これより『冥土服』と言う呼び名が適応されそうな人物に、当店の制服を身に着けさせることを禁ずる!! 各員各々でペアのメイド服を目視し気分を害されたものは速やかに報告しろ!! 『冥土服』を徹底的に追放するぞ!」
「「「「「おおおおおっ!!」」」」」
クラスを挙げての、店の改善が行われていた。メイド服を着込めるのは、健介までは行かなくても、目視に耐えられるものだけ。それ以外の者達は基本的に裏方に回る。そして、
「会長の許可取ってきたぞ!」
「おお!! それならイケメンどもには悔しいが、執事服を着せよう」
「「「「「了解!」」」」」
比較的見栄えのする連中は、白女やその関連の女子をターゲットにした執事攻撃に出ることとなった。もう、全力で客に媚びる作戦である。開店間もないのに、もう既にメニューの値段の三〇%OFFセールが始まっている。
「宮姫のために!!」
「「「「「宮姫のために!!」」」」」
を合言葉に、今正に俺達は、『全力で』客を集める事に命をかけているのだった。
健介、大丈夫だ、俺達が絶対にお前を守ってやるからな……
「いらっしゃいませ、ご主人様♪」
「ぐはぁっ!!」
「アマケン!?」
「……最高だ、最高だよ鈴原。お前に教える事はもう無い……俺は、もう、……萌え、尽きた……」
「アマケェーーーーーン!!」
「がく……」
楽しそうにじゃれあう健介を見て、俺は改めて空に誓うのだった。
「いらっしゃいませ、お嬢様。何名様ですか?」
「あ、はい、えっと……三人です」
「三名様ですね……オープンカフェと室内がありますが、どちらの席をご希望ですか?」
「じゃ、じゃあ、その、外の席で……」
「承りました。三名様、オープンへご案内下さい!!」
「あいよー」
店も入り口で女子三人組がうっとりと和真を眺めている。それこそ外部動因が始まった正午からは想像も出来ない繁盛ップリだ。十三時からのリハーサル(会場設営などの問題で一時間ほどずれ込んだのだ)は心配していたほどの客入りも無く、クラスメイトには秘密はばれているので何の問題も無くこなせたが、ここに来てこの繁盛。今度の本番は、この店も満員御礼になることだろう。そうなると、俺は美味く出来るかどうか心配になるのだった。
それとは関係なしに、
「あの執事さん、やばくない!?」
「ヤバイヤバイ、私鼻血出るかと思ったもん!!」
「……コクコク……」
先程案内された少女三人組がそんな事を言いながら外の席にやって来た。
ドンッ
「お嬢様方、水です」
そんな三人に、何故か俺は言いようの無い怒りを感じるのだった。
「ちょっと、零れ……きゃああああああっ!!」
「うわぁっ!! メイド服着てるけど、店員さんってことは男の子!?」
「可愛い!! 可愛すぎる!! ちょ、ちょっとすいません。一緒に写真とってもいいですか?」
一瞬俺の接客に文句を言おうとした様だったが、そんなのどっかに飛んでいったのか、執拗に写真だのを要求してくる三人組。ああ、そうか、こういう礼儀知らずな態度が俺は着に食わなかったんだな……そんな自分の心に納得しつつ、
「いえ、撮影は禁止されておりますので……」
「いいじゃんいいじゃん、ねぇ?」
「大丈夫大丈夫、少しくらいばれないって」
「あのですね、お嬢様……」
しつこい三人組にいい加減我慢の限界が訪れようとしていた所に、
「申し訳ありませんお嬢様方、当店では携帯電話を含めましてデジタルカメラや簡易カメラ等による撮影は一切禁止しております。……我々も恥ずかしさを我慢してこんな格好をさせて頂いておりますので、写真と言う形に残ってしまうのは些か困るのです……どうしてもと言う場合には、営業提携しております二年E組のブロマイドをご購入下さい。ご希望とあれば、今ここにそのパンフレットをお持ちいたしますが?」
「あ、はい! それお願いします……」
「「………お願いします………」」
すっと現れた和真の機転でなんとか事無きを得るのだった。……ん? 待てよ。
「和真?」
「ん?」
「『ブロマイド』って何だ?」
「二―Eの写真やの売り物だよ。変に電子媒体で写真撮られてどっかに流されるより、こっちで選んだ写真を商品として売らせる方が安全だろうって……」
「誰のアイデア?」
「……バ会長」
「そっか……」
「なんでそんなに不服そうなんだ?」
「何か悔しいから」
「ふーん……」
何だか、イラついた顔で俺から目を逸らす和真が、何だか可愛いなぁって思ってしまって、
「和真!」
「ん?」
「……CHU!」
「っ!?」
アマケンに習った必殺『ウインク投げキッス』をお見舞いしてやったら、
タラリ……
「っ!?」
「あはは、ばーか! 俺相手に鼻血出してやんの、だっせ!!」
「うっへぇ!!」
格好いい執事服着てるくせに、鼻血なんか流していた和真だった。
「あれ?」
と言う事はつまり、和真が俺に対して、少なからず欲情したと言う事か?
「変だな、何でいつもみたいに『キモイ』って気がしないんだろう?」
そんな自分の心境に疑問を感じたが、
「まぁ、『必殺』だからしょうがないよな」
なんて、納得するのだった。
店の外がなにやら賑やかだと思って出て行けば、そこには黒山の人だかり。どっかの有名人でも来てるのか? なんてのんきな事を考えていたら、嫌な予感。いるじゃないか、今この学校には有名人が! まさか何も考えずに栞がここを訪れるとは思わないが、相手は栞だ、どうなるか分からない。いや、失礼な事考えてるのは一〇〇も承知ですよ?
「お、結構盛況だな……あれ? 和真メイド服着るんじゃなかったん?」
「あ、タケ兄!?」
でも、俺の嫌な予感は、嬉しい事に外れてくれた。人ごみを掻き分けて出てきたのは、俺でも知ってる有名人。サッカー全日本代表選手で、『タケ』通称でファンに親しまれている、『武田諒助』選手だった。
「よう、和真。誘われたから遊びに来たぞ?」
「おう、来てくれて嬉しいよ。いろんな意味で……」
「ん? どういう意味だ?」
「言ったよな、頼みがあるんだ。俺達を……」
和真が武田選手と知り合いだった事に驚いていたから、いつもならそんな事は無いのだが、背後に回った気配に全く気付けなかった。
ガバッ!!
「ふわぁぁっ!?」
「おい、諒助。この可愛いのはなんだ? もって帰っていいのか?」
「え? なんだ? なんだ!?」
突然背後から抱きしめられて、俺は何が起こったのか全く理解出来ないまま、背中から後頭部にかけて、凶悪な柔らかさに襲われていた。何このふにゅ感? 無条件に頬が緩むんですけど? まぁつまり、おっぱいは老若男女問わず、万国共通の破壊力って事で一つ。
「……皐月。ここはアンタの店じゃないんだから、そうやって好き勝手やってると捕まるぞ?」
そんなにやけ顔の俺なんか無視して、武田選手は俺の後ろにいるであろう女性に呆れた声で話しかける。その声音から、何となくこの二人の関係を俺は察することが出来た。まぁ、だからどうしたって感じだが、そうしてそこでやっと、俺は少しだけ視線と首を動かして襲撃者の顔を確認した。……もの凄く美人だと言う事にも驚いたが、それよしも驚いたのは、
「大丈夫だ」
「何を根拠に?」
「その時は、諒助お前を生贄に、私は逃げる」
「酷っ! アンタ本当に鬼だよ鬼!!」
俺の動きなど全く気にも留めない彼女の容姿が、俺の良く知るある人物に似ている事だった。
「あれ? 神越 瑛?」
「ん? ああ、よく言われるが、違うな。あいつとはまぁ、遠い親戚ではあるが……時に美少女。名前を教えてくれないか?」
別人だってことは分かってた。声も背丈も違うから。でも、そうか、親戚か。なら似ていて当然だな。俺も良く姉さんにしているって言われるし……等と一人納得していた。
そして自分のことを『美少女』と言われたことを訂正しておく。
「はい? えっと、まず訂正させてくれ。美少女じゃない、『俺は男』だ」
「ああ、すまない。愛らしい顔をしているし、そんな格好だったから誤認した。確かにここの生徒なら男子だな。失礼した」
すると、気持ちが良い位きっぱりすっぱりと謝罪され、何だか清清しい気分になった。だからと言う訳ではないが、俺は比較的しっかりと自己紹介をする事にした。
「俺の名前は鈴原 健介。宮ノ前高校一年生だ」
「そうか、私は珠洲宮 皐月。とある飲食店の店長だ」
お互い何だか簡略的ではあるが、わざわざ職業欄に記入しなければならない事まで名乗りながら皐月さんの胸を挟んで自己紹介を終えるのを見計らって、武田選手が優しく笑って俺から皐月さんを引き剥がした。
「悪かったな、健…介君だったっけ?」
「あ、はい。どもです」
普通なら何で貴方が謝るんですか? とか言うところだが、多分この二人の関係は、『そういう関係』だ。だから別に違和感は感じなかったし、うん、お似合いだと思う。
「コイツは君みたいな可愛いものに目が無くてさ……本当にすまない」
「いえ、気にしてません。俺も皐月さんのマシュマロライクな感触を背中から後頭部にかけて十分堪能しましたから」
「「ぶぅっーっ!!」」
今の格好を見て『可愛い』と言われる事に、わざわざ過剰に反応するのも変な気がして、とりあえずスルーはしつつ、しかし、自分の彼女の管理くらいはしっかりして欲しいと言う意味を込めて、ちょっと嫌味を入れてやろうかと思ったのだが、これではただ、俺は桃色道化になってしまっただけだったかも知れない。そのボケに和真と武田選手は若干頬を染めながらしっかり反応してくれたので、ただの道化にはならずに済んだ。
「あはは、言うね鈴原。何ならもっと触ってみる? 諒助が許可するならOKだよ?」
すると何と、皐月さんはその俺のセクハラまがいの発言に乗って来てくれた。そしてそのセクハラの矛先をそのまま武田選手に受け流した。
この人つわものだ。
「いや、それを了承するわけには行かないし、何で俺がOKならいいんだよ?」
「何言っちゃってんのかね、このタケは。私はお前のものだ。つまり私の乳もお前のものだ。だったら、この胸を触らせるには所有者たる諒助の了解が必要だろ?」
「ば、馬鹿!! 何でこういう所で臆面も無くアンタはそういうことが口走れるんだ、全く!!」
それはもう威風堂々と『恋人宣言』。仮にも有名人の武田選手を相手に、何て大胆なんだろう。俺ももし恋人が出来た時は、周囲を気にせずこの人の様に宣言したいなと思った。
まぁ、事務所が許さないだろうけどさ。あはは……
その前に彼女がいませんよ。ええ、悪いですか?
そして、完全に振りまわされている全日本代表の姿は、何だか滑稽を通り越して可愛くさえあった。
「あはは、これだから諒助をおちょくるのは止められないんだ。うん、鈴原。君も中々面白いな、気に入った。今度私の店に遊びに来い。好きなメニューを一品贈ろう」
「あ、どうも」
俺と皐月さんの相性がいいのか比較的楽しくやり取りが出来ているが、和真を武田選手は完全に置いてきぼりだった。
「え? タケ兄彼女いたの!?」
「あ、ああ、まぁ……一応俺も有名人だから、その辺は内緒で頼むわ」
「……ここでこんだけの人に知られて、それは無理じゃないか?」
「あはは……知ってるよ。この人と付き合うって言うのはこういう事なんだよ……」
和真と武田選手は、何だか悲しそうな空気を纏って、二人で笑っていた。俺と皐月さんが意気投合出来るように、和真と武田選手もまた、なんと言うか似た所がるのかも知れない。
さて、これ以上脱線し続けても仕方が無いので、仕方が無いから俺が方向修正を試みる事にした。まぁ、皐月さんはつわものなので、油断しているとまたすぐに脱線してしまうが……
「それで、まず説明して欲しいんだが、和真と武田選手はどういう関係?」
「武田選手じゃなくて、タケでいいよ。健介君」
「あ、はい。じゃ、タケさん」
「ん。まぁ、アレだね。同じジュニアのクラブに通ってた仲……かな?」
「ああ、うん。で、俺が良く面倒見てもらってたって感じだな」
「ふーん」
つまりは部活の先輩後輩的なつながりって所か? 本当はそれこそ色々なエピソードが合ったのだろうが、その辺がガッツ離省略されている感じだった。何て納得していたら、和真が付け足した。
「後、練習の後は良く俺んちの銭湯に行ったかな? タケ兄の実家、俺の家の近くだったんだよ」
「ま、今は一人暮らしだけどな」
「で、週末は私の家にいるけどな」
「そういう事は、別に言わなくてもいいでしょう!!」
「隠す事でもないだろうに……」
「はぁ……」
「ふーん」
適宜織り交ぜられる皐月さんのコメントに、タケさんは盛大にため息を吐く訳だ。皐月さんが言うように、タケさんってからかうと面白いかも知れない。そのタケさんに似ているであろう和真もからかうと面白いのか。うん、覚えておこう。あと、いじり方のコツを後でこっそり皐月さんに聞こう。
とにかく、タケさんと和真が顔見知りなのは分かった。そして、さっき言っていた通り、和真が誘った事で、この人たちは来てくれたのだろう。だとすれば、後は先程の和真の発言『頼みがある』と言うのはどういう事なのかって事だった。
「で、和真少年。うちの諒助に頼みたい事ってなんだ?」
と俺が聞こうとしていた事を、皐月さんも気になっていたのか、そう問いかけてくれた。
「って、鈴原が言いたげだぞ?」
「へ?」
あれ? 彼女が気になっていたことではなくて、俺が気にしているだろう事を予測したらしい。まぁ、どちらにしても、話が進んでくれるのはありがたい。って言うか、この人本当に凄いなぁ……憧れすら感じてしまいそうだ。
「ああ、それはさ……正に今みたいな状況を望んでいた訳だよ」
「「「今みたいな状況?」」」
言われて周囲を見渡すと、なるほど、和真の狙いが分かった。
「なるほど。後輩に言いように利用されたな、諒助」
「え? え? えぇっ!?」
タケさん本人は分かっていない様だけど、周囲を見れば分かる。
そう、和真の狙いは黒山の人だかり。つまり、集客力の増強だった。
「よし、その度胸を買って、私も協力しよう。和真少年、私用のメイド服と諒助用の執事服を用意しろ」
「え? そんなそこまでは……っ!!」
「『毒を食らわば皿まで』と言うだろう? 良いんだよ、私は楽しければいいし、諒助は」
「俺は皐月には逆らえないからな、しゃーないさ」
「弱っ! オールジャパン、めっちゃ弱っ!!」」
失礼と思いつつ、俺はつっこむ事を我慢出来なかった。堂々と尻に敷かれているタケさんに同情はしたけど、憧れはしなかった。でも、ある意味格好いいなと思った。
「って、皐月のメイド!?」
「何だよ、悪いか?」
「いや、それってかなりレアだなって……アイツ等が聞いたら面白がりそうだなって」
タケさんの言葉の意味が俺には分からなかったけど、それは後になって分かるのだった。
ってか、この二人の登場が、あんな展開への布石だなんて、誰も思わないよ。
え? 誰もが予想した展開だって?
それはあんた達が予想出来たって事で、こっち側にいる俺達には、やっぱり予想外だったんだ。
「ねぇねぇ、聞いた!?」
「聞いた聞いた、一年D組の『冥土喫茶』でしょ? タケが執事やってるって!!」
「それに御手洗君も執事だって聞いたよ!!」
「「「きゃああああああああんっ!!」」
それはもう大盛況。タケさんと皐月さんが店に入ってから、客の入り方が尋常じゃなくなった。客でごった返した店内は、本来大混乱になる筈なのに、メイド服の陣頭指揮官の元、素晴らしく的確な指示が飛び交い、信じられない速度で客を捌いているのだ。
「テーブルに番号振って置くこと位して置けよ、馬鹿共……ほれ、そろそろ一一番テーブルの食事が終わる頃だ、あそこは女性客だから、食器の引き上げは執事の誰かを向わせろ」
「はいはい、じゃ俺が行ってくるかね」
「諒助は案内に徹てしろ。お前目当ての客も多い、入り口でご案内するのが一番多くの客と接せられる」
「あいよ」
「調理班、料理手順がまちまちだから時間を食うんだ、同オーダーはいっぺんに調理しろ。それとハンバーグなどの人気メニューは、一度火を軽く通したものをフリーズドライだ。冷凍と解凍を上手く使え」
「は、はい!!」
「おい、あの席のオーダー……全員手が空いてないか、仕方ない……すいません、私が承ります。お待たせしましたご主人様♪」
……現役レストラン経営者の実力は本当に凄かった。まぁ、その分俺ももの凄く忙しかった訳だが……それと、皐月さん。メイドさんの時の笑顔が、もの凄く可愛かった。
「店長! ランチメニューのサラダですが……」
「それなんだが、サラダバーにしてしまった方が良い。そういう物は混乱しそうに見えて客もシステムには慣れているから大丈夫だ。皿やカップを多めに用意しておけば問題ない」
「店長! メイド皐月ちゃん指名です!」
「ったく……こんなおばさんのどこがいいんだか……」
しかも、既に『店長』という名が定着している。恐るべしリアル店長。
「宮姫ー! 指名入ったぞー!!」
「はーい」
かくいう俺も大忙しだ。この店の知名度も十分上がった。校内の新聞部がさっき取材に来ていたし、和真が言う様に、ここでダブルブッキングを乗り越えられれば、確かに変な噂を払拭出来るかも知れない。
「ご指名ありがとうございます、ご主人様! 私がメイド宮姫です!!」
精一杯の営業スマイル。でも、声は地声より少し低くを意識する。アイドル『可憐』と別人ですよ的なアピールのつもりではあるが、まぁ、そんなの関係ないかも知れない。要はポーズだ。ポーズ。
「オムレツに、も、萌え萌えメッセージを……おねがいしましゅ!!」
んな緊張線せんでもいいのに、お金を貰う以上手は抜かない。接客業、メイドの極意はアマケンから伝授されている。『やるからには全力で』は俺のモットーでもあるので全力投球だ。
「ご主人様のお名前を教えていただけますでしょうか?」
下から覗き込む様に上目遣いで、ちょっとだけ媚びるような声。たまに恥ずかしい事を思い浮かべて頬を染め、視線を客の目と他の場所に行ったり来たり……
「……むっは、も、萌え!」
「ご主人様?」
困った時は目を見開いて、少しだけ口をあけて、やっぱり恥ずかしい事を考えて頬を染めながら、右斜め四五度に首をかしげる。
「あ、ああ、僕の名前は大鷹 信二」
「じゃあ、『しんじさま だーいすき(ハート)』です!」
「むっはぁーーーーーーーっ!!」
もう、アレだね。今の俺はメイドさん。それ以外の何者でもない。メイド。それ以上でもそれ以下でもない。なりきるんだ、メイドに、家政婦に、召使いに!
「やばくね?」
「ああ、今の宮姫はやばい」
「「俺、このクラスでよかった!!」」
そんな言葉がクラスメイトから囁かれていても気にしない。今は職務を全力で全うするだけだ。俺はメイド。俺はメイドだ。
「いらっしゃいませ、ご主人様♪」
目標は男性客全員萌え殺し!
学園祭はお祭りだ。全力を持って、今この時を楽しもうと思った。
別に、メイドさんが楽しいんじゃないぞ? こうしてクラスのみんなとイベントを盛り上げていくことが、凄く楽しかった。それだけだ。
「あ、あの……」
もの凄く小さな声でお客様が声をかけてきた気がして振り返ると、やはり真っ赤な顔をした女の子が俺の方を向いてモジモジしていた。中学生だろうか? 可愛らしいリボンで纏められた髪がポニーテールに結ばれていた。俺は勤めて外向きな優しい笑顔を顔に湛えて、余所行きの声で対応する。
「はい、如何なさいましたか、お嬢様?」
「っっっ!? あの、その……」
すると、少女はもっと萎縮してしまってどもってしまった。む、何か俺失敗したか?
「どったのポニーちゃん?」
「ほわぁ!? タケ先輩!?」
「おっと失礼、やり直しさせてね。コホン……どうされましたか、お嬢様?」
「あはは……どうしたんですか、タケ先輩?」
と、タケ兄が声をかけると、ポニーと呼ばれた女の子は緊張を弛緩させて、楽しそうに笑ってくれた。いや、一安心だ。どうやら知り合いらしいし、そのまま接客を任せてしまおうかと思って席を離れようとしたら、
ハシッ
「ん?」
「はわぁっ!? す、すすすすすいません!!」
「いえいえ、どうされました?」
ポニーちゃん? は俺の燕尾服の袖を掴んで俺が離れるのを制したのだった。そこで何となく俺は彼女のしたいことを理解する。ってか、気付けよ俺。今の俺は『執事』で彼女は『お嬢様』なのだ。つまり、
「お嬢様、ご要望がございましたら、何なりとお申し付け下さい」
「は、はい!?」
彼女は俺に、何かサービスを要求したいのだろう、という事だ。まあ、俺も良くわからないのだが、どうも『メイド喫茶』と同類の喫茶店で『執事喫茶』なるものがあり、巷の一部の女子の心を掴んで放さないらしい。その『執事喫茶』なる店では、店の給仕がみな執事の格好をしていて、オーダーを取る時は跪いて聞き、様々な要望にこたえるサービスがあるという。……まぁ、そんな事より、俺は何で女の子が召使いの店は『メイド喫茶』なのに、男が召使いの店は『バトラー喫茶』ではなく『執事喫茶』なのだろうか? という事だったが、皐月さんが言うには『メイド』の三文字と合わせて『執事』の三文字にした方が、語呂があっていて良かったのだろうとの事だった。俺もそれに納得したが、まぁ疑問は尽きない訳である。
で、話はそれたが、多分このポニーなる少女も、俺に対してその『要望』を頼もうとして、でも恥ずかしくて……的な葛藤をしているのだろうと思った訳だ。ので、やはり勤めて余所行きの顔と余所行きの声でそう言ってみたのだが、結局彼女を硬くするばかりで、話が中々先に進まないのであった。俺としては、ガンガン喋る女の子なら、あしらい方と言うか扱いは慣れているのだが、こうした晩熟な女の子の扱いは良く解らないのである。参った。
「そんな畏まらないで? 大丈夫大丈夫、お嬢様をとって食ったりしないからさ」
「あ、はい。えっとですね、その……フーフーってして食べさせて欲しいなぁって……すみません。こんな事頼むのに、こんなに勿体つけちゃって……って、やっぱり恥ずかしいぃっ!?」
「お安い御用ですよ! おっと、訂正を。畏まりましたお嬢様。それではスプーンを失礼いたします……ふー……ふー……お嬢様、どうぞ」
「あ、あーん……」
ハクッ
テーブルにあったメニューはクラムチャウダースープ。さっきのやり取りもあって、もうそれほど熱くは無かったが、そんなのは関係ない。要はこうして執事が甲斐甲斐しくお嬢様のお世話をするのが何だかんだで嬉しいのだ。その気持ちは何となく解るので、別に変だとは思わない。誰だって、可愛い女の子や格好いい男の子に甲斐甲斐しく世話をされたいと思っていると思う。この店は、そんな誰もが持つ夢をかなえてあげる事が出来る場所なのだ。そういう意味では、アマケンのメイド好きも解る気がする。いや、全面的に肯定は出来ないが、こうしてこういう店のホスト側に立つと、店に立つメイドや執事の気持ちはわかる気がするのだ。
「おいしいです!!」
「ご満足いただけて何よりです。お嬢様、もう一口如何ですか?」
「じゃ、じゃあお願いします!!」
「畏まりました」
そんな風に考えると、この面倒な店の仕事も、楽しく感じられる様になった。いや、すいません。ぶっちゃけ俺、この格好して店に出るの面倒くさかったです。女子はキャーキャー騒ぐし、ネクタイとかこういうかたっ苦しい格好苦手なんです。でも、
「いらっしゃいませ、ご主人様!」
ああして楽しそうに接客する健介を見ていて、いい加減に接客する自分はどうなんだろうって考えた時に、自然とそんな事を考えるようになっていたのだった。
ポニーちゃんの接客が終わると、いつの間にか居なくなっていたタケ兄が俺の元にやって来て、
「うんうん、いやぁ……お前もしっかりお仕事頑張ってるじゃんな?」
「はぁ?」
とか、訳の解らない事を言って来るのだった。
「ホント、和真といいアイツといい、どうしてこの街の少年は面白いのかね?」
「はぁ? 何言ってんだ諒助。沸いてた頭がとうとう腐ったか?」
皐月さんとタケさんのやり取りの意味は全く解らなかったけど、二人のお陰で店が繁盛しているのは間違いないので、感謝の言葉の一つでもと思って来たのだが、そこである事に気が付いた。
「なぁ、和真。俺気が付いたんたけどさ……」
「健介も気付いたか。俺も気付いた所だよ」
と、同じ様にそこにやって来た和真も同じことに気付いていた要だ。流石は和真だ。俺達は示しを合わせた様に同時に口火を切った。
「部外者のヘルプって、やっぱり生徒会に申請しないといけないんじゃないのか?」
「最近貴子さん見なくないか? 最早空気扱いか?」
「………和真、あのなぁ………」
流石は和真だ。の台詞を訂正したいんだがどうなんだろう? いや、訂正というよりはあれだ、その後に言葉を付け加えたいんだ。一瞬でもほんの一瞬でも同時に同じ事を考えるなんて、超能力みたいだなんて考えた自分が恥ずかしい。いや、本当に。数秒前の自分の頭をひっぱたいてやりたい気分だった。
「流石は和真だ。アホだな」
「え? でもさ、お前も貴子さん見てないだろ?」
「あのな……」
人が真面目に考えているのにこいつは……ん? でも、そう言えばそうだな……最近全然貴子さんを見ていない。こうして白女とうちの学校が合同で文化祭なんてやってるのに、同じ校舎の中に居る筈なのに出会わないなんて、貴子さんらしくないというか……
「まぁ、確かに不思議だよな。貴子さん、どうしたんだろう?」
「な? 気になるだろ?」
「まあ、お二人に気にして頂けるなんて、嬉しいです」
「「っっっ!?」」
「ごきげんよう。様子を見に来たのですが、話題に上がっていたようなので……」
噂をすれば影とは正にこの事か……振り返るとそこには孝子さんがいたのだった。いや、出来すぎで少し焦った。ちびるかと思った。……ちびってないよ? ホントだよ?
「でも丁度良かったです。二重、いえ三重の意味で、私はここに来て正解でした」
「三重の意味?」
「はい、まず一つはこの店の現状です。お知り合いに手伝っていただくのは構いませんが、食販のこのお店の場合、衛生チェックが必要ですので……お手伝いの方達を呼んで頂けますか?」
「おう、じゃ、俺が呼んでくる」
「和真、よろしく」
駆け出す和真を見送って、俺は貴子さんと二人になる。
「そして、二つ目は……」
「やっほ、鈴原ちゃん! いやぁ、もう、可愛いよね。かわゆいよね。きゃわういよねっ!!」
「し、栞!!」
貴子さんの後ろからピョコリと顔を出したと思ったら、俺に抱きつくというかタックルをかまして来たのは栞だった。ああ、栞も可愛いなぁ……じゃなくて、
「栞! 来てくれたのは嬉しいけど、やっぱりこんなかっこうした俺と栞が一緒に居るのは……ってあれ? 栞だよね?」
「うん、もっちろん。えへへ……どう? 舞台衣装なの、似合う?」
「う、うん!! すごく!!」
俺の目の前に立って、くるんと一回転する栞。っていうか、声とか行動とかで栞だとわかっているのだけれど、見た目が普段と全然違う。綺麗なブロンドの髪に、お姫様のような衣装。目にはカラーコンタクトまで入れているのか、瞳の色は淡いブルーだった。最早別人。これなら俺と栞が一緒に居ても全く問題なさそうだった。
「確かに私もお二人がそろい踏みになるのは危険では? とも思ったのですが、栞さんの衣装を見て安心しました。彼女のクラスの演劇への入れ込みは大したものです」
「ああ、そうだな。これなら多分、誰も栞を見つけられないよ」
「あはは、そかなぁ?」
「そうだよ。でも、その演劇も見たいなぁ……」
「ああ、次はライブの後の時間だから、見に来てよ!」
「うん、了解!」
「………あの」
俺と栞がキャッキャと騒いでいたら、申し訳なさそうに貴子さんが声をかけてくる。どうしたのだろうか? 何というか、困ったいるような、戸惑っているようなそんな素振りだ。
「すみません、鈴原さん。鈴原さんですよね?」
「へ? 何言ってんですか、貴子さん。何処からどう見ても俺じゃないですか?」
「いや、何処からどう見ても、愛らしいメイドさんなのですけどね……そうじゃなくて、その、なんと言うか……」
「ん?」
「かはぁっ!?」
突然、貴子さんが鼻血を出して倒れそうになった。なんだ? 一体何が起きたのだ? 何とかギリギリで支えると、何やらブツブツと呟きが聞こえるのだった。
「おかしいですよ、おかしいです。何でこんなに可愛いんですか? いつもだって十分可愛いですが、言葉遣いや仕草が、まるで女の子じゃないですか……なんですかさっきの『ん?』って、右斜め四十五度に首を傾けて……あんな瞳で見詰められたら、私は、私は……」
所々聞き取れない言葉があったが、どうも俺の仕草について色々と思う所があるらしい。ああ、そういう事か。言われて見れば、確かに俺はスイッチを切っていなかったからな。メイド接客モードで貴子さんに対応していたから、貴子さんも俺に違和感を感じたって所だろう。普段の俺とは似ても似つかないキャラだからな。でも、このまま上を向かせていると血が口に入っちまうし、あんまり良くないよな。
「貴子さん、しっかりして下さい。絵的にもいろんな意味でもこのままだと良くないですよ」
「う、ううん……」
俺はポケットからティッシュを取り出して、鼻を拭いてあげてから、数枚のティッシュを重ねて、そっと貴子さんの鼻を押さえた。しっかりと血をふき取ってから、小さく丸めたティッシュを、鼻血の出ている鼻にそっと詰める。なんと言うか、普通不細工になるであろう事を本人の了承も無くやっているので申し訳ないが、そんな詰め物をしても、その美しさが損なわれないのは、貴子さんの綺麗な顔がそれだけ整っているからなのだろうか?
「失礼しました。その、鈴原さんの可憐さに思わず萌え死んでしまうところでした」
「あはは……もう開き直って『男子全員萌え殺し』を目標にクラスの男子の指導を受けて、メイドの中のメイドになりきってますからね」
開き直ってしまっていいものか……そういう葛藤が無かった訳ではないが、やっぱり祭りは楽しむものだ。
「うんうん、鈴原ちゃんなら余裕で全員殺せるよ!」
「う、うん。そう言って貰えるのは嬉しいけど、その言い回しだと凄く怖いから止めようね」
明るく『殺す』なんて言うもんだから、笑顔で『虐殺です』とか言っていた某皇女を思い出して背中にいやな汗をかく俺だった。
「で?」
「ん、何ですか、鈴原さん?」
「いや、そろそろ和真も戻ってくるし、もう一個の意味も聞いておこうかなって思って」
「ああ、それは……」
「お待たせ、二人……じゃなくて、三人とも」
タイミングを見計らったんじゃないかって位の絶妙のタイミングで和真が戻ってくる。まぁ、こんな事だろうと思ったから、別に驚きはしないが、後ろに連れられれて来た皐月さんとタケさんは、逆に驚いていた。
「いやはや……世間は狭いと言うか、なんと言うか……」
「何だ、和坊。お前『KALEN』の詩織と知り合いだったのか?」
皐月さんの観察眼にも脱帽だが、まぁその驚きは納得だ。最近巷を騒がしているアイドルと彼氏の弟分が知り合いだったら俺も驚く。いや、俺の場合は彼女の妹分がアイドルと知り合いだったら……という事になるのだろうが。見るとタケさんはそれほど驚いていないようにも見えた。流石は有名人と言ったところか?
「え? その子『詩織』なのか?」
「気付け馬鹿。カツラに衣装位で解らないなんて、それで私の彼氏が勤まると思ってるのか?」
「あはは……にしても、お久しぶりです、高町さん」
「あらあら、お手伝いは諒助さんと皐月さんでしたか……」
「よ、貴子。今日も良い乳してるな。後で揉ませろよ」
「え? 皐月さん達、貴子さんと知り合いなの!?」
と、今度は俺達が驚く番だ。貴子さんと二人が知り合いだったとは知らなかった。ってか、全く繋がりなさそうじゃないか? 一体どういうつながりだ? 在るとすれば、貴子さんのお父さんの仕事が関わっていそうだが……
「あ、はい。お二人と言うよりは、諒助さんとはお父様を通して知り合いました」
「俺が高町さんのお父さんの所のCMに出演した時に、ご自宅に招待されてね……」
「で、その後私が私の店に招待した」
「と言う訳です」
「へぇ~……」
確かに、さっきのタケ先輩の言葉に同意だ。世間は狭い。そう実感させられる瞬間だった。
その後貴子さんに指示された事を二、三こなして皐月さんもタケさんも晴れて正式な『冥土喫茶』の従業員になった。
「本当に私が店長で良いのか?」
「「「「「貴方以外ありえません!!」」」」」
クラス全員の希望により、今日より数日間のこの店の店長は皐月さんに頼むことになった。俺が一個気になっていたのは、
「なぁ、皐月さん?」
「ん?」
「こんなにこっち手伝って、アンタの店は大丈夫なのか?」
「ああ、優秀なスタッフが居るからな」
そう言って爽快に笑う皐月さんの笑顔には、そのスタッフ達に対する全幅の信頼が伺えた。彼女が信頼するに値するスタッフだと言うのだから、きっと凄い連中なんだろうな……なんて、見たことも無いスタッフ達に俺は敬意を込めて一礼をするのだった。
『ごめんなさい、スタッフの皆さん。優秀な店長を暫くお借りします』
「何空に向かって祈ってるんだ?」
「いや、なんでもない」
そんな俺の行動に、和真は不思議そうに首をかしげるのだった。
「はぁ……えっと、はい?」
いやまぁ、今俺の目の前ではなんか不思議な光景が繰り広げられていた。
「何だ、よく聞こえなかったか? ポニー。お前もこの店手伝え」
「はい!?」
俺の目の前では、皐月さんがお客様を従業員にしようと勧誘中だ。いや、勧誘じゃないな。これは、
「分かったか?」
「え? は、はい!!」
命令だった。
時間は少し遡る。
「あ、あの!」
「ん? ああ、お嬢様。そろそろお会計でしょうか?」
皐月さんやタケさんを伴って店に戻ると、早速客が和真に声をかけた。見るとポニーテールの似合う可愛らしい女の子だった。多分和真のファンだろう。頬を染めながら、チラチラと和真の顔を見ていたから何となくそう思った。
「ん? ポニーじゃないか」
「え? て、店長!? え? メイド服!?」
その少女が、皐月さんを見るなり目を白黒させていた。俺は再び世間の狭さを痛感するのだった。その少女に皐月さんが事のあらましを説明し終わって直ぐに、
「と言う訳だから、ポニー、お前もこの店手伝え」
「はぁ……えっと、はい?」
と、摩訶不思議な光景が俺の目の前に展開されたのだった。
回想終わり。
で、
「てな訳で、うちの店のスタッフ捕まえたから、手伝わせる事にした。メイドは私と宮姫しか実質居なくて手が足りなかったから、そこを補うヘルプだ。よろしくな」
「あ、あの、ご紹介に預かりました。馬堀 万里子です。レストラン『トワイライト・ガーデン 由芽崎店』でシフトリーダーやってます。本日はよろしくお願いします!!」
ドギマギしながらの自己紹介。多分男ばかりの空間に慣れないのだろうと声をかけたら「こんなに可愛らしいのに、男の子なんですか!?」とか驚愕された。いや、まぁ慣れてるんだけどさ。俺と同じ様な衣装に身を包む万里子ちゃんは俺なんかよりもよっぽど可愛いと思った。内心『栞がこの衣装着たらどうなっちゃうんだろうな? 大変だな』とか想像したのは内緒だ。
「何でポニーなん?」
「んー……なんでだろう? いつの間にかみんなにそう呼ばれてたなぁ……」
「そっか、じゃ、俺もそう呼ぶんでいい?」
「あ、うん。全然いいよ。よろしくね……えと、宮姫ちゃん?」
「あ、俺? 俺は鈴原。鈴原 健介。よろしくね」
「あ、意外に名前は男らしい」
「意外言うな!」
「わぁ、ごめんごめん」
と言うわけで、俺達一年D組のメイド喫茶『冥土喫茶』は、メンバーも増えて賑やかさを増していくのだった。なんと言うか、何でか知らないが、俺達の周りっていっつも賑やかな気がする。
「鈴原ちゃーん!!」
「あ、はーい、今行きまーす!!」
しっかりちゃっかり客として店の中に居る栞や、
「では、この書類にサインを」
「あ、はい」
ポニーちゃんに細かい説明をしている貴子さんも含めて……
「健介、お前をまた指名してる客が居るぞ!」
「おう!!」
賑やかなメンバーで今はこの店を盛り立てて行こう。ライブまでの時間を楽しむ様に、俺は元気一杯に、
「いらっしゃいませ、ご主人様!!」
お客様に笑いかけるのだった。
「なんて言うか、アレだな」
「ん? どうしたよ皐月」
「私らに続いてポニーだろ?」
「ああ、そうね……多分同じ様な事考えてるよ」
「きっと、アイツ等の大半はここに来てる気がするんだが……」
「だとすると、店は副店長さんだけか……可哀相に」
「大丈夫だろ、アイツなら」
「信頼してるのね」
「ああ、もちろんだ」
「棒読みだね」
「ああ、もちろんだ」
「そっちだけ感情込めて言わないで欲しいぞ。副店長の為にも」
「あはは」
「あはは。じゃないだろ」
楽しそうに会話するタケ兄と皐月さんを見て、俺も健介とこんな風になれたらな……なんて事を考えたりする。
時計を見る。ライブまで後二時間だった。
「いらっしゃいませ、ご主人様!!」
短いスカートを翻して、客の待つ席へと駆けていく鈴原ちゃんを見送って、私はため息を吐くのだった。
「どうしたの、音梨さん?」
「いやぁ……鈴原ちゃん、可愛いなぁって思って」
そんな私に声をかけてくれたのは高町さんだった。思えば不思議な繋がりだ。私とこの『白金台の女王』とのつながりは、同じ学校に通っている先輩後輩でしかなかった筈だ。なのに今、私達は知り合いの喫茶店で一緒にアフタヌーンティーセットを愉しむ仲になっている。全く不思議な話だ。この私達の間を取り持ったのも、他ではない鈴原ちゃんだったから。
「ええ、鈴原さんは可憐ですね……本当に」
「ですよね……羨ましい位」
私は鈴原ちゃんの弾けるような笑顔を眺めながら、そんな高町さんの言葉に同意する。同性として憧れすら感じる鈴原ちゃんの可愛らしさはそれこそ天性だ。そして、その仕草や行動も半分以上が無意識に行っているものである。でも、その可憐さは人を惹き付けて離さない魔力に似た力がある。その、悩ましいまでの魅力に嫉妬すら覚える。
そんな自分を嫌いながら。
「………ヤキモチは、心が健全な証拠ですよ?」
「ふぇっ!?」
突然の高町さんの言葉に、思わず飲んでいた紅茶を噴出しかける。
「それってどういう!?」
「私も向いている方向は違いますが、同じ鈍感なカップルに振りまわされていますから」
「あ……」
それで分かった。そうか、そうだった。高町さんも同じなのだ。私と同じ片想い。想い人は鈍感で、多分自分の気持ちに気付いていなくて……見ているこっちが分かってしまっているのに、当の本人達ばかりが遠回りで……
「失恋の決まった恋って、意味があるんでしょうか?」
「……そうですね。『失恋が決まった恋』など無いと思いますが……もしあるとするなら、それは……」
「……………」
固唾を呑んで次の言葉を待っていた私に、高町さんは笑顔で言った。
「恋は女性を綺麗に美しくすると言いますし、そうして手に入れられる美貌こそが、女の魅力になって行くんじゃないですかね?」
「ふふ……」
そう笑う高町さんの笑顔には諦めは無くて、代わりに本当に綺麗な笑顔が湛えられていた。
「「あははははっ!!」」
ひとしきり笑ってから、私はもう一度鈴原ちゃんの笑顔を見た。本当に裏表の無い愛らしい笑顔。同じ女性の私でも魅惑されるその笑顔。……だから、可哀相に思った。あんなにも魅力的で、あんなにも可愛らしいのに、彼女は自分の事を『男』だと思っているのだ。それはどうしようもなく不幸な事のような気がした。
「鈴原ちゃんの病気……治せないんですかね?」
「……難しいですね。体の病気と違って、取り除ける患部も無いですから……」
「………そう、ですね」
その時ふと気付く。私は何故、彼女の回復を望むのだろうか? と。彼女の回復はそのまま自分の失恋に直結している気がする。鈴原ちゃんの和君に対する思いは、友情よりも愛情のそれに近い。そこに明確に一線を引いているのは、彼女の『自分は男性である』と言う思い込みに他ならないのだ。だとするなら、その『心の病』の回復は、結果として、数君と鈴原ちゃんを結び付けることに繋がると思う。なのに……
「私は、鈴原ちゃんの病気が治ればいいなって思うんです。それが……」
それが、私の恋の終わりだとしても……
「………貴女は本当に優しい人ですね、鈴原さんは良いお友達をお持ちです」
高町さんは優しい声でそういうと、私の手をそっと包んで微笑んでくれるのだった。
「そういえば……」
「はい?」
高町さんは思い出したように手を合わせると、私に向かってこう言った。
「鈴原さんにはお伝え出来なかったのですが、実は……」
「えぇっ!?」
「どうかされましたか、お嬢様方!?」
私が大きな声を上げたものだから、店員の人が思わず心配して飛んできた。いや、はい。すみません何でもありません。「ごめんなさい、なんでもないです」と笑顔で伝えて誤魔化したが、思わず声も上げてしまう。それ位びっくりする事だったから……
「鈴原ちゃんに知らせないと!!」
そう言って鈴原ちゃんの姿を探したが、丁度店の外に出て行ってしまった所だった。数君に聞いたら、外にチラシを配りに言ったらしい。しかも、携帯は充電中で店に置きっぱなしだそうで……
「ああん、もう、こんな時に!!」
「落ち着いてください、栞さん。大丈夫です」
高町さんの落ち着いた声。そんな声で言われると大丈夫な気がしてくるが、やっぱり知らないまま出会ってしまえば、ボロが出る恐れだってあるのだ……どうにかして、彼女が出会う前に知らせないと……
「私、探しに行って来ます!!」
「栞さん!!」
居てもたっても居られなくなった私は、お会計を済ませると急いで鈴原ちゃんの後を追うのだった。……何処に行ったかなんて分からないけど、何もしないで居るよりは、そうしていたいと思ったから。
「『冥土喫茶』です! よろしくお願いしまーす!!」
秋葉原の駅前よろしく、チラシを配る俺。何て言うか、恥ずかしいを通り越して、もう何も感じないって言うか……今の俺はもう、鈴原 健介でもなく、ましてや珠洲宮 可憐でもない。ただの冥土の『宮姫』だった。ってか、そう思わないとやってられなかった。
「くそぉ……皐月さん絶対面白半分だよ……」
皐月さんの、「中も大分慣れてきたし、ポニーも居る。ここは一つうちの看板娘を店外に出して、客を呼び込ませよう」なんて言う思いつき発言のせいで、俺はこうしてジリジリと肌を焼く日差しの中、汗水流して散らし配りだ。もうあれだ、これがバイトならいっそ納得行くのに……俺の周りは、どうしてこう理不尽な連中が多いのだろうか? 一瞬でも皐月さんを格好いいと思った私が馬鹿だった。いや、格好良いんだ。ああいう大人になりたいと思う。でも、残念ながらそう言う大人になるまでは、そういう大人の下では働きたくないと思った。
「はぁ、ポニーちゃん大丈夫かなぁ? うちの男子結構馬鹿だから、ポニーちゃんもクラスの誰かの女装と勘違いして、変な事してないだろうなぁ……」
皐月さんは多分姉ちゃんと同じ人種なので多分無敵だ。セクハラとか全然怖くないだろう。ってか、逆にあの人がお客様の女の子にセクハラしやしないかは心配だ。でも、ポニーちゃんは絶対にか弱い方だ。位置付け的には栞とかの位置だ。瑛とか貴子さんの様な姉ちゃんとは別の意味で強い連中とも違う。思わず守りたくなる系の子だ。
「ああ、携帯充電中だから、和真に守る様にも言えないじゃん……」
俺はさっさとこのチラシどもを配りきって、ポニーちゃんの安否を確認しに戻ることを誓うのだった。それまで無事で居てくれ、ポニーちゃん!!
サワッ
「ひぃっ!?」
とか、ポニーちゃんをセクハラの魔の手から守ろうと堅く決意していたら、俺の尻を撫でる愚か者の手があった。あれ? これって殺していいんだっけ? 殺しても罪にならないって前に和真が言ってた気がするなぁ……俺の心が修羅に落ちそうになるのを俺の理性が必死にとどめていたら、その理性をぶち壊す声が聞こえた。
「ふむ、やはり臀部の……というか全体的に脂肪が足りないぞ、宮姫?」
「ああ、そうか。お前か……」
俺の尻を撫でたってだけでも万死に値するのに、その下手人がコイツなら、万死所か億死、いや兆死に値するな。うん、俺の中で行われた俺達の会議の総意も『コイツをぶち殺そう』なので問題ない。殺そう。ぶちのめそう。そしてぶち殺そう。
「この腐れ変態バ会長!! 死ね!! 死んでしまえ!!」
ドガバキゴシャメキャッ!!
「おごっおふっのわっ!!」
力の限り拳や肘を浴びせ、全体重をかけて足を振るった。死んだらどうしようとかは考えない。だって全力で殺すつもりだから。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!」
「ちょ、まて、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!!」
最初の内こそギリギリでかわしていたバ会長だが、段々と貰う様になり、最終的には殆どの攻撃を受けていた。人体の急所である人中やこめかみなども含めて金的も辞さない俺の攻撃は、確実にバ会長を命の瀬戸際に追い込んでいた。
「ふんっ!!」
「おふぁっ!?」
バスンッ
全体重を乗せた通打が綺麗に鳩尾に入って、バ会長はそのまま地面に伏した後、ビクンビクンと痙攣して動かなくなった。
「あ、悪は………はぁ……はぁ……去った………はぁ……」
動かなくなったバ会長の頭を踏みつけて、俺は高々と天に拳を突き上げた。
「「「「「わぁああああああああああっ!!」」」」」
「ん?」
いつの間にか集まっていたギャラリーから割れんばかりの歓声と拍手を貰う。いや、ちょっと待て、これ凄く恥ずかしいぞ……俺は今大勢の観衆の前バ会長を公開処刑していたのか?うわ、マジで恥ずかしい……
ギリギリギリ……
恥ずかしさを紛らわす為と、コイツのせいでこんな事にという気持ちが入り混じって、足の下にあったバ会長の頭を力いっぱい踏みつけるのだった。しかし、折角注目されているのだ。これは宣伝効果は高いのかも知れない。
「どうもどうも! 当校の恥部生徒会長の小平 春水と、一年D組のメイド喫『冥土喫茶』のNo.一メイド宮姫がお送りしました寸劇をお楽しみ頂けましたなら、ぜひともわがクラスのお店『冥土喫茶』にもご来店下さい!!」
と、営業スマイル全開で叫びまくる。と、
「ねぇ、この子『KALEN』の……」
「あ、本当だ『珠洲宮 可憐』じゃね?」
ふむ、まぁそうなるだろうな……今の俺は目一杯女の子女の子している訳だから、知らぬ人の目に触れれば、そういう評価が妥当だろう。
「そこの方! ふむ、確かにそれよく言われます!! でも、『俺』こと『宮姫』は宮ノ前高校一年D組の生徒です。この意味分かりますか? 分かりますよね?」
最早これはネタだと思うことにする。今日みたいな日は、仕方が無い。ってか、実際に間違えじゃないんだし……
「嘘? 男の子?」
「マジで!?」
「はいはい、そのリアクションも聞き飽きましたよ? その真偽を確かめる為にも、是非校舎一階保健室、メイド喫茶『冥土喫茶』に御足労を!!」
「面白そうじゃない?」
「そうだな行ってみるか?」
「はいはい、二名様ご案内!! ちなみにその『KALAN』のライブも当店オープンテラスにて鑑賞可能ですよ!!」
「すっげぇじゃん!! じゃ、俺達も行こうぜ!!」
「ようがすようがす、喜んで!! 皆さんまとめてご案なーい!!」
最早コントだ。でも、それで客を増やせるなら、和真の計画がうまく行くかも知れない。そう思えば、この辛い作業も自分のためだと思える。そうだ、俺の為にクラスが頑張ってくれてるんだ。だったら俺も、クラスの連中の期待に精一杯応えなくちゃ駄目だ!
……ん? そういえば、何か忘れてるな。何だっけ?
「あぁっ!!」
「ん、どうしたんだよ、メイド君?」
「いえ、全然なんでもないですよ?」
「ああ、そう?」
「はいはい、こちらになりまーす」
思わず声を上げてしまったが、その場は誤魔化してニコニコ笑っておく。
でも、アレだ。思い出した。
「よっしゃ皆の者! 客をわんさと連れてきたぞ!!」
大挙として連れてきた客を店の中に押し込みながら、俺は見つけた和真に目配せする。
『おい、和真。人形はどうなったんだ!?』
『ああ、それなら……』
そうだ。俺の等身大人形の出来は? 完成は? 和真の作戦を成功させるって言っても、それが完成してなければ、何の意味も無いじゃないか?
俺が連れて行った客のオーダーを取って、メニューをテーブルに運んだ後、俺は和真と一緒にロボ研の部室に行くのだった。
「い、いらっしゃいませ、ご主人様!」
「じゃ、萌え萌えじゃんけんおねがいします!」
「も、萌え萌えじゃんけん!?」
どうもこんにちは、万里子です。……え? あれ? 誰だかわからない? ……はぁ、じゃあ、訂正です。
どうもこんにちは、ポニーです。……良かったです、分かっていただけて。いえ、泣いてないです、大丈夫です。……本当ですよ?
今私は、店長の言いつけでメイド喫茶なる場所で働いています。おかしいなぁ? 私今日オフで、楽しみにしていた『星黎祭』に遊びに来た筈なのに? 何故か私はメイド服を着込んで、お客様……いえ、ご主人様達の給仕をさせて頂いています。
背格好が店長よりは健介君に近かったので、彼の衣装をちょっと手直しして着てるんですが、スカート丈はいつものスカートと変わらないので問題なくても、流石に胸がキツイです。それと、ご主人様達の視線が、自然とそこに集まっている気がして、すっごく恥ずかしいです。はぁ……
「で、では、行きますよ、ご主人様?」
「うん、負けないぞぉっ!」
今は『萌え萌えじゃんけん』なるレクリエーションをご主人様をやっています。まぁおかしな振り付けが付加されたじゃんけんです。お客様が勝つと、何かポイントが溜まるんだとか。それが一定以上溜まると、指名したメイドや執事と写真が撮れたりするんだそうです。
「もえもえじゃんけん」
「じゃんけんぽんっ!!」
これがまた難しくて、程よく負けなくてはならないのですが、負けすぎてもこちらが大変になるので、全敗というわけにも行かないらしく、私みたいにじゃんけんを完全に運でやってしまうと……
「ははは、またポニーちゃんの負けだね……」
「はうぅ……」
それが美味くコントロール出来ないので、ポイントを与える一方なんです。
「もう一回、萌え萌えじゃんけんしようよ!」
「え? でも……」
萌え萌えじゃんけん等のレクリエーションは連続では出来ない規則なのですが……
「いいじゃんいいじゃん、ばれないって」
「そ、そういう訳にも……」
たまにこういうご主人様がいらっしゃるので、困ってしまうのでした。
「申し訳ありません、その様なレクリエーションは最低でも三〇分のインターバルを挟んで頂いた上で、別のフードオーダーを挟んで頂く事になっておりますので……」
「あ、ああ、そうなんだ……知らなかったよ。あはは」
私が困り果てていると、燕尾服の執事さんが助け舟を出してくれた。
「大丈夫? ポニー?」
「あ、え? 和真さん!?」
「全く……ああいう客は『ご主人様』って呼ばなくてもいいよ。思い切り引っ叩いてもOKだから」
「え、あ、でも……」
「大丈夫大丈夫。皐月さんもそういうのOKしてるし」
「は、はい」
そう言って笑ってくれた和真さんの顔が眩しくて、私は目を合わせられなかった。恋とは違うこの気持ちは、多分芸能人に抱く憧れに似ている。でも、やっぱりTVの向こうから目の前に出て来られてしまったら、心臓はバクバク脈打つし、顔は真っ赤に染まってしまう。誰だってそうだと思う。
「なんか困ったら、すぐ俺を呼んでね」
「は、はいっ!!」
何て言うか、その、天国だった。
だって、ここでは『まぁポニーならいいか』とか『ポニーなら仕方ない』とかって言う変な空気も無いし、和真君格好いいし、空気として扱われえないし、和真君格好いいし、それほど無茶振りもされないし、和真君格好いいし。
「ポニーちゃーん、指名だよぉ!」
「はぁーい!!」
ああ、このお店がずっと続けば良いのにな……なんて、ありえない事を考えちゃったりするのだった。それにしても……
「えぇー宮姫いないの? じゃあ……このポニーって子で良いよ」
健介君の人気は凄いな……それと『ポニーで良いや』って、私少し傷つくな……私は心でこっそり涙を流した。でも、仕方ない。健介君の可愛さは、本当に私の目から見ても確かだった。多分うちのレストランで働いてもお客さんの人気の半分くらいは持っていけるんじゃないかって位に……あ、うちの店本当にみんな可愛いんだよ? 満月ちゃんも八雲ちゃんも飛鳥ちゃんも華音ちゃんもみんな大勢のファンがつく位に……私? あはは、私はどうだろうね? あははははは……はぁ。
とにかく、健介君の可愛さはそれはもう凄い人気だった。だから仕方ないよね。仕方ない。そう私は自分に言い聞かせて、悲しい現実から目を背けるのだった。
「で、これが完成品ですっ!!」
「え? これ、人形なのか?」
「キモッ! キモいッ!!」
一時その存在を完璧に忘れていたが、そういえば俺達はある物の完成を待っていたのだった。と、思い出した様にやって来た割に、俺の等身大人形は特に大きな事件もなく無事に完成していた。その出来についての感想が順番に和真→俺である。
いや、俺の感想は正しいぞ? だって、俺と寸分変わらない顔したものが目の前に立って、瞬きと呼吸をしてるんだぞ? いや、そういう風に動いているだけで厳密には瞬きではないし、呼吸でもないんだけどさ……でも、そんな、自分のコピーみたいなのが目の前に居たら、気持ちの悪さ以外に何を感じるんだよ?
「気持ち悪くないですよ! 見てくださいよ、この可愛らしさ!! オリジナルの宮姫の可愛さを寸分違わずに再現出来たと自負してますよ!」
「いや、ああ、そうかも知れんけど……」
和真は歯切れ悪くそう言って、俺とそいつの顔を交互に見るのだった。多分俺が怒って暴れたりしないかどうか心配なのだろう。ったく、そんなホイホイ暴れるかってんだ。
「いや、本人が言うのもなんだけど、気持ち悪いくらいそっくりだし良いんじゃないか? まぁ、顔の表情が若干堅いけどさ、人形に表情まで要求出来ないしな……」
「……いやいや」
「……出来ないよな?」
「出来るわけ無いじゃないですか」
変に溜めるもんだから、一瞬出来るのかと焦ってしまった。いや、出来てたまるか。じゃないと俺達人間の存在価値がどんどん失われていってしまう。ロボットは常に俺達人間よりも劣っていないといけないなんて、人間ってもの凄く身勝手な連中だよな。俺もだけど……
「そうだよな、いやぁ、出来るとか言い出すのかと思って焦ったよ」
「でも、」
「でもぉっ!?」
しかし、うちのロボ研はもしかしたら超凄いのかも知れない。このタイミングで『でも』なんていうって事は、それなりの機能を期待してしまうじゃないか。もしこれでしょっぼい機能だったら、正直肩透かしもいい所である。果たしてその機能とは!!
「このボタンを押すと……」
「押すと?」
高まる期待。……まぁ、本音を言えばあんまり期待してないんだけどさ……
「いらっしゃいませご主人様!」
「うおっ!? 喋ってお辞儀した!?」
「しかも、完全に健介の声だ!?」
「なんと宮姫の声で、挨拶をするんです!!」
とかまぁ、大げさに驚いてみたものの、その機能はなんと言うか、ある意味で期待を裏切らないというか、またある意味で期待を裏切ってくれたというか……
いや、凄いかと言われれば微妙だ。いや、ただの私立高校のロボ研が二時間そこらで作ったにしてはもの凄いものだと思う。動きも比較的自然だし、なかなか便利なギミックなんじゃないか? しかしまぁ、俺の声を発した事でより一層俺にとって『気持ち悪い指数』は上昇の一途をたどっている訳だが。
「しかも!!」
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「別バージョンも含めて、全七種の挨拶が可能です!!」
「無駄にすげぇ!!」
最早、凄いの一言だった。って言うか、やっぱりキモイな。だって俺が居るもん、そこに。それはもう、大層居心地の悪い気持ちで一杯だった。
「ただ……」
「なんだよ、ここに来て否定的な接続詞使うなよ。不安になっちゃうだろ?」
「あはは、すみません。しかしですね……」
「だから、逆接の接続詞もいたないから!!」
「いえ、言わせて下さい。我々も最高のロボットを作ったと思っているんですが、やはり一高校の設備では、限界がありまして……」
ロボ研所属のクラスメート……はいい加減失礼だと思うので、ちゃんと名前で呼ぼう。
「……和真、コイツの名前なんだっけ?」
「……お前なぁ」
と思ったのだが、参った事にコイツの名前を知らない俺がいた。いやだってさ、言い訳させてくれ。普段コイツ全然パッとしないんだぞ? この作戦を考え付いた和真は知ってたみたいだが、俺的にはぶっちゃけ今日が初対面な印象なんだ。だから仕方ないと思う訳だよ。仕方ないでしょ? ないよね? ないですか? ……すいません。
「……斉藤だよ。斉藤 浩介」
「……おお、斉藤か。斉藤ね。解った解った。覚えたぞ」
「? どうしたました?」
「ああ、気にするな斉藤」
「はぁ……?」
小声で聞いた俺に、和真も合わせてくれたので、斉藤には聞こえていなかった様だ。良かった良かった。さて、気を取り直してだ、斉藤は眼鏡の位置を右手の中指で直しながら、コホンと一つ咳払いをして、難しい顔をした。
「見た目や等身は限りなくオリジナル……つまり宮姫に似せたのですが、色々なギミックを搭載したせいもありまして、重量がかなり重くなってしまっているんです」
「どん位重いの?」
「ざっと冷蔵庫三個分位でしょうか?」
「それ重いって言うか重すぎでしょ!!」
思わず声を荒げてつっ込んでしまったが、そうか、それは聊か問題かも知れない。正直そんな重いもの、どうやって運ぶんだ?
「で、どうやって運ぶんだよ?」
「そこなんですよね、問題は」
「…………どうして俺の周りは馬鹿ばっかりなんだろう?」
俺と同じことを考えた和真が質問すると、斉藤はまた眼鏡の位置を直しながら、さも当然の疑問を口にした。いや、それは俺達が聞きたい事なんだが……バ会長といい、斉藤といい、和真といい、俺の周りは素敵な馬鹿野郎ばかりだった。
「で、これどうやって運ぶんだよ?」
「「さぁ?」」
馬鹿二人がほぼ同時にそう言った時に、俺は頭を抱えるしか出来なかった。……でも、そうも言っていられない。現実として、このロボットには店で接客に当たって貰わなくてはならないのだ。重いから運べませんでしたでは済まないのだ。ってか、そんな必要性でもなきゃ、こんな自分の型なんて取らせる訳ないだろうが? 自分の複製作って、何が楽しいんだよ? 何も楽しくないよ、全く……
「もうアレだよな、『どうやって運ぶか』とか、考えるんじゃなくて、『何としても運ばなきゃ』何だよ俺達は」
「そうだな」
「ですね……」
俺の真面目な声に反応したのか、和真も斉藤も真剣な顔で何かを考えている様だった。そう言いながら俺だって考えている。しかし、考えれば考える程難解なのだ。まず目立ってはいけないのに、こんなもの運んでいればいやでも目立つ。まずこの『目立たない方法』をクリアしなければならない。
「いや、それからして無理だろ?」
「何がだよ?」
「いや、こっちの話……」
次に、この移動困難なほどの重さだ。しかしこれは、頭と道具を駆使すれば、多分何とかなる。『台車を使う』とか、『大勢で運ぶ』とか……さっきの『目立たない』を度外視すれば……だか。でも、これは考えれば何とかなると思う。いや、こっちが何とかなる手段が『目立たない』かどうかは別にすればだ。でも実際は、それを同時に満たさなければならない訳で……結論から言えば……
「無理じゃね?」
の一言に尽きる訳だった。
「いや、無理じゃなくね?」
その声に振り向くと、俺と和真と斉藤の視線の先にニヤニヤ笑う遼がいた。てか、こんな所にいていいのか、生徒会執行部副会長? そういえば、貴子さんもうちの店に来てから大分経つな……良いのか、生徒会? 仕事一杯ある筈じゃないか? って、バ会長もアホやってた気がするんだが……気のせいかな? 気のせいじゃないよな。はぁ……
「じゃ、聞かせてくれ、自信満々の暇人集団副団長」
「何だよ健介、言い方に棘があるな……ってか、俺の事騙しただろ? 水臭いぞ。もっと頼れよ、俺達仲間を」
「……あはは、そういう照れるような台詞を臆面無しに言える遼は大物になると思うけど……話を戻そう。その作戦を聞かせてくれ」
こっちのいやみなどお構い無しに、格好いいというか恥ずかしい台詞を真顔で吐ける遼には素直に尊敬の念を感じずにはいられない。まぁ真似したいとも思わないけどさ。恥ずかしいから。でも、それが普通に格好いいと思わせてしまう遼の容姿は羨ましいけど……どうせ、格好いいこと言っても「可愛い」ですよ。っけ。
「ああ、それはさ、簡単だ」
ゴニョゴニョと、耳元で囁く様に言う遼の息が耳にかかって、思わずむずかゆくて身悶えたら、「クネクネするな、気色悪い」と頭を叩かれた。遼のそういう俺を『可愛いもの扱い』しない所は、俺的には凄く嬉しかった。
しかし、
「流石生徒会。権力振るいまくりだな!」
「こういう時に振りかざすのが権力だろ?」
遼は何処までいっても、格好いい奴だと思う。
ピーピーピー
「バックします……」
ピーピーピー
「バックします……」
俺達の目の前で、大型のトラックが保健室の前にやって来る。
「何々? どしたの?」
「なんか、このお店人気あり過ぎて食材在庫が追いつかないから、業務用冷蔵庫を搬入するんだって話だよ?」
「へぇ……後でちょっと来てみる?」
「そうだね」
対外的にはそう言う事にしているが、まぁ御察しの通りだ。まさか、俺の人形を運ぶ為に、ここまで大掛かりな事をしようとは……遼曰く、『バ会長が既に手配してたんだよ』だそうだ。流石というか、なんと言うか……お陰で話題になって更に客が増えそうで何よりだ。わざわざ機材搬入の業者を呼びつけて、それっぽく室内に人形を運んでしまう寸法だ。おあつらえ向きに大きな箱も用意して、発泡スチロール等をしっかり付けてはいるが、箱の中はスカスカなのだ。だって俺と同じサイズの人形が入ってるだけだもん。……悪かったな、ちっさくて!!
「な、無理じゃないだろ?」
「ああ、そうだな。かなりの力技だけどな……」
ちなみに、箱詰めしたのは俺達なので、業者の人達は本当に『冷蔵庫』だと思っているらしい。まぁ、まさかあの大きな箱の中に、小さいのに冷蔵庫三個分はある重さの人形が入っているとは思うまい。俺だって思わないもん。そんなの。
自慢げに俺の方に胸を張る遼だが、箱詰め作業の時は大活躍だった。冷蔵庫三個分をほんの一瞬とは言え持ち上げたのだ。一体何者だ、この化け物は? 流石に持ち運ぶのは無理だと言っていたが、持ち上がっただけでも十分化け物である。現に業者の人は四人がかりだ。遼の腕力の馬鹿さ加減が窺える一コマだった。間違っても遼には喧嘩を売らないと心に誓った瞬間だった。
さて、
「「「「「おおおおぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉおぉおおおぉっ!!」」」」」
ここでも想像通りの光景が広がった。なんと言えばいいのだろうか? 阿鼻叫喚? ……かな? 何にせよ、ダンボールのベールを脱いだ俺の等身大人形を見て、クラスの連中がさっきの悲鳴に似た歓声を上げたのだった。ある者は顔を赤く染め、ある者は鼻にティッシュを詰め、ある者は携帯を取り出し、ある者はぐるぐると周囲を回っていた。うん、やっぱり阿鼻叫喚だと思う。ちなみに、携帯を出して俺と人形を撮影していた奴の携帯電話は綺麗に逆パカにして差し上げた。
「み、みみみみみみ宮姫が二人いる!?」
「や、あっちは人形な」
アホなことを言うアマケンを含むクラスメートの大半が、俺と人形を見比べてアマケンと大差ないリアクションを返してくれる。俺としてはもう少しバライティーに富んだりアクションを期待したが、少々がっかりだ。
「凄い! 凄いですっ! ちゃんと息してますっ!! 鈴原さんにそっくりですっ!!」
ポニーちゃんには栞と同じ様なイノセントさを感じる。その純粋さをずっと持ち続けて欲しいと俺は本気で思ったのだった。ってか、ポニーちゃんは凄い可愛いんだけどなぁ……何で「私は可愛くないから」とか寂しそうに笑うんだろう……? まぁ俺は栞一筋だが……
とにかく、ポニーちゃんのリアクションが一番可愛くて心が洗われた。……ん? あれ? 待てよ……あれ? これ不味くない?
「でも、この人形どうするんですか?」
あ……これは……
ぎゃああああああああああああああっ!?
駄目じゃん!! ここポニーちゃんいるじゃん!! てか、
「おお、鈴原そっくりだな。何だこれ? ロボット?」
「うわぁ……良く出来てるな……」
タケさんも皐月さんもいるじゃん!! 駄々漏れじゃん、俺の秘密駄々漏れじゃんこれ!!
「い、いやぁ……そのアレだよ。こんななりでしょ? 変なファンが多くてさ……に、逃げるのに隠れ蓑? 的な?」
「もの凄い徹底的ですねぇ……」
どう考えてもどうよ? という俺の言い訳に、あっさり納得してしまうポニーちゃん。凄く可愛い。栞の次に可愛い。でも、その純粋さは危険だ。栞と同じくらい危険だ。このままでいて欲しいとも思うけど、一方でこのままだと将来が心配だと思う気持ちも湧いて来た。
「いや、ポニー。これはそんな事の為に用意されたものじゃないだろ?」
「あれ? そうなんですか?」
「ただの隠れ蓑にこんな金と労力をかける程この鈴原が金持ちだとは思えんし、また、このレベルのロボットを作るのに必要な材料を一学生が用意出来るとは思えない……恐らく数人の、いや数十人の財布を合わせて初めて作製可能なものだ……」
「え?」
純粋過ぎるポニーを窘める皐月さんの言葉、でも、それはもの凄く切れ過ぎる頭だと言う事が良く解った。同時に、俺の知らなかった現実が浮き彫りになった。それは、ロボット作製に関する費用の問題だ。
「和真……ちょっと待て」
「ん? どうしたよ、怖い顔して?」
「和真、お前このロボットの作製費用……どうした?」
「クラスの有志だよ」
「いくらかかった?」
「いいだろ、そんな事?」
「良くないっ!!」
俺はそんな話聞いてない。当たり前か、そうだよな。だってよく考えれば当たり前の事だった。何かを作るのには、当然材料などが必要になる、それこそ機材だってだ。それらをそろえるには、当然相応の対価が必要になる。この場合は、やはりお金だろう。その現実を俺は失念していたんだ。その負担を、俺の為にクラスのみんなに担わせるのは、絶対におかしいと思った。間違っていると思った。もう、ポニーちゃんたちにばれるとかそんなの二の次だ。そんな俺のことはどうでもいい。俺は目の前にある、みんなへの迷惑の方が、その数百倍大事だった。
「俺の為に、こんな作戦立ててくれて、それだけでも感謝し尽くしても足りないのに、それ以上にみんなに負担をかけるのは、俺は我慢出来ないんだよ!!」
「健介……」
「いくらかかった? 領収書はあるだろうな? 全部俺のギャラから払うから、絶対に文句は言わせないからなっ!!」
俺は思い切り握りこぶしを机に叩きつける。
「いらっしゃいませ、ご主人様」
その拍子に机の上で弾んだボタンに反応して、俺の等身大人形が空気も読めず間の抜けた挨拶をするのだった……きっとこんな状況でなければ、歓声が上がった所だろうが、この険悪な雰囲気でそんな声が上がる筈も無く、
「いや、これは俺達の勝手な決意だ。いくら健介でも、そこに水を指すのは認めない」
「馬鹿やろ、どう考えたって、非常識な額の費用が掛かってるだろ!? そんなもの『ありがとう』なんて言って見過ごせるかよ?」
「見過ごせよ! 現に今までお前、見過ごしてたじゃないか?」
「でもっ!!」
掴み合いの喧嘩になりそうだった。でも、それを止めたのは、意外な事に、
「お二人とも、落ち着いてください!! どちらもお互いを思っているのに喧嘩なんておかしいです!!」
「ポニーちゃん!?」
「ポニー……」
そう、ポニーちゃんだった。
「そうだな、それに恐らく今はそんな事でもめている場合じゃないだろう? 私の考えが正しければ、そろそろ準備に取り掛からないとまずい時間帯だ。違うか?」
続いて口を開いた皐月さんが、壁にかけられた時計を指差してそう言った。時間は十四時三〇分。ライブは十六時からなので、衣装合わせやメイク等の時間を考えれば、なるほど確かに準備に取り掛からなければならない時間だった。しかし、
「皐月さん……俺が『可憐』だって言う事は……」
「秘密なんだろ? その為のこのロボットなんだよな? こんな面白い事やっている奴は、私は基本的に応援する事にしてるんだ」
「皐月さん……」
「え? やっぱり健介君『可憐』だったの!?」
「いやぁ……まさかだよね、色々複雑そうではあるけど、俺は口は堅いから大丈夫だよ」
「タケさん……ポニーちゃんも、その、この事は……」
「あ、はい。その辺は心得てます。大丈夫ですよ、そういうの慣れてますから」
「ポニィ~……」
「っはっ!? て、店長、大丈夫です、ないも言いません!! 大丈夫です!!」
やはり相当に頭が切れる皐月さんは全てお見通しで、タケさんもどうやら見抜いていたようだ。まぁ、あんな人形出して来て、俺のこの容姿じゃあ見破られて当然かも知れないが。……何にせよ、どんどん増えてないか? 俺の秘密を知ってる人が。今更感があるが、やっぱり隠す事は容易ではないのかも知れない。
いや、本当に今更か。でも、
「皐月さん、タケさん、ポニーちゃん。何か巻き込んじゃってすみません。俺は、鈴原 健介は『珠洲宮 可憐』でもあるんです。色々事情があって、この事は……」
「何度も言わせるな、鈴原。私はこの事をばらすつもりもないし、これをネタにお前を強請ろうとも思わないから安心しろ。いや、それ以上に、私はお前みたいに面白い奴には、全面的に協力をする事にしてるんだ」
やはり、しっかりと筋は通そうと話をしたが、そんな俺の決意など飛び越えて、あっさりと格好いいことを言ってくれる皐月さんに、俺はやっぱり憧れを感じるのだった。
「要は、ライブの時に、この店に『鈴原 健介』が居た事を、複数の非関係者に認識させて、『可憐』=『鈴原』の構図を完全に否定出来ればいいんだろ?」
「は、はい!!」
そういう皐月さんの言葉に、俺を含めたクラス一同が首を縦に振る。その光景を眺めた皐月さんは、満足そうに微笑むと、楽しさを隠せないかの様に爛々とした目でこう続けた。
「任せておけ、こっちはこの情に厚いお前のクラスメイト達と、私達に任せれば良い。君は全力で観客を楽しませる事だけ考えろ!」
「は、はいっ!!」
力強くそう言われて、俺は何だか安心した気がした。いや、うん。間違いなく安心はしたんだ。この人ならきっと大丈夫だと思えた。それは間違いないのに、どうしてか不安な気持ちは消し去れなくて……力いっぱい心の底から笑う事が出来なかった。そんな俺の頭に手を乗せて、タケさんが笑いかけてくれた。
「大丈夫、コイツが何とかしてくれるさ。なぁ、和真?」
「あ、ああ、任せろ健介。お前の秘密は、俺が、いや、『俺達』が守るから!!」
「おうっ! 和真、任せたぞっ!!」
何でだろう、理由は解らないけど、
「って、何を偉そうに!! 費用の事とか、後で絶対もう一度話してもらうからな!!」
和真のその言葉を聞いて、俺は心底安心出来た。だから、
「見てろよ、会場全員を『最高の笑顔』にしてやるからな!!」
俺は力いっぱい、心の底から笑う事が出来た。
そうだ、俺の特技は何だ?
『笑顔』は『笑顔』を引き出すから、俺は全力で『笑顔』でいるだけだ。
「行って来い、健介」
「「「「「いってらっしゃい、宮姫!!!」」」」」
「おうっ!!」
色々不安はあった、でも、俺にはこんなに頼りになる仲間がいる。そう思っただけで自然と力が湧くのだった。
駆け出す足に重さは感じなかった。それがみんなのお陰なのか、和真のお陰なのか解らないけど、今はそれで良い。ここからは真剣勝負。俺は会場にいる観客全員に、幸せな笑顔を届けるだけだ。