可憐
第三章 可憐
さて、本日は少し面倒な日である。宮ノ前の生徒会メンバーと『KALEN』の顔合わせの日。幸いな事に、生徒会メンバーではない『俺』はここに来る必要は無く、大手を振って『可憐』を演じる事が出来る訳だが……
「大丈夫? 緊張してるみたいだけど……」
「ああ、大丈夫。大丈夫、多分」
曲者揃いの生徒会メンバーを俺は欺く事が出来るのだろうか?それが不安だったり無かったり。だって、既にバ会長にはばれているのだ。だったら、ばれない保障が何処にあるというのだ?まぁ、こんな事も乗り切れないで、これから先やっていける訳も無いので、何とかするしかないのだが……
「ファイトだよ、鈴原ちゃん」
「おう」
でも、まぁ、やっぱり不安だよな。不安だよ、実際。
栞の声が少しだけ元気をくれた。頑張るしかないのだから、頑張るだけだよな、実際さ。決意も新たに、歩きなれた校門から昇降口までの道を、いつもとは違う気持ちで歩くのだった。
コンコンッ
「どうぞ、お入り下さい」
「「はい」」
いつも通りの尊大なバ会長の応対が、少しだけ緊張を解してくれた。マネージャーは今、校長室に挨拶に行っている。こうして外部の来客として来て分かった事だが、この学校、教師達よりも生徒会の方が力を持っているらしい。なんて言うか、大した物だよな。うん。
生徒会長って、それだけ凄い権限を与えられていたのか……そう思うと、背中がぞっとした。
こんな馬鹿に学校を任せて良いのだろうか?まぁ、それは今考えるべき事じゃないな。
「良くぞいらっしゃいました。まずはその椅子におかけ下さい」
「あ、はい」
「……」
促されるままに席に付くと、音も無くお茶が差し出された。見れば、書記の三枝が、いつも通りの無表情でお茶を置いて去って行くところだった。
「ありがと」
「ああ」
そっけない態度もいつも通りだったが、そこにいつもは感じない冷たさが混じっていた気がして、不思議な感覚だった。三枝は学食で会えば、一緒に昼食をとったりするくらいの関係だ。多分友人と呼んで差し支えない程度の……
しかし、今目の前にいる三枝は、俺の知らない顔をしていた。それは、俺が『鈴原 健介』ではなく『珠洲宮 可憐』としてここにいるから当たり前なのに……何故だろう?凄く寂しい気持ちで一杯だった。
「そんなに緊張しないで下さい。男子校と言う場所は初めてかも知れませんが、何もとって食おうなんてやつは居ませんから」
さわやかな春水の声と顔。奥で遼が『うえ、気持ちわりぃ』とか言っているのが見えた。いや、まぁ、その遼の感想には同意だが、それを流石に顔に出す訳には行かないだろう。まぁ、可憐のキャラ設定が、自分勝手なキャラクターとかならそれもいいのだろうが……ちょっとだけ、俺様風全開の自分を想像してみた。
~想像中~
「生徒会長さん、キモイ」
「わーわー、可憐ちゃん! すいません、すいません」
~想像終了~
駄目だ、一二〇%栞に迷惑がかかる。
本当に不思議な感覚だ。知り合いに、全く知らない人として扱われるのも、知り合いを全く知らない人として扱うのも……
「では、当日の事などの打ち合わせをしたいと思うのですが……」
「あ、はい」
「よろしくお願いします」
そんな不思議な感覚を抱えたまま、ライブの詳細を話し合う俺達。会場の説明、時間帯の説明、参加者の規模等々……細かい当日の流れなども含めて、やってきたマネージャーと共に確認していく。ふと、
「そういえば、ライブで歌う曲はどうされるんですか?」
という三枝の発言で初めて、
「「あ」」
俺と栞は、ライブの内容を殆ど考えていなかった事に気が付いたのだった。見れば、マネージャーすらこっちを見て『どうするの?』なんて確認するような視線を送ってきていた。おい、敏腕マネージャー。しっかりしないと駄目だろう? とか、一瞬マネージャーさんに失礼な事を考えてみたが、そもそも、『KALEN』側から発案したライブだ。正直、こんな自由を許してくれている事務所やマネージャーさんに感謝することはあっても、文句を言う資格は、少なくとも、俺にはなかった。
「と、当日までのお楽しみです!」
栞が機転を利かせようとして、失敗した。
「あはは……そうしたいのは山々ですが、時間管理他、スタッフは我が校の生徒を使う形になりますので、ある程度の流れはお教えいただけないと……」
困ったように苦笑いする三枝。まぁ、そうだよな。会場スタッフは宮ノ前の生徒達だ。だとすれば、一〇〇%コンサート会場での経験などある訳もなく、その動きをしっかりと事細かに指示してあげなければ、とてもじゃないが動けないだろう。つまり、ある程度の大まかな流れでいいから、伝えておく必要があるのだ。まぁ、それが一切無いから困っている訳だが……
「実は、どうしようか今揉めていて……本日はそうですね、どれくらいの時間を俺達で使えるのかを教えていただけると嬉しいのですが?」
「あ、確かに……こちらとしては、ライブ自体は最長二時間くらいを想定しているのですが……それでいかがでしょうか?」
「二時間ですね、分かりました。詳細は決まり次第連絡させて頂きます。どなたに伝えればいいでしょうか?」
「では、私に」
「分かりました」
と言う感じに、何とかお茶を濁すことに成功。そして、懸案事項は一つ増えたのだった。
『ライブ当日はどうするのか?』と言う事だ。まぁライブと言うくらいなので、歌を歌うのだろうが……それ以外、何をしたらいいのか分からない訳で……
「僕らもミュージシャンのライブを校内行事中でやると言うのは初めてですので、至らない事も沢山有ると思いますが、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
春水は終始さわやかな笑顔でそんな事を言っていた。俺も、何とか勤めて笑顔でいたつもりだが、はたして春水の様に出来ていたかどうか……
「では、実は多分前日の打ち合わせになるかと思いますが……」
「「はい、このたびは、本当によろしくお願いします!」」
最後に二人同時に頭を下げて、しっかりと挨拶をする。やっと終わったと、一安心した瞬間だった。
「なぁ、お前健介じゃないのか?」
「へっ!?」
遠慮なく肩を掴まれ、無理やり振り向かされた先には、いつもの悪戯坊主みたいな顔で笑う、遼の笑顔があったのだった。
「え? けんすけ? それって誰ですか?」
「ん……んー……あれ? 違うのか? でも、そっくりだよな???」
両肩をしっかりとホールドして、顔先五cmと言うところにある遼の顔。正直、怖い。流石は元副総長……
「おい、野生児。来賓に掴みかかるとはどういうつもりだ?」
「うっせ、バ会長だって思うだろ? コイツ健介にそっくりだ」
「ふむ、確かに宮姫に似てはいるが……遼、君は大きな勘違いをしている。その肩を掴まれて震えているのは『少女』だ」
「あ?」
「君の言う『健介』の性別を言ってみたまえ」
「『男』だろ?」
「では、目の前の彼女の性別は?」
「『女』じゃないのか?」
「お前はそこまで言って、自分の発言に矛盾を感じないのか?」
「お? おお? じゃ、こいつはこんなに似てるのに『健介』じゃないのか?」
「そうだろうな」
「あは、あはははは……」
終始俺の肩を掴んだままの遼。正直、少し痛い。
「わりぃわりぃ、人違いだったみたいだ。……でも、アレだな。そうすると、健介と並んだところ見てみてぇな」
「あははははは……」
もう、されるがままだった。
その後、
「でも、だったら俄然。俺アンタのことが気に入ったぞ。頑張れよ、げーのー活動!」
とか言いながら、背中をバンバン叩かれた。遼は、俺が『健介』だろうと『可憐』だろうと扱いが変わらなかった。何だか嬉しかったけど、肝が冷えた。
やっと、打ち合わせが終わった。ほっとしていた。
「じゃ、私は次の仕事に行くね」
「俺は、ちょっと寄るところがあるから」
だから、油断してた。
「また明日ね」
「また明日」
そう言って、栞と分かれて直ぐ、
ドンッ!
「痛っ!」
「あ、わりぃ……て、健介?」
和真と鉢合わせてしまったのだった……
「け、けけけけけけ健介って誰!?」
「え? あ? あれ?」
もう、パニックだ。だってアレだ。和真に会うなんて、予想も予定もしていなかったのだ。
え?
あれ?
どうすればいいんだ?
えっと、目の前に居るのは『和真』で、今和真は俺に『健介?』と聞いてきた。で、俺は『健介』だけど、今俺は『健介』じゃない。
今の俺は『健介』じゃなくて、『可憐』だ。えーと、『鈴原 健介』じゃなくて『珠洲宮 可憐』で……
「すっ!」
「す?」
頭が回らない。
「す、珠洲宮 可憐!!」
「はい?」
「俺の名前は、 『珠洲宮 可憐』!!」
「はぁ……俺は御手洗 和真」
結果、俺と和真は、滑稽な自己紹介をする運びとなった訳だ。何だ、これ?もう、わけが分からなかった。
「で、『健介』って誰だ? さっきも生徒会の連中に同じ事を言われたけど」
「ん? ああ、うちの学校の生徒だよ。アンタとそっくりなんだ」
「ふーん、それじゃあ、さぞかし可愛らしいんだろうな」
「ああ、そうだな。大きなお兄さん達に大人気だよ」
「っっっ……」
自分が自分で無いような、不思議な感覚だ。
「大きなお兄さんって……なんだよそれ?」
「いや、本当にゴツイ奴ほど、健介のファンになってるんだって」
「ふーん……」
何だろう?
和真と話しているだけなのに、凄く楽しい。いや、いつも和真と話している時も楽しいのだが、何と言うか、その、物凄く楽しいのだ。
「で?」
「うん?」
「有名芸能人様が、一体何の用で、こんなしがない男子校に来たんだ?」
「え? お前知らないのか? 俺達があんた等の学校で……」
「ライブするんだろ? それは知ってるけどさ……今日はライブじゃないだろうよ?」
「あ、そっか……今日は打ち合わせだったんだ。生徒会と、当日の」
「ああ、だからさっき『生徒会の連中』って言ってたのか……」
「そうそう、……ったく、あの連中は何なんだ? 特に特攻服の奴なんて、俺の肩を掴んで、睨んで来たんだぜ?」
「ああ、遼は馬鹿だからな」
「そっか、馬鹿じゃしょうがないか」
「ああ、しょうがない」
「あはは」
「ははは」
「「あはははははははっ!!」」
そう、心が躍るように、楽しさが全身を駆け巡る様に……心の底から、楽しい気持ちで一杯になった。それは……
「あ……れ?」
「どうした?」
「前にも、こんな事……あった?」
「? いや、俺とアンタは初対面の筈だけど?」
とても、懐かしい感じがした。和真の言い分は正しい。『珠洲宮 可憐』と和真は初対面だ。まぁ、俺と和真はそれこそ小学生からの付き合いだ。多少の懐かしさは、感じて当たり前なのだが……この懐かしさは、そうじゃない。
『 かずまのばか! もうしらない!! 』
「え?」
「ん?」
今の映像は何だろう?見覚えが無い景色。多分、幼稚園の光景だったと思う。でも、おかしい。『幼稚園で俺は和真と会っていない』のだ。他にも俺に『和真』……いや『かずま』という、名前の友人がいたのだろうか?……いや、そういえば、俺って、幼稚園以前の記憶が一切無いんじゃないか? ……うん、無いな。
あれ?
おかしくないか?
「あれ? あれ?」
「お、おい……どうした?」
「おかしいんだ。おかしいんだよ! 何で? 何で無いんだ? おかしいじゃん! おかしいよ! なぁ! 和真!? おかしいって!」
「お、おい……おかしいのはお前の方だ! 落ち着けって! どうしたんだよ!」
「だって、あれ? どうしてだ? なんでだよ?」
「落ち着けって、おい!」
落ち着けといわれても、落ち着ける訳が無い。自分の過去が欠損しているんだ。心穏やかで居られるはずが無い。
なんで? どうして?
「おかしいよ! だって……」
「落ち着け!」
「っ!?」
その後のことは良く覚えていない。気が付いたら、俺は、保健室のベットの上で。
「う……ん?」
「すー……すー……」
「え?」
和真は俺の手を握って、ベットに倒れこむ様に眠っていた。俺の、手を、握って……
俺の、手を、握って!?
顔に一気に血が上った。
「え? あれ? なんだ、これ???」
キュー……
そして、俺はそのままベッドに倒れ込んでしまうのだった。