メイドのいる風景
第二章 メイドのいる風景
さて、『星黎祭』に向けての準備が着々と進んでいる中、何故か俺はバ会長こと春水と一緒に白金台女学院に来ているのだった。しかも、しかもだ。
「うんうん、クラスの出店準備を狙ったのは、正解だったようだな」
「……」
バ会長はご満悦だ。と言うのも、『たまたま偶然』衣装合わせだった俺が、『丁度』メイド喫茶用のメイド服に着替え終えたところに、
「悪いが、特別実行委員を借りていくぞ」
「うおぃっ!」
バ会長にヒョイと抱えられてつれて来られたのだ。当然着替えもないし、着替える場所も無い。仕方なくバ会長に抱えられるままダラーっとしていたら、
「はぁ……はぁ……宮姫が俺になすがままだと……これはOKって事だよな? そうだよな?」
「はぁ………」
バキィッ!
俺は無言でバ会長の顔に拳を叩き込んだ。
「すいません。冗談です。ごめんなさい」
「ふんっ……」
それから暫くして、駅の切符売り場で地面に降ろされた。
「く……屈辱だ……」
「ふっ……」
そうだ。俺は駅から電車に乗って、駅前から歩いてこの白金台女学院の前までやって来たのである。もちろん、メイドコスでだ。何の罰ゲームだ? どんな羞恥プレイだ?
電車では当然視線を集めたし、何度かカメラも向けられた。まぁ、カメラからはバ会長が巧みに守ってくれていたが、あの恥ずかしさは、きっと一生忘れないと思う。ってか、バ会長は後で殺す。
「別に、今日日メイドさんなどみな見慣れているだろうよ」
「ここは何処かのアニメとかゲームの中とは違うんだよ! 街中をこんな頭のおかしい格好で歩き回ってれば、いやでも人目を引くんだ、ばぁーか!!」
「いや、それは違う。人目を引くのは、君の可憐な容姿のお陰だ。何処かの不細工がこんな格好をしていてみろ……周囲の皆様の目が腐ってしまうじゃないか?」
「ああ、そうだった……お前には、何を言っても無駄なんだよな。馬鹿だから!!」
そんな風にいがみ合い? をしていたら、いつの間にか校門の中だった。校門をくぐると、何だか不思議な空間だった。
「あら、小平様じゃありませんこと。ごきげんよう」
「ああ、ご機嫌麗しゅうごさいます」
何か、俺の知らないような言葉で挨拶を交わすバ会長と女生徒さん。これが噂に名高い『こともて言葉』と言う奴だろうか? ちなみに『こともて言葉』と言うのは「~じゃありませんこと?」とか「~ですもの」とか「~じゃなくて?」とか、お嬢が使う言葉の総称である。
ツンツンッ
俺は春水のわき腹を肘で小突くと、
「ん?」
「一体、何の冗談だ? こんな言葉遣い、本とかの中だけのものだと思ってたぞ」
「ああ、そりゃお前、偏見だ。結構女子校やらお嬢様学校では、今でも使われている言葉遣いだぞ?」
「そなのか?」
「ああ」
等と、小声でやり取りをする。って言うか、このバ会長、馬鹿で変態で死んだ方がこの世の為だ言う事を除けば『才色兼備』の超絶美形なのである。和真がワイルド系なら、こいつは……スマート系? こう、なんて言うか、生徒会長って、こんな感じの顔だよな……って言う顔である。だから、女子校なんて来れば、それはもう、視線を集める集める……自然横に立つ俺にも視線が集まるので、恥ずかしい事この上ないのだ。
「で?」
「ん?」
「『ん?』とかすっごい良い笑顔で笑ってんじゃねぇよ! お前はここに何しに来たんだ? ってか、俺は何のために連れて来られたんだよ!!」
「ふむ……」
小声での耳打ち会話にもだいぶ慣れて来たが、これはこれで、何と言うか恥ずかしい。なにより、バ会長に顔を寄せなくてはならないので、気持ち悪い。
「まず一つ目の質問の答えだが、それはもちろん『視察』だ」
「『視察』?」
「そうだ。仮にも合同で文化祭を運営するのだ、彼女達ではないが、こちらも足を運んで、進捗状況などを確認しておかないと……だろう?」
「確かに……」
こういう会話をしていると、ああ、コイツも生徒会長なんだなぁ……と思う。まぁ、早く死んで欲しい奴リストの名前は、だからと言って消えるわけじゃないが……
「そして、二つ目の質問だが……」
「お、おう……」
「それは、俺にも分からん」
「はぁ?」
どんな阿呆な解答が来るか、時と場合にっては、拳を振るう事も辞さないつもりでいた俺には、肩透かしだった。しかし、逆に怒りもこみ上げてくる。
「お、お前はそんな訳の分からない理由で、俺を、ここに連れてきたのか? こんな格好で、こんな格好で!!!」
「何だか、怒りの中心は『その格好』にあるような言い分に聞こえるが……まぁいい。お前をここに連れてきたのは、他でもない、高町女史の頼みだったからだ」
「………ん? 高町さんの?」
と、沸騰しかけていた俺の頭が、一気にクールダウンする。だって、納得してしまったんだ。高町さんなら、しょうがないかなって………
「うっきゃぁああああぁぁぁぁっっんっっ!!!」
「っ!?」
「ん?」
謎の悲鳴。それに対する、俺の反応と、春水の反応だった。次に俺を襲ったのは、柔らかいマシュマロのような衝撃だった。
だきぃっ!!
ぽにゅんっ!
「かわゆい! きゃわういですわ!!! ああ、もうっ!! ああん!! 何これ!! 何でこんなにかわういのですかっ!!!!」
「にょわっ! ふわっ!? ちょ! た、高町さん!!」
もの凄い勢いで俺に抱き付いてきたのは、高町さんだった。もう、なんて言うか、壊れていた。それはもう盛大に、ぶっ壊れていた。
俺の頭や、頬や、それはもう色々なところを撫で回して、キャーキャー言っている。確か、初めて一緒にレストラン行った時もこんな感じで……
あの時は俺、気を失って、気が付いたら和真の腕の中にいたんだっけ……
「高町女史。そろそろ開放してあげてくれないだろうか? 照れと息苦しさで、顔が茹蛸のようになってしまっている……」
「っは!? 私とした事がまた取り乱して……すいません、大丈夫ですか、鈴原さん?」
「うわっ!?」
唐突に高町さんの顔が目の前に現れて、驚いた。
って、あれ?
いつの間にか開放されていた。
「すみません。また私、鈴原さんの可愛らしさに我を忘れてしまいました……ああ、お顔が真っ赤ですね……苦しかったですか?」
「へ? 真っ赤?」
言われて、俺は顔と言うか頭に血が上っているのに気が付く。でも、なんで顔赤くなってるんだ、俺? もう流石に高町さんの攻撃には慣れたし、仕事のお陰で女にも色々免疫がついた。だとすれば、俺が顔を上気させたのは、きっと別の理由だけど……
さっき考えていたとすれば、和真に抱きしめられていた事くらいか?
…………
………
……
…
それ以外思いつかないし、これは違うか。だとすれば、なれたつもりでいたけど、高町さんの大きな胸に照れてしまったのかも知れないな。おっぱいはやはり偉大なのだろう。おっぱいおっぱい言ってる連中に「きもい」とい言った事を俺は激しく後悔したのだった。
「……らさん? すずはらさんっ! 鈴原さん!!」
とか、いらん事を考えているうちに、俺はどうやら白女の生徒会室に連れて来られていたようだ。最近意識が跳びすぎじゃないか? 大丈夫かな、俺?
「ん?」
若干、視線がいつもより高い?
「おお、目が覚めたか、宮姫」
「のわっ!?」
意識がしっかりして、現状を理解した。つまり俺は、
「理由は良く分からんが、倒れてしまったのでな。失礼だとは思ったが、抱き上げて運ばせてもらったぞ」
「分かった! 分かったから、必要以上に引っ付くな! そして降ろせ! もう大丈夫だ!!」
「の様だな」
春水に抱えられていた訳だ。いわゆるお姫様抱っこで。本日に二つ目の羞恥プレイである。まぁ、今回は善意の行為なので、大目に見るが……
「にしても、宮姫。もう少し肉をつけろ。もう少し丸みがある方が、臀部と言うのは魅力的だぞ」
いや、こいつはただのアホでした。すいません神様。この馬鹿に暴力を振るうことをお許し下さい。
「前言撤回。大目に見れるか!!」
「鈴原さん」
「っ!!」
勢いに任せて殴りかかろうとした俺を優しい声で制したのは高町さんだった。
「高町女史、感謝する」
「いえ、私がお願いしして運んでもらったのですから、春水さんにはそれくらいの役得があっても、仕方が無いと言う物です」
何と言うか、前も思ったが、この二人良いコンビである。
「にしても……」
「ん?」
俺のことをつま先から頭頂部までしっかりと見回してから、高町さんはにっこりと笑って言った。
「鈴原さんの愛らしさは、最早私達等足元にも及びませんね……最高です」
「はい?」
全く意味の分からない発言。そういえば、俺をここに呼びつけたのは、高町さんだった。
「なぁ、高町さん」
「そろそろ、私のことは『貴子』と呼んで下さい」
「え? あ、えーと……貴子さん?」
「はい!」
名前で呼んだだけで、どんだけ嬉しいんだよって聞きたい位の笑顔。これだけの美人の満面の笑みはそれだけで心臓を止める力を備えていそうだ。こう、俺みたいな奴でも、胸を締め上げられるような……キューンとしてしまう。しかし、それに惑わされても駄目だ。
「貴子さん、俺は何でここに呼ばれたんだ?」
「はい、それは今から話そうと思っていました」
春水を見ると、ニヤニヤするばかり。どうやら、『知らない』と言うのは嘘だったようだ。
「鈴原さんをここに呼んだのは、他でもありません……」
そうして告げられた話に、俺はただ、呆然とするのだった。
「悪い、貴子さん……もう一度言ってくれないかな?」
俺は、高町さん改め、貴子さんの言う言葉の意味が、いまいち分からなかった。いや、正確には『分かりたくなかった』……っていうか、やっぱり『分からなかった』。
「ええ、構いませんよ。……いいですか?」
「あ、ああ」
貴子さんは終始満面の笑み。さっきから煩いので後ろを振り返ると、
「あっはっはっはっは……」
バ会長は隠しもせずに大爆笑だ。そんなもの空気の様に無視して、真面目な顔して話し始める貴子さんには流石の一言だ。
「では、もう一度言いますね。『鈴原 健介さんに、我が校白金台女学院に入学して頂きたいんです』!」
その言葉をしっかり受け止めて、その言葉を頭の中で反芻してかみ締めて、一生懸命に読解してみたが、
「…………えーと……ごめん、やっぱり意味が分からない」
「あーっはっはっはっはっはっ!!!」
全く分からないのに、遠慮のないバ会長の馬鹿笑いが余りにイラついたので……
「ふんっ!!」
タンッ ズドムッ!!
「おふぁっ!?」
必殺の崩拳を鳩尾に叩き込んで黙らせた。
「あらあら、止める間もありませんでしたね。日頃の功夫が見えるいい突きですわ……おやすみなさい、小平さん」
「あはは……」
貴子さんが武術に以外に造詣が深いことに驚きつつ、もう、何がなにやらと言う感じだ。
もう、本当に訳が分からなかった。
俺が入学?
って事は転校するって事か?
いや、だって、ここは女子校で、俺は男だぞ?
訳が分からないと言うよりは、意味が分からなかった。
「馬鹿も休み休み言ってくれないと……って言うか、貴子さん。冗談が過ぎますよ?」
正直、貴子さんに『馬鹿』なんていうのは気が引けたが、流石にこの言動は『馬鹿』と形容せざるを得ない。どうしたって『男』の俺が、『女子校』である白金台女学院に転校する事は不可能だ。
「そもそも、俺は転校する気なんてないし……もっと言うなら、『男』の俺が、この学校に転校するなんて無理だろうが……」
「ええ、そもそも『転校』なんてしていただくつもりはありませんよ?」
「はぁ?」
余計に分からない。鈴原 健介が白金台女学院に入学するのに、鈴原 健介は転校しないってどういう事だ? これじゃ鈴原 健介が二人いないと無理ではないか。
「混乱しているようだな、宮姫。簡単な話だ。彼女が入学を希望しているのは『鈴原 健介』本人ではない」
「はぁ?」
いつの間にか目を覚ましていた春水も謎の言動。
あれか?
二人して、俺をからかって遊んでいるのか?
この二人気が合っているようだし、俺をからかうのが大好きなのも共通点だし…… しかし、俺の本能が、それは違うと言っていた。二人は確かに俺をからかうのが趣味みたいな人達だが、こんなわけの分からないからかい方をするような人達じゃない。
でも、どうしても言っている意味が分からないのだ。俺はもう、盛大に混乱した。
「単刀直入に言ったらどうですか? 高町女史。これ以上宮姫を混乱させるのは可愛そうだ」
「そうでうすね……混乱させてすみません、鈴原さん。貴方にも直ぐに分かるように言いますね」
そういう貴子さんの顔は、物凄く優しくて、思わず安心してしまいそうになるが、安心は出来ない。どんなとんでもない事を言い出すか? と内心ビクビクしていたら……
「私が……いえ、我が校が入学を希望しているのは、『珠洲宮 可憐』さんの方なんです」
「と言う事だ」
「へ?」
考えもしない名前が出てきて、驚いた。
え?
今、貴子さんはなんて言ったんだ?
「……いかがでしょうか?」
『珠洲宮 可憐』に白金台女学院への入学を希望している?
「……って言うか、貴子さん! 春水いるのに、それは!!」
「ばーか。宮姫……俺をなめるなよ。『珠洲宮 可憐』の正体位、とっくの昔に気付いてたよ」
「はぁっ!?」
もう、なんて言うか、驚きの連続過ぎて、少々付いていけていない俺の頭。えーとつまり……
「バレバレ?」
「ああ、バレバレだ。ってか、このまま行けば、うちの学校の生徒達にばれる日も、そう遠くない」
「なんで!?」
「何でも糞もあるかよ……一応メイクしているとはいえ、顔の原型はお前なんだ。毎日お前の写真に穴が開くほど見ているような奴から見れば、そんなの一目瞭然なんだよ。今は『お前は男で、可憐は女だから違うよな……』って言うやつらの理性が何とかお前=可憐の可能性を否定しているが、マスコミだって馬鹿じゃない。直ぐにお前の正体を嗅ぎ付けて、いつかうちの学校に押し寄せるだろうさ」
返す言葉も無い。思いつきと勢いで『アイドルデビュー』なんてしてみたが、春水の指摘通りだ。そんな薄氷の上にいた俺……それは、言われれば直ぐそこにあった現実で。俺もうすうすは感じていたことだ。しかし、これと言った解決策は無かったので、目を背けていたに過ぎない。
「そこで、高町女史と彼女は一策講じることを考えた」
「ふふふ……入ってきて下さい」
「あ、はい。失礼しま……っきゃっわいいっ!!!!」
「のわぁっ!?」
奇怪な奇声を上げて俺に抱き付いて来たのは……
「し、栞!?」
「うん、ごめんね鈴原ちゃん。今日まで黙ってた方が面白いって」
「誰が?」
「春水君が」
タンッ ドムッ!!
「はぐっ!?」
首元に抱きついた栞を引きずって、春水の鳩尾に一撃。それ一発で、春水は地面に崩れ落ちた。
「あらあら……小平さんはおやすみですか……では、私の方で説明させて頂きます……」
「は、はぁ……」
相変わらず全然動じない貴子さんの説明はまとめるとこんな感じだった。
本来男性である『鈴原 健介』は、現在『宮ノ前高校』に通っている。これは少し調べれば直ぐに明らかになる事実だ。そして、『珠洲宮 可憐』なる人物の履歴書には『鈴原 ケイト』と言う偽名が書かれており、それ以外は年齢と性別くらいしか書かれていなかったらしい。と言うか、書いた栞本人がそういっているので間違いない。そして、この『ケイト』なる偽名が『ハーフ』を思わせるような名前だったのも良かったらしい。この、紙面上の人物であった『鈴原 ケイト』を、実在の人物として『白金台女学院』に入学させて、まるでこの学校の生徒であるかのように外部に公表してしまおう……ということらしい。
そんなことが可能なのかは分からないし、彼女の言ってることの半分も俺が理解出来なかったので、分かった範囲でまとめた感じだ。
ちなみに、栞にとっては、
「で、私よくわかんないんだけど、要は鈴原ちゃんがうちの学校にも入学するんだよね?」
と言う事らしい。栞は、ずっとそのままでいて欲しい物だ。
「そして、その発表イベントに、彼女は我が校の『星黎祭』を選んだのだそうだ」
「復活早いな……春水」
「これにも意図があるんだぞ。いや、高町女史は本当に聡明だ。……いいか、お前=可憐説は、水面下においてはかなりメージャーな説だ。特に我が校は普段からお前の姿を見ている奴が多い。現在インターネットで囁かれている情報の大半は、この地域からの配信である事も確認されている」
「お前はそんな情報をどうやって手に入れてるんだ?」
「もちろん、企業秘密だ」
「ああ、そう……」
「でだ、そんなお前に対して疑いの目を向けている連中の前で、『珠洲宮 可憐は白金台女学院の生徒だ!』と言うお披露目をしてしまうことで、奴らにそれを事実だと思い込ませるって作戦だ」
誇らしげにそんなことを語る春水に、俺は素朴な疑問をぶつけてみた。
「あのさ、何でわざわざ『星黎祭』なんだ?」
「だから、我が校でそれを開催する事で、疑っているであろううちの生徒達に……」
「だってさ、俺も生徒として参加してないといけないのに……俺、可憐としてもライブに出るわけだよな? それってさ、ダブルブッキングじゃね?」
「「あ……」」
「………」
何その反応。全く想定外でした。的なリアクションですね。わかります。
「でもさ、もしそれで美味く誤魔化せれば、完璧に鈴原ちゃんと可憐が別人だって信じてもらえるんじゃない?」
「そ、そうですよね!」
「ああ、そうだな!!」
何この一体感。なんだろうか……なんか、すっごく不安なんだが……そして、
「ほほほ……」
「あっはっはっはっ……」
この様子だと、多分もう後戻りは出来ないんだろうな……
大丈夫なのか?
頑張るしかないか。
『いいか、宮姫。お前はいつも通りでいい。ただ、『珠洲宮 可憐』……いや、『鈴原 ケイト』は今春家庭の事情でアメリカから帰国して来た女子高生だ。現在は転入手続きなどで学校には通っていない。そして、近々白金台女学院に編入する予定……これが高町女史の筋書きだ。そして、編入ついでにお前ら『KALEN』の二人を白金台女学院の看板にして、次年度の入学者を募ろうと言うのが、白金台女学院の思惑で、お前の正体を隠したいと言う願望に一致する。利用しない手はないだろう?』
俺は高町さんの計らいで乗せてもらった、帰りの車の春水の言葉を思い出してた。確かに渡りに船とはこの事だ。すっかり忘れていたが、俺の仕事の事は、家族と栞、そして高町さん以外には知られてはならない秘密の筈だった。
今現在は、これに小平 春水というバ会長が加わった訳だが、こいつも俺に協力すると言ってくれているので、当面は安心だろう。
最近白金台女学院の入学希望者は減っている。これは色々な理由はあるが、実はここ周辺の学校は例外なく年々入学希望者が減っているのだ。一番大きな理由は『由芽崎学園』の人気っぷりがあるだろう。ここ最近のあの学校の人気は尋常じゃない。結果として、周囲の学校の入学希望者が減少しているのだ。それに対する対抗策として、『芸能人』の出身校と言うのは、確かに美味しいネタだろう。しかも、俺達は二年。つまり来年度の入学生は、一年ではあるがその『芸能人』と同じ学校に通う事が出来る。まぁ、確かに自慢の種にはなりそうだ。
それに、法律的にOKなのかは分からないが、『鈴原 ケイト』としての経歴が『鈴原 健介』とは別に持てるのは嬉しい。これなら、俺の正体がばれるのを少しは伸ばせるかも知れないしな……とまぁ、俺の『白金台女学院編入作戦』に対する否定的な要素は見つからない訳だが……
「おい、聞いたか!?」
「聞いた聞いた、『星黎祭』に来るんだってな!」
「来るってなんだよ?」
「なんだ和真知らないのか!?」
「「『KALEN』が来るんだよ! 『星黎祭』にっ!!」」
「はぁ?」
このダブルブッキングは、どうしろって言うんだろう?
何人かの視線を感じる。春水に言われて意識し始めて分かったが、『KALEN』の話題の時に、俺の方をチラチラ見る奴が本当にクラスの半分くらい居るのだ。『似ている』と思っている奴、そして『やっぱり同一人物なんじゃ?』と疑っている奴……何となく視線で分かる。
そして、
「なぁ、健介」
「ん?」
「『KALEN』が来るんだってよ」
「ふーん……」
「…………」
和真が俺に向ける視線。それも間違いなく、
「……まぁ、良いんだけどさ」
「そか」
疑惑の眼差しだった。
何故だろう。和真には一番知られたくない。
そして、何故だろう。和真のその疑惑の眼差しは、どうしてか俺の胸を締め付けるのだった。
「……はぁ」
色々な事が俺の背中に重く圧し掛かっている気がする。とにかく、最近はため息を付いてばかりだった。
「にしてもさ」
「ん?」
「何で、ここ最近お前ずっと、め、めめめめめめめメイド服なんだ?」
「さぁ? 『星黎祭が終わるまで、お前はこの服以外を着る事を許さない』ってクラスのみんなとバ会長に言われたらかな?」
「……あはは」
俺がまるで他人事の様にそう言うと、和真は疲れた様な顔をして、苦笑い。
「まぁ、それに」
「ん?」
「和真も『見て見たい』って言ってたから……それならって」
「っっっっっっっ!!!」
振り返ると、真っ赤な顔して和真はそっぽを向いて、
バチンッ!!
「『蚊』な」
「ああ、『蚊だ』」
思い切り、自分の頬をひっぱたくのであった。もう、あの訳の分からない癖は放置する事にした。なんか、色々突っ込んだら、可哀想な気がするのだ。
とにかく、今俺が考えるべきは、目の前にある問題、『ダブルブッキング』をどう乗り切るか……それだけだった。
「『ダブルブッキング』ねぇ……」
「うん。深山さんならどうするかなって……」
と言う訳で、今日も放課後は仕事だ。しかし、今日は『KALEN』としてではなく『珠洲宮 可憐』単品での仕事。いつも一緒の栞がいないので、思い切って専属スタイリストの深山さんに相談してみた訳である。あのオーディション以降、深山さんにはお世話になっているのだ。さて、彼女はどういった答えを出すか?
「私なら……うん、まず可能ならどちらかの日程をずらすかな……」
「ですよね……でも、それが不可能だとしたら?」
「代役を立てる」
「代役?」
「そ、影武者的な……それにはそっくりさんが必要だけどねぇ……」
「ふむ、『そっくりさんの影武者』か……」
実現可能かは別にしても、悪い案ではないので心のメモ帳にメモしておく。
「それも難しかったら……」
「難しかったら?」
「『時間差トリックを使う』!かな?」
「『時間差トリック』?」
「そ、『時間差トリック』」
そう言って、深山さんは楽しそうに笑った。
「じゃあ、可憐ちゃん。今からいくつか質問するけどいいかな?」
「あ、はい」
今日は雑誌の取材だった。女子高生向けのティーン誌の取材コラムだそうだが、一体どんな質問をされるやら?
「じゃ、まずはそうだな……じゃ、まずはこれ。『可憐ちゃんは休日はどんな事をしてる?』」
「んー休日? 漫画読んだり、TV見たり、友達とカラオケ行ったりかな?」
「へぇ、カラオケか……それは誰と? もしかして、彼氏とか?」
「ああ、そういう系の質問はNG。でも、残念ながら俺、彼氏はいない。良く行くのはやっぱり詩織かな?」
「ふーん、そうなんだ」
まずは当たり障りの無い質問からだな。でも、突っ込めるところは突っ込んでくる気満々……っと。
「そういえば、私生活は殆どが謎に包まれている可憐ちゃんだけど、年から考えて、学校には行ってるよね? どの辺の学校なのかとか聞いても大丈夫?」
と、俺の中で今一番トレンドな質問が飛んできた。
「学校? ああ、学校は今は行ってないんだ」
「え? それって仕事が忙しいからとかじゃなくて?」
「うん。俺今年の春、親の都合で日本に戻ってくるまでは、アメリカに行ってたんだ。だから、こっちの学校には色々手続きとかも合って、まだ入ってないんだよな……」
「へぇ、帰国子女ってやつだ。じゃ、今は学校行ってないんだ?」
「ああ、詩織と同じ学校に入りたいなって思ってるんだけど……」
「へぇ、なるほどなるほど……って、これ結構スクープじゃね? 凄いじゃん!」
「そなの?」
「ああ、すげーって! いいのかね、うちでそんな情報すっぱ抜いちゃって!?」
「あ、この雑誌発売までは何処にも洩らすなってマネージャーが」
「ふんふん……OKOK。にしても凄い人気だよね、『KALEN』」
「どうも」
丁度良く出た話題だったのでポロリと出してみたら、インタビュアーの人は大興奮。何だかそれだけで満足げだった。それからしばらくは、『KALEN』に関する質問が殆どで、俺は当たり障りのない程度の受け答え。その後、今度は俺自身のキャラクターに関する質問がバンバン飛んできた。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど、『俺』っていう一人称って『キャラ』? それとも『素』?」
「ん? 一人称?」
仮にも帰国子女キャラで行くのなら、難しい日本語にはこういうリアクションをしておくべきだろう。とか、いらん演技を入れてみる。
「ああ、えっと、『自分の呼び方』かな? 自分のこと『俺』って言うのは『演技』なのか『自然体』なのかってこと」
「ああ、『俺』って言うのは、多分兄の言葉遣いが移ったんだと思う。年の少し離れた兄が自分のことを日本語で言う時に『俺』って行ってたからそういうものなのかなって……うちはママがアメリカ人だし、お父さんはそういうの気にしない人だから」
「ふーん、なるほど。しかも、お母さんは『ママ』なのに、お父さんは『お父さん』なんだ……面白いね」
「うーん、いつもは『マム』かな?」
「流石帰国子女。いい発音だねぇ……」
「どうも」
「じゃ、可憐ちゃんは色々男っぽいのは、そのお兄さんの影響かな?」
「そう。いつも後ろを付いて歩いてた……」
実際俺に兄は居ない。もちろん芝居だ。でも、思い浮かべる背中は、あった。
「何をするにも一緒だった。だからだと思う」
思い浮かべる背中は、和真の背中だった。
「へぇ、可憐ちゃん、そのお兄さんのこと大好きだったんだね」
「え?」
突然そんな事を言われて、俺は思わず聞き返した。
「だって、今すっごく恋する乙女な顔だったよ? あはは」
「え? そんなことは……ない」
言われて顔に手を当てると、ふむ、確かににやけてはいた。でも、『恋する乙女』って……
「まあまあ、照れない照れない。別にいいと思うよ、お兄さんに憧れるのって結構自然だと思うし……それに、可憐ちゃんのお兄さんなら、きっと相当格好いいだろうしね」
「はぁ……」
インタビュアーの顔がにやにやしているところを見ると、多分からかっているのだろ。
その後は、たまに『お兄さん』ネタでからかわれたが、当たり障り無く、そして、楽しく取材に応じられたと思う。
この雑誌の発売は、『星黎祭』の後だ。『星黎祭』でうまくプロモーション出来れば、この雑誌に載っているだろう情報が俺達のでっち上げる嘘情報に、更に真実味を与えてくれると思う。
後は、本当に。
「『ダブルブッキング』の攻略だけだ」
替え玉か、『時間差トリック』か。残り時間は少ないけど、考えなくてはならないだろう。
是が非でも。
「替え玉か……もし、替え玉を立てるなら、『可憐』の方だな……」
「やっぱそうだよなぁ……」
俺は目の前の春水と作戦会議だ。最近生徒会室に入りびたりなので、教室の作業を全然手伝っていないのが気になっていたのだが……
「鈴原は当日頑張ってくれればいいから!」
とか、
「みやひ……鈴原はその格好をしてくれてるだけでいいからさ!」
とか、みんなが奇妙に優しくて、微妙にキモイが……こっちとしては、頭を悩ませる懸案事項が片付いていないので、丁度良かった。
「で、あてはあるのか?」
「あったら悩んでねぇよ」
「だろうな。あっはっはっはっ!!」
ガズンッ!
「はぐぅっ!?」
「『あっはっは』じゃねえよ……ったく、誰のせいで悩んでると思ってるんだよ……」
俺が喫茶店の給仕をしている時に、『KALEN』のお披露目ライブが出来れば、確かに俺に向く疑いの目は晴れるだろうが……当然ながら、俺には分身の術とか双子の兄弟とかの隠し技は無い。
現状考えられる策として、『替え玉作戦』を検討中だが、俺のそっくりさんなんて見たことが無いので、現在暗礁に乗り上げている所だ。
春水が言うとおり、俺のことはうちの学校の馬鹿共に知られすぎているから、変に替え玉を用意すれば墓穴を掘る結果になりかねない。だから、知られていないというか、生まれて間もないと言うか……とにかくそれほど全てが知られていない『可憐』の方の影武者を立てる事が出来れば、事は綺麗に片付くのだが……
可憐の方の俺にそっくりな『そっくりさん』も、俺は知らない。とどのつまりは、『替え玉作戦』自体が、不可能だと言う事かも知れない。
「なぁ、バ会長」
「ん? なんだい、マイハニー?」
「キモイ……」
「つれないな。で、なんだ?」
「お前復活早いよな、俺本気なのに……じゃなくて、ライブ当日のタイムテーブルはどうなってるんだ?」
「ふむ、そんなことか……」
この言葉まで床に寝そべって俺と会話していた春水が、さっさと起き上がると、何やらプリントだらけの机の中から、『ふむ、これだな』とか言って、一枚のプリントを引き抜いて、俺のところに持ってきた。
<星黎祭内イベント美少女デュオ『KALEN』ライブ当日の流れ(予定)>
と書かれたB五のプリントには、当日の動きが克明に記されていた。
「実質、お前に教室でアリバイがあって都合がいいのは、この『リハーサル』と『ライブ本番』の時間だな、それ以外は正直、関係者以外は『KALEN』の動きを知るものは居ない」
「なるほど……じゃ、その時間帯に俺は何か作戦を用意して、教室の店番シフトに入ればいいんだな?」
「そういう事になるな……」
プリントを見ると、リハーサルは一二:〇〇~となっている。つまり、丁度店によっては書き入れ時になる時間帯。しかも、舞台を使う系の出し物は『昼休み』になる感じだ。何かしらの方法を見つけることが出来れば、俺はこの時間にシフトを希望すればいいのか……
「春水」
「ん?」
「うちのメイド喫茶の教室を、この教室に出来ないか?」
「ん? そこは……保健室だな……なるほど。その教室なら……」
「ああ、体育館にもグラウンドにも近い」
「ふむ、根回ししてみよう」
最悪、ギリギリの時間調整で、どちらにも行ったり来たりする事を考えると、物理的距離を、ギリギリまで近づけて置きたい。保健室前にオープンカフェ風にしてしまえば、実質距離は五〇m程だ。本気で頑張れば、往復できない距離じゃない。
「で、何か作戦はあるのか?」
「今のところ、全力ダッシュ位しか……」
「鈴原、それは『作戦はない』と言う状態だ。覚えておくといい」
「ああ、そうするよ」
本格的に、やばくなって来たな……
俺は、心のメモ帳に書き刻んだ『時間差トリック』を何とか応用出来ないかと、頭をひねり始めるのだった。
「健介、何をそんなに考えてるんだ?」
「ああ、ちょっとな」
「ふーん」
生徒会室にずっと居ても、春水のセクハラまがいの嫌がらせに合うだけなので、俺は教室に戻って来ていた。
「あ、そうそう、当時の配置教室、『保健室』になるかもってバ会長が言ってたぞ?」
俺は教室の連中に、会長からの伝言を伝える。すると、にわかに教室が活気だった。
「おい、マジか!? そしたら、下手すれば、店の中からライブが見れるってことじゃないか?」
「ってことは、そこでも稼ぐ事が出来て!」
「しかも、ライブも見れる!?」
「「「「「最高じゃん!!」」」」」」
みな口々に、『流石、宮姫!』とか、『でかした、我がクラスのメイド長!』とか言いながら、俺の頭を撫で回す。頭撫でられて喜ぶ男子は居ない。
「手前ら! 撫でるな! 触るな! 髪が痛む! ヘッドドレスがいがむだろ!」
「ははは……」
「和真! お前も笑ってないで俺を守れ!」
「はいはい。お前らー、こいつの頭を撫で撫でしたけりゃ、俺を倒してからにしろー」
「やる気無いぞ、しっかりしろよ!」
「あはははは……」
なんて言うか、お祭り気分と言うのは凄い物で、当社比三倍位、クラスメートも和真も俺も、浮かれてテンションが高くなっていた。連中は少しくらいのセクハラが出来るようになっていたし、俺はそれを何故か許していたりした。本当に不思議だ。
「うーん……」
まぁ、俺の場合は、当日どうするかの方が大事で、それで頭が一杯だったってのもあるけど……
本当に考えた。
無い頭を振る動員で考えた。
まず考えるのは一二時開始のリハーサルだ。しかも、クラスの連中には、完全に同時に俺が舞台上とフロアにいると思わせないといけない訳で……
そんな事可能なのか?
考えろ。
一人の人間が、異なる場所に立つことは不可能だ。それは当たり前のこと。移動に伴うのは時間だ。どう頑張っても、同時間上に同一個体が二箇所に存在することは不可能。まぁ、だからこそそれが出来れば、全員を欺く事が可能なんだけど……
「あ、でも待てよ? ……うん、そうだ。どっちにもずっといる必要は無いんだ」
そうだ、『同時に存在している』って言う瞬間があればいい。その瞬間を、それこそ劇的に演出出来れば、俺の勝ち……だから、『時間差トリック』なのか……
待てよ、って事は……そうだ、その方法なら、もしかしたら……
「くくくくく……いけるかも知れないぞ……くふふふふふふ」
「おい、宮姫が壊れたぞ?」
「和真、どうなってるんだ、あれ?」
「さぁ?」
そんな感じで、着々と『星黎祭』の日は、迫っていた。