表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Taibbiot ~KOSEN-Project~

サルスト市場 ~貿易の国~

作者: やまちー

~貿易の国・Trasisトレイシス

コーセンの内陸部に位置する貿易国家。

大陸中の国々から色々なものが集まる。

国には大小様々な市場があり、その数は五十を超える。

太陽が空高く上っている。市場から少し離れた公園で、俺と友人は昼の休憩をとっていた。

やはり水は偉大なものだ。今日照りつける日差しはいつもに比べてかなりきつい。しかし、噴水のそばに座って談笑している俺たちは、その日差しを気にすることはなかった。


「なぁ、聞いたことあるか?」

唐突に俺は、友人にそう聞いてみた。

「……何を?」

質問をされた彼の反応は、ごく自然なものだった。

「いや、何でもな、最近この大陸を一人で旅してる、緑色の髪をした青年がいるって話だ」

「へぇ……遊牧民の生まれとかか?」

「いいや、そうじゃないらしい。でも、いろんな国を回ってるって噂だよ」

「いろんな国を回ってる? 遊牧民でもないのに? そいつは物好きな奴だな」

「そうか? 俺はちょっと憧れるよ……俺らは生きるだけで精いっぱいだからなぁ」

「う~ん……やっぱ一度この大陸回るってやってみたいかもしれない」

「さっきお前物好きな奴って言ってたじゃねぇか」

「気が変わった」

「変わるの早いな」

「いつものことだ」

たわいもない会話のはずだったが、俺は急に自ら持ちだしたその旅人がどんな奴なのか知りたくなった。

その旅人は、俺らが持ってない何かを持っている。根拠なんてないけど、とにかくそんな気がした。ただ単に珍しいもの見たさだったかもしれない。とにかく、一度会ってみたいと思った。

「……そいつ、この国にも来るかな?」

「来るんじゃないの? それとも、もう通りすぎちゃった後だったりするかもな」

そう言って友人は少し呆れたように笑った。

「そういう旅人とか、一回会ってみたいと思わないか?」

「会えたらな」

友人がそう言ったとき、時計台の鐘が公園中に響き渡った。澄んだ音は二回響き、トレイシスが午後二時を迎えたことを伝えた。

「あれ……もうこんな時間か」

「そろそろまた市場に戻るかな」

「俺も店に戻らないといけないな……」

「お、そうだ。今日店閉めたらさ、ちょっと酒場に行こうぜ」

「珍しいね、お前が誘ってくるなんてさ。疲れてなけりゃ……」

言いかけて、俺は自分が実はとんでもないことをしていると気づく。

「……どうしよう」

俺のつぶやきを聞いた友人は、また自然な反応を見せた。

「何が?」

「一時半になったら長老に時計台の隣の集会所に来るように言われてた、完全に忘れてた」

「あーあ。長老待たせちゃいけねぇな」

友人はやれやれという目で俺を見る。

「やべぇ! ちょっと、い、行ってくる!」

「頑張れよー。俺はいつもみたいに店先で声張り上げてっからさ」

友人ののんびりした声などほとんど聞かず、俺は急いで公園から集会所へ向かった。


---------------


息を切らして集会所へ走る。公園からは思ったよりも遠かった。ようやく目の前に少し古びた木造の建物が見える。

飛び込むようにして集会所の扉を開けた俺を、数十の目が一斉に見た。俺は少し息をのむ。呼ばれたのは俺だけじゃないのかよ!? てかあんたたちは――

そこまで見て気付いた。数十の目の正体は、全員同じ市場の商売仲間だった。冷静に考えればそりゃそうか。

二十人ほどしか入らないような、それほど広くない集会所のシーンとした室内に、ゼェゼェという俺の荒い息だけが聞こえる。

みんなの視線を感じる中、一番奥にひときわ力のある目が見えた。俺が店を出しているトレイシス国最大の市場、サルスト市場を纏め上げる組合長の目だ。

とりあえず謝らなければいけない、まさか俺だけじゃなくてこんなに仲間が集まっていたなんて。いや一対一でも謝らなければいけないが。組合長のところに足早に向かう。

……視線が痛い。

組合長の目の前で深々と頭を下げる。

「遅れてすみませんでしたッ」

「……なぜ遅れた?」

「う……えっと……」

まさか公園で友達と喋ってましただなんて言えない。

「その、今日急に刺繍国から荷物がきまして……それの整理に……」

「ふむ……」

見透かされている気がする。怖い。

しばし沈黙の後、組合長が口を開いた。

「よかろう。空いている椅子に座れ」

助かった。胸を思い切りなでおろす。もちろん心の中で。俺が椅子に腰をおろしたのを見計らって、組合長が再び口を開いた。

「さて、少し遅れた者が出たがこれでわしが呼んだ者は全員そろった。始めるとしよう」



実は、組合長がこのように市場のみんなを集めるのは珍しい。サルスト市場をよりよくするために有志がこの集会所に集まって話をすることは時折あるが、ほとんどは本当に有志の集まりで組合長はその場にいない。

有志が話し合って出したアイデアに目を通して、有益だと思えば実行するのが通例だ。そんな組合長が、なぜみんなを集めたのか? この時点では俺は知らなかった。

組合長は最初に衝撃の言葉を放った。

「今皆が商売をしておるサルスト市場だが……このままではなくなりかねん」

……は? 待ってくれ、今なんて言った?

とたんに集会所の中がざわつく。俺は隣に座っている商売仲間を見る……と、隣も鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「え……それは、どういう……」

参加者の一人が質問した。声が震えている。

「税金が厳しくなったのじゃ」

税金か……組合長から言い出さなけりゃ、そんなことは知らないわけだ。



ここトレイシスでは、商人が店を出すためには毎月国に一定額の税金を納める必要がある。この国では普通市場といえば、ご近所の店同士の組合みたいなものであり、話し合いなどすることはあるが実質個人個人で店をやっている。

ただしこのサルスト市場は違う。市場のみんなが売り上げの三パーセントを組合長に納める。長老はその集まったお金で百ほどもある店の税金をまとめて納め、さらに余った分を市場の発展に使う。市場全体が一つの店のようになっているのである。そうやってこの市場は発展し、ついには物売りひしめくこのトレイシスで最大の市場になったのだ。

しかし、そんな形態をとっている市場は、このような税金問題に関して諸刃の剣であることもまた事実だ。サルスト市場の商人が組合長に納める売り上げは三パーセントで固定されているが、個人個人の売り上げ如何によって当然その金額は毎月変動する。そのため、税金を納めても余裕ができる時もあれば足りなくなる時もある。ここ最近売り上げが落ちており余裕がなくなっていたうえに、近頃国が税金を今までの三倍に引き上げたというのだ。

こういうときにこのサルスト市場は大きな痛手を負う。個人個人なら元の金額は少ないが、このように百集まればそれだけ納める必要のある税金の額も跳ねあがる。しかし、俺たちはそういった問題すべてを組合長に任せっきりにし、商売を続けてきた。

なぜか感じる罪悪感。今までのツケが回ってきたような気がした。

このあとも組合長の説明は続き、次いで緊急会議が開かれた。さまざまな発言があるにはあったが、どれも現状を打破するのに有効な手段とはお世辞にも言えなかった。

俺はと言えば、発言するでもなく上の空でその議論を聞いていただけだった。この市場がなくなってしまうかもしれない。商売ずっとやってきたけど、こんなことは初めてだった。

市場を守るために頑張ろうという声も聞こえたが、今の俺には空元気にしか聞こえない。結局有能な意見は出ないまま、重い雰囲気を残して会議は終了した。




---------------


時計台の鐘がまた時を告げる。四回繰り返される規則的な音。トレイシスは午後四時を迎えた。日が少し西に傾き始めている。

本来ならばサルスト市場の「稼ぎ時」はこの時間帯から日没にかけてだ。しかし、鐘が鳴った時俺は昼と同じように公園にいた。噴水の水しぶきも、昼となんら変わらない。だが俺の心の中は、昼とは正反対と言っていいほど追いつめられていた。

まさか……貿易国家であるトレイシスの、それも最大の市場がなくなりそうだって……!?

時計台の鐘の音はいつも通りの音を出したに違いないだろう。しかし、聞きなれているはずの澄んだ音が、今は少しひずんで聞こえた。

何か策はないか必死に考えていた。けどこんな時にあせって考えたって、いい案なんか浮かばない。集会所で上の空だった自分が情けなくなった。

その時、俺は青年に話しかけられた。

「あの、すいません」

「……ん? どうしたんだい?」

顔をあげて驚愕した。その青年は、緑色の髪をしていたのだ。まさか……この青年が俺が昼に話してた……?

「ちょっと旅の道具を買いたいんですけど、ここら辺に市場はありますか?」

その言葉を聞いた瞬間、予想は確信に変わった。間違いない。この青年は、俺が昼に話してた旅人だ。まさか本当に会えるなんて思っていなかった。

予想以上に若かった。俺の年齢の半分くらいに見える。しかし、いきなり夢がかなった俺は完全に焦っていた。

「あ……えっと、この近くに市場があります」

何で敬語になってんだ俺。

「どこら辺にありますか?」

「私も丁度そこに行くところです、ついて来てください」

「わかりました」

俺は立ちあがり、青年をサルスト市場へと連れて行った。


公園からサルスト市場までは少し距離がある。

ずっと無言で歩いているのも間が悪いので、いろいろ質問をした。なぜ一人で旅をしていたのか。一人で旅するってどんな気分なのか。

いつの間にか自分の敬語は取れていたし、旅人も俺の質問にそつなく答えてくれた。

話しているうちに市場についた。そこにはいつもの活気があった。

店の前まで連れて行ってせっかくだから何か買うかいと言ってみたが、どうやら旅人が必要としているものは俺の店では取り扱ってないようだった。

そのあとは自分の店でいつも通り仕事をした。やがて日が沈み、市場の商人は次々と店を閉めて自宅へと帰っていった。


---------------


家に帰り、寝転んで一息つく。疲れ切っていたので、友人との約束は結局断ってしまった。

適当に夕食を取り、風呂に入って新聞を読む。新たな法案が国会に提出された、武芸の国の大会の優勝者への一問一答、軍事国家への潜入取材……

一通り読んだあと、特にそのほかやることが見当たらなかったので俺は寝ることにした。

今日は衝撃的なことが多かった。特に、今市場が目の当たりにしている危機は正直聞きたくなかった。

けど、なぜかあの青年に会って、話をしてから俺の重い思考はなくなっていた。あんな若い青年が、市場で物を売ってるだけの俺とは比べ物にならないくらいのことをしている。俺も頑張らなければいけない。今ならそう思える。

市場を守るために頑張ろうと誰かが集会所で言ったことを思い出した。今その言葉は空元気には聞こえなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ