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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒の部屋

作者: 多之 良世

「恐ろしいものですか…。そうですねぇ…。…私は、腕、ですかねぇ…」



 週末になると、仕事とストレスの中に生きる男達が数人で、とある部屋に集まる。彼らは大切な家族すら忘れ、夢中になって素性も知らない面々とここで一日を過ごす。

 地下に設けられたこの部屋は、壁は無愛想なコンクリートを打ちつけているだけで、無論窓などない。そのコンクリートも一部の隙を許すことなく真っ黒に塗られている。光のない部屋を照らすのは、中央に据えられた一本の蝋燭だけ。彼らはこの陰気臭い空間を”黒の部屋”と呼ぶ。

 そしてこの部屋は唯一の光を囲むように座る者たちによる話で盛り上がる。


 世間の苦労人を引きつける要因は、「非日常性」だった。この暗黒の空間や、各々が語りだす物語、全てが日常を忘れさせた。この部屋では、一風変わった話を語ることがルールとなっていた。

 ここにいると、上司の無能ぶりなどの普段の悩みなどはきれいさっぱり頭から飛んでなくなるのだ。



「話は何年前になりますかねぇ・・・」


 新しく取りかえられた蝋燭の光をじっと見つめながら、大木(おおき)がゆっくりと語り始めた。周りの男達は一斉に顔を輝かせた。彼らは眼鏡をかけたこの男の話のために集っている、といっても過言ではなかった。

 大木の話はとても現実のものとは思えないもので、もしや作り話ではないかと顔を合わせる度に噂になっていた。しかし大木はそれを否定するでもなく、淡々と奇妙な話を語り続けていた。そのうち、彼らにとっても、それが真実であるか嘘であるかなどは関係なくなってしまった。彼の話が聞けさえすればよいのだ。



「以前話した事があるので、皆さんご存じかと思いますが、私にはとても美しい妻がいました。」


 今日はそれまでに、「恐ろしいもの」について語りあっていた。大木を除く面々は、彼がどのような話を展開するのか、恐怖と興味が五分五分で混じりあっていた。



「しかし、八年前ですか。蝉の激しい声が庭から響いていたある夜のことです。妻は夕食のために、ちょっとした買い物をしようと近くのスーパーへ行きました。そんなこと十五分もあれば事足りるのです。ですが、30分、1時間、待てども待てども帰ってきません。2時間待っても帰らないので、さすがにこれはおかしいと思い、妻の携帯に電話をかけたのです。

 するとどうでしょう。電話から聞こえる声は、あの上品で透き通った声ではなく、汚らしく野太い声ではありませんか。その声は私を脅迫するのです。妻を返してほしくば3分以内に1000万円を用意しろと。さもなくば妻がどうなっているかわからないぞ、と。…フフ、ちょっと考えてみれば、土台無理な話ですよねぇ」


 大木はここまで話すと、いつものように持参の水筒でお茶を一杯、ゆっくりと味わった。大木はいつも、聴衆のじれったさなどお構いなしで、自分の間で語る。男たちは、たまに話に出る美しい妻がどうなってしまうのか、早くも話に夢中になっていた。



「私は気が動転してしまいました。何しろ私は日本で一番の愛妻家という自負がありましたから。これも聞いた話でしょうが、私は妻が他の男と近づくことすら許していませんでした。そのような性格の私が、見ず知らずの男に最愛の妻を誘拐され、さらにあの綺麗な体に乱暴すると聞かされたのです。あのときの錯乱ぶりは、自分でも思い出したくないほどです。

 ただ、そのような焦る頭でも、なんとか警察へ通報と言う手段を思いつくことができました。さて、警察の方が到着してからは、話はトントン拍子で進むのです。なんてことはありません。今の時代、妻の携帯のGPSを辿れば、犯人の居場所なんてすぐにわかるのです。妻の居場所を示す点は―車にでも乗っていたのでしょう―しばらく移動したのち、急にとまり、ほんの少し移動して、完全に動きが止まったのです。ここが犯人の住処であろうと確信して、すぐに直行することになりました。警察の方は止めたのですが、無理を言って私も一緒に行くことになりました」


 聴衆は再びゆっくりとお茶をすする大木に、少し拍子抜けだった。小説のような熱い追走劇でも始まるかと思っていたのが、期待を裏切られた形だ。だが、犯人がすぐに捕まるはずもない、男たちは妙に誘拐犯を応援していた。



「私は特別にパトカーの後部座席に、2人の警察官に挟まれながら座っていました。それまでぐちゃぐちゃだった頭の中が、少し落ち着きはじめたのでしょう。私は移動中に思ったのです。提示された3分以内になんの意思表示もしていない、と。警察を呼んだ時点で、既に6分は経っていたでしょうねぇ。それで、急に私は怖くなって、『とにかく急いでください』と柄にもなく必死に叫んだのを覚えています」


 大木はここでお茶を飲むでもなく、薄暗い一同の顔をじっくりと見まわした。ここから話が盛り上がる、というときの大木の癖だ。一度しぼみかけていた一同の期待が、再び膨らみ始めていた。



「辿りついたのはとある古びたマンションの一室です。犯人の部屋に突入しようかというとき、既に犯人の電話から30分は経っていたでしょうね。私は暑さのせいか、恐怖のせいか、脇からじんわりとにじみ出る汗を感じつつ、不安で胸が張り裂けそうでした。ドアを開ければ、そこには別人となってしまった妻がいるのではないか。そんな姿は見たくないのです。できれば早くこのドアを開けて、犯人の凶行を止めたい、という気持ちがある一方で、永久にドアは開けず、美しかった妻の記憶だけで生きていこうという気持ちもありました。…わがままですよねぇ。

 ですが、私のような一般市民の感情など関係ありません。警察の方は鍵をこじ開け、チェーンロックを切断し、さぁいざ部屋に踏み込まんとするのです。そんなときになっても、だらしなくもじもじと悩んでいた私ですが、ドアを開けた瞬間に漂ってきた匂いで一気に奈落の底へと叩き落とされたのです…」


 大木は周りからはわからないほどの小さな笑みを口元に浮かべながら、再び意図的な間を作り出した。聴衆は喉をゴクリと鳴らし、ゾッとした寒気を感じつつも、大木氏の語りに聞き入っていた。



「私は力が抜けてしまって、その場に座り込んでしまいました。警察の方の報告によると、家の中には誰も居ないとのことです。つまり、犯人はもちろん、妻もいないのです。私はなけなしの勇気と力を振り絞って、なんとか部屋へと踏み込みました。私の鼻を襲う鉄のような匂い、自らの色覚を疑うほどに赤く染まった部屋。心なしか妙に温かい部屋。

 皆さん、想像できますか?壁や窓から天井へと縦断するように血しぶきが何本も走り、床には血の池。そして時折、白と赤のグラデーションが鮮やかな、電球の傘からポタポタと鉄臭い水滴が滴りおちてくるのです。地獄絵図とはまさにあの部屋を指すのでしょう。いやはや本当に気が狂いそうでした。よくもまぁガクガクと震える足で立っていられたものです。

 目に映るものは全て現実です。しかし、どうも頭はそれを受け入れてくれないようで、涙なんて出やしませんでした。妻の存在を認めたくなかったのでしょう。ただただドラマの中の無残な惨殺現場を見ているような気分でしかないのです。」

 

 大木はここで一息つくように、再びお茶で喉を潤した。聴衆の多くは、今まで以上に浮世離れした話で、かえって不快な気味悪さを覚え始めていた。それよりも、以前まで度々話に出てきていた彼の妻がこのような最期を迎えていたことに、加えてそれを全く感じさせてこなかった大木の話しぶりに驚かざるを得なかった。やはり大木氏の話は全くもってフィクションであることの証明なのかもしれない、と数人は考えていた。



「警察の方の配慮で、呆然としている私は家へと送り返してもらいました。家についても、私はどうしても妻が死んでしまったという実感がわかないのです。放心状態の私でしたが、30分ほどすると空腹が私を襲いました。夕食を食べてないことにその時気付きました。そして、夕食を作ってくれるはずの妻がいないことにも気付きました。皆さん信じ難いでしょうが、その時になって初めて妻がいなくなってしまったという実感がわいてきたのです。そうだ、私の妻は殺されてしまったんだ。しかもあの部屋で。血を撒き散らしながら。まるでドラマのセットみたいに他人事だったあの部屋が、妻が最期に過ごした部屋という受け入れざるを得ない事実となって私を襲いました。そして今更になって、あの部屋の微妙な温かさを思い出してしまうのです。あれは妻が必死に抵抗した際の熱気なのか、私はそんなことを考えてはまた苦しむのです。

 人生で初めてでしょうね。あんなにも涙を流したのは。妻の存在の大きさを改めて思い知らされると共に、そのような大きな存在である妻にもう会えないのだという事実が、さらに私を苦しめました。それからは家に閉じこもり、会社も休み、延々と妻との思い出の中で過ごしてしました」


 黒の部屋はいつも以上にどんよりとした空気に包まれていた。大木を含む一同がピクリともしなかった。そして、大木はお茶も飲まず、満足そうに話をつづけた。



「さて、話は2ヶ月後になります。あぁ、ちなみに、犯人はすぐに捕まりましたよ。事件から1ヶ月後でしたか。皆さん驚きました?今回の話はここからが本当のクライマックスへと向かうのです。

 犯人が捕まったというのに、妻の遺体は相変わらず見つかりません。警察によると、犯人にいくら問いただしても、吐かないのだそうです。もちろん、あの部屋の赤いものが本物の妻の血であることは検査済みでした。あの出血量から考えても、どこかに監禁されているのではなく、確実に妻は死んでいたのです。

 この頃から、私の家の前をうろつく変な男が現れ始めたのです。私がまだ家にこもりきりのとき、ふと何気なく2階の窓を開け、空を見ていると、誰かの視線を感じるのです。一体誰だと辺りを見まわしてみると、いるのです。道路からこちらに顔を向けている人物が。その人物はTシャツにジーンズを履いていて、長身で遠くから見てもわかるほど痩せこけていました。そして左腕の肘のあたりから下を包帯で必要以上に大変厚く巻いているのです。首から下はそれ以外別段おかしなことはないのですが、顔はマスクとサングラスと帽子で、完全に隠しているのです。彼は道路から私のいる部屋をじっと見つめていたのです。サングラスやマスクのせいで、表情はわかりません。しかし、どうも私にはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているような気がしてならないのです。私は何故か負けん気になって、目をそらすわけにはいかない、とずっと彼を睨んでいました。しばらくすると、彼は根負けしたのか、何事もなかったかのように立ち去りました。私にとってはそれは数時間にも及ぶ熱戦に感じたのですが、冷静な時計はたったの3分間だったことを示しました。

 それからは、毎日のように、外を見るたびに視線を感じるのです。ですが、相手がやせているせいか、まるで自分が強くなったかのような気分で睨み返していました。しかし、このあと物語は急転していくのです」


 聴衆は動き方を忘れてしまったのかのように1ミリとも動かない。大木は尚更満足げな表情で、この空間を味わっていた。そして、とうとう大木の物語は結末を迎える。



「男の存在に気付いて1週間ほどでしたか。朝、新聞をとってみると、一通の茶封筒も入れられていました。ただし、私の名前も差出人の名前も書かれておらず、消印も押されていませんでした。つまり、誰かが直接ポストに入れたのでしょう。私は差出人が誰かはなんとなく察しがついていました。ただ、それ故に気味が悪く、封筒を開けることができないのです。それでも、相手は所詮あの細い男だ、と自分を奮い立たせ、封筒を開け、中に入っていた文書をビクビクと読むのです。お世辞にもきれいとは言えないような乱れた文字で、こう書いていました。


  僕はいずれ捕まることはわかってます。

  ただ、これだけはわかってください。これは長年の夢だったんです。

  こんなにも美しい女性と一緒になれるなんて。実は僕はあなたの妻と一緒に暮らしています。

  あなたを僕の家に招待しましょう。

  正午、迎えに行きます。


 私は非常に戸惑いました。ええ。警察の鑑識結果からも、どう考えても妻の死亡は自明なことでした。それでも、私が心の中で僅かに囁いていた妄想が現実となったのです。信じられないという思いがある一方で、嬉しくてうれしくて、小躍りしてしまいました。あんなに晴れやかな気持ちになったのは、妻の死後以来、初めてでしょうねぇ。正午に来ると言うので、昼前には、下手で見栄えも悪いながらも贅沢な料理を作り、食べていました。まるで妻と一緒に食べているかのような気持ちで、本当に久しぶりに気分の良い食事でした。

 さて、丁度時計の短針と長針が重なったその瞬間、夢の世界へといざなうインターホンの音が鳴り響きました。玄関を開けると、そこには、あの男がいました。いつもと同じように厳重に顔を隠しています。今日はそんなこと気になりません。むしろ実はこの人物こそ妻で、私を一杯食わせるための大掛かりの大芝居なのではないかと妄想までしたものです。遠くないから歩いて向かうという言葉に従い、私たちは彼の家へ歩を進めました。道中は別段不思議なことは起こらず―人々がすれ違いざまにチラチラと見てくるのを除いて―、彼の家へと到着しました。

 彼の家は、見た目こそ汚らしくなっていましたが、大きさだけで言えば、実に立派な3階建てのものでした。家に入ってみると、外見と同様に何か薄暗いのです。埃のかぶったボロボロのスリッパを履かされるなり、彼は顔を厳重に包み隠していた変装道具を外しました。…フフフ、別段変ったことはありませんよ。もちろん妻の顔でもありません。相変わらず骨と皮だけのような、あまり顔立ちのよくない、およそ40代の男でした。私は何故かその顔に見覚えのあるような気がしました。まじまじと顔を見つめていると、彼は覇気のない声で私に話しかけてきました。

『もう顔は見られてもいいですから。えへへ。さて、貴方も気になってると思いますが、この左腕。どうなってると思います?』

 彼の左腕といえば、包帯が厚く巻かれています。私はどうなっているかなど心底どうでもよかったのですが、切り傷でもしたのですか?と興味深そうに聞き返しました。

『いやあ、おしいですねぇ。“切り傷”ではないんですよ』

 どこか得意気に語る彼に、私は多少の苛立ちを覚えました。私が見たいのは彼の包帯の下ではなく、妻の顔なのです。私の顔にそれが出ていたのか、彼はニヤニヤと言いました。

『奥さんにはすぐに会えますよ。3階にいますから。ただ、その前にこれを見てくださいよ』

 その言葉を聞いて、今すぐにでも階段―それは玄関からすぐそこにありました―を駆け昇りたかったのですが、しばらくの辛抱だ、と自分に言い聞かせ、彼が包帯を取り終わるのを見ていました。すると、彼はおもむろに、左腕の肘から下、つまり包帯がある部分を引っこ抜きました。これは的外れな表現でもありません。彼が右腕で肘から下を掴み、引っ張ると、抜けてしまったのです。突然の出来事に、私は呆気にとられました。驚くこともできません。どういうことかさっぱりわけがわからないのです。数秒後になんとか口から出た言葉は、大丈夫ですか?、という味気のないものでした。男は聞こえなかったのかのように作業を続けました。今度は、切り離した腕を床に置き、包帯の端の部分を持ち、コマを回す要領で、乱暴に包帯を巻き取るのです。それを何回か繰り返すと、ようやく肌が見えてきました。

 驚いたことに、その肌は、男のような貧相な細い腕ではなく、程良く肉がついていながら締まりのある、とても魅力的な腕だったのです。加えて不思議なことに、どこか懐かしさも感じさせるような腕なのです。奇妙な作業が終わると、男が気持ち悪く私の顔を眺めているのに気付きました。もはや完全に露になった腕を見てると、徐々に頭の中で恐ろしい考えが蠢き始めてしまったのです。一旦そうなってしまうと、もうどうすることもできず、次第にそうとしか考えられなくなってしまいました。すっかり腰が抜けてしまい、不細工に尻もちをついてしまいました。それを見て、男はニタニタと笑いながら、私に言いました。

『僕は、小さな頃から夢だったんですよ。きれいな人と一緒に過ごしたかったんですよ。へへへ。短い間でしたけど、とっても幸せでしたよ…』

 私は見つけてしまいました。妻の左手には、中指の根元に大きめのほくろがあるのです。そして、そのときわたしの目の前にあった左手にも、しっかりとそれが存在したのです。私は心の底から震えあがり、抑えようもない鳥肌のまま、3階を目指し、獣のように階段を駆け上がりました。下からは、耳をふさぎたくなるような気味の悪い笑い声が聞こえてきました。

 3階にのぼると、そこは階全体が一つの部屋で、とても大きな、大人1人を入れてもまだまだ余裕があるほどの、カプセルのようなものがそこらじゅうに並べられているのです。それに、鼻を突くような臭いが充満していました。私はフラフラと歩き、ある数個のカプセル群の前にたどり着きました。果たして本能でしょうか、それらのカプセルには、ご丁寧に「大木」と書いているのです。そこには、確かに妻がいました。しかし、それは綺麗に肢体を切り分けられ、その一部分につき一つのカプセルを分け与えられた、人の形をしていない妻でした。カプセルには、肉片とともに、液体がカプセル一杯に満たされていました。今思えば、臭いからしても、あの液体はホルマリンだったのでしょうね。

 私は、ついに妻との再会を果たしたのです。ですが、せっかくの再会だというのに、妻は大きく目を見開き、恐怖の表情のままでした。瞬きすらしない妻の顔を見ても、嬉しいはずがありません。私は泣き崩れ、本能のままに涙を流し続けていました。すると、後ろから声が聞こえてきたのです。

『今まで、幾度となく殺人狂たちと手を組み、このように集めてきました。指名手配もされて、TVにも似顔絵が何度も映りましたよ。ただ、僕の本来の目的は、綺麗な人なんですよ。でも、殺すことが愉しみである彼らにとっては顔が綺麗かなんて重要視していないようで。それがようやく、今回で叶いましてね。僕の左腕も、この綺麗な女性の腕と一緒になるために、わざわざ切り落としたんですよ。後悔なんかしてません。ようやく夢を叶えてくれた今回の殺人者には感謝です。もう人生に悔いはありません。…それにしてもさっきのあなたの狂乱ぶり、素敵でしたよ。窓から僕を睨んでた人間が、あんな無様な顔をするとはねぇ』

 上機嫌な声色で、私は無性に腹が立ちました。力の入らない体に鞭をいれ、精神異常者に殴りかかろうとしました。ですが、運が良かったことに、私は足がもつれてつまづいてしまい、打ちどころが悪かったらしく気を失ってしまいました。運がよい、というのは、もしあのまま殴りかかっていれば、確実にあの男の命を奪ってしまっていたでしょう。私まで殺人者になってしまうところでした。

 私が気を取り戻すと、そこは病院でした。退院しても私は再び悲しみの底で家に籠りきっていましたが、数年間費やし、なんとか克服しました。すると、職場が優しいところで、奇跡的に職場に復帰することができました。それで今に至るわけです。男はというと、すぐに自首したようで、つい最近死刑が執行されたところです。

 …どうですか、今回の話は?非常に面白い話だと思いませんかねぇ…」


 ほとんど小さくなった蝋燭が、大木の不気味な笑顔をチロチロと照らしていた。

感想・アドバイス頂けるとありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実に寒気がする素晴らしい作品でした。
2015/05/11 19:02 退会済み
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