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古い友への手紙①

読んでいただいてありがとうございます。

「艶子さーん、手紙屋の依織でーす」


 『篝火の宿』と書かれた宿屋に入って声を張ると、奥から返事が聞こえて来て着物姿の女性が現れた。

 外見は完全に人間。というか、種族が人間だ。

 詳しい年齢は聞いたことはないが、外見だけなら五十を過ぎた辺りの上品な女性。

 とはいえ、実年齢は恐らくもう少し上。

 

「いらっしゃい依織さん」


 にこにこと笑顔で出迎えてくれた艶子は、この宿屋の女将だ。

 あやかしの伴侶はいないが、この世界にいるだけで多少、老化がゆっくりになる。

 おそらく、大気中に満ちた魔素やら何やらの影響だとは思うが、詳しいことは分かっていない。

 依織が落ちて来た時には、もうここで宿屋を開いていた。


「出したい手紙があるって聞いてきたのですが」

「えぇ、そうなの。古い友人に送りたくて……。入ってちょうだい」

「失礼します」


 艶子の後を付いて行くと、応接間のに通された。


「依織さんは、海の方へ行ったことはある?」

「海ですか?そういえば、行ったことがないです」


 皓月は内陸にある都市なので、近くに海はない。


「五一さんたちは、潮風で車体が痛むからあまり海側には行くたくないって言っているけど、海は美しいわ」

「そうですね。向こうの世界にいた頃に、テレビとかで見ましたけど、綺麗ですよね」

「あら、直接見たことはないの?」

「はい」


 依織が以前住んでいた場所は、海なし県と呼ばれていた場所だったので、あちらでも行ったことはない。水遊びはプールくらいだった。


「ふふ、そう。この手紙を、海にいる人魚の友人に届けてほしいのよ」

「人魚族の方ですか」

「えぇ、海の都市・波綾で会えると思うわ」


 波綾は、海の上にある都市だ。

 上下二つに分かれていて、上の部分は普通に行けるが、海底都市の方は水に特化した種族か、特別な加護をもらった者しか行けない。水属ではない者が海底都市にいる者に用事がある場合は、伝言を頼んで上に来てもらうしかない。


「古い友人なの。気が付いたらもう何年も手紙一つ送っていなくて……。いやねぇ、時間の感覚がおかしくなってしまったわ」

「私も、こっちに来てから、時間の感覚がおかしくなりました」

「そうなのよ。私もあっちの世界ならとっくの昔に終わっているはずなんだけど、もう少し時間があるから、のんびりになっちゃったのよね」

「気を付けてないと、本当にやばいですよね」


 落ち人あるあるだ。

 周りのモノたちが寿命が長いせいか、こっちも妙な感覚を持ってしまう。

 しかも、実際に人族の寿命もちょっと伸びるので、余計におかしくなる。

 ちょっと伸びると言っても元はただの人間なので、気をつけないともう寿命が来ました、なんてことがある。


「少し前、で十年単位よね」

「はい。先日、と言われてよくよく聞いたら、一年ほど前だったことがあります。危ないです」

「そうよね」


 依織の老化がゆっくりになるのはもうちょっと後のことになるだろうが、あやかしたちとの時間感覚の差は意識していないと怖い。


「手紙を依織さんに託すのは、手紙屋っていうこともあるけれど、同じ人族なら年単位で遅れたりしないからなのよ。以前、知り合いのあやかしに頼んだら、ものすごく時間がかかったのよね」

「あぁ、あやかしの皆さんは、その辺は大雑把ですから」


 その中でも手紙屋は仕事なので、まだしっかりしている方だ。

 けれど、依織の同僚には、一年ほど帰って来ていないモノもいる。


「分かりました。では、お預かりします」

「よろしくね。人魚族の歌姫で、名前は七瀬というの」

「七瀬さんですね。はい、承りました」

「波綾はとっても綺麗なところよ。ついでに観光をしてくるといいわ」

「お仕事が終わったら少し見て回って来ます」

「気を付けてね」

「はい」


 艶子から美しい桜色の封筒に入った手紙を預かると、依織はそれを大事そうに袋の中にしまったのだった。

 


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