あやかしと人が住む世界①
読んでいただいてありがとうございます。あやかしと人が住む世界で生きる少女の物語です。よろしくお願いします。
『アンタ、気持ち悪いのよ!』
そう怒鳴ったのは、母だった。
何も言わずに睨み付けていたのは、父だった。
物心付いた頃から他の人に見えない何かを視て話す子供のことを両親は怖がって、いつの頃からか忌避するようになった。
それは次第に強い言葉の暴力という形を取り、殴られることはなかったが、子供が近寄ってくることさえ嫌がった。
『いえからでていってよ!どこかにいっちゃえ!』
子供らしく手加減することなく叩いてそう言ったのは、弟だった。
『……うん、わかった……』
学校が終わってもすぐに家に帰りたくなくて、公園で夜まで時間を潰してから帰ったら、家族が仲良く夕ご飯を食べていた。
帰って来た娘を睨み付けて罵倒を浴びせるのは、この家族の毎日の日課。
近所の人が警察に通報したこともあった。
その時は、反省した態度を取るけれど、この人たちの本質は何も変わらない。
翌日には、すぐに元通りの生活に戻る。
いつも弟も母と一緒に強く言うけれど、出て行けと言われたのは初めてだ。
言われて、ここにいなくてもいいのだと、必要ないのだと、ふと気付いた。
ぽっかりと、胸に穴が空いた。
必要ないのなら、どうして産んだのだろう。
そんな風に思いながら、再び外に出た。
『どこに行こうかな……」
その日から、少女が家に帰ることはなかった。
◆
目覚ましの音が鳴り、依織はむくりと起き上がった。
「……うー、もうこんな時間……」
どうにも夢見が悪かったようで、何だか寝た気がしない。
けれど、窓から差し込む光は間違いなく朝の清々しい光なので、いつも通りの起きる時間だ。
もうすぐ春になるとはいえ、まだまだ朝は寒い。
「さむ……」
のそのそと起き上がった依織は、顔を洗って服を着替えてからお茶を淹れた。
こういう日は、温かい緑茶が美味しい。
「んー、美味しい」
ようやく目が覚めた気分だ。
依織は手早く朝食を済ませると、棚の上に置いてあった水晶で出来た入れ物の中から、白っぽくて虹色に輝く丸い玉を連ねたブレスレットを取り出して左手の手首につけた。
これは、依織の大切なお守り。
そして、約束の証。
「さて、行きますか」
身支度を調えて外に出ると、一気にいつもの日常がやって来た。
ここに来てもう五年ほど経つが、毎朝、不思議な感覚を覚える。
そのうち慣れるよ、と言われたが、未だに夢なんじゃないかと思う光景が、そこには広がっていた。
まず、歩いている存在が、人と人以外なのだ。
だいたい皆、人型になって暮らしているのだが、耳がそのままだったり、うっかり首を伸ばしたままだったり、尻尾がパタパタと揺れていたり、面倒くさくなったのか、獣型になって走って行った者もいる。
けれど、そのことを誰も驚いてはいない。
驚くのは、こちらに落ちて来たばかりの人間だけだ。
そういう依織も、五年前に落ちて来たばかりの頃は、人外の存在に会うたびに驚いていた。
さすがにもう驚くことはないけれど、子供の頃に暮らしていた世界とは違い過ぎて、たまに現実なのかどうか疑ってしまう。
何度疑っても、今の依織にとってはこれが現実でしかない。
あやかし、そう呼ばれる存在が主たる住人の世界に依織が落ちて来たのは、十二歳の頃だった。
ランドセルを背負ったまま呆然としていた依織を、この世界の住人たちは助けてくれた。
この世界には、落ち人と呼ばれる人間が、たまに落ちてくる。
落ち人は、様々な世界の様々な時代からやってくるので、育った場所や環境、それに文化も様々だ。
ただ一つ、共通しているのは、元の世界においても、あやかしや魔物といった存在を視ることが出来た人間。
そんな人間だけが、この世界に来ることを許されているようだ。
実際、依織も小さな頃から、そういうモノを視ることが出来た。
そのせいで周囲から距離を置かれていたが、ここにはそんな存在しかいないので、距離を置かれることもない。
こちらで出来た人間の友人たちも、皆、似たような境遇だったらしく、むしろこっちに来て良かったと言うような人たちばかりだ。
人だからといって、別に差別されることもない。
依織もここで生きることに、何の抵抗も感じていない。
だた、ちょっとだけ残る昔の感覚が、未だにこの世界を不可思議な世界だと認識してしまう。
それは、この世界があまりにごちゃごちゃし過ぎているからかもしれない。
依織が住んでいる場所は主に木を使った家が並んでいるが、ちょっと先には、レンガ作りの家が並んでいる。他にも石で出来た家や変な機械っぽい何かで出来た家など、本当に多種多様だ。
雑多な雰囲気の中に、依織は迷うことなく入って行った。




