妖怪騒動1
おじいさんのありがた~い おはなし。
翌朝、いつものように又八とさくらは畑に出かけた。
「又八さん、お杉かあさんが、キュウリも取って来いって。」
「ぬか漬けだな。かあさんのぬか漬け、おら好物だ。」
「私も大好き。」
「暑い時期には、冷やして、塩とか味噌で食べるのも好きだな。」
と、話しながら二人が畑のキュウリを植えている畝に着くと、畝に立てていたキュウリの棚の一列がきれいになくなっていた。
「昨日取ったっけ?」
「又八さんがもう一日待った方がいいって」
「そうだ。そんで母さんにキュウリが食べごろだって言ったんだ。」
二人は畑の隅にキュウリのヘタの部分が何個も落ちているのに気が付いた。
「盗られただ。」
「食べ残すって失礼ですよ!」
「さくら、におい分かるか?」
「なんか生臭いにおいがする。こっち。」
さくらがにおいの跡をたどると、においは田の水を引き込む川の用水路で消えていた。「川に入ってにおいが消えたわ。」
「川に住んでるのか?」
「水でにおいが流れたのよ。」
「なんで、におい消すんだ。」
さくらの嗅覚はイヌなので、人の何百倍も鋭いが、普通の人にかぎ分けられるにおいではない。
「もしかして、河童の仕業か。」
「又八さん、河童って何?」
「川に住む妖怪だな。キュウリが好物っていうだ。」
「ふーん。見てみたいな。」
そんなわけで、二人は夜中に見張ることにしたそうな。
さて、その日の夕方、お杉かあさんは二人の帰りを待っていた。
「そろそろ、帰ってくる頃かのう。」
外の様子を見ようと表に出ると、通りで子供の泣き声がする。
「おや、もう日が暮れるというのにどこの子じゃろ。」
お杉母さんは声のする方へ近づくと、蓑を来た子供がうつむいて泣いている。
「この辺じゃ見かけん子じゃのう。どうした?」
子供はうつむいて泣くばかりで、返事をしない。
「道に迷うたんじゃな。どうれ、おばさんが連れて行ってあげるよ。」
「おんぶ」
「ん?おんぶか。懐かしいのう。昔はよく又八を負ぶってたもんだ。」
お杉がしゃがみ込むと、子供は背中におぶさってきた。
「よいしょ。どっちに行けばいいんじゃ。」
子供が黙って指さす方向に、お杉は歩いて行った。そして、だんだんと町はずれの墓地の近くまで来ていた。
「うーん、もう年かのう。だんだん重くなってきたわい。まだなのか?」
墓地まで着いた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。背中の子はまるで大きな石でも背負っているように重く、とうとう、お杉母さんは膝をついてしまった。
「かあちゃん!」
「おかあさま!」
家に帰ると、かまどの火が暖かいまま、お杉母さんがいなくなったことに驚いた又八とさくらが、捜し出した時には、お杉母さんは腰を痛めて座り込んでいた。
「かあちゃん、どうしただ。」
「迷子をおぶってここまで来たんじゃが、重くての。」
「そんな大きな子を、無理なさってはいけませんよ。」
「いや、最初は軽かったんじゃ。それが最後には石みたいに重くての。」
又八はお杉母さんを背負って、家に帰った。
さて、その夜中、内蔵助は小腹がすいたので、行燈の油をなめに大名屋敷に忍び込んでいた。大名の油は質が良く、美味なのだ。
いつものようにこっそりと油をなめようと、灯りのついた部屋に入ると、中に女の影が映っている。
「おや、こんな時間まで起きてるんだ。そろそろ寝てくれないかな。」
と、女の影の頭と胴が離れて…いや、首が伸びた。
「あ、先客がいたにゃ。」
内蔵助は別の部屋に向かった。
大江戸の町の妖怪騒ぎ