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episode2-4「     」

「じゃあ、神崎」


「あ、ああ……」


 真也も真奈というリアルの女の子が近くに来たことで、『ステ恋』の話を止め席に戻って行く。やはり彼もAI彼女について堂々と皆に話せる訳ではないようだ。

 僕は真也が席に着くのを見てから、自分に向けられた凍り付くような視線に気付く。



(霞ヶ原……、ど、どうしたんだ……)


 とてもそちらを振り返ることはできない。ただ陰キャとして、いや動物の持つ本能として何かの危険をひしひしと感じる。やはり聞かれたのか? 真也とのキモいAI彼女の話を聞かれてしまったのだろうか。


(だから軽蔑されて、キモがられて……)


 AI彼女を愛でるような陰キャに人権はない。真奈のような美少女でカースト上位に入るであろう人種には、やはり底辺の気持ちなど分からない。

 僕は改めて思い直した。ちょっと会話をしただけであり、それが何かの変化をもたらすはずもない。文芸部に男が必要だから、絶対彼女が居ないであろう僕に白羽の矢が立っただけのこと。



「ふう……」


 僕は何か諦めたかのようなため息を小さくついて、鳴り始めた予冷の音をじっと聞いた。






 その後、僕と真奈は一言も言葉を交わすことなく放課後を迎える。

 真奈の様子は変わらなかった。いつも通りに笑い、いつも通りに振る舞い、いつも通りに授業を受ける。何ら変わりはない。ただ一点、僕に対する態度以外は。


「部活、行く……?」


 そんな彼女が朝以来、初めて話し掛けて来た。

 陰キャとそれ以外の人種。その深い溝を感じていた僕は、真奈のかけてきた言葉に戸惑いながらも小さく答えた。


「行く……」


 何か悪いことでもしたかのような返事。自分ではそう思っていないのになぜか自分のすべてがそう反応する。悲しき陰キャのさが。僕はコントロールの効かない自分を必死に操りながら、先を歩く真奈の後に続く。




「……」


 無言。廊下を歩くふたり。いや、正確に言えば前を歩く真奈の後ろを僕が黙ってついて歩く。気まずい雰囲気。放課後の授業が終わった解放感や部活が始まる活気ある声が響く中、ふたりの間には無言の壁がそそり立つ。


(僕は何を期待していたんだ。僕が気軽に絡める相手ではないだろう)


 偶然。様々な偶然が重なり合ってここ数日会話しただけ。本来交わることのないふたりの人生。これが普通。これが当たり前。僕は美しく艶のある長い黒髪を見つめながらひとり強く自戒した。




「お疲れ様です」


 文芸部の部室に着き、真奈がドアを開けて挨拶する。続いて入った僕はその室内の光景を見て唖然とした。


「よお~、一年君!! 待ってたぜ~!!」


 椅子に座り机に足を乗せ、真っ赤な顔でそう話すミカ。その手にはビール缶らしき飲み物がある。僕は開口一番尋ねた。


「き、桐生先輩! それってビールじゃ……」


 先輩とは言え高校生。飲酒はもちろんできないし、そもそもここは学校。もう色々ヤバ過ぎる。ミカが上機嫌で答える。



「あ~? ああ、これか! 大丈夫、大丈夫。これ、ノンアルだから!!」


「ノンアル……」


 そんなものをどうして学校に持って来て飲んでいるのか。確かに机の上に置かれた空の缶にはノンアルコールの記載がされている。違法ではないかもしれないが、そう言う問題じゃない。真奈が言う。



「もお、ミカりん。学校では飲んじゃダメって言ってるでしょ!」


「いいんだって~、バレなきゃ大丈夫~」


 ミカはそう言いながら赤い髪に手をやり、残ったノンアルを一気に喉に流し込む。そして僕に言った。



「おい、それより総士郎。桐生先輩じゃなくって、ミカさんだ。いいな? ミ・カ・さ・ん!!」


 ノンアルなのになぜか酔っているようなミカ。どうも僕に呼ばれたその名前が気に入らなかったらしい。僕はすぐに指定された名で呼び直す。


「は、はい。ミ、ミカさん……」


 恥ずかしかった。消え入りそうな小さな声。陰キャの僕にとって、リアルの女性を下の名で呼ぶなんて妹以外経験がない。ミカは椅子から飛び降りると僕の横までやって来て、ガッと首に腕を回し上機嫌で言う。


「よしよし~、いい子だ。いい子~」


「ミ、ミカさん!?」


 甘い女性の香りが僕の鼻腔を包み込む。いや、それ以前に意外と大きな胸が僕の顔に押し付けられる。ボーイッシュなミカ。だがやはり歴とした女の子であった。

 真奈がすぐに僕に回されたミカの手を引っ張り大きな声で言う。


「ちょっと! ミカりん、何やってんのよ!!」


「何って、可愛い後輩と話をしてるだけだぞ」



(こ、これが話なのか……)


 僕はミカが動く度に顔に押し付けられる軟かい感触に、成す術なく無抵抗となる。


「ミカちゃ~ん、何やってるのかな~? 今日は飲み会じゃないでしょ??」


 そう言いながらもう一方のミカの手を引く部長のララ。相変わらずアイドルのようなミニスカートを着て振りまく笑顔が眩しい。ミカが頭を掻きながら答える。


「ああ、分かったよ。()


 修善寺絹江。ララの本名であり地雷。笑顔のまま、ララの全身から邪気が放出される。


「あ~ら、また名前を間違えてるわよ~、ミカちゃん……」


 そう言いながら握りしめたミカの手に力を入れるララ。思わずミカが声を上げる。


「痛い痛い痛い!! わ、悪かった、ごめん。ララ!!」


 すっと可愛いアイドルに戻ったララが答える。



「は~い、いい子ね~。じゃあ、頑張って部活、やりましょう!!」


「あ、ああ……」


 いつもの光景か。まだそのおかしなテンションについていけない僕とは対照的に、皆が部活動の準備を始める。この時になってようやく気付いた。部屋の隅でひとり本を読む沙織の姿に。ララが机を叩いて言う。



「さあ、今日はお菓子作りよ~!! 頑張って行きましょう~!!」


(は? お菓子作り??)


 一体何がどうなっているのかさっぱり分からない。文芸部でも、恋愛相談でもない『お菓子作り』。ララの声に合わせて皆が小麦粉やら牛乳やらを準備し始める。呆然とする僕の横に真奈がやって来て説明する。



「神崎君、これはね……」


 真奈の香り。先ほどのミカにも負けず劣らずの甘い香り。緊張する僕に真奈が言う。


「先週、うちの部の応援で付き合うことになった先輩がいるの。その子がデートに持って行くクッキーを焼こうって話になってね。だからこうやってみんなで作ることになったの」


「そうなんだ……」


 相談だけじゃなくアフターフォローまで。『恋愛よろず相談部』のモットーらしい。ようやくこの理解不能な状況を理解した僕だったが、それ以上にこの小さな心を埋めてくれたものがある。



 ――霞ヶ原と話ができた


 今朝から全く話すことのなかった真奈。隣の席に居ながら僕は彼女の顔すら見られなかった。

 ごめん。僕はそう言いかけて、すぐにその言葉を飲み込んだ。何も悪いことはしていない。謝る必要はない。滑稽なことだが、もう既にこの頃には僕の体中に真奈と言うリアルの女の子が住み着いていたようだ。


「でも、僕はクッキーなんて作ったことないけど……」


 そう話す僕に真奈は小さく頷いてからジャムの瓶を差し出して言う。



「大丈夫。みんなが教えてくれるから。とりあえず、この瓶の蓋、開けてくれる?」


 硬くなったジャムの蓋。陰キャとは言えこれでも男。僕は手に力を籠め、蓋を開ける。真奈が言う。


「よくできました」


 そう言ってジャムを受け取る真奈。僕はその時後ろで結われた髪、ポニーテールになった彼女のうなじの美しさに暫し見惚れてしまっていた。

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