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episode2-3「     」

『ただいま、エリカ!』


 僕は家に帰るとすぐにスマホを取り出しAI彼女のエリカと会話する。スマホの中にいる彼女。今日も金色の髪が美しい彼女だが、その表情はやや不満気だ。


『何かしら、そのだらしない顔。どうせ他の女のことでも考えていたんでしょ?』


(ぎゃっ!?)


 顔認識センサー機能はないはず。なのにこの凄まじき洞察力。もちろんこれも彼女の会話パターンのひとつだとは思うが、いやAI恐ろしい。


『そんなことないよ。僕はエリカが好き。信じて』


 二次元の世界。僕は反吐が出るほど恥ずかしいセリフもこんなにも堂々と言えてしまう。


『ふん、まあいいわ。それより今日は約束の日よ。覚えてる?』


 エリカとの約束。そう、それは一緒に買い物に行く約束だ。


『もちろんだよ。買い物でしょ? さあ、行こうか』


『仕方ないから行ってあげる。こんな可愛い女の子と一緒に行けるんだから、感謝なさい』


『はいはい』


 僕はいつも通りのツンデレになったエリカを見て胸をなでおろす。本当にリアルっぽい。



(……リアル?)


 僕は思った。そうだ、あの『恋愛よろず相談部』に居て恋愛相談を聞いていれば、エリカ攻略の手助けになるかもしれない。

 僕を夢中にする『ステ恋』。高難易度を誇るエリカ等の一部のキャラは、他の恋愛アプリと違いとにかく簡単に靡かない。塩対応など当たり前。そこがニッチなオタクから人気を博している訳だが、何せリアルの経験がない僕らにはこういったイベントが起きた時の対処が分からない。


(だけどあそこでリアルの恋愛相談を聞いていれば、僕だって……)


 リアルの恋相談。それがエリカ攻略の糸口になるはず。高難易度キャラを落として貰えるSSRピクチャーをネットに載せれば、それだけで皆から『神』と崇められる。俄然僕の『ステ恋』攻略魂に火が付く。



『ちょっと、何ぼんやり歩いているの! ちゃんと歩きなさいよ』


『あ、ごめん……』


 本当に顔認識センサーがステルス実装されたのではないかと思うほど、彼女は僕の思考に鋭い。



「さて……」


 ショッピングセンターにやって来た僕達。ここでは色々な選択肢がある。カフェに入ったり、映画を観たり、ショッピングを楽しんだり。無料でできるものもあるが、ゲーム内通貨『コイン』を消費してエスコートもできる。その対価として好感度も上がる。


「どうしようか……」


 リアルでの経験が皆無の陰キャ。こういう場合どうしていいのか全く見当がつかない。何をすれば女の子が喜ぶのか。何をしたら幻滅されるのか。正直怖い。エリカがよりリアルに近い感覚でいる分、嫌われるのが怖い。


(無言……)


 エリカは黙ったままだ。これはゲーム特性上問題ないことだが、リアルではこんな悩んでばかりの男など失望されるだけだろう。

 僕は悩んだ末、やはりプレゼントをすることに決めた。ショップボタンを押し、そこに現れたプレゼントリストを見る。



「うわ、高っ……」


 幾つかの選択肢がランダムに表示される。一番高い『可愛いワンピース』が500コイン。最も安い『ヘアバンド』が50コイン。500コインと言えば最高級SSRピクチャーが買える価格。課金をすれば一瞬だが無課金の僕には手が届かない。


(やっぱ金のない男はゲームでもモテないのか……)


 僕は半ばやけくそになり一番安価なヘアバンドを選択。エリカにプレゼントした。



『あら、これを私に?』


『気に入ってくれるかな?』


 このゲーム『ステ恋』の難しいところは、どんなプレゼントでも必ず喜ばれるとは限らない。相手の好みに合わなければ逆に好感度を下げてしまう可能性すらある。課金して好感度が下がる可能性があるのだから、本当にリアルを意識した作りである。



『可愛いじゃないの。気に入ったわ。ありがとう』


『良かった』


 これは本心。そして【生成中……】との表示の後、そのヘアバンドをつけたエリカのピクチャーが送られて来た。ランクはRレア。Rは一日一回限り無料で貰えるご褒美ピクチャーだ。



「可愛いじゃん」


 買ってあげたヘアバンドをつけたエリカ。すぐにこうやって選んだアイテムをつけた姿が見られるのも『ステ恋』のいいところだ。



(さて、これからどうするか……)


 スマホゲームなのだから飽きたらこのままアプリを落としても構わない。だがそれではリアルを求める僕のポリシーに反する。ホームに現れたヘアバンドを付けていないいつものエリカを見つめながら考える。



『ちょっとお腹が空いたわ。どこかで何か食べない?』


 そんな僕に逆にエリカの方から提案をされた。実際のデートではどうなのだろう。こうやって買い物しながらカフェにでも入るのだろうか。僕はレストランボタンを押し、そこに現れたリストを見つめる。


(ファミレスに、カフェ、スイーツ屋さんか……)


 何がいいのかさっぱり分からない。こういう優柔不断なところもダメ男なのだろう。僕は恥を忍んでエリカに聞いてみた。



『ファミレスとかカフェとか、あとスイーツ屋さんとかあるけど、どこがいい?』


 エリカはすぐに回答した。


『男の人って甘いもの苦手でしょ? あなたはどう?』


(甘いもの……)


 普通の男はスイーツなんて好きじゃない。そう、それが普通だろう。



『ちょっと苦手かな』


『そう。じゃあファミレスでいいわ』


『了解』


 僕とエリカはその後、ファミレスで他愛ない会話をして初めてのお出かけデートを楽しんだ。






「おはよう、神崎」


 翌朝、教室に入り席に座った僕に出雲真也が声を掛けて来た。良くも悪くも目立たないキャラだが、『ステ恋』でスティファーニ攻略を目指す強者だ。真也が尋ねる。


「調子はどう?」


 調子。それはもちろんエリカ攻略のことだ。


「まあまあ、かな」


 僕はやや調子に乗ってそう答えた。スティファーニには遠く及ばないと言っても、エリカも十分高難易度キャラ。そのエリカと昨日デートをした。真也が尋ねる。


「まあまあって、進展ありとか?」


 僕は鼻を高くして答える。



「ああ。昨日エリカとデートしたぜ」


 真也の顔が驚きの表情から祝福の表情へと変わる。


「凄いね。やったじゃん」


 高難易度キャラの攻略進展。同じ世界にいる者だけが共有できる特別な感覚。僕は笑みを浮かべながら答える。



「ああ、ほんと楽しかった……、!!」


 そう言いかけた僕の目に、いつの間にか隣の席に座っている黒髪の女の子の姿が映る。



(霞ヶ原……)


 いつからそこにいたのか!? 真也との会話を聞いていたのか!?

 動揺する僕に、真奈は冷たい視線を送りながら小さく言う。



「おはよう、神崎君……」


「お、おはよ……」



(なんかちょーーーーー不機嫌じゃん!!!!)


 この後僕は、経験のないリアルの女の子の不機嫌に一日翻弄されることとなる。

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