episode2-2「 」
僕はこの部屋に入った時からずっと皆を観察していた。
部長だと言うララさん。ピンクのツインテールに可愛らしい顔。ミニスカートのアイドル衣装を身に着けた癒し系女子に見える彼女だが、本名の修善寺絹江に触れると暗殺者のような殺気を発する。
文芸部唯一の本好きらしい沙織さん。言われないと気付かないほど存在感は薄いが、彼女あっての文芸部なのだと思う。純文学一筋らしいが、暗いオーラはオタクのそれを感じる。
赤髪がボーイッシュなミカさん。彼女は僕が最も苦手と言うか対極にある陽キャに分類される人種。悪い人ではないのだが一緒に居ると僕は酷く疲れる。
そして霞ヶ原真奈。僕と同じ一年で、僕を勧誘した女の子。陰キャの僕に話しかけて来る理解できないリアルの女の子。一生彼女みたいな可愛い子と話などできる機会はないと思っていたのだが、あの街で拾ったリボンのせいか、それとも席が隣になったせいか不思議と絡むことが多い。
そんな彼女が顔を真っ赤にして目をパチパチさせている。
「わ、私の恋愛相談からなんですか!?」
そう、この文芸部は世を忍ぶ偽りの姿で、本当は『恋愛よろず相談部』なる至極どうでもいい活動を行っている。そのやり玉に彼女が上がった訳だ。ミカが言う。
「そうだよ。叶っても叶わなくてもみんなで相談するのがここの活動」
「昨日の先輩の相談はどうなったんですか?」
「ああ、あれは上手くいったから後日別のことをする予定。それよりマナマナ、さあ君の悩める恋話を聞かせてくれないかな?」
「ミカり~ん……」
僕は戸惑っていた。
エリカ一筋と決めた僕の心に、少しだけ入り込んだ彼女。そんな彼女の恋の話を聞かなければならない。誰が好きなのか。誰に想いを抱いているのか。彼女はリアル。どうでもいいはずなのに、なぜが僕の心臓は壊れたように激しく鼓動する。
「え~、どうしよう~」
顔を真っ赤にして困った表情浮かべる真奈。注がれる先輩達の視線。僕は思った。
(なんで僕がここに居る!!!)
AI彼女を愛でるような真正の陰キャ。リアルの女の子なんて話すことすらなかったはずなのに、これだけの女子に囲まれ、霞ヶ原真奈と言う美少女が恥ずかしがりながら自分の恋バナを話し出すのを見ている。おかしくないか!? その真奈が僕に目線を移して小さく言う。
「神崎君も、ちゃんと話してね」
(!!)
僕は目の前が真っ暗になった。
そうだ、考えてみれば真奈が話したのだから次は僕の番になる。いや、そもそもまだ皆の前で入部を承諾した訳ではないのだが、そんなことはこの状況で言えるはずもない。ララが尋ねる。
「真奈ちゃんはさ~、確か『遊園地の王子様』ってのに心奪われちゃってるんだよね~」
(『遊園地の王子様』?)
僕はララの言葉を聞いてから真奈を見つめる。さっきまで赤かった顔が、今は耳まで赤く染まっている。
「……うん」
真奈は小さく頷きそれを肯定した。そして俯きながら話し始めた。
「子供の頃に遊園地で迷子になって、あの、そこで私すごく怖かったんだけど、同じく迷子になった男の子がいて、その子にぎゅっと抱きしめられて慰めて貰って……」
恥ずかしそうだった真奈の顔が徐々に幸せの表情へと変わっていく。
「私、パパとママが迎えに来てくれたんだけど、ちゃんとその子にお礼が言えてなくって。だからもう一度会いたいなあって思って。ちゃんとお礼言いたいし、色々お話したいなって思っています!」
最後は笑顔になって皆にそう言い切った真奈。感謝の気持ちが憧れ、更に美化されて恋心へと昇華している。純粋無垢な彼女らしい恋バナ。
(ま、眩しいっ!!!!)
そう、真正陰キャの僕には眩しすぎて直視できないほど崇高なお話。ガキの癖にそんな紳士な奴がいるのかと僕は眩暈すら覚える。ララが尋ねる。
「名前は分からいのかな~?」
真奈が少し首を斜めにして答える。
「う~ん、なんとか『ろう』君。あまりはっきり覚えていないんです」
僕が考える。
(なんとか『ろう』? 太郎、小太郎、清史郎、……総士郎)
神崎総士郎。言わずと知れた僕の名前。
(まさかな……)
僕は天地がひっくり返ってもあり得ない妄想を前にひとり苦笑する。ミカが尋ねる。
「特徴は? その男の子の特徴は覚えてるの?」
「特徴……、うん。黒髪ってことだけかな……」
(黒髪!?)
僕は自分の髪に自然と手をやる。紛れもない黒髪。
(まさかな……)
僕は汗を流しながら再び苦笑する。
「その遊園地はどこなの?」
それまで黙っていた沙織が初めて質問する。やや驚いた顔をした真奈がすぐに答える。
「城ケ崎遊園地です」
(え、城ケ崎遊園地。それって……)
僕は焦った。子供の頃に何度か両親に連れて行って貰った遊園地。迷子になったかどうかはもう覚えていないけど、その可能性を思い僕の全身から汗が噴き出す。
(まさか、そんなことはあり得ない。そうあり得ない)
最後は自分の言い聞かせるように、僕は何度も心の中でそうつぶやいた。ララがまとめるように皆に言う。
「なるほどなるほど~。真奈ちゃんの恋愛相談は実に美しくてキュートだね~。だけど残念ながら対象が分からないとこれ以上どうしようもないかな」
ミカも続く。
「そうだな。まあ、思い出は思い出でそのまま綺麗なまま残しておいた方がいいかもしれないしな。実際会ってみたらちょーブ男になっていたなんてオチも考えられるし」
「もお! ミカりん、止めてよ!!」
真奈がむっとした表情でミカに言う。大切な思い出。他者に汚されたくない。ララが言う。
「じゃあ、真奈ちゃんのはそのくらいにしておいて……」
ララの視線が僕に移される。再び全身から滲む汗。公開吊し上げ。AI彼女を愛でていると言うキモオタがバレてしまう。
カーン、カーン……
そこへタイミングよく部活動が終わるチャイムが鳴り響く。時刻は午後五時。部活を終え帰宅する時間だ。ララが言う。
「あら~、残念。今日はここまでね。神崎君、入部してくれてありがとうね!」
ララはそう言ってアイドルのように太腿を上げ、ウィンクをして僕に礼を言う。戸惑いながら僕が答える。
「あ、はい。大丈夫です……」
これで文芸部への正式入部が決まった。僕は引きつった顔をしながらそんなふうに思った。想像していなかった妙な高校デビュー。僕は知らぬ間にその一歩を踏み出していた。




