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episode2-1「     」

「こっちだよ、神崎君!」


「あ、うん……」


 放課後、僕は霞ヶ原真奈の後について文芸部の部室へと向かっていた。

 無意識の行動。突然の衝動。陰キャの僕がなぜ上級生相手にあんな無茶をしたのか未だ自分自身説明できない。



(綺麗な髪だな……)


 前を歩く真奈。その長く艶のある長髪が左右に揺れる。ただ緊張してそれ以外の周りの景色がまったく目に入らない。歩いているのに廊下を踏みしめる感覚が足にない。廊下の窓の外では新入生を勧誘する上級性の姿があるのだがそんなものも目に入らない。



「さっきはありがとね」


「あ、うん……」


 いつの間にか隣に来て一緒に並んで歩く真奈がお礼を言う。僕は先ほどからまともな返事すらできずに、ただただこの違和感しかない空間と時間が過ぎるのをじっと待っていた。


「でも本当に良かったの? 文芸部なんて」


「う、うん。本は好きだし……」


 嘘ではない。ラノベはよく読む。

 僕はようやくちゃんとした会話ができたことに少しだけほっとした。真奈が校舎の隅にある部屋のドアを指さし笑顔で言う。



「あ、着いたよ。あそこだよ」


 彼女が指さしたドア。何の表札もないこじんまりしたドア。真奈はそのを勢い良く開けると大きな声で挨拶した。



「お疲れ様でーす! 入部希望の人、連れてきました!!」


(あー、心臓が痛む。吐きそうになる……)


 中にいた人達の視線が真奈から自分へと向けられる。緊張。発汗。目立つことが嫌いな陰キャが最も忌むべき瞬間。赤髪の女子生徒が大きな声で言う。


「おお、来たか! さあ、入って入って」



(ああ、これ、絶対マズイやつ……)


 僕は部屋の入り口に立ち室内を見て瞬時に思った。

 それほど広くない部屋。戸棚に並べられたたくさんの本。小さな冷蔵庫。中央に置かれたテーブルに女子生徒が三名ほど座ってこちらを見ている。


「さ、神崎君。ここ座って」


「うん……」


 真奈がテーブルの端に置かれた椅子を持ち僕を座らせる。



(どうすればいいのだ……)


 皆の視線、女の上級生の視線がまるで得体の知れない動物を見るかの如く僕に向けられる。先ほどから止まらない汗。心臓の音が直接聞こえる程大きく鼓動する。



「いらっしゃ~い!! よく来たね」


 俯いたままの僕は、その甲高い声を耳にし顔を上げる。


(えっ……)


 テーブルの一番奥に座っていた女子生徒。学校なのになぜかアイドルのようなミニスカートの衣装を着て立ち上がって言う。



「私がここの部長のララでーす! 虹色ララ。ララちゃんって呼んでね!」


(虹色、ララ……)


 唖然とする僕の横から赤髪の女性が腕を組んだまま言う。



「なーに言ってんだよ、()。そんなイカレた名前名乗ってんじゃないよ」


 笑顔から一転、背筋が凍るような視線を赤髪の女性に向けてララが答える。


「ミカちゃーん。……殺すぞ」


(ひぃ!?)


 僕のその圧倒的な圧に思わず潰されそうになる。ララが言う。



「ごめんね~、ララってのは一応芸名。でもそんなことは気にしなくていいの。ララはララだから、ね?」


「あ、はい……」


 何の理屈か分からないが、彼女にはそれが真っ当な理由なのだろう。後に知るのだが彼女の本名は、修繕寺しゅうぜんじ絹江きぬえ。本名が死ぬほど嫌いだそうだ。この名前に触れるのは文芸部のタブーとなっている。


「ええっと……」


 何かを話し出した赤髪の女性に僕が視線を移す。



「まあ、ちょっと変わった奴が多いんだけど、こいつが部長ね。それで私がミカ。桐生ミカ。これがマナマナ。私、彼女と幼馴染なんだ」


 そう言って隣に座っている真奈の背中をポンと叩く。真奈が答える。


「そうだよ。ミカりんは私のお姉さん。よろしくね!」


「あ、うん……」


 続いてララがその反対側に座る影の薄い女生徒を指さして言う。



「あ、それからね、この子が沙織。本大好きな文芸部のエースだよ~」


 指差された沙織が読んでいた本から少し視線を上げ、興味なさそうな顔をして視線を下げ本を読み始める。



(嫌だ嫌だ嫌だ。こんなの拷問だ……)


 僕の忍耐レベルがすでにマックスを示している。人との交流が最も苦手な陰キャのコミュ障。知らない人、しかも女性ばかりの部屋に連れて来られて興味のない視線を向けられる。それはまさに地獄に等しい。



「じゃあ、次は君の自己紹介よろ~」


 部長のララが屈託のない笑顔で僕に言う。

 恐怖。自己紹介もそうだが、ララの自分に向けられる眼圧が凄まじい。僕は頭が真っ白になりながらも乾いた口で話し始めた。



「い、一年の神崎総士郎です……。趣味は読書で、特技は……」


「へえ~、読書が趣味なんだ。どんな本を読むのかな?」


 それまでずっと黙っていた沙織が顔を上げて僕に尋ねた。懲罰のような自己紹介から一時的に解放された僕は、やや安堵の表情を浮かべてそれに答えた。


「は、はい。ラノベとかが好きで……」


 それを聞いた沙織の表情が一瞬で曇る。



「ラノベ? ああ、あの何の役にも立たないくだらない本が好きなんだ。今時の子だね、君は」


 沙織はそう言うと再び本に視線を落とし黙々と読み始める。地雷でも踏んだのか!? ミカが困った表情で僕に言った。


「う~ん、沙織にラノベは禁句かな~、彼女は純文学一筋。それ以外は本としても認めない徹底ぶりなんだよ」


「純文学ですか……」


 僕はそれを聞いて棚にある本を見つめる。多くの恋愛小説に混じり、とある一角だけ確かに純文学の本で占められている。全く別のジャンル。一緒に並べるとその異様さを顕著に感じる。



「はいは~い、神崎君。それでは重要な質問をさせて貰うね~」


 部長であるララが手を上げて僕に言う。可愛らしいのだが勢いが凄い。陰キャの僕はただただ押されっぱなしである。ララが言う。



「神崎君はぁ~、彼女さんはいるのかな??」


(えっ)


 想定していなかった質問。いやそもそもここでの質問なんてすべて想定外なのだが、これには面食らった。文芸部の自己紹介になぜ彼女の有無が関係ある!? ただの興味なのか。汗を流し動揺する僕にミカが言う。


「まー、そのなんだ。説明が逆になって申し訳ないんだけど、ここは文学部兼『恋愛よろず相談部』ってのをやっていて、まあ、どちらかと言うと生徒らの恋愛相談をメインに活動しているんだ」


(あっ)


 ようやく合点がいった。真奈が僕に文芸部の説明で『恋愛とか』と言っていた意味が。ミカが続ける。


「それでさ、彼女彼氏持ちのリア充が相談に乗っても、まあいいんだけど、でも嫌味でしかないじゃん。だから文芸部入部の条件は独身ってことになる訳さ」


「独身……」


 僕は無意識にミカの隣にいる真奈を見つめた。



(霞ヶ原真奈も彼氏、いないんだ……)


 意外だった。

 これだけ可愛い顔をしている彼女に特定の相手がいないだなんて。なぜか頬を赤くして俯く真奈を見つめながら僕が答える。



「ぼ、僕は、()()いません……」


 意味深な回答。そう、この時僕の頭の中にはAI彼女であるエリカの顔が浮かんでいた。リアルではない彼女。だからってエリカのことを全く無視することには罪悪感を覚えた。


「なになに~、その意味深な言葉??」


 早速ララが僕の言葉に食らいついて来る。ミカが言う。


「まあ、今はいないんだろ? だったらいいんじゃない。これから神崎のことはしっかり聞かせて貰うとして……」


(き、聞かれるのか!? エリカのこと……)


 顔面蒼白になる僕の目に、少しだけ口を膨らませ不満そうな表情をする真奈の顔が映る。ミカが言う。



「まずはマナマナの恋愛相談について話し合おうか」


 僕はそう言われた彼女が、心から驚いた顔をしたこの時をきっと一生忘れないだろうと思った。

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