last episode1-1「 」
「おはよー、神崎君!!」
「あ、お、おはよ……」
人気の少ない夏休みの学校。自転車を止めた僕に、その黒髪の女の子ははじけるような笑顔で挨拶をする。これは本当に現実なのか。恋愛クソ雑魚陰キャの僕が、『霞ヶ原真奈』と言うSSRの女の子と一緒の時間を過ごす。
「どうしたの?」
黙り込んだ僕に真奈が首を傾げて尋ねる。可愛い。まさか君と居られる時間が嬉しくて黙ってしまったとは言えない。
「あ、暑いね。今日も」
「うん! さ、部室行こっか」
「ああ……」
何気ない日常。ただ僕にとってそれは、経験のないほど尊い日常でもあった。
「よお、来たな。一年」
部室に入ると、既にミカら先輩達は先にやって来ており、ノンアルの缶を片手に出来上がっていた。空調のないややむっとした部室。窓は開いているが、夏の湿気と汗に混じった女の香りが僕の鼻を包む。真奈が言う。
「もお、ミカりん! 何で朝から飲んでいるの!!」
「いいじゃねえか。暑いんだし、ほら、マナマナも飲みなよ」
「いいです!!」
真奈が口を膨らませてそれを断る。前に一緒に飲んでいたこともあるよなと思いつつも、そんな彼女はとても可愛い。ミカがグイとノンアルを一気飲みしてララに言う。
「なあ、絹。やっとちゃんとした部活になれたんだし、エアコン設置できねえの?」
その言葉にテーブルの端で本を読んでいた沙織も顔を上げて同調する。
「そうね、それは賛成だわ。こんな暑いところでは本も読めない」
そう話す沙織の真っ白な肌に汗が流れる。ララがツインテールを逆立ててそれに答える。
「お前ら。わざと間違えてんじゃねえのか……、殺すぞ」
殺気を持ってふたりを睨むララを見て、真奈が急いで扇風機を持って皆に言う。
「だ、大丈夫ですよ。ほら、扇風機だって十分涼しいし」
ミカも頭を掻きながら言う。
「まあ、そんな熱くなるなよ。ただでさえ暑いのに。あ、そうだ。今日はみんなに話があるんだ」
ミカは手にしていたノンアルの缶をテーブルに置くと、嬉しそうな表情を浮かべて皆を見る。僕の危険察知レーダーが反応する。きっと良くないこと。ミカの顔に書いてあるようだ。
「なに? ミカりん」
「ああ。実はな、部員が五名揃ったことでようやく部活動として認められてな、夏合宿の参加許可が貰えたんだ」
「夏合宿?」
首を傾げる真奈にミカが言う。
「ああ。市が提携している保養所みたいなとこが山にあってな。申請すればそこで部活の合宿ができるんだ」
「へえ~」
頷いてそれを聞く真奈。ララが言う。
「てな訳で~、早速私達文芸部も申し込んじゃったの~、そしたら通っちゃって~!!」
「そうなんだ。で、みんな聞いて欲しい。来週から二泊三日で文芸部の夏合宿を行う!! 全員参加だ。異論は認めん!!」
ミカが手を前に突き出して言う。真奈が頷いて答える。
「え? 合宿? 宿泊?? 楽しそう~!!」
沙織も視線を本から上げて言う。
「確か保養所は山の上の避暑地。涼しそうで読書が捗りそうだわ」
断る気はなさそうだ。僕が尋ねる。
「あ、あの。合宿って一体何をするんですか?」
ミカが頷いてそれに答える。
「うむ。恋愛に関する様々な知識を植え付ける。少女漫画に恋愛小説、映画。ラノベにBL、百合。すべてを合宿中に学ぶ!!」
「……」
ある程度は予想していた。今の部の活動状況を考えるとある意味当然なことだろう。僕は隣に座る真奈に小声で尋ねる。
「か、霞ヶ原も行くの……?」
こんなことがすっと聞けるようになったことに我ながら驚く。真奈が笑顔で頷いて答える。
「もちろん行くよ! 神崎君も行くよね??」
眩しい笑顔。そんな顔で尋ねられて断れるはずがない。
「う、うん……」
小さな声。恥ずかしさを隠すような肯定。だがあの『霞ヶ原真奈』と宿泊を伴い合宿ができる。僕は嬉しさを隠しきれずに体中が熱くなる。ミカが皆を見て言う。
「よし、では全員参加でいいな? じゃあちょっと注意事項だが、今回の合宿の宿泊費は部費で出るが、移動費は自己負担。あと、市の保養所なので他の高校の部も合宿を行っている」
「他の高校?」
そう尋ねる僕に、部長のララが答える。
「そうよ~。近くに大きなグラウンドもあるから運動部なんかも合宿を行っているわ。あとね~、ちょっとしたイベントもあるの~」
嬉しそうなララ。真奈が尋ねる。
「何ですか? イベントって??」
それにミカが答える。
「ああ。時期によって異なるんだが、保養所主催で色んなイベントを催してくれるんだ。ミニ盆踊りだったり、屋台祭りだったり」
「へえ~、楽しそう」
僕が思わず本音を口にする。真奈と参加できる。そう思っただけで嬉しい。ララが言う。
「それでね。私達の宿泊する時は~、なんと『肝試し』なんだよ~!!」
「え?」
それを聞いた真奈の表情が暗くなる。夏のキャンプなどでは定番だが、どうやら彼女はあまり好きではないようだ。ミカが言う。
「という訳だ。じゃあみんな、夏合宿に向けて準備を頼むぞ!!」
常に何事にも前向きなミカ。彼女にとっても初めての合宿に嬉しそうだ。
(夏合宿か……)
僕は隣に座って水筒のお茶を飲む真奈を見て思った。
――僕もそろそろ決めなきゃいけない
暑い部室。流れる汗。僕は深く息を吐くと自分を鎮めるように目を閉じた。
その夜。お風呂を終えた僕は歯磨きをし、心を落ち着かせてベッドの上に寝ころぶ。手にはスマホ。汗が滲む指に力を入れ『ステ恋』を立ち上げる。
(エリカ……)
画面には金髪の美しい美女エリカが現れる。いつも通りのすまし顔。何を考えているのか分からない美少女。無論、陰キャの僕には端からそんなことを理解することは無理な話。だが、今日は大切な話がある。
『あら、久しぶりね』
『うん、久しぶり』
すっかりログイン回数が減ったステ恋。だが以前と違い、何もなくて虚無のままこのアプリを始めた頃と今は違う。
『ちょっと伝えたいことがあって』
『何かしら? デートのお誘い?』
そう話すエリカの表情は余裕いっぱいである。僕が文字を打ち込む。
『好きな人がいるんだ。心から好きな人』
『そう。良かったわね。あなたがそう決めたのなら応援するわ』
エリカの表情は変わらない。言葉もいつも通り。対照的に僕の心臓は壊れる程激しく鼓動している。
『ありがとう、エリカ』
自然と出た言葉。僕は自分の中でひとつの区切りをつけた。




