episode10-4「 」
真奈を含めた文芸部での海行きが決まったその夜。僕は人生初の暴漢役、ないしはビーチでのナンパと言う巨大な試練を前にすっかり困り果ててしまっていた。
(嫌だ嫌だ嫌だ。海に行きたくないし、そんなことしたくない……)
ただただ平凡に無風で過ごしたい高校生活。夏休みは冷房の効いた部屋で怠惰に過ごしたい。それがどうしてこうなった? 文芸部? そう確かにあのおかしな部活のせいかもしれないが、同時に真奈と近付けたのもその部活のお陰。
僕はベッドの横たわり、明日のことを考え胃が痛くなる。
「あ、そうだ。エリカ!」
僕はスマホを手に取りすぐに『ステ恋』を立ち上げる。
(ああ、綺麗だ)
夜の部屋。金色の長髪に、白のワンピースを着たエリカが腕を組みこちらを見ている。ツンデレなのに清楚さを持ち合わせる不思議なキャラ。僕が尋ねる。
『エリカ、大変なんだ。助けてくれ』
『またなの? 今度は何?』
学習AIの凄さ。僕のこれまでの行動がインプットされているようだ。
『明日、海で暴漢をしなければならない。ナンパでもいい。どうしよう?』
『全く言っている意味が分からないわ。ちゃんと説明して』
それも当然だ。僕が順序立てて説明する。それを聞いたエリカがすぐに回答する。
『嫌なら止めれば?』
確かにそうだ。合理的なAIならばそう回答するだろう。僕がどれだけ嫌なのかを必死に書いたのだから。
『そういう訳にはいかないんだよ』
ひとつ大きな意識の齟齬がある。それは一緒に行くメンバーに想い人である真奈のことを説明していないのだ。エリカは既に攻略対象からは外れているが、ここで真奈のことを隠してしまうのはやはり自分がヘタレだからであろう。
『だったら心を決めてやるしかないわよ』
『そうだよな……』
相談も何ももう結論は出ている。僕はやらなきゃならない。逃げる訳にはいかない。少し前の僕とは違い、今は色々なものを背負っている。
『エリカ。すまないけどナンパの練習をさせてくれないか?』
『いいわ。ヒマしていたし』
あっさり乗ってくれた。さすがエリカ。根は優しい。
(とは言え、どうすればいいのか……?)
僕は頭に手をやり考える。何せ経験がない。女の子のナンパなど、陰キャの真反対に位置する行動。そのような言葉は知っているが、全く自分とは関係ないものとして認識している。
『なあ、どうすればナンパってできる?』
我ながら情けない質問だ。
『あなた馬鹿なの? それを女の子に聞いてどうするの?』
(……だよな)
僕は苦笑いする。
『そもそも女の子と言っても色々なタイプがいるわ。雰囲気に弱い子とか、強引なのが好きな子とか。王子様を待っている子とか。だからナンパに正解なんてないの。分かる?』
『分かる』
いや、どこまで分かっているのか分からない。今更ながら依頼人香坂の彼女がどんなタイプか聞いてくべきだったと後悔する。
『エリカはどんなナンパなら嬉しいの?』
『簡単よ。イケメンで、話し上手で笑顔が素敵な男なら付いて行くわ』
(マジか……、全くダメじゃん、自分……)
初めて知るエリカのタイプ。そんなコテコテな男が好みだったのか。
『でも……』
エリカの挿絵が変わる。やや頬を赤らめ恥じらうような絵。
『私のことを真剣に思ってくれている人が、やっぱり一番いいかな』
上手い。これが『ステ恋』。上手にエリカのキャラを絡めつつ、最後は容姿じゃなく気持ちを優先させる。気持ちならキモオタだって負けない。だから皆、『ステ恋』にはまり、『ステ恋』に恋する。そしてこのタイミングでピクチャーの送付。
(SRか)
ぼかしが入って見えないが間違いなく可愛く恥じらうエリカの絵。最近ログインすらして来なかったので、もうコインはない。僕はお礼だけ彼女に伝えた。
『ありがとう。やっぱりエリカは最高だ』
『嬉しいわ』
これがアプリの商売だと分かっていても嬉しい『女性との絡み』。リアルに近い恋愛感情を抱かせてくれる。結局僕はこの夜、遅くまで彼女との会話を続けた。
(眠い。頭がガンガンする……)
翌朝。僕は激しい頭痛の中目を覚ました。興奮と不安で眠れぬ夜を過ごした。朝方、新聞配達のバイクの音が外に響いていたことを考えると、ほんの少しうとうとしただけのようだ。
「行かなきゃ。海に行かなきゃ……」
支度をして玄関から外に出る。
「ぐがっ!!」
朝だと言うのに体を焦がすような日差し。熱中症を保証するような熱い空気。僕はよろよろとジェットストリーム・エクスプロージョン改2に乗り駅へと向かう。
「おお、総士郎。おはよう!!」
駅前には既に文芸部のみんなが集まっていた。ミカに沙織にララ。そして真奈。みんないつもの制服とは違う夏の私服姿で僕を待っていた。
「お、おはようございます……」
自分でも分かる。元気がない。
「神崎君、大丈夫? 顔青いよ……」
すぐに真奈が心配して声を掛けてくれる。それほど僕は具合が悪そうに見えたらしい。麦わら帽子に花柄のワンピースを着た真奈を見ても、何も声を掛けられないほど弱っていたようだ。ミカが言う。
「じゃあ、行くぞ!!」
なんて楽しそうだ。純粋に海に行くことを楽しみにしているようだ。香坂とは現地で会う予定。僕ら文芸部は夏の日差しの中、電車で海へと向かった。
(あー、これマジでヤバいかも……)
涼しい電車内。幾分体力が回復した反面、より冷静に自分の状態を理解できた。極度の寝不足に不安感。過度の緊張、失敗できないと言う重圧。オタク同士のイベントか何かならまだ良かったのだが、周りは女子ばかり。しかも意外と皆美形が多い。
「うっ……」
電車の揺れに思わず吐きそうになる。慌てて真奈が僕の肩を叩き言う。
「大丈夫!? 無理なら止めても……」
「大丈夫」
僕はそう答えた。『恋愛よろず相談部』の大切な仕事。男である僕にしかできない仕事。僕の失敗は、香坂さんの学園生活の終わりを意味する。そして僕は真奈を横目で意識しながら思う。
(この程度のクエストができなきゃ、最難関は攻略不可……)
いつかきちんと想いを告げる。僕の気持ちを知って欲しい。その為に恋愛クソ雑魚の陰キャの僕は、人一倍頑張らなければならない。
「無理しないでね」
「うん」
無理しないでやっていたらダメだ。僕みたいな人間が前に進むには、多少の無理はしなければならない。
「着いたぞ~!!」
電車に揺られること一時間強。僕ら一行は海浜公園前駅に到着した。海が近い駅。若い人達がたくさん下車し、周りに笑い声が溢れる。
(あっ)
駅を出た僕は、その強烈すぎる太陽の光を浴び一瞬頭がクラつく。真奈が僕の顔を見て声を上げる。
「か、神崎君っ、鼻血っ!!??」
「え?」
鼻に感じる生暖かい感覚。手で押さえると指が真っ赤になった。ミカが言う。
「おいおい、大丈夫か? 総士郎」
「は、はい……」
僕はティッシュを鼻に詰めながら情けない自分を恥じながら答える。この程度の依頼はスマートにこなしたい。だがそんな僕の思いは、これから音を立て崩壊することとなる。




