episode10-3「 」
学校は嫌いだった。
人が嫌いだった。
そんなものは僕には関係のないことだし、変な話、突然ミサイルでも撃ち込まれてすべてが壊れればいいなどとも思っていた。
「おお、良く似合うじゃないか。総士郎」
妹とのプールは仕方ない。気は向かないが、言ってみれば家族行事。
「いいわね~、馬子にも衣裳ってやつよね~!! ララ~♪」
それが何だ、この状況は。
あれだけ無関心だった学校に夏休みなのに毎日やって来ており、あろうことか部活動などにも入り、そして……
「神崎君、大丈夫……?」
女性達と共に海に行き、チャラい格好をして女を口説くと言う全く持って意味不明なことをさせられようとしている。
「いや~、演劇部に恩を売っておいて良かったよ。こういうところで役に立つ。輪廻転生ってやつだな!」
「何を言っているの? 全く意味が分からないんだけど……」
ミカの言葉にさらっと沙織が突っ込む。
僕達文芸部は、彼女と倦怠期に入った香坂の依頼を遂行するため、以前貸しを作った演劇部の衣装室へと来ていた。ここで今回僕にチャラい格好をさせ、ビーチでひとりになった彼女に絡み、それを香坂がカッコよく助けると言う算段だ。僕が低い声で言う。
「あの、絶対無理だと思いますけど……」
僕は演劇部が使っている大きな全身鏡に映っている自分を見ながら言った。流行りが過ぎた古いアロハシャツに、ジーパンをボロボロに切って作った短パン。髪はがちがちの整髪料で全て逆立て、顔には大きめのチャラいサングラス。確かに格好だけ見ればビーチにいるナンパする男に見えなくもないが、そもそも中身が全く違う。どう考えても無理だ。ミカがドンと僕の背中を叩いて言う。
「いいんだよ! 適当に絡んで、とにかく相手を困らせればそれで十分!!」
「は、はあ……」
自信なさげな僕に、偶然夏季練習の見学にやって来ていた以前劇の応援で知り合った元部長の笹川が言う。
「大丈夫だよ、神崎。あんな演技ができるお前なら何の問題もない」
それは僕と真奈が、貴族役と姫役で行った恋愛劇。笹川はインフルで実際には見てないが、後から動画を見てえらく感心していたらしい。
あの時のことを思い出し、顔を赤くする僕と真奈。あれは演技と言うより、正直本心。だから響いた。皆の心に。
「ミカりん、本当にやるの?」
不安そうな顔の真奈がミカに尋ねる。
「無論だ。ここまで来て引き下がれるわけがないだろ」
(どこまで来てるんだよ!? さっき言い始めたばかりじゃん……)
いつも通り僕が内心突っ込む。ララが腰に付けていたボンボンを手に取り僕に言う。
「大丈夫だよ~、私がビーチで歌って踊って応援してあげるから~!!」
(いや、それも要らん!!)
初めての高校に入って迎えた夏。これまで夏休みなどほぼほぼ一歩も外に出ることもなかった僕。それが海にプールに部活にと予定だけ見ればまるでリア充。だがやはり陰キャは陰キャなのだと、この先思い知ることとなる。
「大変なことになっちゃったね……」
「うん……」
部活の帰り。僕と真奈は駅前まで一緒に歩いて向かっていた。歩き始めて静かな真奈。何を考えているのかは分からないが、きっと彼女にも思うところがあるのだろう。
「ふたりで海に……、くっ……」
そう、僕らは明日、ふたりで海に行く予定であった。それがまさかの部活動。皆で海に行く。明日の真奈との海行きを決めてから僕の心には秘かな想いが芽生えていた。
(霞ヶ原の水着。ふたりだけの海。もしかして……)
考えてはいけない。キモオタ陰キャがこんな美少女と考えてはいけないのだが、どうしてもそこは男子高生。真奈とのあんなことや、こんなことを妄想してしまう。なのだが、
「いや、何で笑ってんだよ……」
「ぷっ、きゃはははっ!! だ、だってぇ~」
歩きながら真奈が涙を堪えて言う。そう、彼女は僕の逆立ったままの髪を見てずっと笑いを堪えていたのだ。先ほど演劇部で施されたナンパ用の髪型。これに慣れる為に今日はこのまま帰れとの命令が下った。早く家に帰って髪を洗いたい。
僕のそんな恥ずかしい気持ちを知ってか知らぬか、真奈がハンカチを取り出し涙を拭きながら言う。
「ご、ごめんね……、でもよく似合ってるよ。ぷっ、くくくっ……」
本当に嘘が下手な子なんだと思った。素直で真面目。だから惹かれた。僕がむっとして言う。
「そ、そんなに笑うなよ。恥ずかしいんだぞ……」
「ごめんね。うん、もう笑わない」
ちょっとムッとした僕にようやく気付いたのか、真奈が先に自転車を引きながら前に出た僕に追いついて言う。
「でも、ふたりだけで行こうと思っていた海が、みんなになっちゃったね」
「……」
無言の僕。それにどう返事をしていいのか分からない。真奈が言う。
「まあ、でも仕方ないのかな。ミカりん、言い出したら聞かないし」
「あ、あのさ……」
自転車を止め、真奈の顔を見つめる僕。言わなきゃ。言いたい。今なら言える。
「ぷっ、ぶっぶぶぶっ……」
僕の顔を見た真奈が再び笑いを堪えて手で口を押える。
(……まあ、今は止めておこう)
再び歩き出す。真奈はやっぱり笑いを堪えながら僕の隣を歩き続けた。
ガチャ……
(ただいま……)
自宅に帰った僕。なるべく音を立てずにドアを開ける。
「おかえりー!! お兄ちゃんーーーっ!! って、きゃああ!!!」
気配を消して入った玄関。ただ『高性能お兄ちゃんセンサー』を搭載する愛妹奈々子には、それは全く無意味であった。僕の顔を一瞬ガン見した奈々子が叫ぶように言う。
「きゃーーーっ!! お兄ちゃん、可愛いい~!!!」
今年の夏はやはりどこか違うようだ。




