episode9-4「 」
(無言。うん、予想はしていたけど、何を話せばいいのか……)
駅前から歩き出した僕と奥村。彼女の奇抜なファッションのお陰で、通り過ぎる人達の多くから視線を受けるものの会話はない。日に焼けるのを気にして差したロリータアンブレラ。そのせいで表情は分からないが、ひしひしと緊張感が伝わって来る。
「あ、暑いね……」
「うん……」
「……」
「……」
会話はキャッチボールとはよく言ったものだ。それができなければ会話として成立しない。陰キャ同士の外出。お互いほぼ絡み経験なし。となればこれも当然の流れだろう。
「神崎君って、出雲君と仲がいいよね?」
しばらく無言で歩き、ようやく出た会話らしい話題。僕が答える。
「う、うん。オタク仲間って言うか。あ、そう言えば奥村も『ステ恋』やってるんだっけ」
「やってるよ!」
傘の下から見上げた奥村の笑みを見て僕が少し安心する。共通の話題。恋愛アプリ『素敵な恋人』が『ステ恋』で通じる相手は間違いなくプレイヤー。一瞬、仲間意識が芽生える。
「私の場合、攻略って言うか、好みの男の子口説いて、おしゃべりに付き合って貰ってるの。変でしょ?」
それも真也から聞いた。でも悪くないと思う。『ステ恋』の新しい楽しみ方。かく言う僕も同じだ。
「そんなことないよ。僕も同じ。高難易度キャラ選んじゃって全然落とせなくて今は色々相談に乗って貰ってるんだ」
「うふふっ、私と同じじゃん」
同じオタク同士。こうなると意外と会話が弾む。緊張の解れた僕らはそのまま空調の効いた涼しいショッピングセンター内に入り、特設の浴衣コーナーまでやって来た。
「うわ~、可愛い浴衣がいっぱいある!!」
奥村がロリータドレスをヒラヒラさせながら色鮮やかな浴衣コーナーへと駆け出す。
(つまらないことは聞かない)
お互い今日ここに来た理由はあまり話題にしない。それでいい。いや、それがいい。彼女がこれで真也と一緒に花火大会に行ってくれるなら御の字だ。奥村が僕に近付き尋ねる。
「ね、ねえ。私ってどんな浴衣が似合うかな?」
「うっ、そ、そうだね……」
余裕あるっぽく見えるかもしれないが、こう見えてもういっぱいいっぱい。慣れない女の子と一緒に買い物に来るだけでも恐ろしいのに、浴衣のアドバイスなど僕にできるはずがない。
(落ち着け、落ち着け。エリカの言葉を思い出せ……)
とにかく褒める。そしてちょっとだけ僕の好きな点を話題にすれば事なき終えられる。僕は近くにあった青い花柄の浴衣を手に取り、奥村に見せて言う。
「奥村って落ち着いた感じがあるから、こう言うのが似合うんじゃないかな?」
完璧だ。僕は自分の言葉に酔いしれた。しかし思わぬカウンターが飛ぶ。
「そうだよね。私って暗いから、こういう地味っぽいのがいいんだよね……」
(ぐぉおおおおおおお!!!!)
なぜそうなる!? 褒めたつもりが、伝わってないのか!! 僕は慌ててその言葉を否定する。
「そ、そんなことないよ!! 静かでお淑やかな感じがするって意味で……」
話しつつ頭が真っ白になる。女の子へのフォロー。経験したことのない行動。僕は更にテンパってしまっていた。奥村が尋ねる。
「あ、あのさ。出雲君ってどんな柄が好きかな? 神崎君、知ってる?」
(真也の趣味!? 知らん知らん知らん!!!)
そんなこと僕が知るはずもない。ただのオタク仲間。あいつの服の趣味など考えたこともない。
(とは言え、何か答えないと……、考えろ考えろ)
困り果てた僕。真也と女。そして脳裏に彼女の姿が浮かぶ。
(あっ、スティファーニ……)
真也が『ステ恋』で必死に攻略している超ぶっ壊れ難易度キャラ。とある国のお姫様。そして彼女がいつも着ている服の色は……
「これなんて真也好きかも……」
手にしたのは、白をベースにした生地に薄紫の花が散りばめられた清楚な浴衣。帯も同じ薄紫。
真也が本当にこれが好きかどうかなど知らない。だがスティファーニのメインカラーは白。少なくとも嫌いじゃないはずだ。奥村はその浴衣を手に取り頷きながら言う。
「素敵な浴衣。清楚だし可愛いし。ねえ、これって試着できるのかな?」
「た、たぶんできると思うよ」
「じゃあ、着ちゃおうかな」
奥村はそう言うと白の浴衣を持って試着室へと向かう。僕も彼女の後について歩く。
「神崎君、ごめんね。色々と……」
試着室に入り、カーテンから顔だけ出した奥村が僕に言う。
「い、いいって。大丈夫だから……」
僕はなぜか恥ずかしくなり顔を合わせずにそれに答える。奥村が言う。
「ちょっと待っててね」
「う、うん……」
そう言って奥村がカーテンを閉める。僕は束の間の安住の時間を大きく呼吸をしながら噛みしめる。
「……そー君」
(え?)
不意に耳に響く小さな女性の声。僕はその呼び方をする人物をひとりしか知らない。
(か、霞ヶ原っ!?)
振り返った僕の目に、髪を後ろでポニーテールに結った霞ヶ原真奈の姿が映った。
(なぜ!? 何で彼女がここにいる!?)
今日は奥村とふたりきりの買い物だったはず。男との外出に慣れる為にそのような条件だと聞いている。つまりここに彼女が居てはいけないのだ。驚く僕に真奈が申し訳なさそうな小声で言う。
「ごめんね。心配で……、来ちゃった……」
(来ちゃったって、一体いつから……)
僕の頭が混乱する。こんな所を奥村に見られたら花火大会の計画そのものが失敗する可能性もある。
「ダ、ダメだよ! 来ちゃ……」
「だってぇ……」
可愛い。叱られた子犬のように反省する真奈は極上に可愛かった。だが心配が現実味を帯びて来る。
「神崎君? 何か言った??」
試着室の中から奥村が僕に尋ねる。ひとりで待っているはずの僕。会話すること自体おかしい。慌てて答える。
「あ、ち、違う。ちょっと電話がかかって来て……」
僕はこの状況で良く上手い言葉が出たと自画自賛する。だがそんな僕を現実が更に追い込む。
「上手く着られたのか分からないけど、ちょっと見てくれるかな……?」
(やばい!! カーテンが……)
ザザッ……
開かれる試着室のカーテン。だがそこには誰もいなかった。
「あれ? 神崎君??」
僕が咄嗟に答える。
「ご、ごめん。ちょっと着て見たい服があったから、隣の試着室に……」
試着室に入ってしまった、真奈と一緒に。
「そ、そー君……」
「しっ、静かに!!」
思いのほか狭い試着室。それもそのはず、ここは浴衣の特設会場用に設けられた臨時の試着室。通常のものよりずっと狭い。僕は外に絶対聞こえない小声で真奈に言う。
「今だけ、今だけ耐えて……」
真奈は声を出さずに大きく頷く。
(狭い。暑い。そして霞ヶ原を全身で感じる……)
僕は窮屈な試着室の中で、重なる様に一緒になった真奈のことで頭が一杯になり始めていた。動かなくても分かる彼女の体の柔らかさ。香り。鼓動の音。汗をかきたくないと思えば思うほど全身が熱くなる。
「ねぇ、そー君……」
真奈の熱い吐息が僕の耳元にかけられる。我慢の限界だ。理性が持たない。このまま全てを捨てて彼女を強く抱きしめたい。
「……いいよ」
(え?)
まるで僕の心を読まれたかのような真奈の言葉。頭が麻痺した僕の脳に、外から奥村の声が響く。
「神崎君。試着してるの?」
「う、うん……」
「でもここって女性ものしかないんだけど……」
(ぎゃぁあああアアアアア!!!!!)
追いつめられた。そんな細かな点まで考慮している余裕などなかった。
「神崎君……?」
「さ、さっき、男物の浴衣を持って来ててさ。い、今着ているところ……」
「そうなんだ。神崎君も買うんだね」
「あ、ああ……」
その言葉に納得してくれたのか、奥村が言う。
「私、もう一着の浴衣も着て見るから、ちょっと待っててね」
(よしっ!!!)
訪れた好機。僕は隣のカーテンが再び閉まる音を聞いてからゆっくり顔を出し、奥村が完全に着替えに入ったことを確認。真奈を外に出す。
シャ……
再び開かれるカーテン。だがそこには最初のロリータドレスを着た奥村が立っている。ちょっと驚いた僕に彼女が言う。
「やっぱり最初に来た白のこれが良いかな。出雲君もきっとこっちが好きだよね?」
「そ、そうだね。それが良いと思うよ」
既に真奈はここから離れている。どこに行ったのかは知らない。まだ見張られているかもしれない。
「あれ? 神崎君の浴衣は?」
(ぐはっ! しまった……)
僕も浴衣を試着していたことになっている。慌てて答える。
「あ、いや、さっきの気に入らなくて、置いて来た。別の買うよ……」
「うん。じゃあ、お礼に私も見てあげるね」
「あ、ありがとう……」
こうして僕は全く買う予定のなかった男性用浴衣を購入。痛い出費となった。
そして過ごすこと数日。奥村と真也の参加も決まった大山川花火大会の当日を迎えた。




