episode9-3「 」
『もしもし?』
『あ、霞ヶ原さん。ごめんね、急に』
真奈はその夜、改めて今回の依頼人である出雲真也の想い人・奥村このみに電話をかけた。部活の帰りに『話があるから夜に電話をしてもいい?』とのメッセージが送られて来てからの対応。真奈はやや緊張した面持ちで奥村の話を聞く。
『全然いいよー。で、どうしたの?』
クラスでもそれほど絡みのない相手。否が応でも緊張する。
『うん。あのね、実はクラスに出雲君っているでしょ?』
『いるね』
いつも総士郎といる友達。
『彼にね、今度、大山川町で開かれる花火大会に誘われたの』
真也は自分達より先に帰った。あれからすぐに奥村を誘ったのだろう。真奈はそう理解した。
『いいじゃん! 花火大会、楽しそう!』
『う、うん。でもね、私、男の人と一緒に出掛けたことなんてなくて、どうしたらいいのか分からないんだ……』
クラスでもおさげが良く似合う奥村。消極的で確かに男遊びをするようなキャラではない。真奈が答える。
『行ってみれば? 楽しいかも』
『うん……、何度か出雲君には誘われたんだけど、私、どうしていいのか分からなくて全部断ってたんだ……』
地味にそれは相手が傷つくぞ、真奈はスマホをから聞こえる彼女の話を聞きながら思った。
『行ってみたいの?』
『う、うん。怖いけど、ちょっとだけ……』
真奈が頷いて言う。まさに渡りに船。この調子で行けば花火大会に彼女を連れ出すことはそう難しくはない。
『じゃあ、行くべきだよ!』
『……』
黙り込む奥村。少しの間を置いて小さく言う。
『あのね、霞ヶ原さんに電話したのは、クラスに神崎君っているでしょ?』
『う、うん』
居るもなにもその名を聞くと心臓の鼓動が速まる。
『彼って出雲君と仲いいじゃん。だからもし可能なら花火大会に一緒に来て欲しいなあって思って』
真奈が安堵の表情を浮かべ答える。
『な、なんだ。そんなことか~、いいよ。私が話しておいてあげる』
楽勝じゃん、そう思った真奈の耳に想定外の言葉が投げつけられる。
『ありがとう。あとね、男の人と外出する練習がちょっとしたいなあって思って。でね、今度その花火大会に着ていく浴衣を買いに行きたんだけど、神崎君と二人で行けないかな? 霞ヶ原さんって彼と仲良いでしょ? お願いしてくれない?』
(えっ……)
今度は真奈が黙り込む。このままなら花火大会には行けそうだ。だが、その練習の為に総士郎とふたりで買い物に行きたいと言う。
(どうするどうする、私っ!?)
千載一遇のチャンス。これを了承すれば最大の課題であった『奥村を誘い出す』ことは可能。だが総士郎が、他の女の子とふたりだけでデートすることになる。
『霞ヶ原、さん……?』
応答のない真奈を心配して奥村が声を掛ける。
『あの、神崎君って出雲君とよく似たタイプだし、彼と上手くいけばきっと自信になると思うの』
悪気がないことは分かっている。だけどその言葉の一つ一つがなぜか真奈の胸にグサリと突き刺さる。
『それとも神崎君って、もしかして霞ヶ原さんと……』
真奈が慌てて答える。
『ち、違うよ! 違う違う。私達、まだそんなんじゃないの!!』
動揺した真奈が微妙な言葉でそれに答える。
『そうなの? じゃあ、お願いできるかな……』
『……と言う訳。神崎君、どうしよう?』
(どうしようじゃないだろ!!)
僕は奥村との話を終え、直ぐに電話をかけて来た真奈の説明を聞いて思った。確かに千載一遇のチャンス。とは言え、その条件が僕とデートまがいのことをしなければならないとは。
『どうするって、急に言われても……』
正直なところ。あまり仲も良くない女の子とふたりで浴衣を買いに行くなんて、想像しただけでも吐きそうになる。
『そ、そうだよね。じゃあ、断ろうか……?』
気のせいか真奈の言葉のトーンが明るくなる。そんな変化の意味に僕は気付かないまま答える。
『でも、これを断ったら真也の作戦がダメになるよね。うちの依頼も失敗に終わる』
『う、うん』
どうする? 僕は同じオタク仲間として、こんな恥ずかしい相談を他者にした彼の勇気を称えたいと思っていた。それほど真也は真剣だ。心から奥村のことを考えている。
(それに比べたら俺の悩みなど、取るに足らないこと。だったら……)
『霞ヶ原。俺、引き受けるよ』
『え? ほ、本当に……??』
『ああ、友達としてあいつの力になりたい。奥村に伝えてくれる?』
『う、うん。いいけど……』
僕は興奮していた。興奮のあまり真奈の最後が言ったその逆接詞の後の言葉を想像することもできなかった。
こうして僕は翌々日のお昼過ぎ、クラスでほとんど話したことのない地味キャラである奥村と駅前のショッピングセンターで会う約束をした。
(いや、これは緊張する。何とも形容しがたい緊張感……)
短い人生ではあるが、陰キャとして、人よりはしなくてもいいどうでもいい緊張を山ほど経験してきた。だが、そんな僕でも今日のこの緊張感はこれまでに味わったことのないもの。
(友達が花火大会に一緒に行く練習の為に、僕と一緒にふたりきりで浴衣を買に行く)
もうキモオタ陰キャの脳では処理できない状況。この間の水着選びとはまた違った緊張感。どう振る舞えばいいのか。どんな話をすればいいのか。真也の為とは言え今更ながら足が震える。
「そうだ!」
僕はスマホを取り出し、恋愛指南役の彼女にアクセスする。
『エリカ。大変なんだ、助けてくれ!』
不機嫌そうな顔で腕組みをするエリカがスマホの画面に映し出される。
『あなた、いつも私を呼ぶ時って追いつめられているわよね? 何でなの?』
そんなことはこっちが聞きたい。僕が迷わず文字を打ち込む。
『分からないよ! それよりこれから女の子とふたりだけで浴衣を買いに行かなければならないんだ! どうすればいい??』
エリカが即答する。
『あなた、私のことをずっと思っているんじゃなかったの?』
『ああ、そうだけど……』
『とんでもない不埒者ね』
『話せば理由は長くなるんだが……』
『男って大体それ。言い訳する時って』
『……』
女性、しかもAI。僕程度のヘタレが敵うはずがない。エリカがため息をついて言う。
『いいわ。協力してあげる。浴衣だっけ?』
『そう、浴衣』
『とりあえず褒めなさい。マイナスなことは一切言わないこと。その上で、あなたの好みを付け加えてあげれば上出来よ』
僕の好みは多分この場合は要らないよな、と思いつつも的確な彼女のアドバイスに感謝する。
『ありがとう。いつも助かるよ!』
『ふん。そんなことどうでもいいわ。それよりたまには私も誘いなさいよ』
『あ、ああ……』
そう言えば最近ずっと彼女とのイベントをやっていないな、と思った。
「あ、あの、神崎君……」
そんなスマホをじっと見つめる僕に、背後から可愛いらしい声が掛けられる。
(ん?)
振り返った僕。そこにはヒラヒラの白のワンピースに、赤をベースとした英国風花柄ジャンバースカートを身に纏ったおさげの奥村が立っていた。
(ロ、ロリータファッション!? 嫌いではない、嫌いではないのだが……、めっちゃ目立ってる!!!)
「きょ、今日はごめんね。無理言っちゃって」
「あ、ううん。大丈夫。さ、行こうか……」
奥村は手にしたロリータアンブレラを優雅に開くと、僕の隣を歩き始める。そして思った。
(絶対普通には終わらない……)
僕の第六感がそう告げる。そしてそれはやはり外れることはないのだ。




