episode9-2「 」
「よお、来たか。総士郎、マナマナ」
夏休みの中の学校。静かな校舎を歩き、僕と真奈が文芸部の部室に入る。そこにはピンクのツインテールをいじる部長のララに、ノンアル片手に足を組んで座るミカ。そして純文学の本を読む沙織がいつも通り座っている。夏休みだろうがここは平常運転のようだ。
「あ……」
僕はそのいつも通りの部室に『ここには居るはずのない知り合い』の姿を見て思わず声を上げる。
「真也……」
それは同じクラスの友人である出雲真也。『ステ恋』を楽しむオタク仲間。なぜ夏休み中の部室に彼が? 呆然とする僕に真也が言った。
「そうか。やっぱ神崎は『よろず相談』のメンバーだったんだな」
「真也、これって……」
真奈も僕同様、驚いた顔をしている。知らないのは僕ら二人だけのようだ。ミカが言う。
「もう分かってるとは思うけど、今回のお客さんが彼、出雲真也だ。もちろん恋愛相談。相手は……」
「奥村、なのか?」
ミカより先の僕が言う。真也が頷いて答える。
「そう。噂でこの『よろず相談部』のことを知って、思い切って相談して見たんだ。文芸部って聞いてまさかと思ったけど、神崎もそうだったんだな」
「ま、まあ、一応……」
正直あまり望んでやっている訳ではなく、成り行きに近い。ララが言う。
「で〜、クラスメートの奥村ちゃんが好きだけど、お付き合いができなくてここに来だんだよね?」
「は、はい。まあ……」
はっきり言うララ。真也が俯きながら小さく答える。
「でも、奥村とは仲良かったじゃないのか?」
二人で昼食を食べたり、『ステ恋』の話で盛り上がっていると聞いている。真也が答える。
「まあ、確かに話すようにはなったが、二人でどこかに行こうって誘っても来てくれないし、う〜ん、何て言うか最後の壁が越えられないと言うか……」
僕と同じく不器用な真也。その気持ちは分からなくもない。ミカがガンっとノンアルの缶をテーブルに置いて言う。
「そこで、だ! 私達『恋愛よろず相談部』の出番って訳だ」
(文芸部じゃないのか、ここは……)
なおこの文芸部に入ってまだ一冊の本も読んでいない。まあ恐らくそれは沙織以外の他の部員も同じであろう。真奈が尋ねる。
「で、具体的にはどうするの?」
重要な質問だ。相手は真也のことを悪くは思っていないが、恋愛対象ではない可能性もある。それをモノにするにはそれなりの作戦やら準備が必要だ。ミカが胸を張って言う。
「大丈夫。作戦はある!」
僕はこれまでの経験で、これは絶対にダメなやつだと直感した。ミカが続ける。
「来週開かれる『大山川花火大会』。これに二人を参加させる」
「花火大会?」
僕の言葉にミカが頷いて言う。
「ああ、そうだ。この花火大会、実は恋愛に大きく関わっていてな。昔、この花火を見たカップルが結ばれて末長く幸せになったという逸話があるんだ」
(どんな逸話だよ……)
こじつけたような話。ミカが鼻息荒く言う。
「でな。いつしか『河川敷で愛を叫ぶ』ってイベントが花火大会と同時に開かれるようになって、ここで愛を叫んだ奴は永遠の愛を得られるって言われているんだ」
(ああ、嫌な予感がする……)
いつものミカ。いつもの作戦。僕は既にこの場から逃げ出したくなっていた。ミカが飲み干したノンアルの缶を握りつぶして言う。
「そこでだ。出雲と奥村の二人をそこに送り込み、出雲に愛を叫んでもらう。これで万事休すだ!」
「万事休すって何よ。終わっちゃうじゃん」
沙織が本に目線を保ちながら突っ込む。ミカが頭に手をやり笑いながら答える。
「あれ? 万事休すじゃなかったっけ?」
「策がなく尽きること、まるで反対の意味だわ」
さらっと突っ込む沙織にミカが笑って答える。
「まあ、細かいことは気にするな。とにかく二人で花火大会に行け。それで問題なし!」
僕が尋ねる。
「あの、ミカさん……」
「何だ、総士郎。まだあるのか?」
まだ何も質問していないのだが。僕はそう思いながら尋ねる。
「奥村は二人きりで出掛けるのを拒んでいるですよね? どうやって連れ出すんですか?」
その質問に真也も頷いてミカを見つめる。ミカがやや困った表情をしてから真奈に言う。
「それは、マナマナ。何とかしてくれ。クラスメートだろ?」
「え、私? そ、そんなこと急に言われても……」
相変わらずの無茶振り。作戦もクソもない。文芸部の内部事情が分かり、徐々に不安そうな顔になる真也。そんな眉唾物のイベントで愛を叫んだところで成就するか分からないし、そもそも相手が来てくれなきゃ意味がない。ミカが言う。
「沙織と絹江も一緒に行くぞ〜。毎年恒例の花火見学だ」
本名を言われたララの目が吊り上がり、机の上にあったまだ中身のあるノンアルの缶を握りつぶして言う。
「おい、赤髪ィ。いい加減、死ぬかぁ〜?? このクサレ缶みたいにひじゃけて?? ああ!?」
机の上にシュワシュワと音を立てて流れ出すノンアルビール。事情を知らない真也の顔が引き攣る。ミカが慌てて謝りながら言う。
「ご、ごめん! まあ、そう言う訳だから、マナマナ、総士郎。頼んだぞ!」
「え?」
今、さらっと僕の名前を呼ばれた気がする。見つめ合う僕と真奈。結局、他人に丸投げだ。ミカがノンアルの缶を高々と持ち上げて言う。
「よし! じゃあ、作戦の成功を祝して乾杯っ!!」
まだ始まってもいない作戦に祝杯。僕はそんなポジティブな彼女を見て、ちょっとは見習った方がいいのかなとふと思った。
「あ〜ん、どうしよう!? ねえ、どうしよう?? 神崎く〜ん」
部活終了後。僕と一緒に帰りながら真奈が心底困った顔でため息をついた。確かに無茶振り。偶然依頼人がクラスメートだったとは言え、さすがにこれは荷が重い。
「どうしようって……、うーん……」
僕も考える。だけど名案など浮かばない。そもそも接点が少ない相手。それを誘うとなると事は容易ではない。暗い顔の真奈に僕が言う。
「取り敢えず連絡取って見たらどうかな? 連絡先、分かる?」
「うーん、分かると言えば分かるけど……」
いきなり連絡が来たら奥村も警戒するだろうなと真奈が思う。
「や〜ん、どうしよう!? ねえ、神崎君、助けて〜、私、何でもするから!!」
僕は一瞬ドキッとしながらも、『何でもする』などと言う言葉を男子に向かって軽々しく言わない方がいいとか頭の片隅で思う。
「あれ?」
その時、真奈のスマホがメッセージを受信する。
「誰だろう?」
聞き慣れない音。スマホを取り出し画面を見た真奈が驚いた顔で言う。
「うそ!? 奥村さんからだよ!!」
『恋愛よろず相談部』の部員である僕と真奈。意外と何か持っているんじゃないのかな、とこの時ばかりは思ったりした。




