episode9-1「 」
夏休み。なんて甘美な響きだろう。
僕はその何もしなくてもいい長期休暇の初日を、当然の如く家でゴロゴロしながら怠惰に過ごした。
(う~ん、控え目に言って最高~!!)
エアコンの効いた部屋。両親も仕事で不在。妹の奈々子も友達とどこかへ出かけている。僕はゲームをしたりラノベを読んだりして心行くまで本能のままに過ごした。
「お兄様、ご飯ですわよ」
そんな平穏な一日の終わり、夕食を告げに来た妹奈々子の変化に僕が気付く。胸元の大きく開いたシャツ、家ではあまり見ないミニスカート。中二の癖に妙に色っぽい。
「う~い」
居間で寝転んでスマホをしていた僕は、奈々子の声に応じ起き上がる。奈々子が言う。
「お兄様、今日はおカレーでございますわ」
「……」
明らかに変だ。僕が尋ねる。
「どうしたんだ、奈々子?」
「はて? 何のことでございましょう? さ、参りましょう。お兄様」
そう言って奈々子が僕の傍に来て腕に手を絡め、ダイニングへと連れて行く。夏の暑さで頭でもやられたか? 僕は密着する奈々子の胸元に視線が行かないよう注意して歩く。
「いただきます!」
「いただきますでございますわ」
父親はいつも通り仕事で遅くなるので奈々子と母親と三人での食事。妙に僕に密着して座る奈々子に母親が言う。
「奈々ちゃん、どうしたの? 随分総士郎にくっついて」
さすがにおかしいだろうと母親も首をひねる。奈々子が口に手を当てて笑いながら答える。
「何でもございませんわ、お母様。私はいつも通りでございますわ。おほほほっ」
(どこがいつも通りだよ……)
言葉遣い、所作、振る舞い。そのすべてがいつもの甘えん坊の奈々子とは違う。僕が尋ねる。
「何か昼間に変なものでも食べたのか?」
それを聞いた奈々子が、僕に大きく開いた胸元を見せつけるように更に密着して言う。
「いやですわ、お兄様。奈々子はいつも通りでございますわ。それともこんなに可愛らしい奈々子に何か特別な気持ちをお抱いてしまわれたとか?」
「奈々ちゃん、変なこと言ってないで早くカレー食べて」
母親が僕が言おうとしたことを先に言う。
「承知致しましたわ。お母様」
奈々子は妙な仕草でそれに応え、上品か何だか分からない動きでカレーを頬張る。
『なあ、エリカ。相談があるんだが……』
食後、僕は居間でくつろぎながらスマホを取り出し、『ステ恋』のAI彼女エリカに尋ねる。金髪のすまし顔の美女、エリカがつまらなそうな顔で答える。
『随分久しぶりね。一体何かしら?』
確かにここ最近『ステ恋』のログイン頻度は落ちている。この僕がまさかリアルの影響でこのようになっているとは少し前からでは想像もつかない。
『妹がおかしいんだ。どうしたらいい?』
『病院に連れて行ってあげたら』
(いや、そう言う意味じゃないんだが……)
的確と言うか、いつも通りと言うか。エリカにはAIならではの頭の良さ、回答の鋭さを感じる。
『違うんだ。態度が変と言うか、言葉遣いもおかしくて』
『妹さんは幾つ?』
『中二』
『そう。中二ならばそう言う時期でしょう。私も中二の時は5股掛けて忙しかったわ』
(5股!? マジかよ……)
当然モテるであろうエリカ。本当か、設定の話なのかよく分からないが、中二で5股はエグい。
『思春期ってやつか』
『そうね。成長する自分に戸惑いながら変わっていく。誰もが通る道よ』
(僕はそんな道通った記憶はないが……)
エリカの言葉に苦笑する僕。感謝の言葉を打とうとした僕の耳に、その妹の可愛らしい声が響く。
「おコーヒーが入りましたわ。お兄様」
思わず目を背けたくなる大きく開いた胸元。発育抜群の真っ白な足がミニスカートから惜しげもなく露わになっている。僕はスマホを閉じ、妹に尋ねる。
「なあ、奈々子。どうしたんだ? 何かあったのなら聞くぞ」
可愛い妹ではあるが、正直今の彼女は薄気味悪い。コーヒーをテーブルに置こうと前屈みになる奈々子。否が応でもその小さな胸の谷間が見えてしまう。
「何でもございませんわ。奈々子は奈々子でございます」
そう言いながら僕の隣に三度密着するように座る奈々子。僕はそんな彼女から離れるように座り直し、コーヒーを口にしてから言う。
「変だぞ。態度も、口調も。なんかいつもの奈々子らしくない」
その言葉が効いたのか、奈々子が目に涙を浮かべて言う。
「だって~、お兄ちゃんが全然構ってくれないから、奈々子イメチェンしたのー」
「え、イメチェン!?」
驚く僕に奈々子が言う。
「そうだよ!! 今日友達に会って、『マンネリ化した男女の解消法』について話して来てぇ、それでいつもと違う自分を演出するのが良いって聞いたんだよー」
泣きそうな奈々子。唖然とする僕が思う。
(だからか。どっかのツンデレみたいな口調とか、ああ、なるほど……)
僕は奈々子の頭を抱え込み、優しく言う。
「奈々子は奈々子のままでいいんだよ。そのままでもずっと可愛い」
「……本当ぉ?」
「ああ、本当」
僕の腕の中で顔を上げた奈々子が擦れた声で聞く。
「じゃあ奈々子と付き合って」
「それは無理」
またいつもの会話。だが奈々子は引かない。
「じゃあ、夏休みにどっか連れてって。プールとか海とか」
(海……)
僕の頭の中で『陰キャ、海に行く』作戦が蘇る。
「か、考えておくよ……」
奈々子が腕の中でもぞもぞと動きながら言う。
「絶対だよ」
「あ、ああ……」
僕はまたできない約束をしてしまったとやや後悔する。
可愛くて陽キャの妹奈々子。学校でも絶対モテるはずだし、夏休みに一緒に遊びに行く男子などいくらでもいるはずだ。
(だけど……)
だけどもし可愛い奈々子が見知らぬ男と一緒に遊びに行く姿を見たら、僕はどれだけ平常心で居られるのだろうか。まるで猫のように僕に甘える可愛い妹を見ながらふとそんなことを考えた。
「神崎君~!!」
翌朝。夏休みの学校に登校した僕に、その黒髪の美少女は笑顔で駆けて来て挨拶した。
「お、おはよ……」
「おはよ!! 一緒に部室行こ!!」
静かな学校。グラウンドから聞こえる運動部の声が聞こえるぐらいで、圧倒的にいつもより静寂が広がる校舎。
僕は父親ではないが『可愛い娘が見知らぬ男と歩いている』この状況を鑑みて、決して奈々子についてどうこう言える立場ではないなと苦笑いしながら思った。




