episode8-5「 」
早いもので一学期の最終日、終業式を迎えた。
色んなことが起きた高校生活。それは僕の想像以上に大変で、そしてちょっぴり楽しいものであった。
「ね、ねえ。神崎君」
そして隣に座るこの黒髪の美少女、霞ヶ原真奈の存在が最も大きかったのも事実。
「な、なに?」
終業式が行われる体育館に行く前、真奈がやや緊張した様子で僕に言う。
「あ、あのさ。この間、ほらチア部の応援に来てくれた時に、傘と一緒にハンカチも貸してくれたよね?」
「え、ああ。そうだったな……」
ぼんやり思い出すあの恥ずかしき過去。僕は俯き真奈の言葉を聞く。
「まだハンカチ返していなかったんだ。ちゃ、ちゃんとクリーニングに出してもうちょっと時間かかるから、夏休みに入ってから、その……」
「いいよ、そんなの。二学期でも返してくれれば」
「……」
僕なりに気を遣った。たかがハンカチ。クリーニングなんて必要ないし、何枚もあるから休み明けでも問題ない。真奈がやや寂しそうな顔で立ち上がり言う。
「そ、そうだよね。ごめんね……」
そう言い残すと他の女子友達と一緒に体育館へと向かう。
(何だったんだ? 霞ヶ原のやつ……)
僕は真也と一緒に歩きながら真奈の言葉の意味をずっと考えていた。
「終わった……、一学期がついに終わった」
怒涛の高校生活。色々あったが期末試験も無事乗り切り、明日からは晴れて夏休みが始まる。隣に座った真奈がすっと立ち上がり僕に言う。
「じゃ、じゃあね。神崎君。また連絡するね……」
なぜか今朝から挙動不審の真奈。僕は足早に教室を出る真奈を見ながら自然と体が動いた。
(何かある……)
確信はない。ただ僕の本能がそう告げていた。
真奈はエントランスで靴を履き替えると、きょろきょろ周りを見てから校舎の裏の方へと駆け出す。僕は息を殺して彼女の後をつける。
「……総士郎!」
そんな僕の肩が、いきなり背後から強く掴まれた。振り返る。そこにはボーイッシュな赤髪のミカが立っていた。
「ミ、ミカさん!?」
その後ろにはララと沙織もいる。ミカが小声で言う。
「気付いたんか、お前も?」
「え? な、何のことですか?」
事情が分からない僕。ミカがララ達の方を向き許可を確かめるように頷いてから、小声で話し出す。
「マナマナのラブレターの件だよ」
「……」
黙り込む僕。ミカが言う。
「あれな、実は二年のバスケ部の奴の賭けなんだよ」
「賭け……??」
僕は黙ってミカの話を聞いた。
「ああ、たちの悪い賭け。目星をつけた女子の靴入れにラブレターを入れて『大切な話がある』って体育館裏に誘い出し、イケメンのバスケ部が告白。付き合う返事が貰えたらそいつの勝ちってやつだ」
「そんな……」
酷い。あまりにも酷すぎる。
「半年前に同じ一年の、まあ私達の同級生なんだが、その賭けの対象にされて、笑い者にされて、未だに心の傷が癒えていない奴がいるんだ」
「え、じゃあ、まさか、その対象が……」
僕が体育館裏でひとり立つ真奈はを見つめる。ミカが言う。
「ああ、そうだ。マナマナが狙われた」
僕の心がズキズキと痛む。ミカが言う。
「マナマナはな、自分には心に決めた人がいるからって、ちゃんと会って断りたいそうだ。その後に私達が調べたら、やっぱりバスケ部のクソ野郎共の仕業で……」
そう話すミカの視線が、少し離れた場所にある校舎のドアに向けられる。沙織が言う。
「来たわ」
ミカが拳をボキボキ鳴らしながら言う。
「ああ、うちの可愛い後輩に悪さしようなんざ、ちょっとお痛が過ぎるな」
「同感」
「ちゃちゃっと、やっちゃいましょう~」
「総士郎。お前はここでマナマナを見張っていてくれ」
「は、はい……」
そう僕に言い残すと、ミカ達は校舎から現れたバスケ部の男子達の元へと歩き出した。何を言ったのかは知らない。ただミカの顔を見て真っ青な顔になったバスケ部の連中が何度も頭を下げて謝罪し、最後は逃げるようにしてその場を去って行った。
(ミカさんって、一体何者……?)
僕はそんな彼女を見て身を震わせる。
「総士郎」
ミカ達は僕の元へ戻って来て言う。
「これからマナマナにラブレターのことをすべて話す。あいつな、ああいう優しい性格だからずっとこのことで悩んでいたんだ。だから正直、これが悪戯だったと話すのは私も辛い」
(霞ヶ原……)
僕は真面目な表情でひとり体育館裏に立つ真奈を見てなぜか心が鼓動した。
「あいつなりに一生懸命考えて、誠心誠意断ろうと今日を迎えたんだ。はあ、ちょっと気が重いな……」
強気なミカがため息をつく。僕はじっと真奈を見つめたまま、自然と足が動き出した。
「総士郎……?」
何も聞こえなかった。ゆっくりと血液が逆流する。僕はまるで真っ白な光の中を歩くように、真奈に近付く。
「神崎、君……?」
僕に気付いた真奈が小声で名を口にする。
――水着買っても、予定ないんだ~。あー、どうしようかな~
真奈が口にしたその言葉。
――もうちょっと時間かかるから、夏休みに入ってから、その……
鈍い僕だが、その言葉の意味がようやく分かった。
(そう、僕だって同じ。君と同じ気持ち。だから、だから僕が……)
episode8【僕が君に伝えたい】
「来てくれてありがとう。あのさ……」
真奈が両手を口に手を当てて心から驚いた顔で言う。
「うそ? か、神崎君が……!?」
僕が言う。
「夏休み、一緒に海に行かない?」
――君に会いたい。夏休みも、ずっと一緒に居たい。
「うん! いいよ!! いいよ、いいよ……」
真奈の目に涙が溢れる。不安だった表情が一転、安堵と喜びの笑みに溢れる。
「ねえ、良かったの? あれで」
その様子を見ていた沙織がミカに尋ねる。ミカが目元を指で拭きながら答える。
「ああ、もちろん。よくやってくれたぜ、総士郎」
三人は気付かれないよう陰から見守る。ふたり仲良く帰ろうとする姿を見ながら沙織が尋ねる。
「でも真奈さん。絶対気付いてるよね、あれが神崎君のじゃないって」
「まあ、総士郎はあんなに綺麗な字は書かないからな。でもいいんだよ、恋ってのはそう言うのを超えたもんだから」
「ミカちゃん、すご~い! なんか恋のベテランみたい~!!」
揶揄うララにミカが答える。
「そんなもんのベテランになんかなりたくねえよ……」
笑うふたり。想定外の展開ではあったが、文芸部の『王子様』がファインプレーで問題を解決してくれた。こうして『真奈のラブレター事件』は無事に終わりを迎えた。
ちなみに『夏休みも真奈に会いたい!』と願って飛び出した僕のスマホに、翌日ミカから『文芸部の夏休み活動スケジュール表』が送られて来た。
(ほぼ毎週、活動かよ……)
なんてことはない。学校が休みなろうが文芸部は活動を続けるらしい。最後に『恋に夏休みはない!』と書かれた文言がミカらしくて僕はひとり笑った。
「さて、霞ヶ原と海に行かなきゃな」
僕の夏休み最大の試練。『陰キャ、海に行く作戦』の計画を練らなければならないと、僕はほんの少しだけ気合を入れた。




