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episode1-4「     」

「ねえ、神埼くん」


 入学式。新しいクラス。見知らぬクラスメート。そんな緊張する条件の中、最も僕を戸惑わせたのは隣に座った『霞ヶ原真奈』の存在だった。


「な、なに……?」


 僕は緊張しながら答える。顔は彼女の方を向くものの、目を合わせることはできない。陰キャのさが。おろおろする僕に、真奈はやや困った表情を浮かべて言った。



「筆記用具忘れちゃった。貸してくれないかな……」


 物憂げな美少女。艶のある黒髪を耳にかけながら真奈が言う。


(筆記用具を忘れた!? 筆記用具……)


 まだ授業は始まっていない。今は学校生活の様々な説明を行なっている時期だ。慌ただしい時期だから忘れたのか? 僕は無意識に心のどこかで彼女に筆記用具を貸せることを嬉しく思いながら、筆箱に入ったペンを手に取る。


(げっ!!)


 僕が手にしたペン。それはよりによってラノベの主人公がプリントされたオタク用のペン。固まる僕にスッと近づいた真奈がそのペンを手に取る。



「ありがと。助かる〜」


(あっ、あ……)


 僕はまるで借りて来た猫のように大人しくなり、ただただ彼女がそのオタクのペンを握りしめるのを見つめた。






「おっ、こっちこっち!! マナマナ〜!!!」


 その日の午後霞ヶ原真奈は、校舎片隅にある少し狭い部屋へと足を運んだ。本や雑誌がたくさん並べられた棚に小さな冷蔵庫。中にいた女子生徒に真奈が笑顔で言う。


「あっ、ミカりん!!」


 ミカりんと呼ばれた女子生徒。赤いボーイッシュな髪が特徴の活発そうな女の子。部屋に入ってきた真奈に腕組みしながら言う。


「マナマナ、ここは一応学校だから『ミカりん』はないだろう。私は一応先輩なんだぜ」


「ミカりんだって私のことマナマナって言うじゃん〜」


「ぷっ、そうだな」


 笑い合うふたり。

 桐生きりゅうミカ。真奈のひとつ上の先輩で、家が近く幼い頃から一緒に遊んだ姉同然の存在。もちろん今も仲が良く、真奈がこの高校に来たのも彼女の影響もある。



「おい、沙織。この子が私の可愛い後輩の真奈。よろしくな」


 沙織と呼ばれた女子生徒。部屋にある椅子に座った影の薄い女の子で、読んでいた本から顔を上げて答える。


「……そう、こんにちは。真奈さん、よろしく」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「うん……」


 沙織はまた直ぐに本に視線を落とし黙々と読み始める。ミカが困った顔で言う。



「まあ、沙織は本当に本が好きでな。困っちゃうんだよ」


「困るも何も、ここは文芸部でしょ。あなたの方がよほど困る……」


 そう答えた沙織の言葉を聞き、真奈が尋ねる。


「えっ、ここって文芸部だったの?」


 驚く真奈。ミカのイメージに読書は合わない。


「まあ、そうなんだ。今、部長が不在けど一応文芸部。だけど実はここはもうひとつ()の顔があるんだ」


「裏の顔??」


 驚く真奈にミカが腕組みして言う。



「そうだ。文芸部とは世を欺く仮の姿、本当の名前は『恋愛よろず相談部』。皆からの恋の悩みを解決する部活だ」


「私はそんなこと認めていませんけど」


 鼻息荒く話すミカに沙織が冷静に突っ込む。真奈が尋ねる。


「恋愛よろず相談部……、ミカりんがそんなことしていたなんて……」


 ボーイッシュなミカ。それがまさかイメージとは真逆の活動をしていたとは。ミカが言う。


「まあ、これでも私も一応女だしな。で、早速だがマナマナにお願いがある」


「な、なに?」


 気を引き締めてミカの話を聞く真奈。



「この部活は昨年作ったばかりで二年の三人しかいない。部を存続するためには最低部員が五人必要なのだが、マナマナが入部してくれるとしてももうひとり足りない。誰か連れて来てくれないか?」


「え、私が!?」


「ああ、そうだ。中々文芸部なんて地味な部活に入ってくれる奴がいなくてさ。お願い、一年でもうひとり」


「私は本好きな人を望みます。恋愛なんてクソ食らえです」


 沙織が本を見つめながら静かに言う。



「ええっと、どうしよう……」


 困った表情の真奈にミカが言う。


「でさ、マナマナ。ちょっと我儘言わせてもらうんだけどさ、できれば男がいい」


「え? 男!?」


 思わず口に手を当てて驚く真奈にミカが言う。



「ああ。この部って恋愛相談を受けているくせに『男』がいないんだよ。客観的な男の意見が欲しくても全然分からなくてさ」


「だ、だけど……」


 まだ入学したての真奈。男を文芸部に誘うにはかなりハードルが高い。


「ミカりんのお友達とかはいないの?」


「うーん、さすがに二年になって部活をやっていない奴なんてほとんどいなくてね。そう言う奴は帰宅部とかで。だから一年ってわけ」


「そうなんだ、どうしよう……」


 困る真奈。正直男子部員の勧誘なんて自信がない。ミカが言う。



「あ、あと大切な入部条件があった」


「え、まだ何かあるの……?」


 そう答える真奈にミカが言う。



「彼氏彼女がいない奴。リア充が相談に乗っても嫌味でしかないだろ?」


「え、そうなの……」


 つまりこの文芸部に所属しているのはすべて特定の相手がいない人間となる。ミカが尋ねる。


「そう言えばマナマナは彼氏、いないよね?」


「あ、うん……」



「意外。そんなに整った顔しているのにいないなんて」


 沙織が冷静に言う。真奈ほどの清楚な美少女。彼氏がいない方がおかしい。ミカが言う。


「そうなんだよ。マナマナは子供の頃に会った『遊園地の王子様』一筋でな」


「遊園地の王子様……?」


 本から視線を上げ首を傾げる沙織に真奈が真っ赤になって言う。



「ちょ、ちょっと! ミカりん、やめてよ!! 恥ずかしい……」


「あはははっ、真っ赤になって可愛いな。マナマナは!」


「もお……」


 長い黒髪で顔を隠す真奈。真っ赤になりながら男子部員の勧誘をどうしようか悩み始めた。

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