episode8-2「 」
「ぶ、部活行こうか。神崎君」
「え、ああ、うん……」
放課後。授業が終わると真奈が僕に言った。
(なんて分かりやすい……)
明らかにいつもと違う。何か隠している。何かあったに違いない。嘘が付けない彼女らしい。
「……」
「……」
無言。これまでも何度か部室に行くまでのこの廊下を無言で歩くことはあった。だけどその時は大概真奈が怒っていた時。理由は分からないことはあったが怒って口を利いてくれないことはしばしばあった。
(だが、こんな霞ヶ原は初めてだ……)
怒っている時はひとり前をかつかつと歩く。だけど今は並んで、どちらかと言うと申し訳なさそうに俯き歩いている。何が起きているのか分からない。エリカの話では何か僕に『都合の悪い事案』を抱えている可能性があるとのことだが、全く見当もつかない。
ガラガラ……
部室に到着しドアを開ける。僕が先に挨拶をする。
「お疲れ様です」
「よお、お疲れ。王子様」
椅子に座り、ノンアル片手に足を組んだままミカが僕に言う。『王子様』、この言葉が出た時はきっと何かやらされる。
警戒する僕の目に、一緒に座る沙織達文芸部員の他にもうひとり見知らぬ女の子が座っているのが映った。肩までの黒髪。真奈に劣らない艶のある美しい髪。振り返った女の子は眼鏡をかけた大人しそうな女の子。ミカが言う。
「彼女は一年の姫野香織。恋愛相談のお客さんだ」
新たな恋愛相談。僕と真奈は小さく会釈しテーブルに着く。姫野が立ち上がって丁寧に頭を下げ挨拶する。
「ひ、姫野です。よろしくお願いします……」
顔を上げた姫野。なぜかその視線は僕に強く向けられている。それに気付いた真奈がズズッと椅子を僕の方へと移動させる。ミカが言う。
「相談内容はな、姫野には付き合って三ヶ月の彼氏がいるんだが、夏休みに一緒に海に行くことになったんだ」
姫野に彼氏がいると言うことを聞いた真奈の顔に安堵の表情が浮かぶ。だが次の言葉を聞いてそれが音を立てて崩壊する。
「初めての海デート。絶対に失敗したくないので水着選びに慎重になっていて自分では選べないそうなんだ。だから総士郎。男の意見が聞きたいそうなので、一緒に買いに行ってやってくれ」
「は?」
僕の顔が青ざめる。
「み、水着を、僕が……!?」
「ああ、そうだ。簡単なことだよ。男目線で忌憚なき意見を言ってくれればいい」
(無理だろぉおおおオオオオ!!!!!)
恋愛クソ雑魚の陰キャ。それが女子、しかも水着を一緒に選ぶなんて地球が滅んでも不可能なこと。断る断る断る。そう思い口を開こうとした僕より先に、隣にいた真奈が言う。
「わ、私も一緒に行きます!!」
「え?」
この時点で僕の蟻のような小さな脳みそは、その処理能力の限界を超えてしまった。見知らぬ眼鏡の女の子の水着選びに、霞ヶ原真奈が一緒にやって来る。どんなイベントだ。どんなお仕置きだ!? いやご褒美なのか??
「なんでマナマナも一緒に行くんだ? 姫野が欲しいのは、男の意見だぞ?」
ミカがさらりと言う。真奈が弁解するように説明する。
「だ、だって、これはうちの部に相談されたことでしょ? それを男の子だからって神崎君ひとりに任せるのは可哀そうだよ! ちゃんとみんなで行って、もちろん神崎君も行って意見を言って貰って、部として責任もって水着を選ぶべきだよ!」
確かに理屈は通っている。部として受けた依頼を、男だからって新入部員ひとりに任せるのは荷が重いだろう。ミカが答える。
「うーん、まあそうかもしれんな。よし、分かった。じゃあ真奈、お前も行って来い」
「うん!」
嬉しそうな真奈。姫野もそれを聞き小さく頭を下げる。
(僕の意見は聞かないんだ……)
何気に一番重要な役割。変なものを選んで彼氏にガッカリされたらその責任は僕に降り掛かる。ミカが言う。
「じゃあ、水着選びは明日の放課後。駅前のショッピングセンターだ。総士郎、いいか?」
「あ、はい……」
それでも結局、僕はミカの勢いに押されて受け入れてしまう。有無を言わさず、海デートの勝負水着選びと言う大役を任されてしまった。
「ありがとうございました。では、明日よろしくお願いします」
姫野はそう感謝の言葉を述べ、部室を後にする。まあ今回のは恋愛相談の一環なのであろう。ミカの顔も満足そうだ。そのミカが僕に言う。
「さて、総士郎。これからちょっと女子だけの打ち合わせがある。お前は先に帰ってもいいぞ」
「え? そうなんですか? どんな打ち合わせで……」
「なーんだ、総士郎。お前は男には話したくない女だけの話が聞きたいって言うのか?」
ミカの低い声。僕は身震いをして答える。
「じゃ、じゃあ、お疲れ様です。お先です」
「お疲れ~、明日はよろしくな!」
僕は皆に頭を下げ鞄を持ち、ひとり部室を出る。何か違和感を覚えるも、僕は自転車置き場までやって来て帰り支度をする。
「あ、スマホ忘れた!」
先程部室で時間を確認した際に取り出したスマホ。そのまま椅子の上に置いたままにしてしまった。僕は急いで部室に戻り、ドアの前に立ってノックしようとする。そんな僕の耳に室内にいるミカの声が聞こえた。
「……で、マナマナ。その貰ったラブレターにはなんて書いてあったんだ?」
(え? ラブレター!?)
ドアを開けようとした僕の手が止まる。真奈がラブレターを貰った? 僕心臓が激しく鼓動する。
「うん。私のことが好きだって書いてあって、……の後で……で待っているって」
聞こえない。大きな声のミカとは違い、悩んでいるのか真奈の声がはっきり聞こえない。僕は理解した。
(これが今日、彼女の様子がおかしかった理由……)
ラブレター。古典的だが、物質的なものが残ると言う点では依然破壊力は抜群である。ミカが尋ねる。
「相手は誰なんだ?」
最も聞きたい質問。僕は震えながら耳を澄ます。
「……ぃの」
聞こえない。全く聞こえない。ドクドクと自分の血液が流れる音が僕の耳の中で音響する。限界だった。僕は居た堪れなくなり音を立てずにその場を立ち去る。
(霞ヶ原がラブレター。霞ヶ原が誰か他の男に……)
僕は無我夢中で自転車を漕いだ。周りの景色が見えなくなるほど全力で漕いだ。スマホのない夜。僕は音のない夜をひとりベッドの上でじっと過ごした。




