episode8-1「 」
「お兄ちゃーん!!」
その夜、僕がベッドの上でゴロゴロスマホをいじっていると、急にドアが開き、妹の奈々子がむっとした表情で部屋に入って来た。黒髪のボブカット。白のタンクトップに短パン。家の中とは言え、異性の兄がいるのに無防備すぎる格好だ。僕が尋ねる。
「どうしたんだ、奈々子?」
奈々子は迷うことなくぴょんと僕のベッドの上に飛び乗り、ぺたん座りをして言う。
「どうしたんじゃないよ! 最近奈々子のこと全然構ってくれないじゃん」
「何言ってるんだ、毎日一緒にご飯食べてるだろ? 会話もしてるし」
奈々子が首を大袈裟に左右に振って言う。
「違うのー!! そう言うのじゃないのー!!」
「じゃあ、どう言うのだよ……」
妹は可愛い。だけどその思考回路は全く理解できない。奈々子が頬を膨らませて言う。
「もっと構って! もっと構って欲しいの!!」
そう言うと奈々子はまるで猫のようにベッドの上にゴロリと横になり、僕に甘えようとする。
「こ、こら、奈々子! やめないか!!」
僕はそれから逃げるようにベッドから降りると妹に言う。
「何を考えてるんだよ」
「奈々子寂しいの!」
「寂しいって言われても……」
どうすればいいのだ? 一緒に住んで、毎日顔合わせて、会話もする。これ以上何ができる!?
「知らない。お兄ちゃん考えて」
「考えてって言われても……、友達とかいないのか? スマホでやり取りでもすればいいじゃん」
「いるけど、そう言うんじゃなくて……」
「どう言うのだよ?」
奈々子がベッドに座り直して言う。
「そう言えば奈々子ね、ラブレター貰ったんだ」
「ラブレター? それはまた古典的だな……」
とても兄弟とは思えないほど可愛い奈々子。明るく積極的な性格はまるで僕とは正反対。陽キャ要素をすべて持って行かれたのかもしれない。奈々子が言う。
「うん。今ね、逆にそう言うアナログっぽいのが流行ってて。奈々子も貰ったの」
「そう。相手はどんな奴?」
奈々子がすっと僕の隣に来て密着しながら尋ねる。
「えー、なに? お兄ちゃん気になるの? ねえ、気になるの?」
「そ、そりゃ、まあ妹だし。それよりちょっと離れろ」
奈々子は今度は床の上にぺたん座りをして言う。
「サッカー部のエース。イケメンで、勉強もできる将来有望株だよ」
(うぎゃ! サッカー部のエースとかマジで無理だな……)
とても陰キャの兄とは合わない。嫌な要素てんこ盛りの相手である。
「どうするの?」
「うーん、まだ分からない。でも周りの友達、みんな彼氏いるしー」
中二でみんな彼氏がいるのか!? まるで知らない世界の話を前に、僕はやや戸惑う。
「気になるの?」
「うーん、良く分かんない」
「なんで?」
「なんでって、あんまりお兄ちゃんに似てないしー」
「なんだそれ……」
意味が分からない。僕に似ていたらサッカーなんてやらないし、そもそもイケメンではないだろう。奈々子が更に密着して言う。
「お兄ちゃんが奈々子と付き合ってくれたら断るよー」
「あほ。馬鹿なこと言ってんじゃないよ!」
僕は奈々子からすっと離れて答える。奈々子はそれを追いかけるようにまた密着して言う。
「えー、いいじゃん。兄弟で付き合うなんて斬新じゃん!」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。さあ、もう自分の部屋に戻りな!!」
「きゃ!!」
僕は奈々子の腕を掴み、半ば無理やり部屋から追い出そうとする。降参したのか、奈々子はドアから顔を出し火照った顔で僕に言う。
「奈々子はね、お兄ちゃんが大好きなんだよ!! おやすみ!!」
パタン……
閉められるドア。奈々子は可愛い。大好きだ。だけどそれは家族として好きなのであって、それ以上でもそれ以下でもない。
「大好き、か……」
あんな風に自分を真っすぐに出せる奈々子が何だか羨ましかった。僕にあんな日が来るのだろうか。手にしてスマホを見てふとそんなことを考えた。
その違和感に気付いたのは、朝の挨拶の時だった。
「お、おはよ。霞ヶ原……」
その日、僕は珍しく自分から真奈に挨拶をした。いつも元気な彼女。当然笑顔で挨拶が返って来るものだと思っていた。
「おはよ、神崎君……」
(え?)
すぐに分かった。いつもと違う。何かやったのか? 真奈の気に障るようなことをやってしまったのか?
「どうかしたの?」
僕は無意識に尋ねていた。真奈は引きつった顔で首を振ってそれに答える。
「な、何でもないよ! うん、何でもない……」
(絶対なんでもあるだろ!!)
僕はそう答える真奈を見て妙な距離を感じてしまう。顔を赤くし俯く真奈。とても彼女のキャラでは考えられない仕草。陰キャの僕はそれ以上深追いすることなどできずに真っすぐ黒板を見つめる。
そして授業が終わるとすぐにトイレに駆け込み、僕の『恋愛相談役』に尋ねた。
『エリカ、教えてくれ!!』
『何よ? あなた誰?』
金髪の美少女AIエリカ。不満そうな顔でこちらを見ている。
『もうそのネタはいいよ! それより大変なんだ』
『ネタとか意味分からないんだけど? それよりどうしたの?』
僕はふうと息を吐いてからスマホを高速で叩く。
『女の子の様子が変なんだ! どうしたらいい!?』
『全く意味が分からないわ。もっと具体的に教えて』
エリカは優しい。僕はそんな風に思いながら今朝の真奈の態度を説明した。
『なるほど。あなた、また馬鹿なことやったんでしょ?』
『いや、それはない! 全く身に覚えがないんだ』
『そうなの? だったら原因はその子にあるんじゃない?』
『その子に? どう言うこと?』
『知らないわ。でも例えば彼女があなたにとって何か都合の悪い事案を抱えていて、それを知られたくないとか。恥ずかしいとか』
「知られたくない事案……」
そうなると全く想像もできない。霞ヶ原真奈が僕に知られたくないことって何だろう。そしてあることを思いつく。
(まさか、彼氏ができたとか……)
文芸部員がリア充になる。それはつまり部活を退部しなければならない重要事項。いや、そんなことよりも真奈に彼氏なんて想像もしていない。
(でも、客観的に考えればあの容姿、性格で彼氏がいない方が不自然だよな……)
確か『遊園地の王子様』を待っていると聞いた。でもそんな会えるかどうか分からない人物より、毎日会えて、いつでも力になってくれる男に心惹かれてもおかしくない。
(毎日会える、という条件だけは僕もクリアしているんだけどな……)
空しい陰キャの思考。『霞ヶ原真奈』と言う高嶺の花に憧れてしまった悲しき運命。僕はエリカにお礼のメッセージを打ち、スマホを閉じる。
「はあ……」
「はあぁ……」
次の授業。深くため息をする僕の隣で、真奈もまたぼんやりと無意識にため息をする。そのため息の理由が放課後の部室で明らかになる。




