episode7-4「 」
翌日からも真奈のチア部での練習は続いた。
「はっ、はっ、やああっ!!」
美しい黒髪をポニーテールに結い、両手でボンボンを軽快に振る。とても未経験、いや数日前に始めたばかりとは思えないほど様になっている。真奈の練習を一緒に見学しているミカも驚きの声を上げる。
「あいつ、めっちゃ上手いな~。本当にチア部みたいじゃん」
以前やった劇もほぼ完璧にこなした。あれから時々演劇部から真奈の引き抜きがミカの所に来ていると噂で聞いている。この分ならチア部からも同様に声が掛かりそうだ。
(それにしても可愛い。キモオタ発言かもしれないけど、控え目に言って天使)
二次元ラブだったこの僕が、まさか三次元の、しかも皆の目を引く美少女にこんな気持ちを抱くとは。どこで歯車が狂ってしまったのかと自嘲する。
「はーい、休憩!!」
チア部の女顧問が手を叩き休憩を告げる。皆が手にタオルを取り汗を拭き始める。真奈も同様にタオルで汗を拭い、スポーツドリンク片手にこちらへと駆けて来て言う。
「ミカりーん、神崎君~っ!!」
暑さのせいか、火照ったような顔をした真奈が満面の笑みで僕らの前に来て嬉しそうにする。漂う汗と女の色香。決してスマホゲーでは感じ得ないリアルの香り。一瞬、僕の脳は真っ白になり体育館に響くすべての音が消え失せる。
「めっちゃ上手いな。マナマナ」
「ありがとー! チア部に誘われちゃったよ~」
もう既に勧誘の話がされているらしい。まあ今の彼女を見れば当然かもしれないが。ミカが首を振って言う。
「それはダメだな。マナマナはうちのエースだ」
エースは沙織じゃなかったのかよ。僕は部室で一人黙々と本を読む沙織の姿を思い出しひとり突っ込む。真奈が僕に言う。
「神崎君、ありがとうね! 誰も知り合いがいないので心細くって。嬉しいよ!」
「あ、ああ……」
僕は恥ずかしさのあまり真奈と目を合わせることができずに俯いた。陰キャの性。人に褒められたりすると、悪いこともしていないのに穴があれば入りたくなる。
「本番は大丈夫そうだな」
腕組みをしながらそう口にするミカに真奈が答える。
「そんなことないよ……、まだ全然覚えていないし。不安しかないよ……」
そう話す真奈の表情は本当に何かに怯えているようだ。特にチアダンスの大会でもない。サッカー部の応援。だけど何事にも全力の彼女にはやはり圧倒的に時間が足りないようだ。ミカが僕の背中をドンと叩いて大きな声で言う。
「大丈夫!! 当日は私達も応援に行くから、な? 総士郎」
「え? ええ。はい……」
もう僕に断る権利などない。もちろん真奈のチア姿が見たいと言う大きな理由もある。
「うん。私、頑張るから!」
真奈はそう言うと、にこりと笑ってチア部の方へと戻って行く。
そして時間はあっという間に流れ、日曜日。サッカー部の試合当日を迎えた。
(曇りか……)
朝の天気予報では午前中には雨が降ると言う。サッカーの試合では多少の雨では決行するようだが、できれば試合が終わるまで降らないで欲しい。
「おはよ、総士郎」
「おはようございます、ミカさん」
休日の駅前。まだ時間が早いので人もそれほど多くない。沙織とララは『興味がない』『忙しい』とのことで不参加。僕とミカさんで真奈の応援に行くことになった。
(応援の応援って、なんか滑稽だな)
サッカー部を応援する真奈。その真奈を僕らは応援する。移動の電車の中、僕はそんなことを考えひとり笑った。
ピッ、ピッ、ピーーーーーッ!!!
僕らが着くと既に真奈達チア部はスタンドに陣取り、応援の準備を開始していた。そして鳴り響く試合開始のホイッスル。同時にチア部も熱のこもった応援を開始する。
(うわぁあああ、可愛いーーっ!!!)
僕の視線は真奈にくぎ付けとなった。
初めて見る生のチア姿。黒髪のポニーテールはいつも通りだが、紺色のミニスカートから惜しげもなく露出した真っ白な足。その足が上げられる度にちらりと見える『見せパン』。踊る度に揺れる胸に、柔らかそうな生腕。サッカーの試合など微塵も興味のない僕は、じっと真奈を見ながら彼女の応援をする。
「マナマナ、中々調子いいじゃん。なあ、総士郎」
「はい。とても可愛いです!」
興奮していた僕はつい自然と本音が口に出た。はっとした顔で僕の顔を見るミカ。そして笑いながら背中を叩き言う。
「そうだよな! やっぱ可愛いよな、マナマナは!」
「は、はい……」
僕は取り返しのつかないことをしてしまったのだと顔を伏せる。ただそれほど尊かった。チア衣装を着て踊る真奈は、本当に空から降りた天使のようであった。
「あ、降って来た……」
だがここで事態が変化し始める。
天気予報通り、ぽつぽつと雨が降り始めた。僕とミカは持っていた折り畳み傘を取り出し差す。ぱたぱたと傘に雨が当たる音が響く中、ミカに尋ねる。
「雨が降って来たけど、チア部はあのままなんですか?」
ミカが渋い表情で答える。
「うーん、良く分からないけど、たぶんな……」
試合は拮抗。ここで応援を止める訳にはいかない。
(霞ヶ原……)
僕は徐々に強くなる雨の中、必死にボンボンを振る真奈を心配そうな顔で見つめた。
ピーーーーーーッ!!!
「試合終了っ!!!」
負けた。残念ながら僕らの学校は惜敗した。サッカー部員達がグラウンドで四つん這いになって悔しさを体で表している。だが僕の目には雨でびしょ濡れになった真奈しか映っていなかった。
(霞ヶ原!!)
僕は自然とチア部の応援席の方へと駆け出した。それに続くミカ。チアメンバーも悔しがる中、僕に気付いた真奈が舌を出し悔しそうに言った。
「負けちゃった。一生懸命応援したのに」
びしょ濡れの真奈。濡れた服が体に張り付き、その体のラインがはっきりと浮かび上がる。僕は迷わず鞄の中に入れてあったハンカチを取り出し真奈に差し出して言う。
「これ、拭いて。早く!」
「あ、うん。ありがと」
ずぶ濡れ。今更この程度のハンカチで追いつくはずもない。チア部のリーダーが皆に言う。
「さあ、帰るぞ! みんな準備して!!」
「はい!!」
すぐにレインウェアや傘を手に帰宅の準備をする。僕は雨に当たり続ける真奈の隣に立ち、傘を差して言う。
「濡れるから……」
真奈がにっこり笑って言う。
「ありがと。今、傘出すから」
雨に濡れた真奈。それはそれで充分美しかった。
「あれー!?」
鞄の中を探していた真奈が青い顔をして言う。
「どうしよう。傘、忘れちゃった……」
「え? マジで!?」
何度も鞄を探す真奈。朝緊張して準備していたのを置いてきてしまったらしい。僕はすっと自分の傘を差し出し、真奈に言った。
「これ、使って! 僕は走って帰るから!!」
「あっ、ちょっと、神崎君!!」
僕は半ば無理やり真奈に傘を手渡すと、一直線に駅へと走り出した。中学時代では絶対に有り得なかったこと。霞ヶ原真奈と言う存在が確実に僕を変えていた。
『ありがとう、そー君!!』
その夜。家に帰った真奈から何通ものお礼のメッセージが届いた。感謝されることに慣れていない僕は至極困ってしまったが、そこはメッセージのみのやり取り、平静を装って無難に返事を返した。
そして翌朝。学校へ行こうとした僕のスマホに真奈からメッセージが届いた。
『風邪引いちゃったみたい。今日、学校休むね』
雨の中続けた応援。疲れも溜まっていた真奈に、風邪と言う牙が襲い掛かった。




