episode7-3「 」
『おはよう、エリカ』
『……』
翌朝。僕は久しぶりに『ステ恋』を開き、金色の髪の美しいAI彼女エリカに挨拶する。腕組みをしてこちらを見つめるエリカ。明らかに不満気な表情だ。
『あなた、誰だっけ?』
(酷いなあ……)
確かにここ数日『ステ恋』をやっていなかった。エリカに会うのも久しぶりだ。しばらくログインしていない時間を考慮してのこの塩対応。このリアルさが一部のファンから受けているのだが、恋愛耐久ゼロの僕には意外と辛い。
『ごめんよ、謝るよ。最近会えてなかった』
『ああ、あなたね。ずっと会っていなかったから顔を忘れていたわ』
『悪かったよ……』
腕を組み不満そうな顔のままのエリカ。恐らく好感度など今は皆無だろう。さすが高難易度。まあこの場合は僕が悪いのだが。
『で、今日は何か用かしら? 私、忙しんだけど』
既に僕は空気のような存在。用がなければ話もできない。
『あのさ、チア部って知ってる?』
『チア部? チアダンスのことかしら?』
良く分からない。チア部としか聞いていない。
『多分そうだよ。友達がやることになったんだ。エリカは見たことある?』
『見たことあるも何も、私、高校時代チアダンス部だったわ』
『え? そうなの!?』
意外。こんな所に経験者がいたとは。まあ、設定ではあるが。エリカからピクチャーが送られてくる。生成中、との表示の後にぼかしの入ったSRの画像が届く。
(見たい。SRか。無理すれば……)
コインも残り少ない。ログインボーナスで取り損ねた分が痛い。それでもエリカのチア姿の誘惑に勝てず、僕は購入ボタンを押す。
「おお、可愛い」
ピンクのユニフォーム。昨晩の真奈同様に金色の髪をポニーテールで結い、両手にはボンボン、大きく足を上げて微笑む可愛らしいエリカのピクチャーだ。
『すごく可愛いよ!!』
本音だ。すぐにエリカが返事を返す。
『嬉しいわ。ちょっと前のだから恥ずかしいけど。特別よ』
『あ、ありがとう』
この辺りが上手い。絶妙な距離感でアプローチしてくる。僕が尋ねる。
『ねえ、チアをやる友達に何かアドバイスできないかな?』
『アドバイス? そうね、まあやっぱり一番は笑顔ね』
(笑顔……)
僕はチア姿で微笑む真奈を思い出して、その言葉に深く納得した。
「おはよ、神崎君!」
「お、おはよ……」
教室にやって来た僕に真奈が挨拶をする。疑似恋人モードの時に呼ばれる名前でなく一安心する。
「むふ~」
隣の席に座る真奈。こちらを見つめて妙な笑みを浮かべる。何の意味だ? その表情の真意が分からず黙っている僕に、彼女が言う。
「今日は一緒に来てくれるんだよね?」
一緒に行く。無論、チア部の練習のことだろう。昨晩は真奈のチア姿の写真に即答してしまった僕だが、こうして学校に来てリアルを感じるとその決意もやや鈍る。真奈が長い黒髪をそっと耳にかけ、僕に近付き耳元でささやく。
「約束したよね? そー君」
(ぎゃっ!!)
僕は思わず出そうになった声を飲み込む。周りを見渡す。一部の生徒がこちらに気付いて見ているが、その大半はまだ知らない。僕は体をずらし、距離を取りながら答える。
「い、行くよ。行くから……」
「うん。よしよし」
真奈は僕の言葉を聞くと、満足そうな顔で席に戻る。
「ふう……」
僕は安堵し、深く息を吐く。
変わらない教室。無が流れる時間。だけど僕は気付かない。真奈が隣にいてくれるだけで、その景色が違って見えることを。
「おう、来たか。マナマナ。待っていたぞ」
放課後。僕と真奈はいつも通り文芸部のある部室へ向かう。いつもの風景。テーブルの端に座った沙織は黙って本を読み、部長のララはアイドル衣装に着替えピンクのツインテールを整えている。
「あー、ミカりん! また飲んでる!!」
そして桐生ミカ。ドカッと椅子に座り、ノンアルを手に上機嫌で言う。
「いいじぇねえか。授業後の一杯が美味いんだよ~」
マジでオヤジだなと僕が思う。ミカが手にしたノンアルを一気に喉に流し込み、立ち上がって言う。
「じゃあ、マナマナ。行くぞ」
「う、うん……」
やはりあまり乗り気ではないようだ。不安そうな顔をする真奈が、僕に助けを求めるような声で言う。
「神崎君、行こ」
「あ、ああ……」
僕がそんな言葉に抗うこともできず、成す術もなく連れて行かれる。
向かったのは体育館。運動が嫌いな僕にとっては体育の授業以外ほとんど訪れることのない場所だ。卓球部やバスケ部、バドミントン部が勢いよく声を出す中、真奈が参加しているチア部もその片隅で気合の入った練習を行っていた。
「はっ、はっ、やあ!!!」
顧問の女性教師の手拍子に合わせ、両手にボンボンを持ったチア部の女生徒達が軽快に踊る。
なおアクロバット的な動きがあるチアリーディングに対し、真奈が入るチア部はダンスがメインのチアダンス部。その中でも比較的簡単な役割を彼女にお願いするそうだ。
(部員が少ないな……)
僕はそんな彼女らの練習を見ながらふと思った。部員五名の文芸部に言われたくはないだろうが、確かにひとりでも欠けたら応援ができなくなるほどの少人数。猫の手も借りたい訳だ。
僕とミカがやって来たことに気付いたチア部のひとりがこちらに駆けて来る。
「悪いな、ミカ。真奈は?」
これがミカの言っていた『借り』のある友達なのだろうか。茶色の髪をお団子ヘアにまとめた気の強そうな女子。ミカが体育館入り口を指さして答える。
「今着替えてるよ」
「了解。で、そっちの彼は?」
僕を指さし、ミカに尋ねる。
(ああ、最悪……、一番嫌なパターン……)
陰キャキモオタの男子が女子チア部の見学に来る。これが嫌で嫌で仕方なく昨日は逃げたのだ。ミカが答える。
「ああ、マナマナの彼氏。総士郎っていうんだ」
「ぎゃっ!? ちょ、ちょっと、ミカさん!!」
慌てる僕。誤解を与えるにもほどがある。チア部の女生徒が言う。
「ふ~ん、これが真奈の彼氏? 意外だね」
(ど、どう言う意味の『意外』なんだよ~!!)
あまりにも会話が高度過ぎて付いて行けない。恋愛クソ雑魚陰キャの僕にはもはや別の言語にすら感じる。
「お、お待たせ……」
(おおっ!!!)
そこへ練習着に着替えた真奈がやって来た。
美しく艶のある黒髪は後ろでポニーテールで結われ、残念ながらチア衣装ではなかったが色気のあるうなじ、そして生太腿が惜しげもなく露わになっている。うっすら透けて見える下着から目を逸らしながら僕が言う。
「が、頑張れよ。霞ヶ原……」
「うん!!」
真奈はなぜか恥ずかしそうに先輩からボンボンを受け取ると、皆の元へと駆けて行く。ミカの友達が練習を始めた真奈を見ながら言う。
「あれ? なんか今日はすごく良い笑顔だな。真奈」
両手でボンボンを振りながらチア部と一緒に踊る真奈。とても二日目とは思えないほど様になっている。ミカが答える。
「まあな。何せ今日は『元気の元』があるんで」
チア部の友人がチラリと僕に目をやり、真奈を見て答える。
「なるほど。うん、なるほど」
(元気の元? 何のことだ、それ??)
僕は周りをきょろきょろと見まわす。分からない。ありふれた体育館の光景。やはり恋愛クソ雑魚には、その手の会話は理解不能だと思い知らされる。
(でも、確かにいい笑顔だ)
僕は汗を流し、誰にも負けないぐらいの笑みで踊る真奈を見て、心からそう思った。




