episode5-5「 」
「姫役にマナマナ、そして貴族役にお前、総士郎が推薦された。引き受けてくれるな?」
僕は耳を疑った。そしてそれが冗談でないことを知りすぐにミカに言い返す。
「無理ですよ! そんなの絶対に無理。演劇部の他の人だっているじゃないですか!」
なぜ素人の僕がいきなり主演を任されるのか。動揺する僕にミカが困った顔で答える。
「まあ、居たには居たんだが、笹川先輩の他にも数名男子部員がインフルになってな。どうやりくりしても先輩の代わりがいないんだ」
「だ、だけど僕は……」
「幸いお前はずっと先輩やマナマナの近くで見ていただろ? セリフや立ち回りもなんとなく覚えているはずだ」
確かに木の役だったので、ずっと立ったままふたりの演技を見続けて来た。ミカの言う通りある程度は覚えてしまっている。
「だけど、僕にはそんなの無理で……」
そう答える僕の目に、ミカの後ろでそっぽを向く真奈の姿が映る。そう、今の状態で彼女と恋愛劇をやるなんて想像もできない。ミカが僕の肩を叩き言う。
「やるしかないんだ、総士郎。先輩からも頼まれてしまっている。これ、台本。じゃあ、また放課後!」
「あ、ミカさん!!」
ミカはそう言うと自分の教室へと戻って行く。真奈もそれに合わせて席に着く。僕はひとり分厚い台本を見て頭を抱えた。
(全然覚えられない、全然覚えられない……)
今日は演劇部を含む文化部の公演の為、全校で短縮授業となる。僕はその時までひたすら台本に向き合った。そして本番を迎えた。
「総士郎。お前ってちゃんとすれば結構イケるんじゃないか!」
本番前。貴族の衣装に着替え、髪を整えた僕にミカが言う。普段はボサボサの髪。演劇部の女の先輩が綺麗に整えてくれた。恥ずかしい。そうひとり照れる僕の目にこちらをちらりと見る真奈の姿が映る。
(ちゃんとできるのかな……)
不安そうな僕を心配してか、演劇部の先輩が声を掛けてくれる。
「大変な役を任せちゃってごめんな。台詞、舞台の袖からカンペ出すから」
「は、はい……」
そう言って大きなスケッチブックを見せてくれた。僕が台詞を忘れた時、これに書いて見せてくれるらしい。演劇部の先輩が円陣を作るよう皆に言い、そして大声で言った。
「いくぞーーーっ!!! 演劇部、うぉおおおう!!!!」
「うぉおおおう!!!」
僕は結局この独特な雰囲気と空気の中、恋愛劇の主人公と言う陰キャにはあり得ない大役を担うこととなった。
『姫、ぼ、僕はあなたのことがずっと心配で……』
『気持ちは嬉しいわ。でもこれ以上私を苦しめないで』
劇が始まった。僕のたどたどしい演技とは対照的に、真奈のそれは驚くほど安定していた。とても代役とは思えない立ち回り。ただ見に来た観客の反応はいまいちであった。
「笹川部長の代役、ほとんど素人じゃん……」
「姫役もいまいちね。なんか棒読みって言うか」
真奈のセリフはほぼ完璧だった。だが練習の時とは全然違う。僕が笹川先輩じゃないからか。それとも相手が僕だからなのか?
『僕は、僕は、ええっと……』
台詞が分からず、僕が舞台袖のカンペを探す。その度に劇のリズムが乱れ、観客席からため息が漏れる。
(ああ、無理。もう無理……)
舞台裏に下がった僕の顔が真っ青になる。全身から噴き出る汗が体を冷やす。手が冷たい。足先が冷たい。極度の緊張で今にも倒れそうだ。
「神崎、出番だぞ!!」
「は、はい……」
真奈と入れ替わり呼ばれる僕。眩暈がしそうなのを堪えながら再び舞台へ向かった。
「マナマナ、一体どうしたんだよ?」
舞台裏に降りて来た真奈。水を持って駆け付けたミカが心配そうに尋ねた。ゴクゴクと水を飲んだ真奈が答える。
「どうもしてないよ。なんで?」
「なんでじゃないだろ。演技が練習の時と全然違う。どうしたんだよ!」
無言で水を飲む真奈。ミカが言う。
「総士郎のことか?」
ミネラルウォーターを持つ真奈の手が止まる。ミカがため息をついて言う。
「仕方ないだろ。あいつだって急の抜擢なんだ。お前だって分かるだろ? よくやってくれてるよ」
真奈が口に付いた水を手で拭きながら答える。
「違うもん。そんなんじゃないもん……」
お姫様の金色の髪。ミカは本当に中世の姫と話しているような錯覚を覚えながら真奈に言う。
「何が違うんだ? 言いたいことがあるなら……」
「神崎君、もうすぐ文芸部、辞めなきゃいけないんだよ」
ミカが驚いた顔で尋ねる。
「なんで? 何かやったのか、あいつ?」
「彼女、できたんだよ……」
「彼女……? マジで? そうなのか??」
真奈が涙目になって答える。
「そうなの! 私がお昼誘ったのに、可愛らしい彼女とデートしてたの! だから神崎君はもう辞めるの!!」
(あっ)
ミカは合点がいった。総士郎から聞いていた話とようやくこの状況で話が繋がった。
「マナマナ」
「……なに?」
目を赤くした真奈が答える。ミカが言う。
「それ、総士郎の妹だよ」
「え?」
真奈は手にしてたミネラルウォーターを落としそうになった。
「い、妹さん!?」
「そう、妹。あいつから聞いたよ。妹と出かけるなんて恥ずかしくてお前に言えなかったそうだ」
「う、うそ……」
真奈が口に手を押さえ舞台に立つ総士郎を見つめる。
「だからあいつに彼女は居ないし、文芸部も辞めない。分かったか、マナマナ」
「う、うん。分かった……」
そう答える真奈の視線は貴族の衣装を着た総士郎に向けられたまま。真っ青な顔で必死に役を演じている。
(私、馬鹿だ。何やってるんだよ……)
真奈は溢れる涙が止まらなくなっていた。
そして劇はラストシーンを迎える。
『姫、待ってくれ。待って欲しい!!』
このラストシーンは特に丹念に練習をしたパート。木の役をやりながら何度も見たお陰で、僕も台詞を完璧に覚えている。これまでカンペ頼りだった台詞の心配がなくなったことで役に集中できる。
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
それに呼応するように真奈の演技も熱が入って来た。前半までとはまるで別人。退屈そうに見ていた一部の観客もじっと二人の演技を見つめる。
(ごめんなさい、神崎君。私、すごい勘違いをしていた……)
悲しき姫役を演じながら涙を流す真奈。それが役にはまり、迫真の演技となる。
「姫役の子、なんかすごいな……」
「貴族役も、ここに来て変わったよね」
文芸部員による代役の公演。だが演劇部同等、いやそれ以上に見る者に訴える何かがあった。
(霞ヶ原、綺麗だな……)
僕は舞台照明に照らされた真奈を見て、ふとそう思った。
金色の長髪。それに映える白い肌。クリッとした大きな瞳。普段見ることのない胸の谷間。すべてが輝かしく、美しかった。
『姫、ようやく会えた』
ラストシーン。引き裂かれたふたりが再び出会うシーン。まるでロミオとジュリエットのあの名シーンのような場面。僕は城の出窓から身を乗り出す彼女に向かって叫ぶ。
『姫っ、僕の気持ちを聞いて欲しい!!!』
涙目の真奈。僕はそんな美しい彼女を見て思う。
(恋愛クソ雑魚の陰キャが、あなたを好きになりました)
『初めて会った時から、僕はあなたに惹かれ……』
(身分不相応なのは分かっている。僕なんかが抱いてはいけない気持ち)
『あなたのことをずっと考え、想い、そしてここに来ました』
(でもこの気持ちに嘘はつけない。否定もできない。だから願う、心から願う……)
episode5【この想い、君に届け】
『あなたを、ずっと愛しています』
静まり返る観客席。頭が真っ白になる僕。
その後どうなったのかあまりはっきり覚えていない。ただ舞台終了後、頭を下げた僕達に、割れんばかりの拍手が起こったことだけははっきりと覚えていた。
「神崎君~!!」
公演が終わり、酷く疲れてしまった僕は打ち上げも断り、ふらつく足でひとり帰宅しようと歩いていた。そこへ後ろから真奈が駆け寄って来て言う。
「お疲れっ!!」
ドン!!
「ぎゃっ!!」
いきなり後ろから彼女に押された僕は、思わず倒れそうになる。真奈が頭に手をやり、舌を出して謝る。
「ごめん! ごめんね。神崎君」
「え? 霞ヶ原……」
僕はここのところずっと口を利いてくれなかった彼女が、こんなにフレンドリーに話しかけて来ることにやや驚いた。真奈が頭を下げて言う。
「本当にごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」
「え、あ、いいって……」
何度も謝る彼女に僕は戸惑っていた。そしてそれは更に大きくなる。
「ねえ、一緒に帰ってもいい?」
「い、いいけど……」
真奈は僕の隣を歩きながら今日行った公演について興奮気味に話し続けた。僕の演技、自分の演技。観客からの拍手。そのすべてが最高だったと涙目になって話した。だが僕の心は全く別のことを考えていた。
(霞ヶ原、どうしたの。一体……??)
戸惑う僕。エリカの言葉を思い出しながら、新たに『女の子は理不尽に機嫌が良くなる』と言う言葉もあるんだとひとつ学んだ。




