episode5-4「 」
(そっか、彼女できたんだ……)
真奈はその夜、ひとり布団の中に入って昼間の総士郎の姿を思い出して大きくため息をついた。小柄で可愛らしい彼女。とても仲が良くお似合いである。
(もしかしたら、神崎君だったのかなと思ったんだけど……)
憧れの『遊園地の王子様』。黒髪で優しさ溢れる男の子。はっきりと覚えていないけど、黒髪やその雰囲気でもしかしたら彼じゃないのかなと心のどこかで思っていた。
「参ったな~、明日からどんな顔して彼に会えば……、あれ?」
真奈は布団の中で涙が振れていることに気付いた。
「ヤダ……」
すぐに涙を拭う真奈。辛いことではあるが、現実を見なければならない。
「……にしても嘘をついていたなんて。ちょっと許せないかも」
悲しみが一転、真奈の中に少しずつ怒りの火が灯り始めた。
翌月曜日の朝、僕はいつも通りに登校し、自分の席に座った。いつもと同じ風景。いつもと同じ朝。いよいよ明日本番を迎える『演劇部・春の陣』の緊張感だけがいつもと違う。
「あ、霞ヶ原。おはよ……」
僕は黒髪を揺らしながら教室に入って来た真奈を見て、いつも通りに挨拶をする。文芸部に入り彼女と一緒に過ごす時間も多くなった。今は演劇部に出向いているが、それがまた同じ目標に向かっていると実感できる。
ギッ……
(え?)
真奈の心臓を貫くような視線。睨みつけるような目。明らかに昨日とは違う怒りの表情。僕は直ぐに下を向き、足りない頭で考える。
(怒ってる怒ってる怒ってる!! なぜ!? まさか、昨日の誘いを断ったからか??)
真奈から誘われたお昼。確かに僕はそれを断った。だけどあの時はそれほど怒りは見せなかったはず。何が起こった? あれから家で怒りのスイッチが入ってしまったのか?
バンバンバン……
真奈は椅子に座ると、不自然なほど大きな音を立てて教科書を机に置いて行く。
(すごく怒っているーーーーっ!!!!)
もう見なくても分かる真奈の怒りのオーラ。とにかくその怒りの波動すべてが自分に向けられているようだ。
居た堪れなくなった僕は直ぐに立ち上がり、教室を出て男子トイレに駆け込む。個室の鍵を閉め、取り出したスマホの中にいるエリカに尋ねた。
『エリカ、助けてくれ。女の子が怒っている。どうしたらいい?』
久しぶりに開いた『ステ恋』。エリカはいつも通り金色の髪に手を当てながら答える。
『私、別に怒っていないわよ』
「いや、だからお前じゃなくって!!」
僕は相変わらずマイペースの彼女に苦笑いしながら説明する。
『今日朝登校したら、隣の女の子が僕にすごく怒っているんだ。どうすればいいと思う?』
『何をやったの?』
僕は小さく息を吐いて答える。
『お昼一緒に行くのを断ったんだ』
『それはあなたが悪いわ』
「……だよな」
僕はエリカが前に教えてくれた『女の子は理不尽に怒る』と言う言葉を思い出す。奈々子と先に約束していた。だから断った。僕的には正しいかもしれないが、彼女にしてみたらそれは決して正しいとは言えない。
『どうしよう……』
僕は泣きそうな顔でAI彼女に問いかける。
『よく事情が分からないけど、お昼を断ったのなら今度はあなたから誘ってみれば?』
『僕から?』
『そうあなたから』
『恥ずかしいよ』
『なら諦めることね。代わりに私が一緒にお昼を食べてあげるわ』
(そう言う問題じゃないんだが……)
僕はしばらく考えてからエリカに答える。
『分かった。やってみるよ。ありがとう!』
『別にいいわ。あなたのこと応援している。でも時間があったら私を誘ってね』
「え? ああ……」
僕は思わずそれに声で答える。高難易度キャラのエリカ。彼女から『誘ってね』と言う言葉はあまり聞かれない。
予冷が鳴る。僕はスマホをポケットに入れ教室へと戻った。
(いや、これ、お昼を一緒にとかもうそう言うレベルじゃないよな……)
これまでも真奈が怒りの視線を向けて来ることはあった。
だが今回は明らかにその次元が違う。何か僕が絶対的悪の犯罪者かのように睨みつけて来る。とても会話などできない。触れたら火傷しそうな感覚。
(どうしよう。お昼になっちゃった。ダメ元で誘って……)
僕は粉砕覚悟で真奈をお昼に誘おうと振り返る。
「あっ……」
だが午前の授業が終わると同時に、真奈は弁当箱を持って友達の席へと移動する。会話の機会すら与えない徹底ぶり。唖然とする僕の目に、陰キャ仲間だった真也がおさげの奥村と差し向いで座る姿が映る。
(あ、あいつら、いつの間にあんなに仲良く!?)
付き合ってるのか? そう思うほどふたりは自然に向かい合ってお昼を食べ始める。僕はひとり弁当箱を開け、冷たいご飯を口にした。
カーン、カーン……
授業が終わるチャイムが鳴る。同時に真奈が立ち上がり、ひとり教室を出る。
これまでどれだけ機嫌が悪くても部活だけは誘ってくれた。一緒に行った。だが今回彼女の怒りは僕が想像するよりもずっと大きいものなんだと改めて理解した。
(もうお昼は絶対に断らない……)
僕はひとり演劇部の部室に向かいながら、昨日犯した愚かな罪を懺悔する。泣きそう。と言うか半分涙目の僕が演劇部の部室に入ると、それを打ち消すほどの暗い空気が僕を包んだ。
「お、総士郎。来たか」
僕の姿に気付いたミカが声を掛ける。部長のララ、ミカ、そして演劇部のみんなの表情が硬い。僕は直ぐに理解した。きっと副部長のことなんだと。笹川が言う。
「残念な知らせだけど、副部長の状況がまだ良くならない。だがまだ明日がある。俺達は彼女を信じて待とう。さあ、練習だ!!」
「はい!!」
それでも公演は待ってくれない。みんなは笹川の言葉に大きな声で答え、衣装に着替え始める。ミカが僕に尋ねる。
「おーい、総士郎」
「はい?」
木の衣装を取りに行った僕は振り返って返事をする。ミカが隣にやって来て、真奈を指さしながら尋ねる。
「お前、何やったんだ? あいつ、ちょっと手が付けられないぞ」
ミカの視線の先にいる真奈。一切表情を崩さない般若のような顔。幼馴染としてこれまで一緒だったミカですら見たことのない険しい表情。僕が申し訳なさそうに答える。
「実は……」
素直に話した。お昼を誘って貰ったのに断ったと。妹との先約があったことも伝えた。
「うーん、それが原因なのかな~?? まあ、とりあえず今は練習だ。練習」
「はい……」
僕はその言葉に力なく答え。本番前日の練習を終える。
帰りも別々。自宅に戻ってメッセージを送ろうと思ったが、いつの間にかブロックされており僕は布団の中でぐったりとなった。
そして翌日。『演劇部・春の陣』本番の朝を迎えた。緊張して登校した僕。そんな僕にミカが青い顔をして駆け寄って来た。後ろには真奈。ただならぬ雰囲気を感じ、思わず先に声を掛ける。
「やっぱり副部長はダメだったんですか!?」
ミカはゼイゼイと呼吸を整え、ふうと息を吐いてから答える。
「ああ、まだ熱が下がらなくて演劇は無理だ」
「そうですか……」
これはある程度皆が予想していたこと。だがその後、ミカの口から想定外の言葉が出る。
「総士郎、落ち着いて聞いて欲しい。実は昨日、笹川部長も熱を出しインフルエンザ陽性となった」
「えっ!!」
驚く僕。そしてミカが言った。
「だからと言って劇を止める訳にはいかない。そこで演劇部からの要請だ。姫役にマナマナ、そして貴族役にお前、総士郎が推薦された。引き受けてくれるな?」
僕は耳を疑った。そう話すミカの言葉を疑った。夢であって欲しい。だが僕の体はそれを否定するには十分すぎる程、ガタガタと震えていた。




