episode5-3「 」
『僕はずっとあなたを、愛しています』
日曜日の朝。僕ら文芸部員が練習に加わって三日目。最初は台本を見ながら行っていた練習も、今では真奈は自分がその役だったかのように見事に演じている。天然キャラの一面を持ちつつ頭も良い。汗だくで貴族役を演じた笹川が、手を叩きながら真奈に近付く。
「すごいよ、本当にすごい。うちにスカウトしたいぐらいだよ」
「い、いえ、そんなことは……」
美しいプリンセスドレスに身を包んだ真奈。事情を知らない人が見たら誰もが本当のヒロイン役だと思うだろう。他の文芸部員も拍手と共に皆が頷く。
(ちっ、くだらねえ……)
僕は木の衣装を着ながら、嬉しそうに笹川と話す真奈を見て内心毒づく。真奈とアドレスを交換してからほとんどやりとはない。その理由はこの激しい練習で真奈が疲れ果ててしまうからだ。笹川が手を叩き、大きな声で言う。
「さあ、もう一本。通しでやろうか!!」
「はい!!」
そこにいた皆が大きく頷きそれに答えた。
「お疲れ~」
「お疲れ様でーす」
日曜の練習はさすがに午前のみとなった。毎日休みなく続けられる猛特訓に、部員達もさすがに疲れの色を隠せない。笹川が皆にしっかり今日は休むことを伝え解散となった。
「うーん、疲れた~」
文芸部員同士、僕と真奈が一緒に下校する。当然の如く沙織はいつの間にか居なくなっている。金曜から続く劇の練習。ようやく緊張もほぐれ疲れが出始めている。
「今日は家に帰ってしっかり休んで」
「うん」
僕は心から真奈のことを気遣いそう口にする。晩春の快晴。青く澄み切った空を見ながら真奈が言う。
「ねえ、神崎君。お昼、一緒に食べない?」
「え? お昼??」
真奈はお腹に手を当て苦笑しながら言う。
「お腹減っちゃって~、一生懸命練習したからね」
真奈とお昼。リアルの美少女とお昼。僕の頭は一瞬この素晴らしき光景に埋め尽くされたが、すぐにその可愛らしい声が脳内に響く。
【今日はお兄ちゃんとデートだからね!!】
今朝、家を出る時に妹の奈々子に言われた言葉。そう、日曜の午後は約束した彼女と出かけなければならない。
真奈と昼食。妹とデート。どちらかを選べと言われたら間違いなく前者なのだが、そういう訳にも行かない。
「ごめん、今日ちょっと用事があって……」
「あ、そうなんだ。ごめんね。大丈夫だから」
そう答えた真奈の顔は気のせいかやや寂しそうにも見える。
「まさか、エリカさん?」
AI彼女エリカ。僕が首を振って答える。
「違う違う。そんなんじゃないって」
さすがにそれはキモいだろう。リアルの女の子の誘いを断ってAI彼女に走るなど。真奈は小さく頷き僕に言う。
「そうか、じゃあ仕方ないかな」
「ごめん……」
小声で謝る僕。本当にタイミングが悪い。
この後駅前まで真奈を送り、僕は彼女の姿が見えなくなってから自転車を止め改札をくぐった。
(さて、行くか)
奈々子とは駅前で待ち合わせ。お昼を一緒に食べる予定だ。僕は日曜の午後の空いた車内に座りふうと大きく息を吐いた。
(絶対おかしいわ。神崎君、何か隠してる……)
真奈は駅の女子トイレ入り口から、改札をくぐって歩く総士郎の姿を見てそれを確信した。お昼に誘った時の不自然な態度。あからさまに分かる動揺。AI彼女エリカではないと言っていたが、何か隠している。
(ただ友達として心配しているだけ。そう、お友達として……)
真奈は結果的には尾行と言うあまり好ましくない形になってしまったこの状況に、自ら理由をつけた。知りたい。あのまま自転車で家に帰るのならば良かったのだが、わざわざ自分に隠すようにして時間をずらし電車に乗る理由が知りたい。
演劇部の練習で疲れてはいたが、小走りで総士郎の乗った電車に乗り込む。
(スマホを見てる。誰かと連絡を取っているのかしら……)
真奈は総士郎から見えない位置に立ち、こっそり彼の動きを確認する。椅子に座った総士郎。じっとスマホを見て何やら打ち込んでいるが、誰かに連絡をしているのだろうか。少なくとも自分ではない。真奈は沈黙したままの自分のスマホに手をやり再び総士郎に目を移す。
「あ、降りそうだわ」
次の駅。この辺りで一番賑やかな街で、若い人が多く集まる場所。総士郎は電車が止まりドアが開くと同時に歩き出し、改札をくぐる。
(どこに、誰かと会うのかしら……?)
黙って総士郎の後に続く真奈。そしてその衝撃的な場面に出くわした。
「え!?」
驚きであった。
駅前にやって来た総士郎に、可愛らしい黒髪のボブカットの女の子がいきなり抱きついた。待ち合わせだったのだろうか。総士郎も少し驚いただけで、その相手に対し少し困った表情を浮かべるだけだ。
(誰、誰、誰、誰なの!?)
真奈は心底驚いた。総士郎は彼女は居ないと言っていた。入部の際の意味深な表現も、後にそれがエリカのことを指すと分かった。
(なのに、なのに、あの子は一体誰なの!?)
とても可愛い女の子。童顔だが、ミニスカートから伸びる足は十分男を惹きつける魅力がある。しかもやたら仲がいい。総士郎に抱き着いた後、彼女は誰に憚ることもなく腕を組み歩き出す。
ガガッ……
真奈は自然と小走りになってふたりに近付いた。同時に鞄の中に入れてあった演劇部のウィッグを頭に付ける。金髪のウィッグ。お姫様用のものだが、手入れの為に鞄に入れていた。
(何をしているの? 一体彼女は誰なの!!??)
真奈はふたりのすぐ斜め後ろに付き、歩きながらじっと耳を立てる。
「奈々子、いい加減離れろって!」
「えー、ヤダよ~!! せっかくのデートなんだしー!!」
――デート!?
真奈の体から力が抜けていく。
もう歩けなかった。仲良く腕を組んで歩くふたりの背中を見ながら、真奈の足はもうそこから動くことができなかった。




