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episode1-2「     」

 短かった春休みが終わり、高校の入学式の朝を迎えた。いよいよ高校デビュー。とは言っても陰キャの僕にとってそれはただ単に通う学校が変わるだけのこと。そう思っていた、まだこの時は。


『おはよう、エリカ』


 僕は机の上のスマホを手に取り、日課である彼女への挨拶をする。


『おはよう。そんなに私のことが気になるのかしら?』


『もちろんだよ。僕はエリカのことをいつも思っているよ』


 これが僕と【AI彼女】エリカとの朝の日課。スマホアプリ『素敵な恋人』、通称『ステ恋』。AIの恋人を作るアプリで、陰キャの僕はずっと前から三次元リアルの彼女を作るのを諦め、スマホの中にいる架空の彼女と過ごしている。



『今日、高校の入学式なんだ』


『ふん。そうだったわね』



『ねえ、デートしない?』


『あなた馬鹿なの? なんで私があなたとデートしなきゃならないのかしら? 顔洗って出直しなさい』


 エリカは生粋のツンデレ。もちろんこれは僕が選んだキャラ。別にツンデレが好きというわけではなかったのだが、エリカはまったく彼女になってくれない高難易度キャラであり、彼女の攻略こそ今の僕の一番の楽しみだ。



『そうか、残念。じゃあ、新しい自転車で行ってくるよ』


『ふん、せいぜい気をつけるのね』


 課金すれば好感度が上がるプレゼントも買える。だがそんなあざといことなどしたくないと思っている僕は、ずっと無課金でプレイを続けている。運営にとっては迷惑なプレイヤーであろう。



「行って来ます!」


「いってらしゃーい!」


 母親が見送ってくれる。僕はひとり、かごの曲がった自転車を漕ぎ始めた。






(これが高校か、変わらないな……)


 退屈な入学式の後、真新しい制服を着た僕ら新入生は、皆ぞろぞろと指定された教室へ向かった。

 窓の外にはピンクの花をつけた桜が咲いている。満開。僕は興味がなかったが、保護者と一緒に来ていた人は楽しそうに写真を撮っていた。



(窓際の席か)


 僕は教室に入り、自分の名前が書かれた席を見つけ座る。次々と入ってくるクラスメート。誰一人として知り合いはいない。


(別にいい。どうせ友達になることなんかないし)


 友達のいない陰キャ。そう言ってしまうとなんだか悲しいのだが、僕にはエリカがいるし、一人の時間も嫌いじゃない。この頃はそれで満たされていた。



「あれー!? あなたって……」


 そんな僕の耳に隣から女の子の声が響く。まさか自分のことだとは思わず、僕はぼんやり机の教科書を見つめていた。彼女は僕のすぐ真横に来て再度言った。


「やっぱり〜!! 自転車でリボン拾ってくれた人!!」


(え?)


 僕は思わずその声の主の方を見つめた。



「あっ……」


 小さな声が出た。彼女に聞こえるか聞こえないかの小さな声。それほど驚いた。

 彼女は春休みに下り坂でリボンを拾ってあげた女の子。黒い長髪に透き通るような肌。あの時は白のワンピースだったけど、今日は高校の制服。それでも見惚れてしまう程の美少女。じっと僕の方を見つめながら彼女が言う。


「すご〜い!! 同い年で、同じクラスなんだ!! 隣同士とかすっごい偶然、ううん奇跡だね!!」


「え? あ、ああ……」


 正直彼女の顔が眩しすぎて直視できなかった。日本語を話しているはずなのに脳がそれを言語として処理できない。三次元の美少女がなぜか僕に話しかけて来ている。そんな理解不明な状況がどんどん僕を混乱させた。



「へえ〜、神埼かんざき総士郎そうしろうって言うんだ。へえー、へえー」


 何を言っているのか分からなかった。彼女はじっと机の上に書かれた僕の名前を見て何度も頷く。ありふれた名前。何かおかしいのだろうか。

 彼女はニコッと笑うと黒い長髪をかきあげながら言った。



「私、霞ヶかすみがはら真奈まな。よろしくね」


「よ、よろしく……」


 僕はどう対処していいのか分からず、俯きながら小さく答えた。


 陰キャの僕にこんな可愛い子が興味を持つはずはない。隣の席になって、ただただ偶然リボンを拾ってあげただけのこと。きっとすぐに他の人達同様『暗い』とか『キモい』とか言って離れていくのだろう。

 陰キャ思考の僕はまるで型にはまったかのようにそんな風に考えた。この時は本当にそう思っていた。だからまさかこの美少女とこの先、あんな素敵な未来が待っているなどとは夢にすら思えなかったのだ。

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