episode4-2「 」
(それは一体どういう意味なんだろうか……)
授業が始まってから、僕の隣に座る真奈がずっと意味深な視線を送って来る。怒っているのか、揶揄っているのか。全く理解できない視線。僕は黙って教師の詰まらない話に集中した。
「神崎ぃ」
一限目の授業が終わると、その目立たない友人真也が僕の所へやって来た。手にはスマホ。僕はすぐに理解した。
「何か進展あった?」
そう、それは『素敵な恋人(通称ステ恋)』についての話題。真也が少し頷いて答える。
「まあ、ようやく兵士隊長になれたよ。一応まだ下っ端だけど、王女を護衛する役目。形式的な会話だけできた」
「マジ大変だな」
それは当然である。彼が攻略を目指しているのはぶっ壊れ級の難易度を誇るスティファーニ。会話するだけでも数日かかるレベル。僕が尋ねる。
「課金してるの?」
「まあ、気持ち程度にな」
僕はスマホゲーの課金には理解を示している。スマホゲーだとしても良きものにはそれなりの対価を払うべき。これもビジネス。できる範囲での課金は決して悪いものじゃない。まあ、無課金の僕が言える立場じゃないんだが。
真也が空いた僕の隣に座って小声で言う。
「それよりさ、ちょっと相談があるんだ」
「え、なに?」
直観的に思った。これはゲームの話じゃないと。
「俺、奥村のことがちょっと気になっててな。この間のインタビューでも話をしたんだけど、もっと色々話したくて……」
何を突然言い出すのかと僕は驚いた。オタク友達だと思っていたのに突然のカミングアウト。こういうキャラなのか? 僕は黙って真也の話を聞く。
「神崎さ、最近霞ヶ原と仲良くしてんじゃん。お前のこと陰キャだと思っていたけど、ちょっと見直してるんだぜ」
(はあ!? 僕が霞ヶ原と仲良くしている!?)
あまりの唐突の話に僕の心が宙を舞う。傍から見れば僕と彼女は仲良く見えるのだろうか。確かに同じ部活に毎日一緒に行ってはいるのだが。
「それでさ、ちょっとお願いがあって」
まさかの恋愛相談。こんなものは文芸部だけで十分だったはずなのに……
「俺、奥村とアドレス交換したくてさ。ほら、そうすれば実際話さなくても色々会話できるし。だからさ、今から彼女にお願いに行くんだけど、一緒に来てくれない?」
意外と攻めるなと僕は思った。
おさげが可愛らしい奥村。確かにこの間のインタビューの時は真也と楽しそうに会話していた。全く脈がない訳じゃないだろう。僕は隣の真奈が席を外していることを確認してから立ち上がって言う。
「分かった。行こう。これは戦争だ」
「おう!」
陰キャと言うか中二病。我ながら戦闘とか意味が分からない言葉なのだが、それで心通じるのがオタク仲間。
(だがやはり緊張はする)
真也と並んで教室のドアの付近で友達と話す奥村に向かって歩く。リアルの女の子と話すだけでも大きな試練なのに、スマホのアドレス交換をすると言うある意味高難易度ミッションが課せられている。まあ、話すのは真也なのだが。
「あ、あのさ、奥村……」
声を掛ける真也。その声が震えているのが分かる。突然現れた陰キャ二人に奥村と一緒に話していた女子が振り返る。
「……なに?」
友人の冷たい視線。底辺の陰キャが一体何の用だと言う圧。
(これはまずい……)
僕は直ぐに思った。前回は『先生のミッション』と言う大義名分があったから、女子との会話も障壁なく行うことができた。だが今は違う。完全なプライベート。自由な時間の中での会話。そう思うとあの下らない教師の思いつきが神イベントにすら思える。
「いや、あの……」
完全に場に飲み込まれてしまった真也。少し奥村と仲良くなったとは言え、所詮クラス底辺の陰キャ。僕は彼から発せられる絶望にも似たオーラを感じ、同志としてその辛さを共感する。
「あのさ……」
僕は自然と前に出て声を出した。自分のことじゃない、他人のこと。不思議とリアルの女の子にも突撃できる。
「真也にさ……」
僕はスマホを取り出し、こちらを見つめる奥村に言う。
「アドレス、教えて欲しいんだけど」
(え?)
「あっ」
僕は固まった。
偶然、本当に偶然に廊下から教室へ入って来た真奈が、僕の言葉を聞いて驚いた顔をした。そのまま奥村と僕の顔を互いに見て、口をへの字に結びムッとした表情で再び教室を出ようとする。
「やっ、こ、これは違って……」
「違うの……?」
そう口にした僕に奥村が不安そうな顔で尋ねる。すぐに真也が答える。
「違うくない! 俺と、アドレス交換してくれ」
「うん、いいよ……」
戸惑いながらも真也とのアドレス交換に応じる奥村。真也も緊張しながらもデレた顔でスマホを差し出す。
(いや、ちょっと待て!? これって完全に霞ヶ原に誤解されていないか!?)
僕は黙ったまま廊下に出て行った真奈を思い出す。最悪のタイミング。あれではまるで僕が奥村とアドレス交換したかったとすら思われる。僕は直ぐに彼女を追うように廊下へと出る。
(霞ヶ原……!!)
授業の合間の休憩時間、たくさんの生徒が雑談しながら歩いている。姿は無い。直ぐに連絡をしなければならない! だが僕はスマホを握りしめながら思った。
(彼女のアドレス、知らないじゃん……)
人の世話などしている場合じゃない。自分の置かれている状況を思い、僕はひとり落ち込んだ。




