episode3-3「 」
昼食の時間を迎え騒がしくなる教室。柔らかく差し込む日の光。僕は食べかけの弁当を机に置きながら、すまし顔で話すエリカをじっと見つめていた。
(Wデートってなんだよ!?)
意味が分からない。青天の霹靂。驚く僕にエリカが言う。
『私の友達がWデートに行く予定だったんだけど、行けなくなったんで私が代役で行くことなったの』
何と言う設定。受け身一方ではない攻めのイベント。常に絶妙なバランスを持って【恋愛】をぶつけて来る。それが『ステ恋』。僕が尋ねる。
『大丈夫なの?』
『大丈夫よ。ちょっと一緒に遊んでくるだけだわ』
改めて思い出す。設定ではエリカは大学一年生。見た目はそんなふうには見えないが、僕より年上。前には合コンにも行っていた。
(どうしうようか……)
何もしなかった場合もしかしたら好感度が下がるかもしれない。だが今の高感度で無理に引き止めたら逆効果になる可能性もある。止めるべきか、何もしないでおくか。僕はやんわりエリカに尋ねてみる。
『どうしても行かなきゃいけないの?』
『そうよ。約束しちゃったもん。何か問題でもある?』
『い、いや、ないよ』
エリカは架空の人物でありながら、僕にとってはいつも隣にいる実在の人物。思い通りに行かないところがリアルであり、それが僕のような恋愛初心者には貴重な経験となる。僕はエリカに簡単な言葉をかけスマホを閉じる。
再び食事に戻った僕を、あからさまに隣に座る真奈がじっと見つめる。
(……またか)
少しの間。さすがに居た堪れなくなった僕が小声で尋ねる。
「あの、どうかしたの……?」
「……ふん!」
真奈はまるで小さなエリカのようにプイと顔を背け、友達とお昼を食べ始める。
(な、何なんだ!? 一体!!)
甘いものが好きな陰キャだと言うだけでどうしてここまで嫌われなきゃならないのか!? 僕は理解できない女子の不条理に苛まれながら、残った弁当を黙々と食べ続けた。
「……部活、行く?」
「あ、うん」
とは言え、授業が終わると必ずと言っていいほど真奈は僕にそう尋ねる。そしてふたりで一緒に部室まで歩く。
(女の子って、理解できない……)
黙って歩くふたり。嫌われているはずなのになぜ一緒に行くのか。ミカさんらに『総士郎を逃がすな』とでも厳命されているのだろうか。これが本当に『ステ恋』のエリカを攻略する助けになるのだろうか。いや、そのエリカ自身の行動も良く分からない。
(結局、恋愛経験値ゼロの陰キャに女の子攻略は無理ってことかな……)
僕は安直にそう考えることにした。ならば実害のないAI彼女でいい。リアルっぽさを感じられればそれでいい。そう思った僕の服の袖を真奈が掴んで小声で言う。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな……」
「え? な、なに……」
違う。先ほどまでの刺すような視線ではない。僕は緊張しながら彼女の言葉を待った。
「お昼にスマホでやり取りしていた人って、誰?」
(ええ!?)
歩いていた足が止まる。お昼にやり取りしていた人と言えば、それは『ステ恋』のエリカ。なぜ知っている? なぜエリカの存在を彼女が知っている!? 黙り込む僕に真奈が尋ねる。
「神崎君の、彼女さん……?」
僕の頭は完全に混乱した。
何がどうなっているのだ? 僕と真也だけが知っているAI彼女。それなのにこの目の前にいるリアルの美少女は一体何を尋ねている!?
「ちょっと聞こえちゃったんだけど、Wデートとか言っていて……」
僕の頭は既に真っ白。嘘も言い訳も、何の策もなく漠然と答える。
「い、いや、そう言うんじゃなくて……」
エリカは彼女じゃない。まだ攻略していない。Wデートも僕が行くんじゃない。破壊力抜群のストレートを顔面に食らった僕は、本当に真面目に素直にそう答えた。真奈が言う。
「あ、うん、そうなんだ。ごめんね、変なこと聞いちゃって……」
「いや、別に……」
ちぐはぐな会話。恥ずかしくて俯く僕に、やや嬉しそうな表情を浮かべた真奈の顔は見えなかった。
「は~い、みんな!! お待たせ~~~~!!!」
そんな僕の耳に、廊下の窓の外から響く大音量の声が聞こえる。何だろうと思って窓に近寄り外を見ると、どこかで見たことのあるようなピンクのツインテールの女の子がマイクを持って男子高生らに囲まれている。隣に来た真奈が言う。
「あ、ララ先輩。ライブ始めるんだ!!」
「え? ライブ!?」
僕はカラオケマイクから流れる音楽と共に、腰を振りながら踊り始めるララ部長を見つめる。自称アイドルとは聞いている。だけどここは学校。何をしているのだ!?
「始まったね、ララ先輩のゲリラライブ」
「ゲリラライブ!?」
僕は改めてララを見つめる。
『わ~たし~は、み~んなの恋人ぉ~♬』
ララは楽しそうにひらひらの衣装を着て踊りながら歌う。ファンクラブと思えるほどの男子高生が彼女を囲み、その踊りに合わせて歓声を上げる。僕が言う。
「学校であんなことしていいの?」
「いけないよ! だから先生が来たら撤収するんだ」
「マジかよ……」
変わった人だとは思っていたが、やはり想像の上を行く人。ただ部室では何もせずに口ばかりのララであったが、今、ああして皆の前で歌うその姿は実に輝いていた。美しくすら思えた。
「こらー!!」
そして騒ぎを聞きつけ現れる教員。ララがウィンクしながら皆に言う。
「じゃあ、終わりね~、バイバイ~!!」
そう言って颯爽と消え去るララ。その逃げ足も実に洗練され見事であった。
「さ、行こっか」
「うん」
僕は真奈の言葉にそう返事して、ふたりで部室へ向かった。
「お疲れ様で~す」
文芸部の部室のドアを真奈が軽快に開ける。中には既にミカと沙織がやって来ており、入って来た僕らに笑顔で言う。
「おう、来たな。一年」
「お疲れ様です……」
僕も文芸部の一員。頭を下げ先輩らに挨拶をする。
(あれ?)
元気なミカに気を奪われていて気付かなかったが、テーブルに見慣れない女子生徒が座っている。緑がかった髪の真面目そうな女の子。きょとんとする僕と真奈にミカが説明する。
「ああ、彼女は二年の水谷って言うんだけど、『恋愛よろず相談部』のお客さん」
(そっちか)
僕はここが生徒から恋愛相談を受ける活動をしていたことを改めて思い出す。軽く会釈して挨拶する水谷の肩を叩き、ミカが説明し始める。
「実はな、水谷には他校に彼氏がいるんだが、どうもチャラい男でな。可愛い女の子と見るとすぐに口説くそうなんだ」
水谷という二年の女子。普通に可愛いし、そんなチャラい男が彼氏だと言うことは信じられない。
「でさ、うちに相談に来たわけなんだが、私はある作戦を思いついた!」
自信たっぷりにそう言うミカに、僕は一抹の不安を覚えた。ミカが言う。
「チャラい彼氏君の前に、可愛く着飾ったマナマナを泳がせ……」
(おいおい、一体何を……)
「ナンパさせ、デートさせる。その現場を我々で叩こうと言う算段だ!!」
最後は立ち上がって拳を振り上げて熱弁するミカ。
僕は『リアルは小説より奇なり』と言う言葉を思い出しながら、呆然と赤髪の先輩を見つめた。




