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episode3-2「     」

 人間の慣れとは不思議なもので決してまだ慣れていないはずなのに、同じような光景を毎日見ているとあたかもそれがずっと続いているものと錯覚する。

 僕は朝自分の席に座って見えるこの光景が、もう何年も続いているような気がしていた。それほど僕にとって高校の教室と言うものは新鮮味に欠けていた。ある一点を除いて。



(城ケ崎遊園地、迷子、黒髪の男の子……)


 僕は昨晩からずっと母親と霞ヶ原真奈の言葉を思い出し考えている。真奈が憧れていると言う『遊園地の王子様』。子供の頃に迷子になった彼女を慰めてくれた存在。僕の記憶は全く残っていなかったのだが、僕自身迷子になったことがあるらしい。


(まさか、僕が……、いやそんなことあり得ない……)


 もう何度同じことを繰り返し頭の中でつぶやいたことか。

 真奈の憧れの『王子様』がこんな陰キャの僕のはずがない。万が一、仮にそれが本当にそうだったとしても、こんな自分じゃ真奈はきっと落胆するだろう。それが陰キャとリアルの美少女の壁。彼女を悲しませたくはない。僕はもう今後この問題を考えるのを止めることにした。



(あれ……?)


 ポケットに入れておいたスマホが振動する。何かのメッセージか。僕はすぐにスマホを取り出し内容を確認。


(あ、エリカか)


『ステ恋』は通知機能が実装されている。本物のメッセージのようにホーム画面に表示され、相手から呼ばれることがある。まさにリアルを追求した形だ。



『ねえ、ちょっと話があるんだけど』


 僕はそのメッセージを読み考える。あまりエリカからこういったアプローチはこれまでなかったのだが、先日の買い物デート以来やや距離が縮まった感がある。すぐに返事をしようとした僕の耳に、可愛らしい女の子の声が響く。



「おはよう、神崎君」


「え? あ、ああ、おはよ……」


 隣の席の霞ヶ原真奈。僕の思惑とは別に彼女はいつも通りだ。にこっと笑みを浮かべてから椅子に座る真奈。僕は昨日彼女と一緒にたくさん食べたクッキーを思い出して眩暈を起こす。


(男の癖に甘いものが好きだなんて……、ああ、やっぱりキモオタに光はないか)


 心優しい真奈。だからこんな訳の分からない陰キャにも分け隔てなく接してくれるのだろう。



「神崎っ!」


 そんな僕をクラスメートが呼びつける。知らない、いや知っているが名前を憶えていない男子生徒。僕の所へ小走りにやって来て言う。


「神崎、お前今日先生に呼ばれてるんだろ? 職員室で怒ってたぞ」


「あっ」


 僕は思い出した。プリントの未提出で、今朝、担当の先生に呼び出されていたことを。


「ありがと!」


 僕は彼に礼を言うと、鞄の中からプリントを取り出し駆け足で教室を出て行く。まだ始業前。走れば間に合う。僕はスマホを机の上に置いたまま職員室へ向かった。




(神崎君……)


 真奈は慌てて教室を出て行った総士郎の背中を見てから、机の上に彼のスマホが置いたままになっているのに気付いた。


「あっ」


 偶然。本当に偶然そのスマホが何かのメッセージを受け振動する。そして真奈は見てはいけないと思いながらもその画面に表示された文字を見つめた。



【エリカ『ねえ、早く連絡くれる? ずっと待ってるんだけど!』】


 真奈は呆然とそのメッセージを見つめた。

 エリカ。間違いなく女の人の名前。連絡を待っている? もしかしたらそれが彼の言っていた『今は彼女はいない』と言う相手なのだろうか。

 真奈は心臓が強く鼓動するのを感じながら真正面を向き、無心になって黒板を見つめる。考えちゃいけない、考えちゃいけない、考えちゃいけない。そうまるで念仏のように何度も頭の中で繰り返す。




 ガラガラ……


 僕は授業に間に合うように急いで職員室から教室へ戻り、自分の席に着いた。スマホが机の上に置きっぱなしであったが、無くならなくて良かったと安堵する。


(ん?)


 軽くボタンを押すとエリカからのメッセージが届いていること気付く。先ほど受信してまだ読んでいなかったメッセージだ。間もなく始業だ。僕はスマホを鞄の中に片づけ教科書を準備する。



(……)


 ようやく落ち着いて周りを見られるようになった。そんなの僕の視界に口を一文字に結び、頬を膨らませてこちらを睨む黒髪の女子がいる。僕はそれに気付かない振りをして視線を前に向け考える。


(か、霞ヶ原、なんか睨んでないか……)


 前を向いていてもひしひしと突き刺さる鋭利な視線。やはり甘いもの好きの陰キャは嫌われるのか。冷静に考えてキモいと思ったのだろうか。僕は体を縮こませて一限目の授業を受けた。






 お昼。僕はなぜか未だにこちらを睨みつけるような視線を送る真奈に困惑しながら、弁当を取り出し昼食を食べ始める。甘党の陰キャと言うだけでなぜここまで睨みつけられるのだろうか。僕はリアルの女の子の理解は永遠に不可能だと思いつつ、エリカのことを思い出しスマホを取り出す。


(連絡しろって言ってたけど、何だろう?)


 エリカにしては珍しい呼び出し。僕は『ステ恋』を立ち上げエリカに尋ねる。


『どうしたの? 何かあった??』


 エリカは腕を組みむっとした表情で僕に言う。


『連絡が遅いわ。何をしていたの?』


『何って授業だよ。仕方ないだろ?』


『ふん!』


 彼女の怒りは収まらない。僕が尋ねる。



『それで何か用があったんじゃないの?』


 僕の言葉にエリカがようやくまともに答える。


『そうだったわ。ひとつ連絡があるの』


(連絡?)


 僕はこんなパターン初めてだと思いつつ彼女の言葉を聞く。



『明日、Wデートの代役に行くことになったの。一応伝えておこうかと思ってね』



「は? Wデートぉ!?」


 思わず声が出た。すぐに口を押えたのだが想像もしていなかった展開に頭がパニックになる。そして思った。リアルでもAIでも、女の子の行動って言うのは陰キャには永遠に理解できないのだと。

 そして僕の不用意な言葉を聞き、隣の席の黒髪の少女の怒りが更に増したことに、僕はまだ気付いていなかった。

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