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episode2-5「     」

 クッキー作りはそれほど難しいものではないらしい。

 僕は文芸部のみんなが楽しそうにお菓子作りをする姿を見ながらそう思った。意外だがボーイッシュなミカが実は一番手際が良い。一応お菓子作りの本はあるが、ほとんど見ないで皆に指示を出している。


「沙織、そこに水入れて!」


「……ぁい」


 興味のなさそうであった沙織もいつの間にかテーブルに来て手伝いを始めている。まるで隠密行動。忍びのような所作。


「マナマナ、ボウル用意して!」


「了解です!!」


 意外と鈍臭いのが真奈。僕が言うのも何だが、動きが遅くなぜかあたふたしている。



「みんな~、頑張れ~!!」


 そう言って何もせずに両手に持ったボンボンで応援するララ。彼女に比べれば断然マシなのだが。皆がクッキー作りをする中、何をしていいのか分からない僕にミカが言う。



「総士郎、ちょっとお願い!」


「はい!」


 僕は自分でもびっくりするような大きな声で返事をしてミカの元へと向かう。彼女はテーブルの上に置かれた鍵を指さし僕に言う。


「それ調理室の鍵。悪いけど、オーブン持って来てくれる?」


(は?)


 僕はようやく理解した。女だらけのこの部活に男の僕が呼ばれた理由のひとつが。


「い、行ってきます……」


「気をつけてね~」


 僕はそう笑顔で言うミカの声を背に部室を出た。




「ねえ、マナマナ」


「なに?」


 僕が出て行った後、ミカは真奈の隣に来て小さな声で尋ねる。


「何かあったの? 総士郎と」


 ボウルに砂糖を入れていた真奈の手が止まる。すぐに首を振って答える。


「な、何にもないよ!! ど、どうして??」


 ミカがくすっと笑いながら言う。


「だって、マナマナ分かりやすいんだもん」


「何がよ!」


 ミカが真奈の顔を見て答える。



「何って、全部。入って来た時からいつもと全然違うよ~」


「お、同じだもん!!」


 そう言って真奈が再び砂糖を入れ始める。


「昔っから何かあるとすぐに動揺する」


「してないもん!!」


 むっとした表情で答える真奈にミカが言う。



「じゃあさ~、どうしてそんなに砂糖入れちゃうわけ~」


「え? きゃっ!!」


 真奈は半分ほどなくなった砂糖の袋を見て慌てて手を止める。ミカが笑って言う。


「ちょー甘いクッキーの出来上がり~」


「ご、ごめんなさい……」


 真奈はがっくりと肩を落とし小声で謝った。





「じゃあ、あまりこね過ぎないようにして生地を作ったら、形を作ってみて」


 ミカは有能であった。段取りが良く指示も的確。苦労して重いオーブンを運んできた僕をハグして迎え入れる。男の扱いも見事なものだ。

 僕も真奈の隣で皆と一緒にクッキー作りに挑戦した。初めての経験。小麦やら砂糖やら水などの材料を混ぜ、少し寝かせた生地を実際の形に整えていく。


(意外と面白いかも)


 僕は生まれて初めてのクッキー作りが意外と楽しいことに気付いた。陰キャとか男とかそんなことはあまり関係ない。純粋に面白いと思った。



「ううっ……、なんか難しい……」


 対照的に隣の真奈は悪戦苦闘しているようだ。



(おいおい、どうやったらそんな形になるんだ!?)


 ハート形のクッキー。たぶん彼女はそれを作っていたのだろうが、まるで枯れた葉っぱのようにしか見えない。何度やっても上手くいかない。段々可哀そうになって来た。



「じゃあ、焼くよ~」


 僕が苦労して持ってきたオーブン。上下で焼ける大型のオーブン。一度にたくさんのクッキーが焼ける。皆が形を作った生地を並べていく。


(なんか、この、なんて言うか……)


 明らかに真奈の作った生地だけが浮いている。一番上手なのはミカ。僕や沙織さんのは交ざると分からない。それ以外はすべて真奈のもの。不安そうな彼女を横に、徐々に部室に甘い香りが立ち込め始める。




「もういいかな?」


 しばらくしてミカがオーブンのドアを開ける。温かく甘い香りが皆を包む。


「お、いいじゃん!!」


 陰キャの僕でさえその焼き立てのクッキーに目を奪われた。



(美味しそう……)


 ハート型や四角、シンプルに丸型のクッキーがきつね色の焦げ目をつけて焼き上がっている。



(霞ヶ原……)


 一方でその出来栄えを見て肩を落とす真奈。明らかに歪なクッキーが混じっているが、それを誰が作ったのかは明白だ。

 落胆する彼女を横に余熱を取ったクッキーを、小さなビニール袋やリボンで包装していく。あっと言う間にプレゼント用のクッキーが出来上がった。



 カーン、カーン……


 同時に鳴り響くチャイムの音。下校時刻だ。ララが言う。


「私、これからライブなの。ごめんね、お先~!!」


 そう言って彼女は幾つかのクッキーの袋を手に部室を出る。ミカも言う。


「私もこれから用事があってな、悪いけどお前ら片付けて置いてくれ。じゃあな!」


「あ、ミカりん!!」


 ミカもそう言うとクッキーの袋を手に部室を出る。隠密の沙織も当然もう居ない。

 僕は真奈とふたりきりになった部室でどうしようか焦った。



「さ、片付けしようか」


「う、うん……」


 作りながら洗ったりしていたので、大体片付いている。僕は残った材料や道具などを整理していく。そして僕の心にはずっと()()があった。



(あのクッキーって霞ヶ原のだよな……)


 全く選ばれなかった真奈のクッキー。歪で型崩れしたものなのでプレゼント用に無理なのは仕方のないこと。僕はクッキングシートに載せられたままのクッキーを片付けながら見つめる。



「全然、美味しそうじゃないよね……」


 真奈が自分の作った情けないクッキーを見ながら小さく言う。不器用な自分。こうなることはある程度分かっていた。僕は何とかしなきゃと思った。全身の血が逆流するほど動揺しながら言う。


「そ、そんなことないよ。美味しそうだよ」


 少しの嘘。だけど彼女の作ったクッキーなら食べたい。真奈が申し訳なさそうな顔で言う。


「いいよ、そんなに無理しなくても。美味しくないよ。こんなの……」


 悲しげな表情。真奈のため息が聞こえる。



「そんなことないよ……」


 僕は僕じゃない誰かが話しているような感覚となる。真奈が尋ねる。



「男の人って、甘いもの嫌いでしょ? 砂糖、入れすぎちゃったし……」


 どこかで経験したシチュエーション。僕は迷わず言った。



「僕は、僕は……」




 Episode2【僕は甘いものが好き】




「甘いもの、好きだよ」


 そう言って真奈の作った歪なクッキーを口に放り込む。

 本当は甘いものは大好き。男だから恥ずかしいとか言う詰まらぬ見栄はとうに消えていた。



「神崎君……」


 甘い。想像よりもずっと甘かったクッキー。

 涙目の彼女がそのクッキーを更に甘くしていたことに、僕は全く気付かなかった。

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