あくどい攻略キャラの悪戯
踏み止まれば何もしない。
「ねえ、エターナ。入学式にさ、案の定イベントが起きたんだけど~」
王子の護衛騎士であるサリウス(転生者)は婚約者のエターナ(同じく転生者)に今日あったことを報告する。
「まあ、確か……入学式のイベントと言えば会場の入り口を間違えたヒロインが生徒会関係者が舞台袖で控えている場所に入って暗闇の中で王子とぶつかると言うものでしたよね」
どこをどうやって行けば間違えられるのかと思われる分かりにくい裏口なのにとネタにされていたのをゲームこそしていないがたまたま見たネタバレ絵でヒロインのそんな奇行があったのを思い出して、エターナが呟くと、
「ゲーム展開的意味でも入学式の実行委員的にも実際そんなことが起きたら困るからきちんと関係者以外立ち入り禁止という札を下げて、間違えないように講堂までの入り口を三角コーンとかポールで道を作って物理的にそこ以外通行できなくして看板とかで分かりやすく目印を付けたんだけどね。……景観が悪いと殿下に注意されたけど」
「まあ、確かに見た目悪いですね」
でも、万が一間違える人が出ないようにするためだ。
ゲームを思い出したのでつい入り口などを確認したが、講堂の新入生が入る入り口は正門のすぐそばで渡り廊下からも入りやすい位置にあった。なんで本当にヒロインは間違えたのだろう。
あれは普通であれば間違えないだろう。
「……それでも来たんですか?」
エターナのまさかという恐る恐るの問い掛けに表情を見事に消し去ったサリウスが頷く。
「ポールを跨いてね」
「えっ? 跨いだんですか?」
ヒロインがドジっ子属性であっても跨がないだろう。あれほどわかりやすいのなら。
「…………エターナ。その時ヒロインは俺が読唇術を使えると知らないで呟いていたんだけど、『三角コーンがあるのはありえないでしょ~。ここで入り口間違えないとイベント起きないんだから!!』と言っていたんだよね」
「……まさかヒロインも転生者ですか。しかもやらかし具合を知るとお花畑な方のようですね」
ゲームのシナリオを進めて世界の中心に自分がいると思い込みそうな方だと聞いているだけで頭痛くなりそうだ。
「こういうタイプのパターンだとこっちが悪いことしてなくても嫌がらせをしたと冤罪を吹っ掛けられるんでしたっけ? わたくしも悪役令嬢になるんですよね」
勘弁してくださいとエターナが呟くと。
「うん。俺もエターナが冤罪で罰せられるのは不快だからさ。ちょっと悪だくみをしようと思うんだ」
「悪だくみ? ですか?」
「ああ。エターナに嫌われたくないから先に謝っておくね」
エターナはしばらく眉間にしわを寄せて考え込むと、
「いろいろ思うことはありますが……、誰かを悲しませるようなことはしないでくださいね。あと、わたくしが焼きもちを焼くこともありますので」
「うん。状況を確認して動くから」
だから少しだけ許してねと目を合わせて伝えると仕方ないなと複雑な笑みを浮かべて許してくれた。
「先日は申し訳ありませんでした!!」
ヒロインが謝罪して来るが、どこか上目遣いであざとさが出ている。
「いや、気にしなくていい」
すかさず殿下の前に立ってヒロインをこれ以上殿下に近づけないようにするのは自分と宰相の息子。
関係者以外立ち入り禁止という札をでかでか貼っておく意味が分からないと文句を言っていた殿下だったが、それが貼ってあるのに入ってきたヒロインを見て字が読めないのかと疑問を抱いた。
だが、それに関してゲーム設定では当初はヒロインの動きを警戒していたのだがヒロインが裏も表もない性格だと知って警戒を解くと言う役回りの宰相の息子は察した。
字が読めない設定なら学園に入ることはまず無理だ。字が読めたのにそれを丸っと無視した。その行いこそ殿下に近付くための計略だと。
だからこそヒロインが近づくのを遮る。
「あ、あの……お詫びの品を……」
ヒロインは宰相の息子に委縮しているが、演技だ。宰相の息子が警戒してゆく手を阻むのは乙女ゲームそのままなのだ。で、ゲームの展開では。
「タクト」
ほっとしたように顔を緩ませるヒロイン。名前を呼ばれて何の用だと睨んでくる宰相の息子に、
「殿下の身辺警備は俺の仕事だぜ。お前がわざわざ足止めしなくてもいいだろう」
言いながらもヒロインの肩を掴んで、無理やり殿下の傍から追い払う。
「えっ? えっ?」
困惑しているヒロイン。当然だろうな。彼女の知っているゲームのシナリオでは塩対応するタクトを宥めるのは脳筋護衛の役目。サリウスの護衛であるまじき態度で殿下の傍に不審者を近付けて好感度を上げる協力をするのだから。
背中を押されて、ゲームと違う展開に目を白黒させているが、まだ状況を理解していないのか。
「迷惑を掛けたのでお詫びの品を持ってきました。あ、あの、これを受け取って……」
綺麗にラッピングされたお菓子の包みを差し出そうとするのでそれに触れないように、
「――あいにくだけど、殿下に毒見をしていないのモノを食べさせるわけにはいかないんだよね」
触れたら最後無理やり渡される可能性があるからなと思ってにこやかにけん制する。
ちなみにこれもタクトが本当なら断るのをサリウスが気安く受け取るんだよな。何考えているのやらゲームのサリウスは。
「そ、そんな……そんなつもりは……」
涙を流して去って行く。ちなみに受け取るつもりのなかったお菓子はショックで落としていった……。
(本当に落としたのかわざとの可能性はあるな)
もう少し後のゲームのシナリオで悪役令嬢によって捨てられたお菓子を拾って食べる攻略キャラが居たはずだ。
好感度が高いと起きるイベントだけど、好感度が低い場合は。
「このお菓子を調べてもらう」
(デスヨネー)
タクトが回収して成分を調査するのだ。
「で、ヒロインはどうなったのかしら?」
エターナとのデート中。街で評判のケーキ屋で舌鼓を打っていた時に尋ねられる。
「ああ。――相変わらずだよ」
飲んでいた紅茶のカップを降ろして思い出すように話し出す。
木に登った猫を助けようとして木登りして殿下の上に落ちるイベントは木によじ登る少し前にイベントの場所に向かって猫を救出し。
タクトとのイベントである図書室で勉強するきっかけになる高い場所にある本を無理やり取ろうとして倒れかかったところを助けると言うイベントは高い場所にある本を取るのに足台が少ないと寄贈という形でたくさん用意した。
ゲームのサリウスは脳筋キャラで本に近付く事を毛嫌いしているのだが、俺は前世そこそこ本好きで、源氏物語とか里見八犬伝を数人の翻訳で読み比べるのを楽しんでいた。
そんな感じで足台がたくさんあるのに背伸びして本を取ろうとするヒロイン。タクトの反応は冷ややかだったのは言うまでもない。
「――で、当然サリウスのイベントも潰したのよね」
そうじゃないと許さないわよとジト目で言われる。
「もちろん。訓練中の汗を拭く布を差し出されるイベントもタオルマフラーを撒いていたからセーフ。エターナがくれたのが役に立ったよ」
この世界にまだないタオルマフラーを作ってくれたので布を差し出されても断ることが出来た。
「というかさ。ほんとイベントすることに必死なんだろうね。訓練の時に椅子に汗拭き布を置いている訓練兵がいるんだけど、それらの布を転んだ拍子に地面に落として駄目にしていたよ。万が一俺のがそこにあったらやばいと思ったんだろうな」
「あら……、そこまで用意周到なのにサリウスの首に巻いてあったタオルマフラーに気付かなかったの?」
「そうみたい」
目立つよね。タオルマフラーって。
自分では見えないが前世巻いて走っていたランナーを見ていたから目立っている気がするのだが。首にタオルがダサいと思う人もいたがあれは便利だったので前世の自分も仕事中巻いていたし。
「それはそれは……よほどフィルターが掛かっているようですね」
言葉を選ぼうとして挫折したのか困ったように微笑む。
「いくら乙女ゲー攻略キャラでも中身は残念なのにな」
攻略キャラスペックで何とかなっているが所詮凡人だ。エターナには敵わない。
「ところで学校の方はどう?」
「面白いですよ。一芸に秀でた奇人変人が多くて」
前世の通いたかった大学のイメージそのままでと思いをはせる様に、同じ学校に通いたかったなと思いつつそこまで思いをはせる対象が学校であっても少し……いや、かなり焼きもちを焼いてしまう。
「……その一芸に秀でた生徒に浮気しないでね」
ついそんな本音を漏らすと、
「しませんよ」
ふふっと笑われてしまった。
「――ところで」
エターナの真面目な表情。
「攻略はどこまで進んでいるのでしょうね。時期的にそろそろ……」
実際のゲームをしたことないが、その手のよくあるパターンを網羅しているエターナの言葉に顔を引き締める。
「さすがにお約束のゲーム展開が無かったら気付くだろうね。だけど、もし気付かずゲームのイベントの一環だと思ったら」
冷たい眼差しを向けて笑う。
「――叩きのめすしかないよね」
「キュリオスさま……」
ぼろぼろと涙を流してヒロインが殿下に縋りつく。
「ど、どうしたんだっ⁉ チェリー嬢」
おどおどしながらそっとヒロイン……チェリーの肩に触れる殿下。タクトと俺の視線がなかったら抱きしめていたんじゃないかと思われる怪しい動きにジト目になるのも仕方ない。
というかイベントは潰したはずなんだがな。
「……殿下が一人になりたいときにたまたま休憩スポットに先にいたそうだ」
タクトが耳元で囁く。 休憩スポット………ああ、ランダムイベントか。いくらイベントを潰したが偶然出会うランダムイベントは流石に未然に防げなかった。でも、ランダムイベントって友好度が高くないと無理なんじゃ………。
あっ、課金アイテムが見える。なるほどあれで好感度を上げたか。
って、悠長に感心している場合じゃない。
「キュリオスさま。あたしの……あたし……」
ヒロインの手に持っているのはぼろぼろになった教科書。
「どうしたと言うのだ。これは………」
教科書には身を弁えろとか。殿下に近付くな。と書いてある。
「移動授業で荷物を置いて行ったら……こんなことに……」
ぼろぼろと涙を流して、庇護欲を掻き立てるような雰囲気で説明をする健気さに殿下は、
「なんてことだ。こんなひどいことを出来る者がいるとは……」
とすっかりヒロインに同情している。
「実は先日……エターナさまに呼ばれて……キュリオスさまに近付くなと……」
ヒロインの言葉を心配そうに聞いていた殿下はエターナの名前が出てきてまるで夢から覚めたようにヒロインに向ける顔が疑問に溢れたものになる。
「なんでそこでロイヤリティ公爵令嬢の名前が出てくるんだい……」
「エターナさまから……『わたくしという婚約者がいるのに泥棒猫』と言われて……怖くて……」
身体を小刻みに震わせているがそれを聞いている殿下の顔は神妙な物になり考え込む。
「キュリオスさま……?」
そこでようやく殿下の行動に違和感を感じてヒロインが首を傾げるが、
「……君はどこで私の婚約者がロイヤリティ公爵令嬢だと聞いたのかな?」
殿下の視線がヒロインの全身に向けられて、そこにしっかり装備されている課金アイテムを見付けては目を細めている。
「えっ? 秘密にしていたっけ? でも、ゲームではしっかり婚約者だと言われてたけど……」
ぶつぶつと呟く様に殿下の表情が恋に浮かれていた男から為政者としての顔になっている。
「――確かにロイヤリティ公爵令嬢は婚約者候補だったけど、実際にはサリウスの婚約者だよ」
「えっ⁉ サリウスの婚約者はミナだったのにっ!!」
ヒロインの口からミナ嬢の名前が出たとたん殿下の表情がより険しくなっていく。
「…………ミナは私の婚約者だ」
「でも、浮気していましたよね」
「うっ!!」
タクトの突っ込みに、図星だったのか胸を抑える。
「えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉」
困惑しているヒロインを横目にゲームの違いにやっと気づいたかと呆れてしまう。
「なんで、ミナはサリウスの婚約者だったでしょう!! で、悪役令嬢のエターナがキュリオスの婚約者で……」
混乱しているヒロインから零れた悪役令嬢という言葉に殿下とタクトの表情が険しいものになる。
だけど、ヒロインはいまだ気付かずにぶつぶつと、
「エターナが全然現れないからイベント進まないから好感度上がらないし……。悪役令嬢の仕事放棄なんて何考えているのかと思っていたけど……」
爪を噛んでそんなことを呟いているヒロインに、
「――そうか。君は私に近付くために婚約者だと勘違いしたロイヤリティ公爵令嬢に罪を被せようとしたんだな」
殿下は少し期待していたのだろう。為政者として優秀に育っていると思うが何処か夢見がちだったからな。
ゲーム内では王子でない自分を見てくれる人を欲していると言う設定もあったし。
「ミナ嬢が居るのに浮気するからですよ。殿下」
「うっ⁉」
タクトの冷たい言葉にダメージを受ける殿下。
「キュリオスさま!! あたしは……」
「ところでチェリー嬢」
殿下に声を掛けようとするヒロインを遮り、
「どうして、エターナを見なかったか知っているか?」
お花畑のヒロインがいつ気付くかと試していた。ゲームと現実が違うと判断すれば特に相手にもしなかった。だけど、エターナに冤罪を被せるのなら許せない。
「エターナは別の学園に通っている。まさか、学園が一校だけだと思っていたのか? 日本だって、たくさんの学校があっただろう」
耳元で囁くと最初は耳元で囁かれるシチュエーションにくらくらしていたが内容をゆっくり聞き取って脳まで届いた瞬間青ざめていく。
「あ……貴方が……」
「違うと気付けば何もしないのに。――貴族舐めるな」
脅しをかけるとふらふらと座り込む。
「問題行動が目立っていたから今なら自主的に学校辞めるのが吉かもね」
まあ、やめた後どうなるか知らないけど。
「あっ、あたし……何もやってないじゃない!! イベントだって失敗したし!!」
「前世でも誰かを冤罪に追いやったら罰せられたでしょうが」
それで何もやっていないは筋が通らない。冷たく言い放つともう用が済んだとばかりにその場を去る。
それからどうなったかは知らないけど、まあ、行方不明になったと言うことだけは報告しておく。
いつものお茶会。そこで事の顛末を報告する。
「見事に気づかなかったな」
「そうね。彼女が学園で交友関係を築いていたら分かったと思うのに」
殿下の婚約者のことを。でも、それを怠ったのは彼女自身だ。
「…………」
貴族としては正しいが、前世の意識に引きずられてあそこまでしてよかったかと迷う事もある。だけど、
「国の害になるなら排除する。それが王族の側近の役目よ」
エターナがそっと慰めるように手を繋ぐ。
「お疲れ様です」
あくどさを出すのは大変だったでしょうと言われて、
「国を……君を守るためなら何でもできるよ」
彼女が踏み止まれば悪戯で済ませていた。だけど、彼女が足を踏み外したからあくどい顔を被った自分を、エターナは慰めるように微笑んだのだった。
エターナの通っている学園は京〇大学のイメージです