2-05 極限異形大戦―この物語に『主人公』はまだいない
あることがきっかけに、この物語は始まった。7つの王国から代表者1名が選抜され、トーナメントが開催される。
そのトーナメントの勝者には1つの褒美が約束された。それは『主人公』になること。
人×何かの異形。そして異形スキルを駆使して勝ち上がっていく。最後まで生き残った者が『主人公』である…
この物語に『主人公』はまだいない…
あることがきっかけに、この物語は始まった。7つの王国から代表者1名が選抜され、トーナメントが開催される。
そのトーナメントの勝者には1つの褒美が約束された。それは『主人公』になること。
この物語に『主人公』はまだいない…。
「やってまいりましたー! 前主人公が亡くなった今、新たな主人公がこの『極限異形大戦』トーナメントで決まる! 司会は人×スズドリ『レーザービーム<拡声器なんて必要なし>』のオオドリーが送ります」
オオドリーの声が会場全体に響き渡る。会場内には7つの王国からやってきた来賓客と観客たちで大いに盛り上がる。
それもそのはず。なぜなら自国から『主人公』が誕生したとなれば、その国は『主人公』が生きている限り多大なる恩恵を得ることができる…『主人公補正』が働くのであった。
「それでは只今より…7つの王国…代表者の入場だー!」
その合図で会場に設置されている巨大な門が開かれる。最初に登場したのは、金髪の長い髪に華奢で高身長な美しき女。誰もが見惚れるその姿は、他国にも知れ渡っている。
「カリメアーノス王国代表…! 人×蜂『デススピア<毒と針は使いよう>』…! ビーの登場だー! その美貌は誰も知る、涙袋から顎に沿って刻まれた黒い線もミステリアスで魅力的! 今宵は誰がその餌食になってしまうのか…!」
ビーが止まった場所は戦いの舞台でもある巨大な正方形の中央。会場の観客席は各王国ごと座っており、ビーは自国にお辞儀をした。国王が拍手をすると、自国席から大きな歓声が沸き起こる。
他国席はそれを傍観するかのように静かであった。それもそのはず。敵同士なのだから。それでもビーが自国に挨拶を済ませ他国席にも手を振るうと、思わず反応してしまう者もいた。
一連の挨拶が済むと、次の王国代表者が登場する。
「キョクナン王国代表…! 3メートル近いその大柄の男! 言うまでもなく、強い! 強い! 強い! 人×熊『ベアーナックル<名刀月輪熊宗近>』 …! クマガイの登場だー! 今宵は誰が一刀両断されてしまうのか…! 」
クマガイが歩く度に会場が揺れている。そんな錯覚をさせるほど大柄であり、身に纏っている茶色の毛皮は筋肉で弾け飛びそうであった。
「アユシーラ王国からはマタタビの登場だー! いつも眠そうな表情な彼だが、毎日8時間睡眠なので心配ご無用…! 『チカミチ<大きな壁があったらすり抜ける>』で今宵立ちはだかる大きな壁もすり抜けることができるのか…!」
本当に代表者なのか。そう思わせるほど、普通の見た目の男。眠そうにあくびをしているのは、相手を油断させるためか。
茶色の天然パーマに身長170センチあるかどうか。体格も一般的なその姿に、会場からは失笑が起きていた。
「メアサリカウス王国…! 生きる化石…! いや、仙人と呼ばせていただこう! マンネン…! 御年百歳の登場だー! 人×亀『バージョンワニガメ<一瞬の油断が命取り>』…! 『主人公』となり、老いに抗うことはできるのか…! メアサリカウス王国の来賓席にはお孫さんが応援に駆けつけています」
「じいちゃーん!」
「孫や-!」
嬉しそうに手を振るマンネン。猫背のせいか、代表者の中では一番身長が低く見える。
長い白髪と髭は確かに立派であったが、よぼよぼとしたその身体で戦えるのかどうか怪しかった。しかし代表者たちの横に並んだ瞬間、その表情は一変とする。
「クマガイ…だったかの? その自慢の肉体が何の意味も持たないことをワシが教えてやろう…」
マタタビに眼中がなかったのか、マンネンは一人挟んでクマガイを挑発した。クマガイの眉が微かに動いたが、その挑発に応じない。それを見たマンネンは嬉しそうに笑っていた。
「続いてヨウ王国からは…! 人×蛸『クラーケン<我の者は我の者>』…! ドイン、イヘイタ、セイタイの登場だー! 瓜二つ…いや、三つの三兄弟…! 代表者1名のはずがまさかの3名での登場…! 試合が始まれば分かる…! そう、ドイン選手が答えていた…! 分からなかったら即失格だー!」
まさかの3人の登場で会場内がざわついていたが、ヨウ王国だけは平然としていた。ドインの言う通り、試合が始まればその理由が分かるかもしれない。
一糸乱れず、3人は同時に止まり、同時に腕を組んで自国にお辞儀をする。おかっぱヘアーがさらさらとなびき、無表情が不気味であった。
「カフリア王国…! こちらも大男…! ブルの登場だー! 俺の敵はただ一人…クマガイだけだ…! 怯える羊たちは今からでも自国に帰りな…! そう、発言しています…! 人×牛『デッドブル<牛も突進すれば大木をなぎ倒す>』…! 俺が通った道には草一つ残らない…! その言葉の通りになるのか…! 今宵のステージには元から草ひとつないぞー!」
「うおおおおおおっっっー!」
雄叫びを上げながらステージに向かうブル。身長はクマガイよりは低いものの、その強靭な肉体は引けを取らない。左頬と右の額にある大きな傷が修羅場をくぐり抜けてきたことを物語る。
ステージ中央で歩みを止めると、角の生えた鉄製の帽子を脱ぎ、それを両手で握りつぶして見せた。そして右手を天に向けると、自国席から大歓声が沸く。
「力馬鹿がもう一人かのぉ…」
マンネンは溜め息を吐いて言った。
最後に門から姿を現したのは、銀色の短髪にモデルのようなその見た目。気品溢れる男の正体は…
「そしてー! 前優勝王国…! すなわち、『主人公』がいた王国…! そして彼は『主人公』の息子の息子…! つまりは『主人公』の孫―! トラリスオーア王国…! レオンの登場だー! 人×カメレオン『カクレンボ<隠れてないよ。出ているよ>』…! 今宵は我々の目をどう惑わすのか…! 優勝者筆頭…! 『主人公』筆頭の大本命だー!」
レオン。このトーナメントの優勝候補であった。自国席はもちろんのこと。その次期『主人公』を彷彿とさせる姿に、他国の観客たちも思わず見惚れてしまう。中には涙を零しながら崇める者まで。それほどまでに、レオンは完璧な存在に思えてしまったのだ。
レオンがステージ中央に位置すると、他の代表者たちに緊張が走る。あの悪態をついていたマンネンも、固唾を飲んでいた。ただマタタビだけは変わらず眠そうである。
「『主人公』の座を得られるものはただ一人…! 代表者たちによって行われる1対1のバトルトーナメント…! そのトーナメント表は…これだー!」
オオドリーの言葉に合わせ、会場に設置されている巨大ビジョンに映し出されたトーナメント表。
「第1試合…マンネンvsクマガイ! 第2試合…ビーvsブル! 第3試合 マタタビvsドイン!…イヘイタ、セイタイ…? そしてシード枠にレオンだー!」
トーナメント表を見て、代表者たちは様々な感情を抱く。
「あら? 第2試合なのね。お茶でも飲んでようかしら」
「うぉぉぉっっ!」
「… … …」
「ふわぁぁあ」
ここでも挑発するマンネン。
「ほっほっほ。レオンとやら。お主がシードとは…いやいや、これも『主人公補正』かのぉ? それとも不正でも…?」
レオンはその言葉を一笑する。
「もし『主人公補正』が働いているのなら、戦うまでもない。神は私を『主人公』にするつもりなのさ」
「おい…。あんたの相手は俺だ。当たることのない相手に構う必要はないぜ」
マンネンの目の前に立つのはクマガイ。
「ほっほっほ。自分自身に言っておるのかのぉ…」
「あら? 殿方たちは気が荒っぽいのね。『主人公』に相応しいのは、やっぱり私のような美しい…』
今にも戦いが始まりそうな雰囲気。しかし、オオドリーの説明は続けられる。
「マンネンさん、クマガイさん。まだ始めないでください。ではー! ここで重要事項の発表だー! 勝利条件は相手を戦闘不能にすること…最後まで生き残った者が『主人公』…! そして『極限』スキルを使えるのは1回のみとさせていただきます…!」
『極限』とは、それぞれが持つ異形スキルの上位互換。ビーの異形スキル『デススピア<毒と針は使いよう>』のさらに上。代表者には秘められたスキルが宿っている。その『極限』を使えるのはすべての試合を通じて一度のみと定められていた。
「それでは第1試合…! マンネンvsクマガイを始めるー! 他の代表者は控室に移動してください!」
極限異形大戦が今、始まろうとしている…。
この物語に『主人公』はまだいない…。