2-03 少子化対策はセクシーに
少子高齢化問題が叫ばれ続けて早数十年、状況を一変するような策が打ち出されることもなく、日本の若者層は人口全体の1割を下回るまでに減少していた。
想定していたペースを遥かに上回る速度での若者の減少に日本の終焉を誰もが感じ取っていたある日、一人の青年がもたらした情報が日本再起の道を示すこととなる。
――そして2048年4月、日本政府は世界でも類を見ない『異次元の少子化対策』を敢行した。
『超少子高齢化社会』という単語が初めて登場してから早数十年、日本は世界の先頭を走っていると言っても過言でないほどに、少子高齢化を極めていた。
昔は子供が溢れるほどに存在しており、『空き教室』などというものはあり得ないことであったというが、今となっては空き教室はおろか、学校すらほとんどなくなる事態となっていた。
年々深刻化していく圧倒的な若者不足に対し、日本政府は手を変え品を変え対策を講じたものの、その全てが有効打になることはなく今に至るわけである。
「――まあ、仕方ないわな」
少子高齢化の進行には様々な原因があるとされる。
大抵は価値観に多様性が生まれたからであるとか、子供が不要であるとか、そうした個人の自由が尊重されることが主な理由とされている。
実際、二〇年ほど前にはそうした自由主義による少子化の加速があったという記録が残っている。
「ま、高齢者が生き残りすぎって話もあったんだろうけど……今の時代じゃそんなん誤差みてえなもんか」
「あっ、ゲンさん! ここは禁煙だって何回言えばわかるんですか!」
煙草片手に警察署の屋上から街並みを眺めていたゲンの元に現れたのは、一回り歳の離れた部下のリクである。
ゲンが煙草を注意されるのは一度や二度ではなく、ほとんどお約束のようなやり取りが二人の会話の始まりの合図となっていた。
ゲンが携帯灰皿に煙草をしまったところで、リクはその手に持っていた書類をゲンに渡す。
「良いニュースと悪いニュースがありますが、とりあえず悪い方から……。ゲンさん、今月のリストが出ましたので持ってきました」
「……そうか」
リクから受け取ったリストには、今月の被害者の名前と年齢がずらりと並んでいた。
数にして千名以上、いずれも十代後半から三十代前半の若者ばかりが記されたそのリストは、年々加速度を増して増え続けている社会問題の被害者――
「一体なんなんだよ、『神隠し』ってのはよ」
――突如として若者が失踪する『神隠し』の多発、それこそが日本を未曾有の危機に陥れた元凶であった。
「今月だけでも約千人、このペースだと今年だけでも一万人以上が『神隠し』にあうことになります。……ゲンさんは、あの噂をどこまで信じていますか?」
「噂って……おいおい、リク。まさか、お前まで『神隠し』は『異世界召喚』だなんて言うんじゃないだろうな?」
深刻な顔でリストを眺めるゲンに対して、リクの口から溢れたのは『神隠し』が始まってから流れ始めたある噂――すなわち、『神隠し』の正体は『異世界召喚』であり、若者たちは皆、別の世界に呼び出されているのである、という創作のような話であった。
まだ『神隠し』がそこまで頻発していなかった頃、インターネット上で真しやかに囁かれていた論は、時代と共に廃れていったものと思われていたが、最近になって改めて台頭し始めたらしい。
少なくとも、ゲンからすればしょうもない現実逃避の与太話であり、まともに取り合う必要のない戯言の類であった。
「……ではゲンさん、こちらを」
しかし、『異世界召喚論』を鼻で笑ったゲンに対し、リクは至って真剣な表情で『神隠し』被害者のリストと共に持ってきていたもう一枚の書類をゲンに差し出す。
リクの真剣な表情を訝しみつつも、ゲンはその手で書類を受け取りその内容を確認する。
「――は?」
最近は『神隠し』にかかりきりで疲れているからだろうか、どうも書かれた内容が頭に入ってこず、ゲンは二度、三度と、同じ文章に目を通す。
理解したがらない脳味噌に鞭を入れ、飲み込めない現実を反芻して、そして――
「――はっはは! ばっかじゃねえの!?」
――日本政府からの通達に記された『異次元の少子化対策』、その内容にゲンの大爆笑が収まることはなかった。
▲▽▲▽
――異世界にとって、別の世界から人間を召喚する意義とはなんなのだろうか。
「はっ、そんなもん簡単だろ。テメエのケツをテメエらで拭けねえ情けねえ雑魚共が、他所様に代わりに拭いてもらおうってだけじゃねえか」
「こら、言葉遣いが悪いですよ」
召喚の儀が行われる広間にてぼそりと呟かれたバルドの独り言に、モックは困り顔でバルドを窘めることしかできなかった。
実際に別世界の者に頼る以外のことができない現状では、バルドの言は切れ味の良いナイフよりもよく切れる正論である。
しかし、これ以外の手段がない以上やるしかないのも事実であり、バルドの悪態もこの状況で他人に縋ることしかできない自分の力不足に対するものと思えば、モックには何も言えることはなかった。
「――では、いきます」
召喚の間の中央に描かれた魔法陣の上には、バルドとモックが仕える召喚士のリーシャの姿がある。
先刻まで魔力を高め続けていたリーシャは、合図と共に杖を魔法陣に突き立てる。同時、召喚の間を凄まじい光が支配した。
「――成功、です」
光の奔流が収まり、召喚の儀の成功を確信したリーシャ。
安堵からその場に倒れ込む彼女に駆け寄ったバルドは、意識を失ったリーシャを支えながら召喚の間の中央に現れた人影を見上げ、
「お前が、今回の異界の戦士……か?」
「お前とか言うんじゃありませんよ、バルド。すいません、異世界の戦士様」
バルドの失礼な物言いに、召喚したばかりで気を悪くされたらまずいと慌てたモックは謝罪を口にしながら異世界人と対面する。
二人からの呼びかけに周囲を見回すことをやめた異世界人は、バルドとモックへと声をかける。
「――『異界の戦士』とは私のことですね。了解しました。では、本召喚の目的をお伝えください」
感情の感じられない無機質な声で、自らの召喚目的を淡々と問いかける異世界人の異様さに、バルドとモックは思わず息をのんだ。
これまでも召喚の儀は行われており、別の世界から強い力を有し、戦力になりそうな者を度々召喚していた。
そして、彼らを召喚した際には必ずと言っていいほど動揺、またはそれに類する感情を表に出していたものだが。
「……驚かれないのですね」
バルドとモックの感じた不気味さは、あまりにも平然と異世界に召喚されたことを受け入れた彼女の姿勢にあった。
淡々と状況を確認し、召喚主に召喚の目的を第一に尋ねるというのは、まるで――
「――お前、召喚されることがわかっていたみてえな態度じゃねえか。何者だ」
立ち上がったバルドは改めて召喚した異世界人を正面に見据える。
年齢はおそらく二十代、過去に召喚した者が着ていた『すーつ』とかいう服をその身に纏う姿は、戦闘とは無縁の外見である。
その割に隙を全く感じさせない立ち姿というのが、余計にバルドを警戒させる要因となっていた。
「そういえば、まだ名乗っておりませんでしたね。私はモック、こっちがバルドです。今は眠っていますが、貴女を召喚した彼女はリーシャです。貴女のお名前を伺っても?」
緊張感を高めるバルドと異世界人の間に、こんなところで揉められては困るとモックが割って入る。
最初に名乗るべき名前を名乗ることも、聞くべき名前を聞いていなかったこともあり、バルドを背中で黙らせながら、モックは異世界人へと笑みを投げかける。
そんな彼らの様子は意に介さず、無反応を示し続ける異世界人は、しかし問い掛けにだけはきちんと反応するようで、
「申し遅れました。――私は日本政府公認少子化対策アンドロイド、A-18と申します。お気軽にアイハとお呼びください」
アイハと名乗った彼女を前に、バルドとモックは元に首を傾げる。
「ニホンセイフコウニン?」
「ショウシカタイサクアンドロイド?」
聞き馴染みのない言葉に、二人は疑問符を浮かべることしかできなかった。