2-02 無職最強伝説〜現代社会に冒険という生き方が増えたなら〜
1999年、7月。突如として地球各地に迷宮──ダンジョンが現れ、人類は新たなる進化と資源の発見に沸き立った。『魔法が使えるようになったけど何か質問ある?』『ドラゴンステーキうま過ぎ(笑)』『俺の庭がダンジョンになったから冒険者求ム』などと。
それから時は流れて二十数年。迷宮に潜り生計を立てるスリルと実益を兼ね備えた生き方である冒険者を志望する若者、井伊 杏は自身の適性がわからない。
彼女はいくら剣を振ってもしっくり来ず、いくら魔法を唱えても火種さえ出現しなかったという筋金入りの無能。学校の簡易適性検査では技能の一つも測定できなかったため、確認済な全ての職業と技能を測定できる精密適正検査を受けられるハローワークを訪れたのだが。
「アンズ様の結果なのですが」
「はい」
「【無職】でした」
「はい?」
これは、世界にまで無職と煽られた女がチートを使って稼ぐ物語である。
「あなたの適性が判明しましたよ」
カウンターで待たされること十数分。動画サイトでニコニコして待っていたらあっという間だった。
「思っていたよりも早いですね」
「そうですね 私も同感です」
ここは公営の公共機関であるハローワークの一つ。今日はここへ適正検査を行いにきた。
「ではアンズ様の適性についてご案内させていただきますね こちらをご覧ください」
「どれどれ……」
そう、適正。正式名称はヒューマン・ステイタス。地球各地に現れる迷宮を冒険する者達の才能や能力を適正として可視化するシステム。安全かつ効率的な冒険を提供するため、迷宮が現れ始めた1999年7月当時に人気であったRPG作品を模して作られた……らしい。詳しい原理は知らない。
【無職】Lv1
井伊 杏 Lv1
HP:30/30
MP:15/15
STR:17
AGI:24
VIT:15
INT:27
LUC:21
・技能
なし
「アンズ様の能力は全体的に優秀と言えるでしょう。ただし防御力が低いので中衛向きではあります」
適正では職業、素質、技能の三つを表示してくれる。隠し項目もある、という噂も聞いたけど私には関係ないだろう。けど。
「……スキルなしの無職、ですか」
正直、凹む。昔から成長を感じられていなかったけど、数値として見ると、尚更。
「その点で一つ重要なお話があります」
真面目な顔。こんな才無しに話って、冒険者登録の拒否とかかな。
「アンズ様。適正の示す職業には下級職と上級職が存在するのはご存知でしょうか」
「まぁ、はい」
流石にそれは知っている。私の好きな配信者であるエリーは上級職の偶像だと公言していたし、友人の巫亥は下級職の戦士だと伝えてくれた。この上級と下級の違いは成長の傾向が違う。上級は技能が強力な代わりに素質が伸びにくく、下級は素質が伸びやすいが技能がそれなり。また、下級職を経験する事で新たに上級職が生えることもあるらしい。
「では、『EX職』はご存知でしょうか」
「いえ……」
「ご説明しますね」
係員の人が言うにはEX職とは勇者や聖女などすごくかっこいい名前の職業……ということではなく、職業そのものに特殊効果が付与されている職業の事を指すらしい。
「そしてアンズ様が唯一適正に表示できた職業である無職もEX職の一つなのです」
「喜んでいいのか悪いのか分かりませんね」
名前よ。名前。悪口でしょ職業無職って。泣くよ?私。女だから泣いても恥ずかしくないし。そもそもフリーターは職無しといえるのかな……??もっと書き方あったでしょ!
「ははは。では特殊効果を解説いたしますね」
EX職【無職】。適正が開発されてから最初に発見されたEX職であり、ある種最も名誉かつ不名誉な職業。その特殊効果は、"技能習得制限無視"。固定された職業を持たないフリーターらしい効果。だが、一つ疑問が浮かぶ。
「……どうやって他の職業の技能を習得するのですか?」
全ての技能を習得できるのなら努力していた私は剣術や火魔法の一つをすでに持っていてもいいはずなのに。何もないなんて……
「習得したい技能を持った方と同じパーティに入り迷宮を探索していると習得できます」
「えっ」
「同じ無職の方は学習すると言っていました」
「えっ」
「検証もすでに済んでおり、これ以外の方法は存在しない事が確認されています」
「えっ」
「……最初に学習する職業としてオススメなのは戦士になります。耐久に有用な技能が揃っているので後の冒険にも役に立つ事でしょう」
「……はい」
カウンターに膝を乗せ頭を抱えてしまう私の心を察さないで欲しい。乙女心は複雑なんだから。
「本ハローワークではパーティマッチングも行っております。ご希望の技能が見つかりましたら是非お声がけくださいね」
「……はい ありがとうございました」
一先ず……アイツ呼ぼう。珈琲が飲みたい。
場面変更:ハローワーク→Cafe☆R-13
「……って事があったのよ」
「成程な」
軽鎧を着たままグラスをコースターへ置いた彼は【戦士】の丸谷 巫亥。あだ名はフィー。迷宮から帰ってきたばかりのようで羽振りがいいから、自然な流れで奢らせることにした。
「だからフィーの技能を学習したい」
「構わないぜ 元々二人で潜るつもりだったしな」
話が早過ぎる。流石私の都合がいい男。
「ただ学習は本当に一緒に冒険するだけでいいのか?」
「そうみたい。一年に一人二人は無職って現れるらしくて、効果内容も判明してるんだって」
ただし良くも悪くも技能特化故に素質がほとんど伸びないというのは共通しているようで、大成した試しはないとか。実の所素質比例で効果量の上がる技能が多いのも私達無職には向かい風。
「ふーん、なら今から行くか」
「……なんて?」
「善は急げ、というだろう」
「早いわ」
「アンとのデートと思えば悪くない」
「コイツ……」
はぁ。何気ない顔で口説いてくるのやめろって。周りに人もいるんだから勘違いされたら面倒でしょ。
「俺が持っているのは剣と盾だが、アンは剣だけでいいのか?」
「いい。ガッコでも直剣一本でやってたから」
「わかった。なら今俺が学習させてやれるスキルだが──」
武具を背負いながらカード決済中のフィーが技能のことを教えてくれた。
頑健:最大HPが上昇する
剣術:装備中の剣のATKが上昇する
盾術:装備中の盾のDEFが上昇する
「……三つだけ?」
それに地味。まぁ、普段から安全靴履いているようなヤツに派手な事を期待するだけ無駄だけど。
「アンがゼロだっただけで最初は普通は二つか三つなんだよ。野良で組んだ魔法使いなんて火魔法と瞑想だけだったぜ」
「それは、まぁ……可哀想だね」
火魔法:火魔法の魔法が使用可能になる
瞑想:次の技能の威力が上昇する
「ま、三つは三つでも『全てパッシブ系技能とは珍しいですね…』って言われたがな!ハハハ!」
「地味男が……」
特にもっと見た目に気を払え、顔とスタイルはいいんだからこの私の隣に似合うくらいには……いや、ダメだ。金ピカ鎧を着て笑ってるアホ面が思い浮かぶ。消せ消せそんなもの。今の無地な軽鎧と剣と盾でいい。私が悪かった。
「一人で百面相するのは勝手だがそろそろ着くぞ」
「……してない」
フィーが指し示したのは路地の外壁。しかし壁には不自然な石積みの門が生まれていて、さらに違和感だらけな駅の改札風な機械が後付けで設置済み。これは最近生まれた低ランクの迷宮で、既に脅威検査及び公式登録済みである。殆どの迷宮はこうして街の片隅に生まれ、そして誰かに踏破される事で消滅する。その際に獲得できる宝物や資源により色々私たちの生活は豊かになっている……とガッコでは言っていた。実際はカネになるならどうでもいい。
「カードをピッとすれば入れるぜ」
「見ればわかる」
ピッ。ピッ。 パーティが登録されました。
「じゃ、エスコートよろしくね」
「安心して学習してろ」
それぞれ獲物を抜刀し通路を進んでいく。墳墓型ダンジョンの構造は狭い通路が続く迷路型。低ランクなら知能の低いアンデッドしか現れない。その典型たるゾンビがヴァーと呻きながら二体歩いてきた。しかもこちらにすら気づいていないのが笑いを誘う。
「よろしく」
「任された」
フィーは音を立てぬように近づき、背後から剣を振り下ろす。それだけで片方のゾンビの頭蓋が割れて死亡。もう一体がそれに気づいたけど盾で顔面を殴り首狩り。ドロップ品は魔晶欠片。うん、私いらないね。
「どうだ?」
「大体わかった。次は私にやらせて。実践した方が学習が早いらしい」
「OK、見ててやるよ」
その後何度かアンデッドに奇襲を繰り返していると、私の適性に変化が現れた。
【無職】Lv3
井伊 杏 Lv3
HP:51/51(+15)
MP:17/17
STR:21
AGI:30
VIT:18
INT:34
LUC:27
・技能
-頑健Lv1
-剣術Lv1
技能が増えていたのだ。確かに習得してからは剣の振り心地も良くなったように思うし、少し心臓が強くなったような気が……いや流石にこれは気のせいか。
「お、無事に増えたんだな」
「けど盾術は増えてないや」
「あっても使わないだろ?」
「まぁ、ね」
増え過ぎても技能欄が伸び過ぎて困るし。
「このまま進んでみるか」
「そうだね」
カケラを膨れるポーチに押し込んでさらに奥へ。空間拡張収納が欲しい、けどその分高い。人気かつ有用だから常に品薄。はぁ。宝箱がどこかに転がってないものか。
「アン、あれを見ろ」
「宝箱だ」
フラグ回収一瞬かよ。流石はルックスもラックも持ち合わせてる私だな。
「開けてもいい?」
「ああ、LUCが10代前半な俺よりもアンが開けてくれ」
「ざっこ」
「うるせえ」
鍵はかかっていないみたい。ガンっと蹴り上げれば容易く開いて──煙!?
「おいアン、こっちの手を握れ!」
フィーが手を伸ばすのが見えるけど。
「無理よ間に合わない!」
フィーが必死に手を伸ばす光景を最後に、私の意識は途切れて……
『力が 欲しいかの?』
……目を覚ますと、推定ロリババアな神様的なナニカがいた。青白い髪で萌える。舐めたい。
「あ、力は貰うので状況の説明をお願いします」