2-23 平民聖女は追放されたい
普通の平民だったフィオナはある日突然聖女となった。
貴族令嬢ばかりの聖女の中で、平民出身でありながら力の強いフィオナは虐めの対象となる 。しかも知らない間に勝手に貴族にさせられ、エルヴィラという名前に変えられると、本当の名前さえも名乗れなくなった。
持ち前の心の強さで何とか生きていく中、第二王子スチュアートからとある提案を受け——。
もう聖女なんてうんざり。好きに生きていきたい!
そんなフィオナの奮闘記。
「悪逆聖女エルヴィラ・ベルンシュタイン! お前を追放する!」
国王不在の夜会の場で私に向かい高らかにそう宣言したのは、セファクレスト王国の第二王子スチュアート殿下だった。彼の隣には聖女ルチアーナ、二人の奥には公爵家子息のジルベルトがいる。
衝撃的な展開に、騒然とする会場。私の体はぶるりと震えた。
——やっと。やっとこの時がきた。
私はずっと、この時を待ち望んでいた。
◇
『聖女』とは光魔法が使える女性のことだ。光魔法は治癒や解毒などができる有益な魔法だが、誰でも使えるわけではない。『神聖力』と呼ばれる力がある女性にしか使えない稀なものである。
セファクレスト王国に住む全ての女子は、神聖力の有無を調査される。神聖力が認められれば、聖女として教会に入り、その能力を国や人のために使うことになるのだ。
私は元々、王都に住むフィオナという名の普通の平民だった。王都の一角の小ぢんまりとした家で、両親と三人、決して豊かではなかったけれど、穏やかで幸せな生活を送っていた。
でも、そんな暮らしは私が十三歳で聖女認定を受けたことで終わった。
私は聖女になった。そして運が悪いことに、とびきり力の強い聖女だった。
聖女は王侯貴族と結婚することが多いためか、その殆どが貴族令嬢である。
平民でありながら、誰よりも神聖力の強い聖女——そんな私の存在は、他の聖女たちから見ればとてつもなく不愉快で目障りなものだったらしい。
要するに、私は聖女たちから物凄く嫌われた。
大事な連絡事項が私にだけ伝えられないなんてことは日常茶飯事。なぜか私の物が汚れている。切り裂かれている。お茶会に呼ばれたと思えば、クスクスと嘲笑される。
(いやー、貴族令嬢こわっ)
いつの間にか雑用は全て私の仕事になり、私が育てた薬草や作ったポーションは当然のごとく別の聖女の手柄になった。彼女たちが嫌がる地方への出張は全て私が行くことになった。……これは気晴らしになるから別にいいのだけど。
そんな生活を送りながら聖女になって一年ほど経った頃、私はベルンシュタイン伯爵の養女となった。フィオナだったはずの私の名はエルヴィラになり、もう元の名を名乗ってはいけないと言われた。
養子縁組に私の同意は必要ないらしい。全部事後報告だった。
(エルヴィラ? 私の名前、一文字も入ってないじゃん)
せめて元の名前に寄せてくれたら少しは愛着も沸くのに。
伯爵とは一度だけ顔を合わせた。あの人は私の神聖力にだけ興味があるようだった。まぁ私だって別に伯爵と親子ごっこがしたいなんて一切思わないけど。
本当の家族には全然会えない。常に気を張って、休みも自由もない日々。最後に何も考えずに笑ったのはいつだろう。
◇
「こいつか」
「はい、今の聖女の中で一番力の強い娘です」
その日、朝から服を着替えさせられ、馬車に揺られて着いた場所。そこにいたのは煌びやかで、明らかに身分が高そうな男だった。
「名は」
「エルヴィラ・ベルンシュタインでございます」
淑女の礼をとる。五年も聖女をしていると、一応挨拶ぐらいはそれっぽくできるようになった。
「俺のアミュレットを作れ。いいな」
そう一言命じると、不遜な態度の男はそのまま立ち去った。
なにあいつ。まずお前、誰だよ。人に名乗らせといて、自分は名乗らないのかよ。
私は、あいつが嫌いだと思った。
神官に誠心誠意アミュレットを作れと言われ、しぶしぶ取り掛かる。勿論、他の聖女から押し付けられた仕事だってこなさなければならない。
完成したアミュレットを手に、私はまたあの場所に連れて行かれた。神官が私の作ったアミュレットを男に献上する。
「これは……」
彼はしげしげと、アミュレット観察している。
「アミュレットを作れ」というだけで効果についての指示がなかったので、適当に色々付けた。普通は一つの効果を強く付けるものだけど、忙しいし、考えるのも面倒だったし。
「聖女エルヴィラと話がしたい。聖女以外下がれ」
「殿下、しかし聖女エルヴィラは……」
「聞こえないのか。下がれ」
うわ。今、殿下って言ったよね。こいつ王族かよ。
男の命により、神官と文官たちは部屋から下がっていった。私は碌にマナー教育を受けていないので、必要以上にしゃべるなと言われていたけど、どうすればいいんだろう。
しん、と部屋に沈黙が落ちる。
「おい。お前、これを真剣に作らなかっただろ」
指先のアミュレットをプラプラと揺らしながら男が言う。
いやいや、何でそんなの分かるの。怖いんだけど。
「素材の選び方からして適当だな。俺に合ったものを作ろうという念が全くない。しかし……、そのデタラメな神聖力で、これはもはや国宝級の一品になっている。癒しに、解毒、即死回避までついているようだ」
こいつ、鑑定ができるらしい。でも惜しい。分かりづらいだろうけど、結界も付けましたよ。
というか、念ってなんだ。心を込めろとでも言いたいのだろうか。何で私が名前も知らない男にそんなことしないといけないのだ。
「今は好きに喋っていいぞ。聖女らしからぬ言動をしても、全て不問にしてやる。俺は優しいからな」
「……」
本当かな。どうも信用できない。
「お前は聖女を辞めたいらしいな。そのような事を数回訴えていたと報告に上がっている」
「……」
「当然だがお前のように稀有な力の持ち主を自由にはできない。便利だからな。お前がいればただのアミュレットをいとも簡単に国宝級の代物に変えられ、怪我の心配も不要。魔物の脅威から民を守ることだってできる。しかもタダのような金で!」
愉快そうに私を見る王子に、むかむかと苛立ちがつのる。
そう。私は毎日休みなく働かされているのに、見返りを殆ど貰っていないのだ。一度正当な賃金を要求したが、神官からはゴミのような目で見られた。
普通の聖女は金銭ではなく名誉で動くのかもしれない。でも私は名誉なんていらない。聖女を辞められないのならせめて働きに見合う報酬が欲しい。
「その類まれな力のせいで、お前は俺の婚約者の最有力候補なのだ」
「……」
嘘でしょ。私は思わず眉をしかめる。
「言っておくが、俺はお前が妃なんて御免だ」
「はぁ……」
おかしい。なんで私がふられたみたいになってるんだ。
「兄上はお体が弱い。妹も継承権を持っているが、女だ。父上は一番王になりそうな俺と、力の強い聖女を結婚させたいらしい」
何となく感づいていたけど、目の前の男は第二王子らしい。つまり聖女たちから最も人気のある人物だ。
第一王子は聡明で人格者らしいが虚弱なので、より王位に近そうな第二王子に憧れている聖女が多かった。美形だという公爵家の令息も人気があったが、王子二人にはかなわない。
「聖女エルヴィラ。一応聞くが、お前、俺の妃になりたいか?」
「嫌です!」
聖女になっただけで、もうお腹いっぱいである。これ以上めんどくさいことに私を巻き込むのはやめてほしい。
「は、ははは……! そうか。では俺に協力しろ」
「協力?」
「そうだ。いいか。俺と破談になったところで、恐らく兄上と婚姻を結ばされるだけだぞ」
なんでだよ。
王子妃なんて絶対に嫌だ。今でさえ酷い目にあってるのに、更に厳しい目を向けられるに決まってる。そもそも、私には学もないし、国を動かすような立場なんて務まる訳がない。
王子は身をかがめ、私の顔に自身の顔を近づけた。
「兄上を治せ」
「……!」
「お体さえ頑健になられたら、兄上が立太子されるだろう。そうすれば、セファクレスト王国は安泰だ。お前がやりおおせたらその見返りに王宮から出してやる」
「ど、どうやって」
「普通の方法では無理だな。王族の強権を使う。何らかの理由を付けて追放してやろう」
お前の名誉は地に落ちるがな、と王子は皮肉気に笑う。
そんなん、できるの?
王子の提案は私にとって魅力的だ。名誉なんて最初から望んでいない。
ずっとずっと、逃げたいと思っていた。聖女だと言われたあの日から。
「そのデタラメな神聖力で、兄上をどうにかしろ」
尊大な態度と裏腹に、私を見据えるその目はどこか切実だった。
第一王子が虚弱なのは生まれつきだと聞いていたけど、実は違うのかもしれない。光魔法で病気は治せない。そのことは当然、王子も知っているはずだ。
一応私にだって苦しんでいる人を治せるなら治したい気持ちはあるし、結果ここから出して貰えるなら願ってもないことだ。
そもそも私に選択肢などあまり用意されていない。今の生活を続けるか、この男に賭けてみるか——というところである。
「分かりました。やってみます。もしできなかったときは……」
「……お前でも無理なら、諦めて俺が立太子するだけだ」
失敗してもお咎めはないらしい。ホッと息をつく。あと、もう一つ確認したいことがあった。
「あの。あなた様の名前をお聞かせ願えますか」
「はぁ? お前、聖女のくせに俺を知らんのか。信じられんな」
王子の名前を正確に覚えていない私に、彼は呆れ顔になった。
仕方ないじゃないか。王子に会えるようなイベントには軒並み出席できないように他の聖女から妨害されていたのだ。碌に教育も受けていないし。
というか、人として挨拶はしろよ。
「不勉強ですみません。元平民なもので」
「……俺の名は、スチュアート。家名はない。セファクレスト王国の、スチュアートだ」
こうして、私とスチュアート王子は協力関係になったのだった。





