2-01 世界を救った勇者パーティは廃棄処分となりました
ゴルサイ紀十二年。
十数年にわたりゴルド大陸を恐怖に陥れた大厄竜は、大陸中央部のロートレシア王国出身の勇者パーティにより討伐された。
だが大陸に安寧をもたらした勇者パーティを歓迎するのは多くの民衆たちだけであった。
貴族階級、特にその上流貴族たちは勇者パーティの偉業を快く受け入れることは出来ず、王国騎士団に勇者パーティ暗殺の命令を下した。
そんな計画など露とも知らぬ勇者パーティは、王都の直前のヒークス村まで戻っていた。
慰労と称して宿で用意された睡眠薬入りの料理。
王都までの護衛と言いながら殺気を放つ騎士団。
そして、ついに暗殺作戦は実行されるが……
ゴルド大陸を恐怖で支配した大厄竜が勇者パーティによって倒されたという報せは、瞬く間にロートレシア王国中を駆け巡った。
そして、今日はその勇者パーティの凱旋の日。
なのだが──
「なに? 勇者パーティの姿がどこにもないだと!?」
ロートレシア王国の王都アルンの中央広場。
宰相が焦ったように叫ぶ。
それに答えるのは、王都へ帰還する勇者パーティを出迎える役目を仰せつかった王国騎士団長だ。
「はっ、それがしが勇者パーティの滞在する宿屋を訪ねたところ、すでに一行の姿はなく……」
「何ということだ。せっかく救国の勇者パーティを歓迎し、その功績を称えるパレードだというのに」
「宰相閣下、宿屋にはこのような書き置きが残されていました」
宰相は、走り書きのような置き手紙に目を通す。
『世界が平和になれば、我らは不要。あとは宰相閣下にお任せ致す』
置き手紙を握り締めた宰相は、天を仰いで嘆く。
「勇者たちは、後事を私たちに託して去った、というのか」
ひとしきり嘆いた宰相は、下を向き、ゆっくりと前を向いた。
「親愛なる王国の臣民よ! 勇者パーティの面々は、すでに新たな地へ旅立たれた!」
両腕を広げ、宰相は中央広場に集う民衆に叫んだ。
勇者パーティを一目見ようと集まった民衆は、どよめいて声を上げる。
「どういうことだ!」
「勇者たちは、我々に礼も言わせてくれないのか!」
「ならば称えようではないか。世界を救い颯爽と去った、勇者たちの偉業を!」
民衆の中から湧き上がった声に、賛同と称賛の声が追随する。
「勇者たちに栄光あれ!」
「救国の英雄に光あれ!」
その光景を見ていた国王は、周囲に聞こえない声量でぽつりと漏らす。
「……茶番だな」
国王は、すべてお見通しだった。
ロートレシア王国北部国境、深淵の森近く。
のんびり歩く四人の姿があった。
先頭を歩くのは、軽装に長剣を腰に着けた少年。
その後ろを歩く大剣を背負った筋肉質の男に、宝玉をつけた杖を持ったローブの女が話しかける。
「しかし、なめられたものね」
「ああ。我らに毒など効かぬというに」
杖にローブの女と大剣を背負う男は話しながら、先頭を歩く少年を追い抜いた。
「だが、どうする勇者よ」
「そうね、このまま黙っているつもり?」
剣士が振り向く先には、僧侶の衣装に身を包む女と、軽装に長剣を差した男が歩いている。
軽装の少年──勇者は、朗らかに笑っていた。
「仕方ないさ。王国軍が束になっても倒せなかった大厄竜を、僕たちは倒してしまったんだ」
「それはどういう……」
剣士は歩調を緩めて、勇者の側へ寄る。
「今度は僕たちが王国にとっての脅威になった、ってことさ」
「勇者くんったら、相変わらず物分かりだけはいいんだから」
ローブの女──マリンは溜息混じりに苦笑する。
そして昨晩のことを思い出す。
王都の手前の村、ヒークスの宿屋。
「勇者さまパーティ一行を、お迎えに上がりました」
現れたのは、王国騎士団の副団長以下十名。
「勇者さまパーティの方々におかれましては、明後日の朝、王都に帰還し、そのまま凱旋パレードという運びになっております」
「わかりました。では僕たちは今日と明日はこの宿屋に泊まって、明後日の早朝、王都に向かいます」
「畏れながら……王都までは馬車で1日かかりますが」
「大丈夫ですよ。マリンの転移魔法がありますから」
副団長を名乗る騎士は、少し考えたあとに勇者と呼ばれる少年に頭を下げる。
「……左様ですか」
そこで話を切り上げて、副団長以下十名の騎士は去って行った。
人の気配がなくなったことを確認した剣士モルガンが呟く。
「あいつら、殺気が漏れてたな」
「そうね。あんなに殺気丸出しなのに、まさか私たちを暗殺でもするつもりかしら」
「どうかな。たぶんやるなら毒でも使うんじゃないかな」
剣士モルガン、魔術士マリン、そして勇者が揃って溜息を吐く。
そこに、僧侶ルーシアが口を開いた。
「で、どうするのですか」
「そうだなぁ。今日の夕食しだいかな」
この一言で、今後の方針は決まった。
そして宿屋での夕食。
「……案の定ですね」
大きなテーブルの上に、豪華な食事が所狭しと並んでいる。
ブラックボアのソテーをはじめ、コカトリス肉の串焼き、ポタージュスープ、新鮮なサラダ、フルーツの盛り合わせ、などなど。
そこには上質なエールも添えられていて、表面上は晩餐といっても良い食卓だった。
だが。
「……勇者くん、どうする?」
魔術士マリンが少年の耳元で呟く。
マリンの【鑑定】によって、すべての料理や酒に毒物が入れられていることは判明している。
「食べるさ。料理に罪はないからね」
勇者と呼ばれた少年は、何もないような顔をしてフォークとナイフを取った。
「ったく、お人好しというかなんというか」
「はあ……ま、美味しそうだから仕方ないわね」
「では、いただきましょうか」
食卓の四人は、何事もなかったようにテーブルの料理をすべて平らげる。
「うん。味は美味しかったね」
「そうね。けれど、甘くみられたものね。即死の毒じゃなくて、睡眠薬と痺れ薬だったなんて」
「もしかしたら、殺す気はないのかもね」
勇者と呼ばれた少年は、朗らかに笑った。
その夜半。
勇者たちが泊まる部屋に、十人の騎士が忍び寄る。
といっても、殺気丸出しなのだから気づかないはずがない。
「やっぱり、そうなるよなぁ」
少年は、悲しそうな声で呟く。
と同時に、十人の騎士が剣を構えて部屋になだれ込んできた。
「これで正当防衛は成立だな」
「夕食の毒の時点で成立してた気もするけど」
少年と魔術士マリンは、軽口を叩き合う。
「何を喋っている! 自分たちの状況がわからぬのか!」
「おとなしく切られてもらうぞ!」
多勢に無勢。
数の優位を信じ切った騎士たちは、すでに勝った気でいた。
「みんな、死なない程度にね」
「はいはい、わかってるわよ。ほんと、勇者くんは甘いんだから」
「仕方ない。骨の二、三本で許してやるか」
最後方にいた騎士が勇者たちの前に出て、剣を抜く。
「薬を盛られたことにも気づかんとは、勇者パーティとはいえ所詮は素人、間抜けの集団だな!」
「はいはい、ウォーターボール」
魔術士マリンの周りに浮かんだ五個の水球は、ニヤニヤ笑う騎士たちの顔面を素早く覆う。
「ごぼ、ぶがが……」
「がぼ……仕込んだ薬が効いていないのか!?」
「しゃべる暇があったら、剣でも振れよ」
剣士が大剣を抜いた瞬間、四人の右腕が飛ばされて悲鳴を上げた。
「やったか……なっ!?」
悲鳴を聞いて、待機していたであろう副団長が部屋に駆け込んでくる。
その瞬間、最後の騎士が床に崩れ落ちた。
「な、な、な……貴様ら、よくも王国の騎士たちを!」
「先に仕掛けたのはそっちだろう」
剣士が素早く移動し、副団長の首に剣を当てる。
「お、おのれ……たかが平民の分際で」
「斬るぞ」
剣士の一言で、副団長は微動だにしなくなった。
「なあ、聞いてもいいか」
「な……なんだ」
「どうしてこんな、まどろっこしいことをする」
副団長は、抵抗もしゃべることもできない。が、その目は憎しみに満ちている。
「俺たちは、もともとただの冒険者だ。それを勝手に勇者だの救世主だのと勝手に持ち上げたのは、おまえらだ」
「僕たちは冒険の結果、大厄竜を討伐した。それだけなんだ」
「黙れ……平民の分際で。救世主は、高貴な出自でなくてはならんのだ!」
副団長は剣士の拘束から抜け出して、剣を抜こうとする。
が、すでに右手は切り落とされて、床に転がっていた。
「え、何で右手が落ちて……なのに、痛くない……?」
茫然とする副団長に、魔術士マリンが手のひらを向けたまま問うた。
「あのさぁ。なんで最初に話さないワケ?」
「は?」
「邪魔だから帰ってくるな、くらい言えたでしょうが」
副団長は、手首から流れる血を気にもせずに呆然としている。
「僕たちは冒険者。王国じゃなくても生きていけるんだよ。だから」
勇者は長剣を鞘に納めて、言い放つ。
「もう、邪魔はしないでくれるかな」
そして勇者パーティ四人は、マリンの転移魔法で宿屋の部屋から消えた。
「で、これからどうしようか」
「ま、あれで私たちに対する王国の敵意がわかったワケだし」
「だな。俺ぁ故郷にでも帰るかな。親父もそろそろいい歳だからな」
「わたしは……教会本部に行こうと思います」
歩きながら、剣士モルガンと僧侶ルーシアは身の振り方を決めていた。
そして森を抜けた街道。
「じゃあ、俺は途中までルーシアの護衛でもするかな」
「よろしくお願いしますね、モルガン」
剣士モルガンと僧侶ルーシアの背中を見送った少年と魔術士マリンは。
「ねえ、勇者くん」
「ん?」
「私たち、どうしよっか」
急にモジモジし始めたマリンに、少年は苦笑する。
「約束、果たさなきゃね」
「覚えて……くれたんだ」
マリンは少年に抱きついた。
「でも、ひとつお願いがある」
「なぁに、勇者くん」
「そろそろ勇者くんは、やめてほしいな」
「うん、わかった。じゃあ、よろしくね、アキくんっ」
森の中、抱き合う二人は何処かに転移していった。