第5話『出発』
分析能力を手にした私はシェーラの元で知識を蓄え、魔物との戦闘経験を積み続けた。昼間にシェーラがいれば外に出て魔法の練習をし、いなければ家の書庫で本を読む。夜になれば昼間の反省や書庫で読んだ本の話を展開して談笑する。
特に書庫には各国の歴史書や魔法の研究本などがあり、非常に勉強になった。ただどれも後ろのページは白紙のままで、シェーラにそのことを訊くと彼女自身が綴ったものらしい。因みに料理のレシピ本も一冊混じっていて、その話をしたときに彼女は恥ずかしそうに顔を隠していた。
そしてシェーラの家で目覚めてから二週間が経った。朝食を食べ終えた時の話である。
「シェーラ。そろそろ旅に出たいと思う」
そう言うとシェーラは驚いた顔もせず、寧ろ穏やかな表情で頬杖をした。
「早いね。まだ魔物との戦闘も書庫の読書も満足してなさそうだけど」
「ある程度の知識は得たし、あとは自分の目で確かめたほうがいいかなって。それに、あんまり頼りすぎるのもよくないし。シェーラも最低限のことしか教えないって言ってたでしょ?」
初めから勝手が分かったら自力でなんとかするつもりだった。目的が自分のためな以上、世話になり続けるのは自分のためにならないと思ったからだ。
「よし。じゃあ旅立つレインにいくつかいいものをあげよう」
シェーラは立ち上がり彼女の部屋に入っていった。彼女の部屋に入ったことはないが、扉の隙間から見ると私が寝泊まりする部屋とほぼ変わらない。内装には拘りがないタイプなのかもしれない。
暫くしてシェーラが袋やバッグなどを持って部屋から帰ってきた。そしてテーブルの上にそれらを置いた。
「これは?」
「一個ずつ説明するわね。まずはマジックバッグ。小さく見えるけど、この家のものを全部入れてもまだ容量があるほどなんでも入るわ。あと中の物の劣化防止もできるわ」
見た目は装飾のないただのポシェット、ショルダーバッグである。しかし中身を見ると異空間のような常闇があった。試しに手を突っ込んでみると、中々底に辿り着かない。遂に二の腕までバッグに入ってしまった。マジシャンになった気分だ。
「ちなみに特注品だから大事にしてよね。本来、容量はもっと少ないし、劣化防止じゃなくて劣化遅延なんだから」
「どうしてそんなもの渡してくれるの?」
「んー。簡単に言えば、面白そうだから?」
なんでもないような顔でシェーラは答える。量産されたものならいざ知らず、特注品なら見せることさえ躊躇われるはずだ。
ここまで世話してくれた彼女には感謝しているものの、彼女の底無しな謎はいつまで経っても消えなかった。どうして何処の馬の骨とも知らない私をここまで気にかけてくれるのか。
それを問うても彼女は素直に答えてくれない。けれど私には、彼女は優しいということだけはわかっている。きっとそれが理由で、それ以上の理由はないのかもしれない。私は二の腕まで入った手を引っこ抜き、バッグを一旦テーブルの上に置いた。
「次に貨幣。この中に大銀貨1枚と銀貨10枚が入ってるわ」
シェーラは巾着を私の前に置いた。中身を確認すると、確かに銀貨が10枚とそれより大きい銀貨が1枚ある。
「そういえばこの世界の貨幣価値について全然知らない」
「貨幣には金、銀、銅が使われて、そこから更に大、中、小に分かれるわ。大銀貨1枚と銀貨10枚は同じ価値。大銀貨10枚と小金貨1枚は同じ価値って感じね」
価値の高い順で、大金貨、金貨、小金貨、大銀貨、銀貨、小銀貨、大銅貨、銅貨、小銅貨、といったところか。大銀貨1枚でどのくらい生活できるかはわからないけど、金銭感覚は実際に街にいって確かめればよさそうだ。
「暫くはこれを資金に生活するといいわ。自力で稼ぎたいのなら一番はギルド入ることね」
ギルド。この世界で魔物や悪党と戦う団体だ。冒険しながらお金を稼ぎたいならもってこいだが、当然危険も伴う。最悪死ぬ可能性もある。しかし、私が転生者になった理由を知る為には代えられないリスクである。私は強く握ったその巾着をマジックバッグに入れた。
「最後にこれは餞別。よく私が淹れる紅茶の葉よ。魔力の自動回復が一日続くわ」
目の前に置かれた紙袋の中身を見ると、確かに大量の黒い茶葉がある。これがあの鮮やかに茶色になるのだから、不思議なものだ。先人たちはどうやって発見したのだろうか。
「そんな貴重なものいいの?」
「いいのいいの。私が持っててもしょうがないし。ただし、使い切りだから使う量と消費ペースはよく考えてよね」
そう聴いて私は紙袋の口をしっかりと止めてそれをバッグに突っ込んだ。
「ありがとう」
「どういたしまして。その代わり、三つぐらいお願い聞いてもらえる?」
シェーラからお願いなんて珍しい。いや、初めてな気がする。一体どんなお願いをされるのだろう。
「私にできる範囲なら」
そう言うとシェーラは大丈夫とでも言いたげな顔で笑った。
「一つ目は、私と出会ったことは誰にも言わないでほしい」
シェーラ・トロニカル、という名前が世間にどれほど知れ渡っているのかは分からないけれど、魔女がいるとなれば世間は不穏な空気に変わるだろう。それにシェーラのことを話したら、誰かが彼女を探しに来るかもしれない。…よくない理由で。
私はコクリと頷いた。
「二つ目は無理をしないこと。危険を感じたら時には引くことも考えてほしい」
これはお願いというより、先輩冒険者としてのアドバイスのような気もするけれど…。いや、でもシェーラの顔を見ると我が子を心配する母親のように真面目な顔だ。
実際ここまでで戦ったスライムは危険のキの字も感じなかった。魔物との遭遇が避けられない以上、戦うか、逃げるかの選択は重要だ。幸い一人旅なら独断で決められるからその点だけは楽だけど。
「わかった。三つ目は?」
「…レインが転生した理由が分かったとき、私に聞かせてほしいな」
最後のお願いは少々意外なものだった。少しどう返答するか迷った。
「約束するよ」
もしかしたらそこまで面白くない理由かもしれない。はたまた、理由なんて一生わからないかもしれない。約束するなんて難しいことを言ってしまった。でも、シェーラからのお願いに約束できないなんて、言えなかった。
「ふふっ。ありがとう。楽しみにしてる」
そこで初めてシェーラが子供っぽい顔をするのを見た。それが少し嬉しかった。
私は立ち上がりテーブルの上に置かれた一つのバッグを肩にかけた。するとシェーラは立ち上がって玄関の扉を開けた。
「見送るわ。折角の門出の日なんだから」
玄関を開けて外に出ると雲一つ無い青空が広がる。そよ風が吹き旅の出発を祝うかのように森が仄かに歌っている。
「そういえば、どっちに行けばいいの?」
「そこの道、あるでしょ。そこをずっと歩いて。一回霧に見舞われるけれど、霧が晴れたらこの森から出られるから」
「わかった。…行ってくるね」
「ええ。またね」
私はシェーラが指さした道に向かって歩き始めた。最後の会話は惜別を感じるようなものではなかった。けど正直、シェーラっぽかった。私もあの約束を守りたいと、また絶対に帰ってくると強く思い振り返りはしなかった。だけどシェーラは私を最後まで見届けていたような気がした。
何の変哲もない道が私には特別に感じた。魔物の姿はなく、見回しても私以外には旅路を祝う木々しかいない。
遂に霧が出始めた。視界はだんだん悪くなり、周りの木も見えづらくなってきた。だけど私は躊躇いもせずそのまま歩き続けた。
【名前】レイン
【種族】人間[転生者]
【性別】女
【年齢】?[13]
【職業】-
【体力】?/?[200/200]
【魔力】?/?[75/75]
【属性】?[水]
【弱点】?[無]
【スキル】-[地魔術Lv1][水魔術Lv2][火魔術Lv1][風魔術Lv1][雷魔術Lv1][氷魔術Lv1][光魔術Lv1][闇魔術Lv1][無魔術Lv1][幻術Lv1][治癒術Lv1][分析Lv8][暗視Lv1]