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第44話『港の釣りと目が見えない少年』

今年もよしなに

「釣りをしてみたい」


宿屋のベッドから起きた朝のことだ。窓から見える海と、そこに浮かぶ船を見て、思ったことをそのまま口に出した。


きっかけなどは特にない。ただ、美味しそうなレストランがあれば入ってみたいと思うだろうし、見た事の無い魔法というものを目の前で見たら、その魔法を自分も唱えてみたいと思うだろう。きっとそんな些細なことだ。海と魚がいるのなら、釣りをしてみたい。それだけのことである。もしかしたら、先日の砂浜で綺麗な海を見て、心の隅で考えていたのかもしれない。


とはいえ、ルアーも無ければエサも無い。先日の砂浜で手掴みするにはちょっと気が引けるわけで。いや、そもそも私は魚が欲しいわけではない。釣りがしたいだけである。釣果などこの際無くとも問題ないと思っている。


朝食をとって、早速ヨプト街へと飛び出した。前に商店街通りを歩いた時には、釣り専用の専門店など無かった気がするが、きっとその時はそんな考えをしなかったから、よく見ればあったのだろうと、一つ一つのお店をじっくりと見つつ、また商店街通りを歩いていた。


…が、中々お目当ての物を売っている店が無い。雑貨屋なら、と思っていくつかの雑貨屋を覗いたが、雑貨屋ごとに販売している品物には多少の統一感があり、ルアーなんて売っていなかった。エサなんてもっと売っているわけが無かった。


四件目あたりの雑貨屋に入り、そこでもないことを確かめると、私はついに痺れを切らして、そこの店員に、釣り道具は売っていないのですか、と訊いた。店員はちょっと渋い顔をして、この店には無い、港なら専門店がある、と言って、別の客の方へと向かってしまった。ちょっと悪いことをしたのかもしれない。


でも前に港へ来たときは、お店のようなものは無かったような気がしたけれど…。それで今一度港のほうまで出ると、商店街のように、主張の激しいお店らしき建物は一つもない。ただ、看板すらない建物が一つだけあった。もしや、と思ってその建物まで向かった。


入り口は開いていた。いつでもだれでも入ってきて問題無さそうな雰囲気だった。ちらと中を覗くと、遂にお目当てのルアーが壁に立てかけられているのが見えた。少数ながら他の客らしき人もいる。私のような子供はいないようで、どちらかというとおじさんやおじいさんといった年代の人ばかりではあった。


こんにちは、と挨拶をしてお店に入ると、客は大層物珍しそうな顔をして、こちらを見ていた。まぁおじさんたちの中にこんな子供が紛れていたらそりゃあ吃驚するはずだ。ただお店の人っぽい人はいなくて、丁度不在だったのかと思い、適当にルアーを見て回った。


…といっても、本当に釣りなんてやったことがないから、どのルアーがいいのかなんて分かりやしない。大小の違いくらいしか、判断要素が無い。小さいものならなんでもいいか、と考えて、一番コンパクトなルアーがあるスペースに移動した。おじさんたちはそれなりの体格なので、そのスペースに居るのは私以外に誰もいない。


すると一人のおじさんから声を掛けられた。


「おじょうちゃん、釣り、するのかい?」


「うん。初めてだけど」


「はじめて!?そうかそうか、それならこれを使うといい」


するとそのおじさんは並べられたルアーの中から一つ取り出し、私に手渡してきた。


「ありがとう。でも、お店の人がまだいないから…」


そう言うと、そのおじさんは大笑いをして、話を続けた。


「はっはっは!このお店の主はこのおじさんだ!代金はいらねぇから、楽しんできな!」


「え!いいの?」


「今回だけだぜ。それと、ルアーはしっかり返してくれよな」




釣り具売り場から外に出て、堤防の適当な位置について釣りを始めようとする。


まさか今回だけとはいえ、無料で貸してくれるとは思っていなかった。しかもそれだけではなく、エサも、獲った魚を容れるバケツまで貰ってしまった。至れり尽くせりだ。


釣り針にエサを仕込んで、振りかぶってからルアーを海へと投げ入れた。


「よーし」


丁度いい係船柱があったので、そこに跨って気合を入れた。きっと長い戦いになるに違いない。釣果はなくてもいいと思っていたが、こんなお膳立てをされた以上、一匹ぐらいは釣ってみたい。それをあの釣り具売り場のおじさんに見せたら、自分ごとのように喜んでくれるような気がしたからだ。




一時間は経過しただろうか。なかなか釣れない。初めての釣りなんてそんなものだろうとは分かっていたつもりだったが、予想以上に忍耐が必要だった。というのも、釣り針に引っかかって、結果的に逃がしてしまったのならそれは仕方ないのだが、全く引っかかった気配すら無いのである。


既に食われているんじゃないかと思って釣り針を水面から揚げてみたが、しっかりと残っている。私がいきなり釣りをしたがったように、魚も気分屋で、いきなりエサを食べたいと思う時があるのだろうか。


「ようおじょうちゃん!調子はどうだい?」


すると釣り具売り場のおじさんがやってきた。が、その後ろには目を瞑ったままの男の子が、おじさんと手を繋いでついてきた。おじさんの子供だろうか。


「まだ一匹も」


「がはは!まぁはじめはそんなもんさ。その分釣れたときはチョー嬉しいからな!」


おじさんは片手を腰に当てて、大変愉快に大笑いをした。


「そうそう、んでさ。一つ頼みてぇことがあんだけど、今日は一日中釣りをする予定か?」


「うん。そうだね」


「なら丁度いい。この子の親が来るまで、一緒に釣りをしててもらえねぇか?」


おじさんが私の隣の係船柱に子供を座らせ、バケツとエサの位置を教えると、男の子は目を瞑ったまま、慣れた手つきで釣りの準備を進めていた。絶対に見えていないはずなのに、見えて当然とも言うべき流れは、マジックを見ているようだった。


「いいよ。ルアー代の代わりね」


「おっ、物分かりがいいね。じゃ、よろしくたのむぜ!」


おじさんはグッドサインを出して、男の子に、今日も頑張れよ、と告げたあと、大腕を振って来た道を戻っていった。


おじさんの帰りをちょっと見た後、その男の子をじっと見ても、私のほうを向く様子はない。というより、私が見ていることに気づいていないように思える。やはり見えていない。


すると男の子は釣り糸を海に垂らしたまま、私に声をかけていた。


「よろしくね。えっと、おじょうさん?」


見た目は私よりも年下の男の子から、おじょうさんと言われてしまい、少し笑ってしまった。


「レインだよ。君の名前は?」


「ボクはギーマ。ギーマ・ベントレー。よろしくね、レインさん」


「よろしくね」


挨拶はしたものの、こちらを向いてくれないので、少し会話に困ってしまう。もしかしたら彼にとっては日常なのかもしれないけれど、私が注意深く観察しないといけない。


…ところで目が見えないのに釣りをしている?どうやっているのだろう。引き揚げるまではいいとして、釣り具に引っかかった魚をバケツに入れたりだとか、新しくエサを仕込んだりとか、そもそも釣った魚がどんな魚なのかとか、分からないはずなのに。





また数十分が経った。未だに魚は釣れない。もしかしたら時間帯が問題なのか。人が朝と昼と夕方に食事を摂るように、魚も周期的な食事期間があるのかもしれない。


…と思っていたら、ギーマが釣竿を引き上げた。なんと魚が釣れているのである。ギーマは釣った魚をそのまま器用にバケツの中に入れてから、手探りになりながら魚の口に引っかかった釣り針を取ったのである。


「すごい。私はまだ釣れていないのに」


「えへへ、ありがとう。でも何が釣れたかは分からないんだよね」


彼はさもいつも通りというふうに、足元にあるエサを釣り針につけて、ルアーをまた海へと投げ入れた。


ナマの魚を見るのは私も初めてなわけで、これがどんな種類の魚なのかは分からない。…が、私にはこれがあったんだった。




【名称】オオマグロ

【種族】魚類

【性別】-

【異常】-




「オオマグロって魚っぽい」


「へぇ!それじゃあこれは今夜の夕食だ!」


彼は喜ばしい声と口角を上げつつも、相も変わらず私のほうへは顔を向けずに、じっと魚が釣れるのを待っていた。


夕食ということは食べられる魚なのか。分析しても確かに毒らしいものもないと思われる。


きっと初めて魚を釣れたらすごく興奮するんだろうなぁ、と思ってい、私も海に向かって集中した。といっても、やることは特に待つことだけなわけだけど。


「レインさんは、ボクの目のこと、聞かないの?」


すると突然ギーマが私に話しかけてきた。あまり気にしないようにしていたが、彼の方からその話題に触れてくるとは思っていなかった。


「あー…うん。あんまり聞いちゃいけないかなって」


「ふふっ、レインさんも街の人と同じで、優しいね」


本当はちらちらと見てしまっているけれど、そういえば私がずっと彼を観察しているのも、彼には見えないんだった。


どちらにせよ目のことを言うのなら、私もあまり聞かれたくないから、ちょっと親近感を覚えている節はあった。


いや、それも彼には見えていないのか。私が眼帯をつけていることも。もし見えていたら、彼は真っ先に聞いてきそうだ。


「ボクね、生まれたころから目が見えないんだ」


「そう、なんだ」


「本当に、生まれた頃はそんなことなかったらしいんだけど、まだボクが立ち上がる前の赤ん坊の頃かららしくって。ボク、そのときの記憶がないからさ」


意識がある状態になったときはもう、目が見えなくなっていた、ということか。


もし自分自身にも同じことが起きたら…いや、例えば次の日になって、目が覚めたときに見えなくなっていたとしたら…と、想像すると、それは恐怖以外の何物でもなかった。


「お医者さんにも診てもらったんだけどね。原因はさっぱりわからないって言われたんだ」


「原因が分からないの?」


「うん。お医者さんはね、こういうのは、例えば天然痘とかの、大きな病気であることが多いらしいんだけど、全然違うみたいで。実際今はボクも元気だし、昔っから大きな病気にかかったことなんてないらしいんだよね」


病気の副産物で、目が見えなくなったり、声が出なくなったりなど、そういったことはあるとは思う。けれど、ギーマにはそういったものが一切ないらしい。


病気でない…なら、原因はなんだろう?


私はそこで、病気名が分からないかと、ギーマを分析してみた。




【名称】ギーマ・ベントレー

【種族】人間

【性別】男

【年齢】10

【職業】-

【体力】200/200

【魔力】0/0

【属性】雷

【弱点】火

【スキル】-

【異常】盲目毒




盲目毒。


ラーシャム湖沼にいたポイズントードは麻痺毒なるものを持っていたが、盲目毒というものもあるらしい。


これが目が見えなくなった正体か…?


「でもね、いいんだ。街の人達は優しくしてくれるし、ボクは今のままで十分幸せだから。パパとママと一緒に暮らせるだけで嬉しいんだ」


ギーマは特に自分自身の状態に執着していない様子で、たとえ治らなくてもよいのだという。


そんな、母親と父親の姿を一生見ることができないなんて、幸せと言えるのだろうか。




それ以上は目の話題には触れることなく、このヨプト街のこととか、釣りのこととか、いろんな事を話した。


ギーマにときどき私自身のことについて聞かれることもあったが、有耶無耶なままに答えて、難なく釣りの時間を過ごしていた。




数時間、昼食と夕食の間くらいの時間帯になったとき、一人の女が私たちの方へと向かってきたのがわかった。もしかして、と思ったら、予想通りその女は私に話しかけてきた。


「あぁ、あなたがギーマを見てくれた方ですか」


「はい。レインです」


「ありがとうございます。なんのお礼をしたらよいか…」


「結構ですよ。今日はギーマくんにいっぱい釣りのコツを教えていただきましたから」


釣果としては、魚一匹釣れなかったわけだが、それでもギーマと話しているだけで、時間はあっという間に過ぎていってしていたのだから、概ね間違っていない。


「レインさん、また一緒に釣りしようね」


別れ際、ギーマにそんなことを言われた。私は、うん、と頷いて、手を繋ぎながら帰る二人に、距離が遠くなるまで手を降っていた。


数時間の末、遂に釣れた魚は一匹も居なかったが、ギーマと別れを告げた私には、魚よりももっと気になるものがあった。


盲目毒、か…。

【名称】オオマグロ

【種族】魚類



【名称】ギーマ・ベントレー

【種族】人間

【性別】男

【年齢】10

【職業】-

【体力】200/200

【魔力】0/0

【属性】雷

【弱点】火

【スキル】-

【異常】盲目毒


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